エピローグ・大団円〈2〉
「ディ。頼む」
バルディシュに付き添われ、手をつなぎ遠ざかる兄妹の後ろ姿を見ながら、ミカヅキは小さな声でそう囁いた。
すると、カエデのコートが広がり、2人を覆い隠す円筒形のテントへとその姿を変えていた。
どうやらカエデに内緒でこうすることをディに相談し決めていたらしい。
「え?なに?」
テントの内部は薄暗かったが、ちゃんとミカヅキの顔は見えていた。
「か、カエデ」
少しうわずったその声から、ミカヅキが意を決して、何かを話そうとしていることがカエデにも伝わってくる。
「な、なに?」
思わずカエデまで声がうわずってしまう。
「その、・・・さっきの話なんだけど、・・・本当に知りたい?」
「・・・うん」
本当は聞かないほうがいいのかもしれない。
だが、なぜミカヅキここまで動揺するのか?
その理由が知りたいという気持ちがカエデの中で勝っていた。
「わ、・・・わたし、私ね、私は・・・私は、か、カエデのことが好き」
「・・・え」
その、あまりに唐突であまりに突然の告白に、カエデの頭は真っ白になっていた。
「で、それでね、・・・それで、どうしてカエデに見てもらいたいものがある。の」
そう言いながら、ミカヅキはボディスーツの背中に装着されているバックパックの、肩口にあるボタンを押した。
すると、箱形のバックパックがパカっと開いた。
その時だった。
意を決した顔のミカヅキが、スーツのズボンの腰の部分に指を掛け、前屈みになって、ズボンをするんと下にさげたのだ。
「!」
カエデは思わず目を閉じ両手で顔を覆った。
「ななななななな、なにしてるんだよミカヅキ」
「い、いいから、・・・見て」
「え?で、でも。そんないきなり」
「いいから、早く」
そのミカヅキの言葉に押しきられるように、カエデはゆっくりと目を開け、顔を覆う指の間からミカヅキを見た。
「!」
ミカヅキが下げたズボンの前は腸骨の下の、ギリギリのところで止まっていた。
その代わり後ろは、ズボンと一緒に下着もお尻の下までさげられ、プルンとしたお尻が丸見えになっていた。
「え?」
そのお尻には見慣れないものが付いていた。いや、お尻から見慣れないものが生えていたというべきだろう。
「???」
ミカヅキのお尻の付け根から伸びるそれは、かなり太く長かった。
そう。それはまるで蛇の、いや蛇というよりはトカゲ?いやいや竜の尻尾のような、立派な尻尾だった。
「し、・・・っぽ?」
「うん」
小声でそう返事するのが精一杯のミカヅキは、うつむき加減の顔を両手で覆っていてもハッキリ分かるぐらい耳まで真っ赤になっていた。
「・・・これでね」
そう言いながら尻尾の先をカエデの前まで伸ばし、ゆらゆらさせる
「あの時、落ちた瞬間に、この尻尾を伸ばしてワイヤーつかまったんだ」
「そうだったんだ」
そう聞かされても、カエデは驚くばかりだった。
ミカヅキを〈リバースマシン〉で再生させていた時は、ディによって包まれていたため、当然ながらカエデはその身体を直接見てはいなかった。
生き返った後も、その身体を包む布状の部分をディがコートから切り離してミカヅキの身に纏わせていたし、その後は、ワープ空間で合流したエスペランサにミカヅキをあずけ、ディと一緒に各惑星の塔を破壊しに行っていた。
そして再び地球に帰還した時には、ミカツ゛キはすでにバックパック付きのボディースーツを着用していた。
何故、ミカツ゛キのスーツにだけバックパックがあったのか?
まさか尻尾を収納するためだったとは思ってもみなかった。
それにあの時、尻尾の動きなどカエデにはまるで見えなかった。
それほど早かったのだ。
「あ!もしかして」
「なに?」
「初めて会った時に、瓦礫の中から突然飛び出して来たアラストールを一刀両断したのも?」
「あ、あれ。そう。あれも尻尾の先で刀を持って斬った」
「すごい。刀が握れるなんて」
「撃とうと思えば銃も持って撃てる」
「そ、そう。すごいね」
(あの時、命を助けてもらったお礼を言わなきゃいけないのに・・・なに言ってんだ。オレ)
気まずい沈黙が流れる。その静寂を破るように口を開いたのはミカヅキだった。
「・・・か、カエデ。さっきの話しなんだけど、・・・その、あの、・・か、カエデは、わ、私のこと好き?」
「うん」
それは、嘘偽りのない、カエデの精一杯の気持ちを込めた返事だった。
「私が恐竜人間とのハーフでも?尻尾があっても?」
「そんなこと言ったらオレなんかダリウス博士の子供だし、このコートも一生脱げない。だからそんなの関係ない。ミカヅキはミカヅキだよ」
「ほんと?」
そう言いながら、ミカヅキは思わず顔を上げた。
その涙に濡れる顔は、さっきまでの戦士のそれではなく、1人の乙女の顔になっていた。
“どきっ”
そのあまりのギャップに、カエデがドキマギした。その瞬間。
ミカヅキはいきなりカエデに抱きついていた。
あまりに突然の出来事にパニックになりかけたが、ディに支えられているため、カエデは倒れることなくミカヅキに抱きしめられていた。
「ななななななな」
自分の腕と胸の中で、耳まで真っ赤にしてパニクる顔を、ミカヅキは愛しそうに見おろす。
「それでね。もう1つ大切な話しがあるんだ」
「え?なに?」
「私たちの種族には、あの、成人したら、その、尻尾は生涯を添い遂げる相手にしか見せちゃいけないって掟があって」
「え?」
「だって、あんなこと聞かれたら尻尾を見せないわけにいかないし。だから聞いたんだ。私のこと好きかって。
・・・そ、それでね」
「なに?」
少し躊躇したが、ミカヅキは清水の舞台から飛び降りるつもりで話し始めた。
「わ、私たちの種族は雌雄同体で、・・・その、男でもあり女でも・・・あるんだけど、・・・あの、その、カエデはどっちがいい?」
さすがのミカヅキも、口から心臓か飛び出んばかりの緊張に、最後はゴニョゴニョと口ごもってしまっていた。
だから最後の方はよく聞き取れなかったはずなのだが、カエデはその一言で、頭から湯気をピ〜っと、そして鼻からも鼻血をブ〜っと噴き出して卒倒していた。
「ななななななな」
「だって、その、カエデの性別が分からなくて」
「え?」
「私たちの種族は、嗅覚や臭覚、聴覚とか五感を使って人間や動物の年齢とか性別とか、歩く速度や歩幅でどんな武器を携帯してるかまで当てることが出来る。そう進化して生き延びてきた。でもカエデはディが護っているから性別も年齢も分からなくて・・・ねぇ、どっち?」
「どどどどど、どっちだっていいだろ。そんなの」
カエデは顔を耳まで真っ赤に染めたまま、口から心臓が飛び出そうな緊張に耐えながら、ミカヅキから目をそらさず、ちょっぴり恥ずかしそうな、そしてものすごく照れくさそうな小さな声で、しかしはっきりと答えた。
「そんなの関係ない。オレが好きなのはミカヅキなんだ」
その言葉を聞いたミカヅキは、さらに力を込め、ギュっとカエデを抱きしめていた。
「そうだね。好きになるのに性別は関係ないもんね」
「・・・うん」
『もうテントを片付けてもいいか?』
「うん。ありがとう。ディ」
ミカヅキがお礼を言うと、テントが掃除機にでも吸い込まれるように縮み、カエデの纏うコートへとその姿を変えていく。
その時、カエデはあることに気付いてハっとなった。
「ミカヅキっ!お尻がまる見え!」
「え?あ〜〜〜〜っ」
ミカヅキは抱きしめていたカエデを離し、大慌てでズボンを下着ごとずり上げる。
それと同時に、尻尾がくるくると丸められ、バックパックの中に収められていった。
バックパックが閉じるのと、テントが消滅したのがほぼ同時だった。
「ディ。ちゃんと言ってよ」
『お尻がまる見えだぞ。って?』
「わっ!!」
2人の会話を遮ったのは、カエデがあげた驚愕の声だった。
「!」
見ると、カエデの眼前にバルディシュがいたのだ。
バルディシュはカエデの脇を横切り、ミカヅキの前で止まった。ミカヅキがその頭を優しく撫でると、まるで本物のライオンのようにお座りした。
その姿を見て、カエデはようやく緊張を解いた。
「ああ〜びっくりした」
「驚かせてすまない。2人をちゃんと送り届けてくれたんだね。ありがとう」
そう言いながらバルディシュを優しく撫でるミカヅキを見ていて興味がわいたのか、カエデもバルディシュに近づき、興味津々の様子で鋼獣のそこらじゅうを見渡している。
「そういえば、このロボット。何に使うの?」
倒すべき敵がいなくなった今、カエデがこの疑問を抱くのは当然のことだろう。
「カエデと一緒に旅に出るから、そのお供に」
「え?」
カエデはまたしても固まっていた。
「バルディシュの腹の中にはいろんなものが収まるから、生活必需品を全部詰め込んできた。
疲れたらこいつの背中に乗ってもいいし、いざという時はパワードスーツにもなる。連れて行って損はない」
「・・・ミカヅキも旅に出る?」
「ああ。私がここに来たのはカエデを見送るためじゃない。カエデと一緒に旅立つためだ」
「でも、レムリアの人たちはどうするの?」
「もうシェオールの連中もアラストールもいない。それにエバンスがいる。だから私がいなくても大丈夫だ。彼らだけでも十分やっていける。お役御免というわけ」
「・・・そ、そうなんだ」
カエデはびっくりしたような、安堵したような、嬉しいような、複雑な表情を浮かべていた。
「どうした?」
「いや、ミリーからオレが旅に出るのを止めるよう頼まれてから、てっきりそのために来たんだとばかり思ってた」
「ミリーたちにはルイス先生がいる。先生が、お母さんがいれば、きっと大丈夫だ。私がそうだったように」
「・・・ルイスが?」
「ああ。彼女は全てを受け入れて、全てを受け止めてくれる。言ってなかったかな?私にミカヅキって名前を付けてくれたのはルイス先生・・・いや、お母さんなんだ」
「そうなんだ。オレも好きだよ、ミカヅキって名前。ミカヅキに一番合ってる」
「ああ。私もこの名前が大好きだ。ところでカエデ」
「なに?」
不思議そうな表情で自分を見渡すミカヅキに、カエデも怪訝な表情を浮かべる。
「君の荷物が見当たらないが、まさか手ぶらで旅に出るつもりなのか?」
「ああ。それなら大丈夫」
にこやかな表情でカエデが答えた。
「このコートの内側が、異次元ポケットになってて・・・」
「え~~~~~~~~~~~っ」
『準備OKか?』
「ああ」
「・・・・待たせなディ。てか、どこまで便利なんだ?お前」
「このこと、言ってなかったっけ?」
『言う暇もなかったからな』
そして、2人がまさに新たな一歩を歩き始めたその時。
ミカヅキがカエデの手を〝ぎゅっ″と握った。
「なに?」
カエデが振り返ると、ミカヅキは顔を耳まで真っ赤に染めて〝もじもじ″していた。
「どうしたの?」
カエデが心配そうにミカヅキの顔を覗き込むと、
「あ、あのねカエデ」
と、何らやしどろもどろで話し始めた。
「なに?」
次の瞬間、ミカヅキはカエデにキスしていた。
「!??????????」
どれほどの時が流れただろうか?
一瞬とも永遠とも思える時間が過ぎ、ミカヅキはゆっくりと唇を離した。
恥ずかしそうに、でも嬉しそうにはにかむミカヅキに対し、カエデは何が起きたか分からない様子で半ば呆然としていた。 「・・・あの、もしかして初めてだった?」
「・・・・うん」
「・・・・私も」
「そ、そうなんだ」
なんともぎこちない会話が続く。
「そ、それでね、さっきの話のなるんだけど・・・」
「さっきの話?」
「カエデが男の子でも女の子でも、あの、その、わ、私の男の子と女の子で、い、いっぱい愛してあげる・・・」
「えっ!?えぇぇぇぇぇぇぇ~~~~~~~~~~~~~~~っ!?」
『そうゆう事なら私も協力しよう。ミカヅキ。今夜なんだが・・・』
「今夜?今夜がどうかしたの?」
『今夜カエデが寝たら、睡眠をコントロールして絶対に目覚めないようにする』
「そそそそそ、それってつまり?」
「やりたい放題だ。それこそ、あんなことや、こんなことも・・・」
「きゃ~~~~~~~~っ」
ミカヅキは顔を耳まで真っ赤にし、鼻血をぴゅ~と吹き出しながら飛び上がらんばかり狂喜乱舞していた。
その瞬間。カエデはくるりと踵を返すと、歩き始めたばかりの道を戻り始めた。
『どうした、カエデ?』
「旅立ち中止。てか、それ以前に旅そのものが中止」
カエデはそう言いながら、皆がいるキャンプの方に向かって大股でずんずん歩いて行く。
「え?なんで」
後ろから小走りに追い掛けてくるミカヅキを一切無視し、カエデは前を見たまま言葉を続ける。
「こんな危険な旅、出掛けられるかっ」
「危険?大丈夫。私が昼も夜も片時も離れずそばにいるから」
「だから、それが1番危険なんだって」
『いろんな意味でな』
「じゃあ、これからどうする?」
「皆のところへ戻る。やっぱりミリーを悲しませられない」
「そうか」
残念そうな口振りとは裏腹に、ミカヅキの顔は嬉しそうだった。
『心配するなミカヅキ。皆が寝静まったらカエデと2人だけコートでくるんで別の場所に空間転移させるから』
「きゃ~~~~~~~~っ」
「だから、だめだって」
「本当にいいの?」
『ああ』
「いや、だめだって」
「本当に?」
『もちろん』
「だめだめ」
「本当の本当に?」
『まかせておけ』
「だめだめだめ」
「本当の本当の本当に?」
『私は天才だからな』
「自分で言うな~~~~~~~~~~~っ」
〈おしまい〉
あらためまして木天蓼です。
「ロスタイム~金碧と漆黒のディスティニアス~」は今回で完結となりました。
読んでいただいていた皆様には感謝の言葉しかありません。
今は頭の中が真っ白で何も思い浮かびませんが、また何か思いついたら、それを小説という形に出来たらなと思っています。
本当は皆様にもっと感謝の言葉を伝えなければと思うのですが。それを上手く思い浮かべることが出来ません。
私の未熟さゆえなのでご容赦していただけたら幸いです。
それでは失礼いたします。
皆様本当にありがとうございました。
木天蓼 亘介




