エピローグ・大団円〈1〉
そこは小高い丘だった。
数日前まで、風が駈けていく以外なにもなかったこの場所の景色は今、一変していた。
今そこには、丘を埋め尽くすように無数の小さな石が規則正しく並べられていた。
南側の斜面にあるその丘からは、遥か彼方まで広がる雄大な景色が一望でき、今まさに、頂の間に沈もうとしている夕陽が、辺り一面を優しく照らすように赤く染めていく。
だが、その景色に背を向け、小さな石の前にしゃがむ影があった。
それは石といっても、長さが30センチメートルほどの楕円形をしていて、他の石も、どれ一つとして同じ形のものはなく、どこかで拾ってきた物を、急遽あつらえたのであろうことは安易に想像できた。
そして、そのしゃがむ人影の前に立てられた石には、こう文字が刻まれていた。
〈宇宙を救いし者、ここに眠る〉
そう。丘一面に並ぶそれは、一連の戦闘で亡くなった人たちのお墓だった。
その人物は、石に彫られた文字をじっと見つめながら、手を背後に回し、小さな容器を取り出した。
栓をはずし、もう片方の手に持った2つのコップに向けて容器から液体をそそいでいく。
半分ほどまで液体で満たされたそれを、目の前とすぐ隣の墓の前に置いて、その人物は墓石に語り掛けるように話し始めた。
「艦長。遅くなってごめん。
地球じゅうを埋め尽くしていた金を、ディと搔き集めて月に棄ててたんだ。
みんな少しぐらい欲しがるかと思ったら、もう見たくもないから全部ほかってくれって。
それはそうと、この酒どこにあったと思う?
バルディッシュの腹の中に隠してあった。
ロイから聞いたよ。ギブスンさん、全てが終わったら艦長とデートしようって口説いて約束させたって。
その時にこれで艦長と一杯やるつもりだったらしい。
だから2人のお墓を並べて建てた。
艦長のことだから、もっとイケメンの隣がよかったとか言うかもしれないけど、それはそっちに行った時に聞くから」
そこまで話して、その人物は近付いて来る無防備な気配を察し振り向いた。
「皆のところに戻らないのか?」
それはミカヅキだった。そして、ミカヅキの横に雌ライオンほどもある巨大な獣がいた。それは、ミカヅキがジョン・ギブスンに製作を頼んでいた獣型サポートロボ、バルディッシュだった。
ミカヅキの視線を追うと、麓に広がる原野の至るところで火が焚かれ、その周りに無数のテントが建っているのが見える。
焚き火の周りに集まった人たちが、歓喜の声をあげ、ささやかな宴を楽しむ様子を、炎が煌々と照らし出していた。
「うん。このまま行くよ」
そう言うとカエデは立ち上がった。
「待ってカエデ」
そう言いながら、バルディッシュの背後から小さな影が2つ飛び出し、カエデ目掛けて駆け寄って来る。
それは、ジャンとミリーだった。
彼らが乗っていたエスペランサは、サタンに破壊されたWDCを放棄した。
WDCが爆散したのはその直後のことだった。
彼らは間一髪のところで一命を取り留めていたのだ。
だがそれは、ワープ空間内に閉じ込められたことを意味していた。
それを救ったのは、ガブリエルたちをレムリアに送ったアダーガのWDCだった。
そう。彼らがガブリエルたちをレムリアに送り届けた後ワープしたのは、他ならぬガブリエルの命令で救難信号を出したエスペランサを救助に向かったからだった。
ミリーは減速することなくカエデに抱きつき、ジャンはその一歩手前で止まった。
「ミリー、ジャン。もういいのか?」
安堵の表情を見せるカエデとは対照的に、その顔を見上げるミリーの顔は涙でぐちゃぐちゃになっていた。
「カエデ。お願い、行かないで」
泣きじゃくる小さな頭にそっと手をやり、嗚咽に合わせて震える髪を優しく撫でる。
「大丈夫。いつかまた会える」
「いつかって、いつ?」
「それは分からないけど・・・そういえばごめん。約束してたのに。ペンダントあげられなくなったんだ。本当にごめん」
「いいの。あのペンダントがなかったら、みんな死んでたってミカヅキが話してくれた。
・・・それでね、もしよかったら、これ貰ってほしいの」
そう言いながら差し出された小さな手には、木の葉を降り、重ね合わせて作られた小さなペンダントが握られていた。
「これ、ミリーが作ったの?」
「うん」
「作ったのは俺。ミリーは葉っぱを集めただけだろ」
「もう。なんで言うの。お兄ちゃんのばかっ」
「ありがとう。大切にする」
どうやって調達したのか?ネックレスの代わりに麻紐まで結わえられているペンダントを受け取ると、カエデはそれを壊さぬようにゆっくりと紐に頭を通し胸元に収めた。
そして、右手をジャンの前に差し出した。
ジャンもそれに答え、2人は固い握手を交わした。
その様子を見ていたミカヅキが問いかけるようにカエデに言葉をかけた。
「皆、心配してたぞ。手足は本当に大丈夫なのかって」
カエデは握手を解いた右腕を曲げ、ミカヅキに見えるように指を閉じたり開いたりした。
そして、その疑問に答えるかのように話し始めた。
「木星がブラックホールになったあの時、オレはほぼ意識の無い状態で、延命措置として人工心臓を埋め込まれ死を待っていた」
『はるか昔、私は自らを器に変え、臨界密度に達した2つのビッグバンを体内に封印した。
だがそれは、私が持つ全ての力を持ってしても封印していられるのが奇跡に近い、膨大過ぎるエネルギーだった。
私は全ての力をそれに集中させなければならず、それ以外何もすることが出来ない。ただ宇宙をさ迷うだけの存在となっていた。
あの日、かつて天使と呼ばれた者たちが地球を目指すために創り出したブラックホールに私は吸い込まれた。
だが、これは私が意図したことではなく偶然だった。
そして、ロベルトのカエデを救いたいと言う魂の叫びを聞いた。
私はその声に引き寄せられるように彼らと合流した』
「ディはオレに問いかけた『生きたいか?』と」
『カエデは私に答えた「生きたい」と。
そして私たちは契約を結んだ』
「契約?」
『私がカエデの心臓になって命をつなぐ』
「ディはオレと一緒になったことで何処でも自由に行けるようになった。というワケ」
「・・・え?」
まるで世間話でもするかのような、あまりにも普通の告白にミカヅキは一瞬耳を疑った。
「それって、カエデの胸の奥に2つのビッグバンが絶妙なバランスで納まっているってこと?」
「そう」
「じゃあ、もしそれが何かの拍子に解放されたら」
『それはない。私がコートに擬態して全身を覆い、カエデを護っている』
「じゃあ、コートがなくなったら?」
『カエデは自らの胸の穴に、真っ先に吸い込まれるだろう。
だが、悲しむことはない』
「なんで?」
『次の瞬間には地球もその穴に吸い込まれているから』
「いやいやいや、ダメだろ。それっ」
ミカヅキのあまりのうろたえぶりに、カエデは思わずくすりと笑った。
「大丈夫だよ」
「でも、・・・そんなデタラメな力、本当にコントロールできるのか?」
『ああ。今は大丈夫だ。最初の頃は失敗ばかりだったが』
「初めてこの力を使った時、・・・自分の手足吸い込んじゃった」
何故か照れながら答えるカエデ。
「え?えぇぇぇぇ〜〜〜〜〜〜〜っ」
それに対してミカヅキは、ただただ驚くばかりだった。
『私がすぐに胸の穴を閉じたから大事には至らなかった』
「いや、十分、大事だって、てか穴?」
『カエデの胸には人工心臓の弁の交換や緊急時に対応するためにリングが埋め込まれていて、それにはカメラの絞りのようなシャッターがついている。それは医療用のものだが、もちろん今は私が創り出したものと交換してある。人間が作り出すいかなるものでも傷一つつけることは出来ない、どんな攻撃や衝撃にも耐えうる代物だ。だから最悪の事態は避けることができた。
だが、手足の再生には時間がかかる。そこで応急措置としてコートを紐解き仮の手足を作った』
それを聞いてミカヅキは納得した。
「だからか、でもそれなら何で今も手足が・・・」
「それが力のコントロールが全然できなくてさぁ」
『何回挑戦しても手足を吸い込むばかりで、まさに全戦全敗。学生生活に例えるなら、全てのテストが赤点ばかりの落第状態だ』
「・・・で、どうやって克服した?」
どこまでが本気でどこからが冗談なのか。
掴みどころがない2人の会話に、ミカヅキは深刻な面持ちで身構えているのがバカらしくなってきていた。
「で、困り果てていたら、ディが『もしかしたらこれが使えるかも』って出してくれたんだ」
そう言いながら、カエデはいつの間にかそれを握っていた。
その手が何気に持つ、その神々しいまでの輝きに、ミカヅキだけでなくジャンやミリーまでもが顔を近づけ覗き込んだ。
「これが神器」
何度も見ているはずのミカヅキさえも虜にしてしまう、金色の髪を編み込んで作られた組紐。
そう。これこそが〈ヘスティアの組紐〉だった。
「これを、こう手に持って」
そう言いながら、カエデはあや取りでも始めるかのように、組紐を架けた両手を開いた。
『胸の穴を開くとカエデの周りに力場が発生する。
その力場が生み出すエネルギーによって組紐、ヘスティアの髪が輝きを放つ』
「つまり、この髪の輝き具合を見て、今どれくらい力が解放されているかを目測して胸の穴を絞るか開けるか調節して・・・」
「いやいやいや・・・」
そこまで聞いてミカヅキは再びツッコんだ。
「宇宙を消滅させかねない力をそんな、スパコン使って電子制御とかじゃなく目測って・・・お前は日本の職人か。
てか、そういえばこれ白焔に奪われたよな。なんでここにあるんだ?」
『これに限らず、神器はどこにいこうと時間も空間も超越して必ず所有者の元に戻ってくる』
「これの所有者ってヘスティアだろ?なんでカエデたちがこれを?どうやって手に入れた?」
「それはね」
『言うなよカエデ。言ったら・・・』
「ヘスティアにラブレター渡したら、お断りの手紙と一緒にもらったんだって。封筒の中に手紙と一緒に入ってたんだっけ?」
『後で絶対に泣かせてやる』
「封筒?手紙?・・・神様が?」
『そういうところは神も人間と変わらない』
「本当に、神の力。・・・じゃ、・・じゃあ、もし」
今まで大声を張り上げていたミカヅキが、神妙な面持ちになっていた。
「もし私が人間になりたいと言ったら、その力で願いを叶えてくれるのか?」
『それは出来ない』
それもまた、先ほどまでのディからは想像出来ない、冷静で穏やかな、それでいて威厳に満ちた声だった。
『人が本当の自分になるために、あらゆる手段を尽くすことは正しいことだ。だが、君のそれは神に背く行為だ。残念だがその願いは叶えられない』
「・・・そう、だよね。ごめん。変なこと聞いて」
「ううん。全然変じゃない」
そう言い終わった時時には、カエデはミカヅキに目と鼻の距離まで近付き、下から心配そうに、覗き込むように顔を見上げていた。
「人間なら、誰でも1つや2つそういう願いを持っているから、・・・」
「ありがとう」
そう言いながら、カエデの頭を優しく撫でる。
『そういえば、ミカヅキ。カエデは願いを叶えるためなら、目の前に立ち塞がる相手が例え神だったとしてもぶっ潰すとか言ってたぞ』
「え?」
「あ、あれは・・・」
「カエデ、そんなこと言ったの?かっこいい~~~~~~~っ。
ねぇ、それってどんな願い?」
「い、いいだろ。そんなこと」
困り果てた顔を耳まで真っ赤に染めてうつむくカエデを見て、今度はミカツ゛キが話しかけた。
「そうだ。カエデは私に聞きたいことはないのか?」
「え?」
あまりに突然に、そして唐突にそう聞かれ、カエデは戸惑い紛れにこう尋ねていた。
「じゃ、じゃあ、第四階層と第五階層の間で、えっと、ドラゴンだっけ?」
『フレーズヴェルグだ』
「そう。それそれ。そのフレーズヴェルグを閉じ込めたワイヤーネットを、炎の飛礫を避けながら駈け上っていた時のこと覚えてる?」
「ああ」
「あの時、一度だけワイヤーを掴み損ねて落ちたよね?」
「見てたのか?」
そのミカツ゛キの言葉からは、わずかだが動揺が感じ取れた。
「オレも四方八方から落ちて来る泥人間や飛礫を避けながらだったけど、落ちたところは見たんだ。でも助けに行こうとした次の瞬間には、ミカツ゛キはもうワイヤーネットに摑まってた。手も足も届かない距離だったし、あの時ミカツ゛キは確かに手ぶらだった。どうやってワイヤーに摑まったの?」
そこまで言って、カエデは思わずうつむいた。
本当はもっと聞きたいことがたくさんあるのに、今がその絶好のチャンスなのに、なんで、よりにもよってこんなことを聞く?
カエデは後悔しまくっていた。
(そんなの「隠し持っていた鋼の糸を結んだ苦無をフレーズヴェルグの身体に打ち込んでぶら下がって、その反動を利用して飛び移ったんだよ」とか言われるに決まってる。
どこまでバカなんだオレは)
そんな言葉が、壊れたレコードのようにカエデの頭の中でぐるぐると何度も繰り返されていた。
だが、ミカヅキからの返答は帰って来なかった。
「?」
そのことに気付き思わず頭を上げたカエデの視線の先には、さっきまでと違い冷静さを取り戻したミカヅキの姿があった。
だが、その外見からは全く分からないが、心の奥底が少なからず動揺していることをカエデは感じ取っていた。
「?」
「ジャン、ミリー。悪いんだけど先に帰っててくれないか」
「え?でも」
不安に泣きそうな顔のミリーにミカヅキは優しく話しかけた。
「大丈夫。カエデは私が必ず連れて戻る。そのための大切な話しを2人だけでしたいんだ。
だから私を信じて、今は2人だけにして欲しい。お願い」
ミカヅキはジャンとミリーに向かって顔の前で両手を合わせ、そのまま頭を下げた。
「わかった。行くよ、ミリー」
「・・・うん」
まだ納得はしていなかったようだが、ミリーはジャンに手を引かれ渋々その場を離れていった。
〈つづく〉




