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第十章・第三話 死闘の果てに





 サタンの肩口からさらに二対、計4本の腕が生え、その手にそれぞれ弓が握られたかと思うと、遠回りに包囲する鋼の巨人目掛けて矢を放ち始めた。

 矢を放つと、何も無い空間から次の矢が現れ、それを4本の腕が文字通り矢継ぎ早に動いて装填し、目にも止まらない速さで連射していく。

 こちらからの攻撃は全て石に変えられ、相手に届きさえしない。

 だが、相手が放つ矢と銛と剣は、光りの速さで襲いかかり、ダインスレフを次々に貫いていく。

『第3、第6、第8装甲損傷』

 それは一瞬だった。

 サタンを包囲していたはずが、こちらに残ったのは損傷が著しい第2装甲と、カエデ自身が装着する第9装甲のみとなっていた。

「くそっ」

 息を継ぐ暇さえ与えられないほどの波状攻撃に晒されたカエデには、第2装甲を追従させながら、甚大な損傷を受けながらもなんとか動く第3、6、8装甲を盾にする形で逃げ回ることしか出来なかった。

 だが、凄まじい勢いで4方向から迫る矢と剣と銛に、盾にした3機は、いや、追従しながら攻撃させていた第2装甲さえも串刺しにされ、進路を塞ぎながら特攻を仕掛けるも、サタンの一閃に粉砕され爆散していった。

 そして全ての神器が、カエデが装着するパワードスーツを串刺しにした。

 ババババババババババババババババっ。いや、その直前、それは起こった。

【なに?】

 全てを焼き尽くす光りの槍が、文字通り全方位からサタン目掛けて降り注いだのだ。

『もっと力を収束させろ』

「話しかけるな。気が散る」

 そう。その攻撃の主はカエデたちだった。

 カエデたちはただ逃げていたわけではなかった。

 逃げ惑い、損傷した外部装甲を盾にするふりをして、ある細工を施していた。

 破壊され空中に散らばった各装甲の破片を、スクリーンパネルの技術

を応用し、ミラーコーティングしていたのだ。

 そしてカエデ自身はパワードスーツの胸元を開き、両手を胸の前で向かい合わせ構えていた。

 その手に架かる組紐が爆発的な輝きを放ち向かい合わせたてのひらの中心に現れた光り輝く光球から、黄金の光りが全方位に向けて拡散しながら放たれていた。

 それが、サタンを遠巻きに包囲する幾千、幾万ものミラーに反射し、あらゆる方向から一斉にサタンに襲いかかったのだ。

 サタンの身体に光りの槍が次々に刺さっていく。

 先ほどまでカエデを攻撃していた2つの弓が、それを持つ手ごと光りの槍に串刺しにされて燃え上がり、その炎がサタンの全身を包んだ。

【おのれっ】

 次の瞬間。

 サタンは黄金の炎に包まれながら剣を降り下ろしていた。

 だがそれは、カエデに向けてではなかった。

 一瞬にして天空の彼方まで伸びる剣は、遥か彼方の空間を切り裂いていた。

 そしてサタンは、空間に出来た裂け目に向けてブリューナクを突き出した。

 全てを切り裂く光りが、遥か彼方目掛けて伸びて行く。

「!」

 次の瞬間。

 カエデは南極の大地から目視できないほどの天空の果て、いや、距離という概念さえ凌駕する場所にいた。

 そして組紐から放たれる黄金の輝きを拡げ、巨大なサークルを創りだした。

 その瞬間。

 サークルを禍々(まがまが)しい五条の光りが直撃していた。

 その光。ブリューナクから放たれた5つの光が持つ、組紐が創りだす力を上回る圧倒的な物量のエネルギーにカエデは後ろに押され、背中が何かにぶつかった。

 それはエスペランサだった。

 ヨルムンガントに飲み込まれたエスペランサは、水素と反水素が激突する寸前にワープし、難を逃れていた。

 そして、ワープ空間内で救難信号を追って来たWDCと合流し、ガブリエルが南極に戻るためにWDCに乗り移った後も、そのままワープ空間内に避難していた。

 それを、サタンが通常空間から見つけ攻撃したのだ。

 そしてどこまでも伸びる剣〈カラドボルグ〉の一閃は、WDCを大きく斬り裂いていた。

 救助に向かったカエデがWDCではなく、いきなりエスペランサにぶつかったのもその為だったのだ。

 『カエデ、これは罠だ』

「そんなことは分かってる。でも・・・」

 そう。このままではWDCは長くは持たない。

 航行不能になるか爆発するか、いずれにしろエスペランサはワープ空間に放り出され、さ迷うことになる。

 それ以前に、このままでは石にされてしまう。見捨てることはできない。

 だが、カエデがそう言い終わるより早くそれは起こっていた。

 カエデの目の前の空間、つまり黄金に輝くサークルの壁に、突然オレンジ色の火花が走ったのだ。

『侵入者だ』

 空間を無理矢理こじ開ける。

 その摩擦で火だるまになりながらサークルの内側に侵入してきたもの。

 それは、アイギスの盾だった。

 それに続いて盾を持つ火だるまの腕が、そして業火に焼かれる足と頭と身体がオレンジの火花の中から姿を現した。

 神々しい炎に焼かれてなお、吐きそうなほどの悪寒と、目を見開かされたまま麻酔なしで鼻を切り落とされるほどの恐怖と絶望をまとうその姿。それは、紛れもなく大魔王サタンだった。

 身動きがとれないカエデを尻目に、サタンの全身の傷が驚異的な速さで回復していく。

「くそっ」

『カエデ、カードを切れ』

「そんなことをしたらエスペランサのみんなが・・・」

『このままだと、お前も船の皆も石にされ、この宇宙が再び最終戦争ハルマゲドンの戦場になるぞ。

 それでもいいのか?』

 だが、ディがそう言い終わるより早く、サタンの身体から新たに無数の腕が生えて伸び、カエデに襲い掛かっていた。

 無数の伸びる腕が裂けるように枝分かれし、その先から生えた腕が伸びながらさらに枝分かれして、そこからまた枝分かれを繰り返し、幾千万、幾億、幾兆にもなって一斉にカエデに牙を剥いた。

 その数は、防御と攻撃を兼ねて伸びたディのムチ状の触手のそれを遥かに上回っていた。

 腕は、カエデに反撃する暇さえ与えず、一瞬にして全ての触手をねじ伏せ、全方位から襲い掛かると、カエデの全身に巻き付き、その華奢(きゃしゃ)な身体を、雑巾(ぞうきん)でも絞るかのように容赦なくギリギリと締め上げた。

 バキバキバキバキっ

 ブチブチブチブチっ。

「がぁ」

 身体がパワードスーツごと砕かれ、手足が引き千切られる音と、あばら骨が砕かれる鈍い音が響き渡る。

 肺が押し潰され、無理矢理吐き出させられた空気と共に大量の血を吐いたカエデは、そのままワープ空間から通常空間に引きずり出されていた。

 さらにそれに追い撃ちを掛けるように幾つもの腕が伸び、カエデの首を折れる寸前まで締め上げながら頭を掴んで固定すると、別の腕が、意識が朦朧(もうろう)とする両の(まぶた)を無理矢理こじ開け、瞳を見開かせた。

 そこに、アイギスの盾を持った腕が伸び、カエデの眼前を捉えた。

 その瞬間だった。

 [ギニィヤァァァァ〜〜〜っ]

【!】

 突如として絶叫が響き渡った。

 その声の主は、アイギスの盾に埋め込まれたメデュウサだった。

 苦痛に歪むメデュウサの顔が、激しく波打ちながらその容姿を変えていく。

 首をめちゃくちゃに振り、もがき苦しむメデュウサ。

 だが、それもすぐに収まり、彼女が再び頭を上げると、盾に埋め込まれた顔は全く別人のそれに変わっていた。

 エスペランサを護るため、想像を絶する激痛に飛ぼうとする意識をかろうじて繋ぎ止めるカエデの、ぼやけた視界に映ったそれは、見知った顔だった。

「・・・レイジー」

 そう。その顔はシラヌイの爆発物処理施設でカエデにデビットを助けて欲しいと懇願し、キリーに殺されたレイジーだった。

 レイジーが眼を開き辺りを見渡した。

 その視線の動きに追随するかのように、カエデを締め付けていた数億もの腕が次々に石化し崩れ落ちていく。

(にえ)の分際で】

 その刹那。5つの方向から飛来した五条の閃光が、アイギスの盾を、そこに埋め込まれた顔ごと粉砕していた。

 そして再びサタンの身体から生えた無数の腕が、それぞれ数え切れないほどに枝分かれしながらカエデ目掛けて伸びて行った。

 その時だった。

 枝分かれしながら伸びる1本の腕が、まるで別の生き物のように蠢き始めたのだ。

【おおおおおおおおっ】

 サタン自身も戸惑いの声をあげる中、その腕がバラバラになったアイギスの盾を拾い集めていく。

 それと同時にその腕の付け根、サタンの肩口が蠢きながら大きく盛り上がり、その上半身を真っ二つにしてしまうのではないかというぐらたいの勢いで裂けていた。

【がぁああああああっ〜〜〜〜〜】

 サタンの絶叫を尻目に、その盛り上がりが姿を変えていく。

「・・・あ」

 カエデの視線が捉えたそれは、サタンの肩口から生えた人の、いや、悪魔の上半身だった。

「・・・あれは?」

『彼はデビットだ。いや、デビットだったと言うべきか?

 メフィストフェレス。それが今の彼の名前だ』

「・・・デビット」

 そう。メフィストフェレスと呼ばれるその顔は、後悔と絶望に押し潰され、自ら命を絶ったデビットだった。

 本来なら自ら命を絶った者は無条件で地獄に堕ちる。

 だが彼は、自殺する前に一度絶命し、べリアルの()(しろ)となっていたため、悪魔のそれを上回る怒りと復讐心でメフィストフェレスの魂を喰らい、その身体を我が物としていた。

 彼は何の躊躇もなく自らの眼球に指を突っ込んでえぐり出すと、そこに自らの手で回収したメデュウサ=レイジーの眼をはめ込んだ。

 そして、瞼を開いてサタンを見た。

 [俺やレイジーだけでなく隊長まで、貴様だけは絶対に許さん]

 メフィストの上半身はサタンの肩口から生えているため、彼はサタンを見下ろす格好になっていた。

 サタンが自身をかばうために頭を覆った、無数に枝分かれしながら伸びる腕が、根元から石になっていく。

【ぎぃぃぃぃぃぃ】

 黒板にチョークを突き立てたまま字を書いた時のような、背筋を悪寒と虫酸が走る音にも似た歯軋りを響かせながら、サタンの腕が一斉にメフィストに襲い掛かった。

 その視界を埋め尽くす。いや、その視界の限界をはるかに越える幾億、幾兆もの腕が、あらゆる方向から攻め寄せ、首に腕に身体に絡み付いて、その動きを封じていく。

 そして、組紐のように絡まる無数の腕で首を締めあげ、頭を鷲掴みにして天を見上げさせたまま、サタンの手は、メフィストの首をあっけなくネジ切った。



                           〈つづく〉



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