セレスの疑問
ミーアと帰り、釣った魚にローファが驚きながら夕食、そして翌日はいつも通り二人での特訓が始まり、夕食後のことだ。
ミーアとローファをが眠り、ローファをベッドまで運んで大部屋に戻っていると、セレスに手招きされて、ソファーに座り俺とセレスは向かい合う形になった。
紅茶の入ったカップが正面のテーブルに二つある。
セレスがいれた紅茶は絶品であり、大体食後に飲みたい人が居ないか聞いてくるのだが、予め俺の分を用意しているというのも珍しい。
なにかあるのだろうか?
一昨日はローファ、昨日はミーアときたもんな。
セレスは二人を鍛えることに忙しいし、この時間にならないと余裕ができないのだろう。
これから何があるのかを想像してしまい、ちょっとだけ顔を綻ばせながら、俺はセレスの言葉を待った。
セレスの今の姿は美少女モード、19歳の姿であり、今は藍色のドレスを纏っている。
赤の時の様に胸元がかなり強調されており、谷間に意識が行くが、仕方ないじゃないか。
そして、妖美な笑みを浮かべながら、白髪をファさッとたなびかせ、セレスが口を開く。
「……ソウマ、次はセレスの番か。と、思ったじゃろ?」
唐突に図星を突かれた。
顔を近づけてきて、ニマニマと意地悪そうな笑みをセレスが浮かべてくる。
「おもったじゃーろっ?」
美幼女モードだと最高に可愛かったが、今だと谷間補正もあって麗しさと可愛さの両方を併せ持つ攻撃的な迫り方だ。
こんなん一発で陥落しそうになるが、俺はなんとか堪えているぞ。
「お、思いました……」
俺は正直に告げる。
このままセレスに問い続けられるのも悪くないが、こんなことを言ってくるのだ。
きっと最後には期待通りのことが待っているに違いないぜ。
その返答に満足しながら、セレスは深く頷き。
「うむ。そうかそうか。じゃが、わらわは元の肉体が戻った時、ソウマを振り回したからの、順番通りなら、昨日のミーアで、全員分終了ということじゃ」
……全員分終了?
ああ、一昨日と昨日のデートのことか。
なんか色々ともっと先のことを想像してた自分自身が恥ずかしくなってくるぜ。
そんな俺を怪訝に思ったのか、セレスは首を傾げていた。
「なんじゃその反応は……まあよい、順番としても次は一番最初の妻であるローファじゃとわらわは思っておる……今からするのは、重要な、真面目な話じゃ」
ちょっと残念な気持ちになりながらも、俺は一瞬で真剣になった。
セレスが俺に対して真面目な話をするというのだ。
流石にプロポーズみたいなことにはならないだろう。
思い当たる節は様々ある。
中級天使と関わったこと。俺自身のステータス。海神龍を倒したことによる龍帝の干渉。
とりあえず思いついたのは三つだが、それに気付いたのか、セレスは首を左右に振った。
「ソウマが関わった件は置いておいてもよい……正直、ソウマのステータスとスキルなら、なんとかなるじゃろと考えておる……よほどのことがなければの」
「よほどのことって?」
「前に見せたスコアの連中……九天命が二人以上関与してこなければ大丈夫じゃ……なったとしても、即座に対策を考案する。ソウマにスコアを見せたのはな、奴等だけは警戒せねばならぬ存在だからじゃよ」
世界最強の九天命のランキング表であるスコアの名前と、前のセレスの発言を思い出す。
「確か、俺はトウ並の強さだって言ってたよな?」
「うむ……ステータスは10年前に見た時のトウの方が僅かに上じゃが、スキルを駆使すれば戦えるじゃろう……お主のステータスは1万超え……領域外、オーバークラスなのじゃから」
オーバークラス。
聞いたことがあると記憶を辿る、海神龍に挑む際、聖眼のヒメナラがロマネに言ったのはハーフオーバーだったか。
「前にヒメナラがハーフオーバーって言ってたけど、それに関係するのか?」
「うむ。半領域外は5000超え……領域外の半分ということじゃ……ステータス差は、その時の調子、スキルの相性とかもあって、5倍ぐらいならなんとかなるとされておる」
初耳だが、確かにランクが高いボスクラスのモンスターは、ステータス鑑定しなくても明らかにステータス差が実感できていたが、集団で戦うことでなんとかなっていた。
そして、紅茶を口にしながら、セレスが続ける。
「1万の五倍、つまり5万というのは、大魔王ルードヴァンのステータスの平均値とされておる……あくまで伝承に記された情報を照らし合わせたことによって出た推測じゃし、実際はもっと高いのかもしれぬがな」
セレスが唐突にとんでもないことを口にしてきた。
それに対して、俺は思わず言葉が出る。
「つまり……世界最強の大魔王に、もしかしたら勝てるかもしれない力ってのが、領域外ってことなのか……」
「そういう伝承じゃがの、しかし、これは遥か大昔よりそう記されておる。基本的に1万超えの人間など一握り……つまり、それは魔界と天界に危険視されるレベルということじゃ」
俺の話は置いておくと言っていたが、置いていないじゃないか。
いや、俺が質問して、それに答えてくれているだけだが、これはマズいのではないか?
そんなことで不安になってしまったのを察してか、セレスは冷静に紅茶を飲んで。
「魔王の秘書とやらが言ったように、干渉しない限りは大丈夫じゃよ……天使の件は、あっちから生物界に来たのを対処しただけじゃ、問題はない……本題に入るぞ」
そうだ。龍帝に関してもロマネに説明した通りなら問題はない。
セレスは最初からこれ以上関わらなければ問題ないと言っていたし、大丈夫なはずだ。
しかし、この話はもう置いておいていいとしても、本題が何なのかよく解らないな。
どんな発言が来るのか解らず、俺は息を呑んだ。
「それはの、ローファのことじゃ」
ローファ?
一体ローファに、何があったというのか。
真剣な眼差しを俺に向けて、セレスが続ける。
「……ここ六日間で二人を見て、ミーアは伸びしろがあると感じた。このまま行けば半年もするとわらわと互角ぐらいになり、後衛としてお主と共に戦えるじゃろ」
それは凄まじい素質だろう。
師匠がいいというのもあるのだろうが、一年もたたずにSランククラスになるのか。
それなら、ローファがそれに追いついてないってことなのか?
俺の思想を理解したのか、質問するより先にセレスが深刻な表情で続ける。
「逆じゃ」
「はっ?」
「……ローファは後三ヶ月もすれば、わらわを追い抜く。それ程までの才能が、あの子にはある。あそこまでの素質は初めて見た……正直、わらわも少し、驚いておる。あの子は純粋で、努力家なのもあるのじゃろう」
それは、いいことじゃないか?
首を傾げてしまうと、セレスは軽く頷き。
「疑問に思ったのじゃよ。それ程まで素質を持った子が、本当に攫われたのかということにの……」
……つまり、何が言いたいんだ?
「ハーフエルフというのは、人間とエルフの子じゃ。それは大体忌み子として扱われる。人里に捨てられてもおかしくないほどの扱いを受けるはずじゃ……しかし、本人はエルフの里で暮らしていたと言っている」
言いたいことは、何となくわかった。
俺は少し苛立ち気に、セレスに聞く。
「つまり、なにか? ハーフエルフのローファは純粋なエルフ達にとって邪魔だったけど、信じられない素質があって勿体なかったから、人攫いに攫わせて、鍛えさせて脱走させ、自力で帰ってくるのを待ってたってのか?」
自分で言っておいてなんだが、意味が解らない。
「そこまでは早計すぎるが……ローファの元主人は、これに気付いていなければおかしい、それ程までのステータスの伸び方なのじゃよ」
セレスが気にしているのは、そこなのか。
確かに、俺がローファと最初に会った時の説明、遊び道具として扱われ、ギリギリ勝てるモンスターの居る所に放り出したというのは、少し気になっていた。
特訓しているという風にも取れるからだ。
しかし、そんなこと、許されるわけがない。
「この件は、わらわの推測じゃ……ローファには言わないでくれ」
気になったから、俺に報告しておこうということだったのか。
「わかってる……本人が言ったときだけ、俺は関わるさ」
ローファのことは何も知らないし、人攫いにあって、奴隷になった過去を思い出させたくないと、俺は考えている。
しかし、ローファの為を想うのなら、彼女の過去に、俺は関わるべきなのかもしれない。
それからセレスとの会話が終わり、俺は眠りにつき、朝となっている。
俺に抱きつきながら眠っていたローファと共に目が覚め、見つめ合った状態で、彼女の小さな口が開いた。
「ソウマ様……私のことは、気にしないで下さい」
「……えっ?」
その発言に心臓が跳ね上がり、俺はローファをじっと眺めてしまう。
聞かれていたのかと思うが、ふるふるとローファが首を振るう。
「夢を見ました。セレスさんとソウマ様が私の過去を心配してくれている夢を……私は両親に結婚すると挨拶すれば、それだけでもう、エルフの人達と関わる気はありません……ですので、大丈夫ですよ」
ニッコリと笑っているが、夢を見たにしては内容が昨日の会話そのままだ。
ローファは間違いなく眠りについていた。
ならばなぜ、昨日の会話を知っている?
本当に夢なのか?
もやもやとした気持ちになりつつも、俺とローファは大部屋へと向う。
今日の朝食はミーアとローファが行っている。
というのも、ここ一週間、食事は大体ミーアかセレスが主で、俺とローファは手伝い程度だ。
二人が朝食を作っている間に、俺はセレスに、今朝のローファが話したことを伝えていた。
セレスは「ふむ」と唇に指をなぞらせ、何かを考えていたが、少しだけ悲しげな表情を浮かべる。
そこが気がかりになり、聞こうとすれば、先にセレスが語り始めていた。
「仮説はあるが……ソウマには言いたくない」
「なんでだよ?」
疑問に思うと、フッとセレスは微笑んで。
「言わない方がいいということもあるのじゃ。とにかく、何も問題はないよ。お主にはな」
……どういうことだ?
全く解らないが、こういうことに関しては、セレスの言い分の正しさを理解しているので、納得することにした。
すると。
「……ん?」
これで話は終わりだと思っていたのだが、セレスが怪訝そうな顔を見せた。
結構レアな表情で、俺は咄嗟に聞く。
「どうした?」
「天眼が反応した……ロマネがドアを必死の形相で叩いておるの……あいつ、5日前に一度来たきりじゃったが、あの慌てっぷり、一体何の用じゃ……?」
……ロマネが慌てている?
結界魔法もあってどれだけ叩いても館の中に音は一切聞こえていないのだが、ロマネはそれを知った上で叩いているのだ。
つまりは、そんなことが考えられない程に、動揺しているということか。
「ちょっと見てくる」
俺は瞬間移動を発動し、扉の前に立ち、扉を開けた。
すると、必死の形相だったロマネがパァッと歓喜の表情に一変する。
「ソウマ! ソウマソウマ!!」
そこから、いきなり感極まった表情を浮かべたロマネは、叫びながら俺に抱き着いてきた。
「なっ、なんだよ?」
その柔らかくも強かな感触にドキドキしてしまうが、どうも様子が変だ。
「助けて、助けてくれ、ください!! さっき、龍帝とトウが、ここにやって来たんだ! 下手をすればこの街が終わってしまう!!」
「……はぁ?」
龍帝は解るさ、ロマネと俺が海神龍倒したんだからな。
だけど、なんで人類最強とされる寡黙剣士トウまで来てるんだよ。
昨日セレスにスコアの連中二人以上と関わらなければ大丈夫って言われてたけど、二人やって来てしまったのかよ。
オマケに、街が終わる?
全く意味が解らないが、とんでもない事態だというのは、すぐさま理解することができていた。
そんなロマネの叫びを聞こえたのだろう、慌てながらセレス、ミーア、ローファがやってくる。
「なんじゃなんじゃ……龍帝はともかく、なんで寡黙剣士が来ておるのじゃ?」
「詳しくは後で話す……ソウマ、後師匠……あの二人を止めるのは無理だと思うのですが……余波で街に被害が来るのを止めて下さい!!」
どうやら、とんでもない事態になっているようだ。
「落ち着け、とりあえずお主の発言では全く意味が解らぬ、冷静になって、一から話せ」
「はっ、はい! 朝食を食べるべきだとキリテアのレストランをヒメナラに案内させ時間を稼いでいます……まず話を聞いてください!!」
館の中でで説明を聞くとセレスが言えば、大慌てでロマネが中へと入っていった。
これで第一章が終わりです。
読んでくださり、ありがとうございます。




