第二章・第二話 大空の死闘
飛行船の屋根で起きた大爆発を始まりの合図に、雲を突き破って無数の影が飛び出して来た。
それは、神話に登場する双頭の魔獣、オルトロスをモチーフにした獣型の機動兵器だった。
双頭の口から放たれる深紅の光弾を避けながら巨人たちは即座に反撃を開始した。
そして、その間も必死にミカヅキへの呼び掛けを続けていた。
「隊長っ」
「隊長、返事をしてください」
だが、ミカヅキからの応答はなかった。
「みんな落ち着け。民間人の救出が最優先だ。隊長ならそう言うよな?ハンナ、ミラーボールだ」
そう指示を出したのは副長のエバンスだった。
訓練と信頼がそうさせるのか。
彼の言葉を聞いて皆冷静さを取り戻した。
「了解」
ハンナと呼ばれた女性が搭乗する巨人マインゴーシュが飛行船の真上で静止した。
機体の各所に装備されたリングが高速回転しながら発光し、全身が輝きに包まれたかと思うと、その輝きがあっという間に広がって神の宝石をすっぽりと覆っていた。
オルトロスが放つレールキャノンををはじくバリア。
その姿はミラーボールにそっくりだった。
「デビット、キャノンモード」
「了解」
デビットと呼ばれた男性が搭乗する巨人サンダーボルトが再び変形し、プラズマ荷電粒子砲へと姿を変える。
だが、副長機へのドッキングを阻もうと敵の砲火が2機に集中する。
他の巨人が応戦するが、敵は4機1組となり、1機の巨人に対し4方向から同時に攻撃するという戦法をとって来た。
それには巨人たちも防戦一方となり、徐々に押され始めた。
「くそっ」
デビットはドッキングを諦め愛機を人型に戻そうとした。
ガリガリガリガリっ
「しまった」
そして、その一瞬を敵は見逃さなかった。
1機が足に、残り2機が左右から胸部と腹部に同時に噛み付いていた。
ミシミシミシミシ。
機体に牙が喰い込み装甲に亀裂が入っていく。
だが、どうすることも出来ない。
そこに、4機目のオルトロスがトドメを刺すべく攻撃を仕掛けた。
双頭の口が開き、サンダーボルト目掛けてリニアカノンが発射された。
ガッキャァァァァン。
その時だった。金属同士がぶつかり合う甲高い音が響き渡り、サンダーボルトに噛み付いていた6つの頭が斬り落とされていた。
「ムラマサ?隊長!」
そう。そこにいたのは、船上で大爆発に巻き込まれ炎に飲み込まれたはずのミカヅキの愛機ムラマサだった。
ムラマサは手にした刀を振り、目にも止まらぬ速さでリニア弾をはじき飛ばすと、そのまま返す刀で、もう1機のオルトロスをも斬っていた。
いや、その1機はムラマサの刃をかわしていた。
それは、ミカヅキでさえ、いつかわされたのか分からないほど俊敏な動きだった。
「この動き、まさか・・・デビット、ケガはないか?」
ミカヅキは剣と銃が一体化した武器を構え、周りを警戒しながら、たった今助けた仲間に呼びかけた。
「はい隊長。私もサンダーボルトも無事です。第2装甲までは貫通されましたが、奴らの牙も第3装甲までは貫けませんでした。少しキズが付いただけです。大丈夫、いけます」
「よし。奴らを蹴散らすぞ」
「ザっ、ザザっ」
その時、2人の通信に誰かが無理やり割り込んで来た。
「生きていたのか?ミカヅキ」
その声を聞いた途端、ミカヅキの声から冷静さが消えていた。
「ギル、やはり貴様か?貴様よくも」
「何を怒っている?」
「とぼけるな。私を殺したいのなら私だけを狙え。無関係の者を巻き込むのはやめろ」
「あぁ、さっきの狙撃か?バカを言うな」
フッと鼻で笑いながらギルと呼ばれた男は話を続けた。
「オレがお前を見逃すわけがないだろう。あれは雪のせいで狙いが逸れたんだ」
「なに?」
「ところで、その機体にはお前1人しか乗っていないみたいだが、あの重傷の兄妹と少女はどうした?まさか自分だけ助かるために見捨てて逃げたのか?」
「貴様〜っ」
ギルを追撃すべく飛び出すムラマサとサンダーボルト。
その時だった。
1つは上、もう1つは下。更に背後からもう1つ。
計3つの影がムラマサに襲い掛かった。
しかもそれは巨人だった。
ミカヅキ達の機体と比べると明らかに異彩を放つ黒塗りの巨人が3方向からミカヅキに同時攻撃を仕掛けて来たのだ。
だがムラマサは無事だった。
ミカヅキは卓越した操作技術で3方向からの波状攻撃を全て紙一重でかわし続けていた。
「クラウソラス、フラガラック。それにリアファル。シド兄弟か。3人とも目を覚ませ。お前達の居場所はそっちじゃない」
「隊長。その言葉、そっくりお返ししますよ」
3兄弟の長兄がそう言うや否や、3機の巨人は変形しながら合体し、ムラマサの倍はあろうかと言う巨大な人型兵器ヌアザへとその姿を変えていた。
「隊長、敵影の中にティソーン、カラドボルグ、トライデントを確認しました。早く来て下さい。我々だけでは、殺されます」
助けを求める仲間からの必死の叫び。
だが、
「こちはシド兄弟と、ヌアザと交戦中。四天王が揃い踏みってワケか」
ババババババババババババっ。
「隊長、避けて」
その言葉が終わるより早く、青白い輝きがヌアザ目掛けて放たれていた。
ヌアザがかろうじて避けたそれは、レールキャノンの光りだった。
磁気コーティングされリニアの原理で打ち出されるそれは、軌道上にいた敵機をことごとく爆散させながら視界の彼方へと消えて行った。
しかもそれは、ヌアザ目掛けて間断無く連射されだが、黒鐵色の巨人はその巨体からは想像出来ないほどの素早さで全ての攻撃をかわしていた。
「隊長、今のうちです」
その声はデビットだった。
「デビット、ギルは?」
「すみません。見失いました」
サンダーボルトは全身に火器系の武器を内臓した兵器だ。
それに対するヌアザも全身にミサイルやレーザーを装備する圧倒的な火力を誇る巨人で、それらが互い目掛けて一斉に火を吹いた。
ドドドドオォォォォォォンっ。
次々に打ち出される大火力兵器に2機の周りに居合わせたオルトロスが巻き添えを喰って次々に被弾し、辺り一面が大爆発の炎に飲み込まれていく。
「隊長、早く行って下さい。彼らではあの3人には勝てません。皆殺しにされます」
「すまない」
そう小さく呟くと、ミカヅキはきびすを返し仲間達の所へ向かった。
視界を遮るように四方八方から攻撃して来るオルトロスを、一閃のもとに斬り捨てながら突き進むムラマサ。
ミカヅキが敵機に埋め尽くされた空の遥か先に見たのは、それぞれの機体をバリアで覆い一ヶ所に固まって敵の攻撃に成す術無く耐える仲間達の姿だった。
しかも、敵の集中砲火は凄まじく、バリアが破られるのは時間の問題だった。
鬼神の如き勢いで接近する巨人に気付いた3機の人型兵器が編隊を離れ、こちらに近付いて来るのが見える。
その速さは、巨人が出せる性能の限界をはるかに越えるものだった。
「なめるなよ。こちらがいつまでもやられっぱなしでいると思ったら大間違いだ。シュバルツ、オーバーブースター」
〔オーバーブースター起動〕
ムラマサのメインコンピューター、シュバルツがそう復唱するのと、3機の巨人が3方向からムラマサに襲い掛かったのがほぼ同時だった。
ガキィイィインっ。
天空に響き渡る甲高い金属音。
だが、3機の巨人を操る者たちは言葉を失っていた。
目の前で捉えたはずのムラマサはそこにおらず、3機が互いの剣や銛を、それぞれの武器で受け止める、相討ち寸前の鍔ぜり合いの状態になっていた。
しかも、次の瞬間には、鍔ぜり合いしていた3種の武器が、それを握る腕ごと粉砕され、3機ははじき飛ばされていたのだ。
何が起きたのか?円陣を組む格好となった3機の真ん中を何かが目にも止まらぬ速さで突き抜けて行った。
それは青白い光りの塊だった。
光りが反転し、再び3機に迫る。
腕を失っている3機は、バルカン砲などの固定武装で反撃しながら、その攻撃を紙一重で回避した。
だが、だが、ほんの少し離れるタイミングが遅れたカラドボルグが背部と脚部を大きく損傷していた。
落ちて行くカラドボルグ。
しかし、ティソーンもトライデントもどうすることも出来なかった。
2機もまた光りの攻撃を受けていたからだ。
それは、ティソーンを操るダリルやトライデントを操るガイにとっても信じられない光景だった。
いくら腕が破損しているとはいえ、四天王と恐れられた自分たちが、2機がかりで応戦してもその圧倒的なスピードに全く着いて行けず、ただ一方的にやられていくのだ。
そして青白い光りは2機に呆気なくトドメを刺した。
・・・はずだった。
光りの一撃を受けバラバラになったのは、眼前に飛び込んで来て体当たりで2機を突飛ばしたオルトロスだった。
「シュバルツあの2機だけでも仕留めるぞ」
旋回する青白い光り。
だが、
〔タイムリミットです。これ以上は機体がもちません。オーバーブースターを停止します〕
「くそっ」
空中で静止した光りの輝きが徐々に失われていく。
その中から姿を現したのはムラマサだった。
機体の各所の装甲が開き、機内に溜まっていた熱が一気に放出される。
今のムラマサが冷却中で動けないであろう事はたやすく想像出来た。
そして、そんなムラマサを仕留めるべくオルトロスの大群が向かって来るのが見える。
「動けるか?」
〔必要最低限で良ければ〕
「よし」
ムラマサは再び弓を構えると、背中へと手を伸ばした。
中心に刀が納まる鞘がリボルバー状の筒になっていて、それが回転しながらせり出して来る巨大な矢を抜き取ると、弓に構えて次々に放ち始めた。
敵機の群れ目掛けて正確無比に飛んで行く矢。
だが、命中したのは3本のみで、残りは全て避けられてしまった。
「散開しろっ」
ババババババババババババンっ。
それはギルが叫んだのとほぼ同時だった。
ムラマサが放った、オルトロスにとっては避ければ命中する危険もない矢。
それをわざわざ撃ち落とすより、目の前の人型を殲滅させる方に集中するのは彼らにとって当然の事だった。
だから矢は撃墜されることもなく敵陣深くまで進行していた。それが突然大爆発したのだ。
矢に内臓された数万発の特殊鉄鋼弾が灼熱のつぶてとなって全方位に飛散し敵機に襲い掛かった。
オルトロスが容赦なく蜂の巣にされ爆散していく。
「ちっ。ミカヅキ、ミカヅキはどこへ行った」
ギルは鉄鋼弾をかわす為に、偶然目の前を横切ろうとした味方機を盾にしようと身を重ねた。
その時だった。
盾にしようとした機体の中から巨大な刃が飛び出し、ギルの愛機に突き刺さった。
「なにっ」
次の瞬間にはギルのオルトロスの2つの首が両断されていた。
刃が突き出た機体がバラバラに砕け散って落ちて行く。
その中から姿を現したのはムラマサだった。
「さすがだなミカヅキ。だが深入りし過ぎだぞ」
オルトロスの2つの尻尾が鞭のようにしなり、刀を握る腕と脚に巻き付いて動きを封じた。
「かまわん。オレごとコイツを殺れ」
動きが止まったムラマサに、全方位から無数のオルトロスが襲い掛かる。
「サンバースト」
ミカヅキが叫ぶや否や、ムラマサの身の丈ほどもある巨大なバックパックの装甲が次々に開き、そこから無数の小型ミサイルが放射線状に発射された。
だが、それは全方位からのリニアカノンによる攻撃に呆気なく迎撃され爆発していた。
オルトロスの群れは牙を剥きながら一気に距離を詰め、一斉に襲い掛かった。
“ザシュ、ザシュ、ザシュ。”
大気に響き渡る、何かが切り裂かれる金属音。
「なにっ?」
ギルがそう叫ぶのも無理はない。
切り刻まれていたのはムラマサではなくオルトロスの方だったのだ。
オルトロスがムラマサに近付くことさえ出来ずに次々に細切れになっていく。
「貴様っ、自分を囮にして」
そう。バックパックから発射されたミサイルはリニアカノンに迎撃されたワケではなかった。
その直前に自ら爆発し、その弾頭内に収納されていた数万発の特殊鉄鋼弾をバラまき、特殊鉄鋼製のワイヤーネットを空中に展開させていたのだ。
本来なら鉄鋼弾で敵の大部分を撃墜し、パニックに陥った残りをネットで仕留めるのだが、今回はネット展開のさまたげになるリニアカノンを鉄鋼弾で相殺でき、なおかつ、その爆発がネット展開時の目眩ましとしても作用したことが幸いしていた。
〈つづく〉