第三章・第二話 不覚
白焔の合図に合わせて、今や氷塊と化した水球の最前列に並ぶ突撃艦の艦橋や砲台が次々に艦内へ収納され始めた。
それに合わせて船尾が大きく開いて巨大な噴射口がせりだし、艦首からは巨大なドリルが姿を現す。
そのドリルが回転し始めるのと同時に、噴射口から炎の柱が吹き上がり、それは氷を粉砕しながらゆっくりと前に進み始めた。
◆
『準備OKだ。』
「よし」
その時だった。
360度全ての視界を覆う氷の壁に閉じ込められた数十隻にも及ぶ突撃艦が、一斉に変形を始めた。
そしてそれは、超大型のドリルミサイルへと姿を変え、ドリルで氷塊を粉砕しながら中心部目掛けて突き進んで来るのが見える。
『よくもまぁ、次から次へと』
「感心してる場合か」
バリバリバリバリっ。
ドリルの先端が水球、今は氷球だが、その中心部に到達し、カエデ達がいる空洞を全方位から串刺しにした。
・・・はずだった。
カエデ達は串刺しにはなっていなかった。
カエデの組紐から発する光が空洞全体を埋め尽くすように広がり、超高速回転する全てのドリルは、その光を突き破ることが出来ず、ただ回り続けていた。
「ギリギリだったな」
『カエデ』
「?」
カエデ自身、自分の身に何が起きたのか分かっていなかった。
その声が呼び掛ける前に、コートが変形して兄妹を自身から引き離し、かつ自分の腹部に締め上げるように巻き付く感触。
そして、急激な吐き気と共に大量に吐血して、初めて自分の身に何が起きたのかを理解した。
「ディ、2人を頼む」
『カエデ、第2波が来るぞ。ガードしろ』
カエデは膝を抱え込むように体を丸め、頭を腕で覆った。
すると、その両手に架かる組紐と、カエデたちを包む光の色がオレンジに変わり、それと同時に、オレンジ色に輝く光球のあちこちで無数の閃光がはじけ、そこから光球の内部へオレンジ色の粒子が弧を描きながら飛び込んで来た。
それは、風に舞うような力の無い流れで、すぐに力尽きるように次々と消滅していった。
だが、次の瞬間。
カエデの身体の至るところから鮮血が吹き出していた。
オレンジ色の粒子がそよぐ風のように触れた所がスパっと斬れていた。
腹部も、最初の1撃で横一閃に斬られていたのだ。
痛みを感じないことからも、傷が致命傷に近い深いものだと推測出来る。
ディがとっさに締め付けて傷口を塞いでくれてなかったら、腹腔の内圧で内臓が飛び出していただろう。
更に言えば、ディは幼い兄妹もコートで未知なる攻撃から防御していた。
「ディ、・・・すまない。・・助かった」
一言話すごとに口から大量の血が溢れ、顔から見る見る血の気が失せていく。
組紐を持つ手も小刻みに震え、その表情からも限界が近いのは明らかだった。
『カエデ、無理だ。止めるしかない』
「今はダメだ。・・それより、どこから・・どうやって、攻撃された?・・武器が何か分かるか?」
『ブーメラン状の物体だ』
「ブーメラン?」
「ほう。生きているのか?」
「!」
カエデは耳を疑った。
〈サークル〉の外は今や絶対零度の世界だ。
だが、声が聞こえた方を見ると、オレンジ色の光球に激突し激しく火花を散らす巨大なドリルの中で、唯一その回転を止めている鋼鉄の螺旋の先端に人が立っていた。
「神器を壊せるのは神器のみ。とはよく言ったものだ」
その人物は、最新鋭のパワードスーツを装着しているにも関わらず、その手にはあろうことか弓矢を構えていた。
氷のような眼光でカエデに狙いを定める男。
それは白焔だった。
「この攻撃を受けて生きていたのはお前が初めてだ。
だが、無様だな。
神器を持つのは自分だけだとでも思ったか?
死ぬ前に答えてもらおうか。
それをどうやって手に入れた?神器のことをどこまで知っている?」
だが、その質問もカエデの耳には届いていなかった。
カエデは、遠ざかりかける意識をなんとか保ちながらディと交信していた。
(どんな攻撃が分かったか?)
『察知することが全く出来なかった。
〈サークル〉に激突して初めて存在を知った』
(どういうことだ?)
『おそらく、次元を移動出来るブーメランだ。
近くまで別の次元を飛んで来て、目標の直前でこちらの次元に飛び出して攻撃する。
その進路上に〈サークル〉があった為、〈サークル〉に激突した。
しかし、激突しても完全に消滅せず、光の粒子になりながらお前の腹部を斬り、ようやく消えたというのが私が出した結論だ。
完璧ではなかったが防げたことからも間違いないと思う』
(・・・防いだって、そこらじゅう切り刻まれてますけど)
『〈サークル〉がなかったら最初の一撃で胴体真っ二つ。即死だったぞ』
(・・・)
「答える気力も残っていないか?」
待てど答える気配のないカエデに対し、白焔はそう言いながら、カエデの眉間に狙いを定め更に弓を引いた。
「まあいい。貴様の神器は私たちがもらう。死ね」
そう言うと彼は矢を放った。
いや、放とうとした、まさにその瞬間。それは起きた。
白の艦隊を閉じ込めていた巨大な氷塊が一瞬にして水に戻ったのだ。
「!」
その、誰一人として想像しなかった事態に、白の艦隊は、まさに何も出来ないまま数十億トンもの水と共に自由落下を上回る速度で海面に叩き付けられた。
ドォオオオオオオオオオオオオオンっ。
数十にも及ぶ艦船、そして艦載機が膨大な量の水と共に海面に叩き付けられ、数え切れない程の巨大な水柱が吹き上がる。
嵐のように荒れ狂う海の中で、艦船や艦載機が激突して大爆発が起こるのが幾つも見えた。
◆
「不覚」
矢を放とうとした白焔は、数十億トンもの水に押し流されて落下した。
本来なら足場にしていた突撃艦に避難したのだろうが、その突撃艦がドリルミサイルに変形し、なおかつ艦自体も落下していた為、それもかなわなかった。
白焔は、空中で激突する艦船をかわしながら海に飛び込んだ。
そして彼は水中から海面めがけて矢を放った。
矢は、次の瞬間にはその進路上にあった、本当なら彼の真上に落ちるはずだった全て、艦船や艦載機を射し貫き、一瞬にして光に変え蒸発させていた。
その光によって、降りしきる大量の水が水蒸気爆発を起こす中、水中に沈んだ無数の艦船が、まるで何かの呪縛から解き放たれたかのように次々に浮上して海面に飛び出し、ゆっくりと弧を描いて着水し、その身を荒れ狂う波に委ねていった。
その中に白の艦隊旗艦、ガーブの姿もあった。
◆
「総員、何かにつかまれ」
ヴァルマがそう叫ぶよ早く、ガーブは落下を始め、ほとんどのクルーが宙に投げ出されていた。
直後に艦は海面に激突し、その衝撃でクルー達は天井に叩き付けられ、次には床に落ちていた。
「・・・うぅっ」
非常灯に照らし出されたブリッジは、あらゆるものが散乱し、あらゆる場所から漏れるうめき声を警報が掻き消していた。
「総員、被害状況の確認と・・・」
何とか立ち上がったヴァルマは、そこで言葉を失った。
見渡せる範囲全ての水平線が、渦巻きの壁に覆い尽くされていたのだ。
ただ海面を漂うだけの瀕死の状態の白の艦隊の周りを、渦巻く無数の水柱が、立ちはだかる巨大な壁のようにぐるりと取り囲んでいた。
「いかん」
渦をみた老参謀は、これから何が起こるのかを一瞬で理解した。
「総員退避」
しかし、時すでに遅かった。
竜巻に吸い上げられるように上昇して行く無数の渦は、すでに上空で一ヶ所に集まり巨大過ぎる塊になっていた。
そして、小さな島ほどの大きさにまで成長したそれは、一瞬にして凍り、白の艦隊目掛けて落下し直撃した。
ドッゴゴゴゴオオオオオオオオンっ。
氷塊はその圧倒的な質量で全てを押し潰し、そして、全てを押し流した。
〈第三章終わり。第四章へつつ゛く〉