天使との戦闘
「結局、今日も激動の一日だったな。いや、もう昨日か」
セレスには時間がないし、ローファはあの様子だともしかしたら一人で助けに行くかもしれない。
ミーアに言えば止められるだろうから、俺はセレスに場所を聞き、一人でダンジョンへと向かっていた。
セレスに場所を聞いた際、簡素な地図を描いてくれて、色々なことを注意されている。
相手の能力はよく解らないから絶対に接近をするな、理想は気付かれないこと。
接近してきたと同時に逃げろと警告されているし、俺もそうするつもりでいた。
ダンジョンは薄暗い洞窟であり、5階層の降りるタイプのダンジョンだ。
ダンジョンの終点にある迷宮核という結晶がゴール地点であり、そこを守るボスが存在している。ボスを倒してもよし、核を破壊してもよしだが、核はかなりの強度だ。
核を破壊するとそのダンジョンに居た人間は全員ダンジョンの外に飛ばされ、攻略者のギルドカードにダンジョン名が記される。
つまり、攻略されたダンジョンから出るには、魔法使いの迷宮脱出スキルが必要で、なければ自力で帰らなければならない。
まあ、俺には瞬間移動があるし、ダンジョン内でも使えるかは今試している。問題はない。
ダンジョンは非常に暗い洞窟になっている。本来なら魔道士が光魔法を使うか、発光する魔道具を前衛が装備枠を1つ削って持つかのどちらかだが、俺のステータスは並大抵の魔道士より上だ。
魔法、戦技スキルは魂に刻まないと本来の数倍の消費量で発動し、そうしても性能は本来の1割程度にしかならないが、それでもただ発光させるだけなら十分だ。
そういえば、俺の石喰らいは、迷宮核にも効くのだろうか?
冷静になると色々と疑問が出てくるもんだな、ミーアは俺がダンジョンにはもう潜らないと言っていたから、そういう疑問を口にしなかったのかと考えながら、雑魚モンスターを退治して奥に進んでいく。
そして地図もあったので、本来なら1日はかかるだろうダンジョンだが、数分でゴールである大部屋に到着することができていた。
セレスが結晶化される前に聞いていたのなら、魔力は感じ取れないと言っていたな。
今の俺の魔力値なら、目を閉じ、精神を集中させることで周囲の魔力を察知することもできるが、確かに何も感じない。
セレスに描いて貰った図を確認する。セレスは結界魔法の応用で魔力による隠し扉を開けたと言っていたが、俺はその場所に試しに解除スキルを発動させた。
結晶にした奴の発言通りなら、場所を変える必要性はないからな。しかし、移動している可能性はあるか。
洞窟の土で出来ている壁が、まるで扉のように開かれた。
俺は土の扉から先へと進む。
今までの薄暗い土の通路とは違う、ピカピカと光り輝き、整地されている奇麗な通路が見えた。
(不気味すぎるぞ……)
警戒心を強め、透明化を発動させ、通路を渡る。
今は真深夜だ。できれば寝ていてくれれば楽なのだと考えていたが、そんな考えは無意味となっている。
通路の先には大部屋があり、そこには、二人の人影が見えた。
一人はセレスの言う通り、一人で駒を自由自在に宙に浮かび上がらせ、透明人間が二人居るかの如くチェスをしていた。
問題は盤面であり、なぜか本来の3倍ぐらいの駒を、3倍ぐらい広い盤面で使っている。クイーンは三つでキングだけは一つな辺り、ルールは守っているのか、一夫多妻が世界の全てだと言いたいのかが解らない。
白髪短髪、衣服のところどろろに銀色の装飾が施され、灯りによってキラキラと輝いているが、特に装備らしい装備はしていない見るからに金持ちそうな青年だ。
想定はしていたが、ステータスが見えないことに、俺は恐怖するしかない。
6600以上ということは、把握以外で俺が勝てる要素がないということか。
そして、もう一人、いや、もう一つというべきか。
白金の透明で巨大な結晶体が、そこにはあった。
まるで銀を混ぜた氷塊のようにそびえていたその中心に、目を閉じた美幼女が捕らわれている。
館のセレスの姿が、透明になっていない状態で結晶と化している。
全身を透明している俺は、苛立ちを抑え込んでいた。
今すぐに眼前の何も気づいていない青年を殴り飛ばしたくなるが、我慢するべきだろう。
足音も消えているが、足下の物質を弾けばそれで気付かれるかも知れない。
足下に気をつけながら、俺は結晶に迫っていた。
「チェックメイト」
結晶体に近づくいていると、そんな声がして、不意に視線を向ける
チェスのルールは知らないが、盤面は別に大荒れというわけでもない、むしろ初期状態だ。
その青年がチェックメイトという言葉を向けた相手は、俺だった。
いつの間にか、俺の隣へ瞬間移動かの如く接近していた青年に、俺は反応が遅れ。
男の右腕が、俺の右肩に触れた。
(瞬間移動がッ!?)
スキルは同時使用できるのとできないのが存在している。
神眼は視ることで発動できるが、透明化の状態で瞬間移動はできない。
だからこそ、俺は今まで、どんな状況でも瞬間移動を発動させたかったから、基本的に透明化のスキルは発動していなかった。
青年は俺から距離を取り、話しかけてくる。
「……ようやくか。魔力、気配、存在を遮断するとは、人の身でよくそこまで辿り着けたものだ。しかし、遮断されているということが、この空間では場所を晒すということなのだよ!」
透明化がバレた理由を、何となく理解することができた。
思い出すのはリヴァイアサン戦だ。
水中で透明化を発動した時、色こそは透明になっていたし、魔力も一切無となっていた。しかし、水の質量に変化は必ずある。
もしも海龍が水の流れを感じ取っていたのなら、透明になっている俺の位置を特定することができただろう。
海龍はその知性がなかったのか、色が変わって激高していたからなのかは解らないが、この男はそれに近いことをこの空間内でしていたということか。
(というか、こいつ、なんでこんなに余裕ッッッ!?)
それに、気付いた瞬間、俺は瞬間移動を発動する。
俺の右腕が、いつの間にか結晶体になっていたからだ。
触れた箇所から、物凄い勢いで結晶が浸蝕するかの如く増えていく。まるで俺を取り囲むようであり、反射的に瞬間移動を発動させていた。
向かう先は館の屋上だ。
セレスが俺の姿を確認して、驚いたような表情を浮かべ、叫ぶ。
「石喰らいを強く意識せよ!」
最初、俺の状態を皆にセレスから説明させて近づけないようにしようと思ったのだが、即座に対処法を告げてくれる。
石喰らいを意識すれば、もう脳まで迫っていた結晶体が、俺の体内に入っていく感覚を受けた。
危機は去り、俺は大きく息を吐いた。
「はぁっ……クソっ、あいつ、透明化を察知できやがった!」
触れられた右肩から徐々に全身へと結晶が侵食していく様は、思い出すだけで全身から怖気が走ってしまうぞ。
「……わかったじゃろ。やっぱり無理だったんじゃ。もう忘れて」
「ああ、そうするのが一番だってのは解ってるが、もうお前の本体を見ちまって、助けられるかもって思っちまったんだ!」
懇願するセレスを見た。
結晶体で意識を無くしているセレスの本体を見た。
それで、どうして諦めることができる?
いや、本来の俺なら、無理だと諦めていたかもしれない。
モニカは言っていた。
力を持つと、何をしでかしてもおかしくない。
その意味が、解った気がする。
「セレス、次ここに来る時は、お前を持ってきてやるよ」
制止するセレスの声を振り切り、俺は再び瞬間移動を行った。
行く地点はさっきと全く同じ場所だ。
チェス盤に戻りながらも、何かを思案していた青年目掛けて、線加速を発動することで一気に迫る。
「どこに……なッ!?」
そら驚くだろうよ。
透明化、瞬間移動。これは両方Aランクのスキルだ。
だけど、Sランクリーダーでも対処できなかった結晶にする攻撃を、この世界ではEランクの石喰らいで打破していただなんて、誰が考えられるだろうか?
完全に意表を突くことに成功した俺は、その青年に掴みかかる。
「なにをッッ!?」
掴みかかったのは説教を垂れたかったからとか、殴りたかったからとかではない。
条件を満たすためだ。
触れたことによって、俺とキラキラ光っていた青年は、大海原まで飛ばされた。
「どこだァッ!?」
青年は、水面に叩きつけられて沈む。
「リヴァイアサン跡地だよ!」
事前に知っている俺は水魔法で水上に着地し、何も知らない青年は水中に叩きつけられる。
はずだったのだが、沈んだ瞬間、水はその男を中心に弾き、男が空中に足場でもあるかの如く静止している。
ロニキュス
中級天使
HP27830
MP69000
攻撃5230
防御5300
速度6000
魔力7420
把握5000
スキル・天使
「クソが!!」
数秒の間があったので神眼を使ってみたらこれであり、俺は叫ぶ。
天使は俺でも知っている。中級というのは解らないが、天界に住まう存在だ。
遂に天界の奴と関わってしまった。
モニカに警告されていたというのに、関わってしまったぞ。
「クソと言いたいのはこちらの方だ! こんな所に飛ばしおって! これでは吾輩の力が半減するではないか!!」
今までの爽やかそうな面から一変、激高の形相を浮かべるはロニキュス。
俺の叫びに対して、反射的に叫んでいる。
叫び通りの意味なら、ステータスが半減になったから神眼で確認できたということか。
(こんな奴、相手にしてられるか)
そう考え、俺は瞬間移動をする。
そして先程の白金の部屋にやってくると、なぜかロニキュスが同じように瞬間移動してやってきていた。
(スキル天使の効果かッ!?)
その思考と共に、眼前に巨大な閃光が迫る。
「消えよ!!」
ロニキュスが咆え、手の平を突き出した先から放たれた閃光であり、反射的に剣を盾にガードする。
奴の言葉が正しいのなら、これは14840の魔力に加えてスキルの天使補正が入るのかもしれない。
剣を取り出して盾としたが、物凄い衝撃が俺に襲い掛かる。
しかし、何とか堪えることが、受け止めることができていた。
……なぜだ?
「ど、どういうことだ!?」
ロニキュスが叫ぶ。
そういえばと、さっきのロニキュスのステータスを思い出し、俺に電流が走ったかのような閃きがやってきた。
あそこで、俺は気付くべきだったんだ。
魔力値が3100だったはずなのに、魔力値7420を神眼で確認できたということは、魔力値が上がっているのだということに、そしてその理由があるとすれば、
「お前のせいだろ!!」
こいつの力で作り出した石を喰らうことで、俺は強くなっていたのか。
あの時は焦りで味がよく解っていなかったが、今思うと物凄く美味だった気がするぜ。
俺は受け止めながら、横にズレることで、吹き飛ばされながら閃光を回避する。
その先にあったセレスと同化している結晶に手を伸ばし、触れて、喰らうことを強く意識した。
「馬鹿なぁっ!?」
ロニキュスが、何度目か解らない叫び声を上げる。
「これでは、計画が……吾輩は……」
全身を恐怖で震わせ、俺を睨みつけているロニキュスに、俺は皮肉交じりに叫んだ。
「サンキューロニキュス!!」
さっき喰らった時は何とも思わなかったのだが、今回のは確実に味を感じ取れている。
脳の先まで天に上るかのような、極上の美味さだった。
ロニキュス
中級天使
HP55660
MP138000
攻撃10460
防御10500
速度12000
魔力14840
把握10000
スキル・天使
見るからに狼狽しているロニキュス本来のステータスが見えたことに驚きながら、俺は意識のないセレスを抱えて、瞬間移動を行う。
真っ先に向かう場所は先程と同じく、リヴァイアサン跡地だ。
そして、辺りを警戒しながら数秒後、再使用できるようになったので、すぐさま館へと瞬間移動する。
これはさっきのロニキュスの瞬間移動は、俺を追跡して移動してきたのではないかと、考えていたからだ。
ロニキュスが追ってくれば、その時は最悪やり合うつもりでいたのだが、追ってくることはなかった。




