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第十章・第四話 ロスタイム





  “ぶちっ”

 その時だった。

 突如出現した、天空を貫く二条の光りの帯が、真上と真下から、しかも真逆の方向から、まるで振り子の糸のように真空を切り裂きながら迫って来ていた。

 そしてそれは、交差する形でサタンの身体を直撃し、通りすぎるように離れていった。

 だが、その両方をサタンは防いでいた。

 真上からの閃光は、ミカヅキがキエル上空でキリーたちを殲滅させるために使用した人工衛星からの一撃だった。

 それを、頭上で重ね合わせた掌で、見えない壁でもあるかのように弾いたのだ。

 それは、真下からの攻撃に対しても同じだった。

 サタンは下方からの攻撃も同様に防いでいた。

 が、彼の身体は袈裟(けさ)斬りにされていた。

【ガァァァァァァァァァァ〜〜〜〜っ】

 断末魔の叫びをあげながら下方を見たサタンの目に映ったのは、黄金に輝くリングを持った両の手を、自分目掛けて突き出すカエデの姿だった。

 だがよく見ると、黄金の輝きを放っているのは、カエデが突き出した両手のさらに前に浮かぶ歯車のような機械の集合体だった。

 その機械にサタンは、いや、正確には彼が依り代としているミカヅキが見覚えがあった。

【・・・ろ、ロベルトか?】

 そう。カエデの父が設計した心臓部が形を変え、幾重にも重なるリング状の歯車が、凄まじい速さで噛み合いながら回転し、カエデの前で眩い光りを放っていた。

 それは、第八階層で、空間を反転させる見えない壁を通過しるために、ディがリバースマシンの残骸を集めて造り出した機械だった。

 ディはそれを使って反転する空間に干渉し、時間を0,0001秒だけではあったが止めることに成功し、その一瞬を突いて壁を突破していた。

 カエデもディがそうしたように、サタンがレイジーとデビットに気を取られた一瞬の隙を突いてその力を使い、彼がレーザーを防ぐために創り出した見えない壁に干渉していたのだ。

 カエデは(まばた)きもせずサタンを見つめていた。

 その視線は、右脇腹から左の肩口にかけて文字通り身体を真っ二つにされたサタンが、傷口から真っ暗な血を大量に噴き出しながら、見る見る小さくなっていく様を捉えていた。

 サタンの身体を袈裟斬りにしたレーザーは彼の心臓も斬り、その衝撃で心臓は破裂していた。

 それはつまり、ミカヅキの心臓が破裂したことを意味していた。

 サタンがミカヅキへとその姿を変えていく。

 袈裟斬りにされた無惨な姿を晒したその身体を、カエデはディのコートを広げて優しく包み込み、そのまま背負った。

「ディ」

『時間は止めている。大丈夫だ』

「サタンは?」

『ミカヅキという依り代を失った今、彼はお前に憑くしか生き残る道がない。だが、カエデには私がいる。憑くことなど不可能・・・敵だ』

 ディがそう叫ぶより早くそれは起こった。

 カエデとディ、そしてミカヅキの周りの空間に次々に穴が開き始めたかと思うと、次の瞬間には目に見える全ての範囲、全方位が穴に埋め尽くされ、そこから異形の者たちが修羅の如き勢いで飛び出して来たのだ。

 『ソロモン72柱か』

 しかも、そこから飛び出して来たのは異形の者たちだけではなかった。

 シェオールの戦闘機や爆撃機、果てはドリルミサイルや戦艦までもが次々に姿を現し、辺り一面の空間を鬼神の如き勢いで埋め尽くしていく。

 その数は数億、いや、数兆はいるだろうか?

その中にはデリンジャーの愛機ナベリウスの姿もあった。

 だが、それらも異形の者たちもカエデたちには目もくれず一ヶ所に集まり始め、巨大な塊へとその姿を変えていく。

 そして、数兆ものバケモノたちが1つの集合体となったその姿に、カエデは絶句した。

「サタン」

 そう。目の前に姿を現したのは、超々巨大なサタンだった。

 『一階層の天井にバリアで蓋をしていたのはハンナのヌーベル・マインゴーシュだった。

 彼女が死んだために異形の者たちが地上に放たれた。それをサタンがここに呼び寄せたのだ。

 自らの依り代にするために。

 そうすればカエデが逃げずに、しかも瀕死のミカヅキを連れたまま戦うであろうことも計算に入れて』

 天に届かんばかりの上空から、足元をうろつくアリでも見つけたかのようにカエデを見下ろすサタン。

 その口が大きく割り開かれ、鼓膜を破り脳を破裂させるほどの咆吼が放たれた。

【グゥォォォォォォオオオオオオオっ】

 カエデは咄嗟に身を翻し、光りのそれに匹敵する速度で移動していた。

 だが、サタンはそれを上回るスピードでカエデたちの前に現れ行く手を阻んだ。

 その瞬間。サタンの口からカエデたち目掛けて眩い閃光が放たれていた。

 それは、光りの槍となってカエデたちをあっけなく飲み込みながら宇宙を貫き、その進路上に居合わせた全てのものを一瞬で蒸発させていた。

 そして、その輝きが消えた後には文字通り何も残っていなかった。

 光りははるか彼方の惑星、恒星までも消滅させていた。

 だが、カエデたちはかろうじて生きていた。

【私は宇宙を形成する空間物質さえ消滅させるほどのエネルギーを放っている。

 このままだと宇宙の消滅は避けられない。

 貴様がおとなしく我が依り代とならなければ、幾億幾兆もの星が消滅し、数え切れないほどの命が失われるぞ】

「そうまでしてオレを依り代にしたいのか?」

【まだ諦めぬか?だが、もうお終いだ】

 サタンの身体から細長い腕が生え、カエデたちに向かって伸びて来た。

 そしてその指先には、何か機械のようなものが握られているのが見えた。

【貴様が我が依り代を討ったのは、これがあれば時間を戻して助けられると踏んだからであろう】

 サタンがカエデに見せた機械。

 それは、リバースマシンの心臓部だった。

 ソロモン72柱を含む数兆にも及ぶ悪魔や異形の者たちが穴から出現した際に、カエデとミカヅキをと守ろうとするディと、肉眼では絶対に捉えることの出来ない光速の攻防が行われていた。

 ディの触手は、敵による数兆もの同時波状攻撃によって無残に切り裂かれていた。

 そしてその中にはリバースマシンの心臓部を掴んでいた触手もあった。

 だが、ディは2人の命を守ることを最優先し、結果としてそれは異形の者たちに奪われていたのだ。

 “プチっ”

 禍々(まがまが)しい指先が心臓部をあっけなく押し潰した。

【これで貴様は私に勝てる見込みも、私を倒した後でその者を救うという一抹の望みも全て無くなった。

 ゲームセットだ。(いさぎよ)く我が依り代となれ】

 カエデは背中で血の気を失い力無く項垂(うなだ)れるミカヅキの顔をちらりと見た。

 そして意を決した顔でサタンを見た。

「まだだ」

【なに?】

「まだロスタイムが残ってる」

【なんだと】

「いけるな?」

『ああ。ここなら安心だ。それに』

「それに?」

『ここでトドメを刺さないと宇宙の果てまで追い掛けて来る。彼はそういうタイプだ』

 カエデはサタンを見据えたまま両手を突き出した。

 その両手に架かる組紐が異色の輝きを放ち始めたかと思うと、カエデの胸の中心部に黒い穴が現れた。

 組紐が描く黒いリングから胸の穴目掛けて吸い込まれるように黒い渦が伸びた。

 その瞬間。

 カエデたちの周りに存在するもの全てが、両手に架かる黒いリング、つまりはその奥にある胸の穴に吸い込まれていた。

 地球の反対側にあるものでさえ、0、000000001秒かからずに吸い込んでしまうほどの凄まじい重力の渦。

 だが、その力に(あらが)う者がいた。

 それはサタンだった。

 彼は自らの身体を形成する異形の者たちを凄まじい勢いで失いながらも、その場に踏み留まろうとしていた。

『無駄だ。この渦から逃れる術はない。

 あの日、神々への反逆に失敗した君たちは、もう一度ビッグバンを起こして全てを無に返そうとした。

 それを察知した我々は、新たなビッグバンが起きた瞬間に縮むビッグバンを創り出してそれを相殺し、2つのビッグバンが臨界密度に達した瞬間に、私自身を器にして()()を封じ込めた。

 それが、今まさに君を吸い込もうとしている力の正体だ。確かに君は創造主の1人だ。だが、その君を創り出したのは宇宙の大いなる意志で、その宇宙そのものを誕生させたのがビッグバンだ。2つのビッグバンが重なり合い生み出される力。その力がどれだけ膨大なものか?君自身が一番分かっているはずだ』

【おのれぇ〜、貴様ら無限地獄に堕ちるがいい〜〜~~~~っ】

 サタンは、身体が完全に崩壊するのと同時に、断末魔の叫びを残しながら黒い渦に吸い込まれ消滅した。

『カエデ、もういい。もう終わった。ゲートを閉じろ。早く。全てを吸い込み前に』

「わかった」

 カエデの両手に架かる組紐が放つ光りが徐々に弱くなるのに呼応するかのように、胸の中心で黒く輝いていた穴も小さくなっていき消滅した。

 そして、その後に残ったのは静寂のみだった。



                           〈つづく〉



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