第四章・第一話 裁きの雷
カエデはもがいていた。
数え切れない程の空中戦艦と一緒に墜落し、自分も海中に呑み込まれたのだろうか?
記憶がひどく曖昧だった。
だが、カエデは深い水の底にいた。
そこは全く光が届かず、闇が方向感覚を狂わせる。
口にくわえたペンライトも気休めでしかなく、もはや上も下も分からない。
そんな真っ暗闇な中を、ただひたすらもがき続けていると、突然何かが行く手を阻んだ。
指先に触れる感触。
それは岩だった。
積み上げられた大きな岩が、巨大な壁となって立ち塞がっていた。
(岩に沿って上に行けば海面に出られる)
そう確信して指を上に滑らせる。
が、手を上に伸ばしきらないうちに指は別の岩にぶつかっていた。
ライトで照らして見ると、頭の上にも岩がびっしりと敷き詰められていた。
カエデは別の出口を探すべく再び潜った。
その瞬間だった。
四方八方から巨大な死神の鎌が細身の身体めがけて幾つも降り下ろされ、とっさに防御したカエデを嘲笑うかのように四肢をあっけなく斬り落とし、胴体を真一文字に斬り裂いていた。
◆
「・・・っぁあああぁ〜〜〜〜〜っ」
カエデは飛び起きた。
いや、正確には飛び起きようとしたが出来なかった。
カエデは優しい光と溶液に満たされた楕円形の筒のようなものの中に、全裸の身体に黒い布のようなものを巻き付けた状態で浮いていた。
そしてジャンとミリーも一緒だった。
『気が付いたか?』
「・・・ディ」
それはカエデが纏うコートだった。
コートが変形し、繭のように3人を包み込んでいた。
「状況はどうなっている?」
『今は避難中だ。
外の様子を見るか?』
「頼む」
カエデの蚊の鳴くような返事に呼応して、3人を覆う繭の内側全面に外部の映像が写し出された。
もちろん、見えるのは内側からのみで、外部から繭の内部をうかがい知ることは出来ない。
まだぼやける視界に飛び込んできたのは、巨人の上半身だった。
カエデはそれに見覚えがあった。
ミカヅキと呼ばれていた人物が搭乗していた機体だ。
「約束、守ってくれたんだ」
カエデは虚ろな目で周りを見渡した。
巨人の編隊の遥か後方に、とてつもなく高い塔が建っていた。
「あれは何だ?」
『映像が記録してある。見るか?』
「ああ」
カエデの脳に、昔の記憶を呼び覚ますように映像が映し出された。
超々巨大な氷塊が一瞬にして水に戻り、視界を埋め尽くしていたドリルも、そしてその上で弓を構えていた男も、無数の艦船と一緒に押し流され落ちて行った。
だが、カエデたちが収まる光球は降り注ぐ数十億トンもの水にもびくともせず、水と一緒に降ってくる巨大な艦船を紙一重でかわしながら、いや、かわしていたのは上空から落ちて来た水や艦船の方だった。
それらがまるで意思でもあるかのように、光球を避けて落下していたのだ。
結果、光球はその場に静止し続けていた。
そして全てが落下し終わると、雨のように海水が降り注ぐ海面では轟音と共に無数の水柱が重なりあうように次々に吹き上がっているのが遥か下方に見えた。
カエデはその海面を見つめたまま、両手で組紐をリング状に広げ、そのまま頭上に掲げた。
ガクガク震える、今にも崩れ落ちそうな両手の間で、リングが再び太陽のような神々しい光を放ち始めた。
『カエデ、無茶だ。死ぬぞ。このまま逃げるんだ』
「だめだ。ここでトドメを差しておかないと、こいつら宇宙の果てまで追い掛けて来る。
さっきの男はそういう目をしていた」
組紐が爆発的な輝きを放ち、それに呼応するかのように海面に無数の渦が発生した。
叩き付けられるように海中に没し、次々に浮上してきた艦隊をぐるりと囲む渦の群れ。
それが、竜巻に吸い上げられるように上昇し、カエデの頭上に集まって小さな島程もある超々巨大な水の塊になっていた。
そして、組紐が青白く光るのと同時に水塊は一瞬にして凍り、視線の遥か先の海面に浮かぶ艦隊目掛けて落下し、直撃した。
島ほどもある氷塊が轟音と共に艦隊を押し潰し、巨大過ぎる水柱が上がるのを見ながら、カエデは意識を失った。
「ここで意識を失ったのか」
『ああ』
カエデたちが落下し始めるや否や、身に纏うコートが解けながら広がり、3人を包み込んで楕円形になった。
そのまま落ちて行くそれを、編隊飛行で近づいて来た巨人の1機、ムラマサと呼ばれていたミカヅキの愛機が空中で受け止められ、全速力での脱出が始まった。
だがディの視線は前方ではなく後方、今までいたキエル市を捉えていた。
そこには、先ほど全てを飲み込もうとした黄金色に輝く超巨大な円筒形の物体の姿があった。
それが突然先端部から螺旋を描きながらほどけ始めた。
どうやらそれは細長い1枚の板状の物体が見えない棒に巻き付くように円筒形になっていたらしく、解けたそれが、今度は細長い筒へと形を変えながら、どんどん上に伸びていくのが見えた。
その先端はキエル市の中心部に突き刺さり、対する最後尾は成層圏を突き破って更に伸び続け、38万キロ彼方の月面に突き刺さっていた。
『記録映像はここまでだ』
「話せるか?」
『周波数は合わせてあるが大丈夫か?』
「礼を言うだけだ」
『わかった。回線をつなげたぞ』
「大丈夫か?」
先に話しかけたのはミカヅキだった。
「ああ。・・・約束守ってくれたんだな」
「貸しは作らない主義なんだ」
◆
それは、ミカヅキ達が白の艦隊からの集中砲火に晒される水球の中で、なす術なく激流に身を任せていた時だった。
突如として水球の中心部が青白く光ったかと思うと、次の瞬間にはミカヅキ達は水球の中心にいた。
「?!」
光り輝く水球の中心部には大きな球状の空間がぽっかりと空いていた。
その中は無重力状態で、中心にカエデ達が浮かんでおり、更にはミカヅキのムラマサを含む味方側の巨人全てが集められていた。
「あなた達をここから逃がします」
「そんな事が出来るのか?」
カエデの唐突な一言にミカヅキは戸惑いを隠せなかった。
「はい」
そう言いながらカエデはにこりと笑った。
「心の準備はいいですか?いきますよ」
カエデがそう言い終えた時、ミカヅキはムラマサにしがみついていた。
今の自分の力ではこの状況をどうする事も出来ない。
ミカヅキはそのことを他の誰よりも痛感していた。
ならば、1秒でも早くここから離れて起死回生を図るほうが得策なはずだ。
「すまない。待っていてくれ。必ず迎えに来る」
小さな声でそう呟いた次の瞬間、ミカヅキ達は水球から遥か彼方にいた。
その場所の位置から水球が浮かぶ場所を割り出し、超望遠カメラで見ると、ちょうど水球が凍り付いたところだった。
白の艦隊が事実上機能停止した今、救援を呼ぶまでが勝負と判断したミカヅキは、攻撃を仕掛けるため全速力で氷塊に向かった。
その時、氷塊が突然水球に戻り、白の艦隊が壊滅的な損害を受けたのを目の当たりにして、攻撃を中止しカエデ達の救出を優先したのだった。
◆
「教えてくれ。何が起きようとしてるんだ?」
遥か後方で細長く伸びる黄金の塔を見ながら尋ねるカエデに、ミカヅキが答えた。
「ソドムとゴモラを滅ぼした神の雷だ」
「なに?」
『カエデ、あの塔の内部から異常な量の電磁波が放出されている』
塔の表面の螺旋状に巻き付く継ぎ目部分から青白い光が漏れ始め、その光が徐々に輝きを増して行くのが見える。
『あの塔は、全長38万キロにも及ぶ超々巨大なレールキャノンだ』
「なに?」
「優秀な相棒が気付いたみたいだな」
2の会話に割って入ったのはミカヅキだった。
「どうやらヤツらの目的地はキエルだったらしい。たがら必死に逃げてるってわけ」
遥か天空の彼方。
レールキャノンの月面に突き刺さる部分から閃光が漏れた。
その光は、一瞬にして月から地球まで伸びる砲身の中を駆け抜け、キエルの街を直撃していた。
キエル市があった場所が一瞬にして閃光に包まれた。
ドゴゴゴゴォォオオオオオオオオオオオオオオオオォン。
その瞬間に海水が水蒸気爆発を起こし、それが水平線の彼方まで広がって行く。
更に追い打ちをかけるように大気の壁が衝撃波となって襲い掛かり、巨人の編隊はそれらにあっけなく飲み込まれながら光の中に消えていった。
◆
「外は今どうなっている?」
カエデははやる気持ちを抑えて相棒に尋ねた。
光に飲み込まれた瞬間に、繭の内側に写し出されていた映像が途切れてしまっていた。
繭の中は外界の騒音や振動、衝撃が一切伝わらないため、映像が途切れるとカエデは自分が今置かれている状況さえ分からなくなってしまうのだ。
「ディ」
『聞こえてる。今、映像を出す』
その声にほっとしたのもつかの間、ようやく写し出された映像にカエデは言葉を失った。
それは、灼熱の大地だった。
地平線の彼方まで見渡す限りの全ての大地が真っ赤に熔けていて、そこから沸き立つ高温高圧の蒸気で大気が歪んで見える。
カエデ達を包む繭とそれを囲む巨人たちは、その中に半ば沈んだ状態になっていた。
繭を護るように重なりあう8機の巨人の装甲は表面が少し熔けかけていたが、なんとか原型をとどめていた。
「おい、大丈夫か?」
だが、返事はなかった。
「通信システムがいかれたのか?ディ、皆生きているか?」
『全員生存を確認済みだ』
「そうか」
『ああ、彼らの兵器の内部は特殊な構造になっていて、パイロット達は独立した装甲に護られている。命に別状はない。だが、我々が置かれている状況は最悪だ』
「説明してくれ」
『先程の攻撃は月の岩盤を採掘し、レールキャノンで地球に撃ち込んだものだ。その爆発と衝撃で衝突地点では、一瞬だが地上に太陽が出現したに匹敵するエネルギーが発生したと推測される。
その時に発生した超高熱の衝撃波が地上の全てを蒸発させたのだ』
「・・・じゃあ、オレ達がいるここは」
『今はクレーターの底だが、ここはさっきまで海底だった場所だ。
それと我々が無事なのは当然だが、問題はあの人型兵器が展開させてたバリアだ・・・』
「バリアが、なんだ?」
『レールキャノンのあまりの威力にバリアが負荷に耐えられなかったようだ』
「つまり?」
『今の攻撃をもう一度やられたら生き延びれるのは我々だけだということだ』
「あと何分かかる?」
『最低でも1時間は必要だ』
「くそっ」
キュインキュインキュインキュインキュインキュイン。
甲高い金属音が大気を震わせ響き渡った。
その音が聞こえてきた方を見ると、月ま伸びる超々巨大なレールキャノンが、螺旋状に締め上げられたボディを緩めるようにほどきながら蛇の如くその身をくねらせ、カエデ達の真上に移動して来ていたところだった。
そして再び螺旋が締め上げられ王国に輝くレールキャノンが姿を現していた。
その口径は500メートルはあるだろうか?
内側にチェーンソーのように並ぶ巨大な刃が、凄まじい風を巻き起こしながら回転しているのが見える。
それがカエデ達を目掛けて降下し、煮えたぎる大地を貫いた。
その中では、轟音などという表現さえも陳腐に思えるほどの爆音が響き渡っていた。
煮えたぎる大地がミキサーで粉砕されるようにかき回され、カエデ達もそれに巻き込まれて見えなくなった。
やがて、刃の回転数が落ち始め、停止した。
刃が止まると、回転によって砕かれながら吸い上げられた、まだ高熱を発する岩々が降りそそいだ。
「うわっ」
繭の内側に映る、自分目掛けて落ちて来る巨大な岩の雨を目の当たりにして、思わず両腕で顔を防御する。
もちろんそんなものでどうにかなるはずもなく、家ほどもある岩々が次々に繭を直撃した。
だが、繭は全くの無傷で、その衝撃や振動さえカエデ達には伝わっていなかった。
その時だった。
真上を見つめるカエデの視線の先にポツンと青白い光が灯った。
「?」
すると今度は、その光から円を描くように青白い光の筋が発生し、暗闇の中に螺旋を描くようにこちらに向けて伸びて来てきるのが見える。
そして、ポツンと光っていた中心から、闇を照らすかのように青白いイナズマが広がって行くのが見えた。
「レールキャノン?砲身内をコーティングしているのか?」
『すでに秒読みに入っている。発射まであと60秒』
〈つつ゛く〉