第八章・第八話 第七階層〈2〉
だがミカツ゛キはそれには目もくれず、躊躇することなくハルムベルテを入り組んだ森の奥へと突入させた。
鋼の機体を巧みに操り降下して行く。
『この階層を司る者、べヘモスはもういない。このまま一気に次の階層まで抜けるぞ』
「わかった」
その時だった。
[俺の声が聞こえるか?ミカツ゛キ]
「まさか」
突如として聞こえた忌まわしい声に、ミカツ゛キは動揺を隠せなかった。
ミカツ゛キがその声を忘れるはずがなかった。
それは、死んだはずのギルの声だった。
[ミカツ゛キ。覚えているか?子供だったお前が初めて大人になった日のことを。俺はようく覚えているぞ。
そんなワケで、これから‶あの日″のことを包み隠さず話そうと思うがどうだ?
良い機会だからお前のお気に入りの金髪にも聞いてもらうといい。
言っておくが俺の声は直接脳に届く。
耳を塞いでいても意味はないぞ]
グサっ。
[ぐわぁあぁぁぁぁぁ~~~~~~~~っ]
その刹那。
長く鋭い刃が突き刺さり、辺り一面に絶叫が響き渡っていた。
そう。その断末魔の叫びをあげたのは確かにギルだった。
だが、そこにいたのはギルではなかった。
刃は、巨木から分かれして伸びる、人ほどの太さがある1本の枝を貫いていたのだ。
しかも、刃が刺さった箇所からは、まるで人を殺傷したかの如く鮮血が滴り落ちていた。
「貴様〜っ」
『これに構うなミカヅキ。時間がなくなるぞ』
だが、ミカヅキの怒りは収まらなかった。
「これはどういうことだ?説明しろ、ディ」
『ここは自殺者の森。
ここにある木々は、自ら命を絶った者たちの成れの果ての姿だ』
[そんなに嫌うなよ。せっかく感動のご対面を用意してやったのに]
太い枝木の表面にはギルの顔が浮かび上がっていた。
その苦痛に歪む顔が、血を吐きながら、それでも勝ち誇ったような口振りで話しを続ける。
「なに?」
[隣りの枝だ]
[・・・カエデ]
ギルに促されるように、隣に伸びる枝に浮かび上がった顔が放った聞き取るのが困難なほどの弱々しい声。
それを聞いた瞬間。
ハルムベルテが抱きしめていた繭がほどけ、中からカエデが姿を現した。
だが、美しかった金髪はまだ白いままで、顔からは生気が失われていた。
パワードスーツでも装着しているかのように、ィに全身を覆われ、支えられていなければ、立っていることさえ儘ならないという状態だった。
「父さん?」
「え?」
カエデの口から出た思いがけない言葉に、ミカヅキも動揺を隠せなかった。
[そう。感動の親子対面。
何故こんなことになってしまったのか?父親に会って直接聞きたいことが山ほどあったんじゃないのか?
カエデ・ミュール・ダリウス]
「え?ダリウス?」
[そして父親の方は今さら紹介する必要もないほどの大有名人。ホワイトホールと言う名の地獄の釜の蓋を開けた男、ロベルト・フォン・ダリウス・・・]
「デタラメを言うなっ」
「カエデが、・・・ダリウス博士の子供?」
無意識にそう呟いたミカツ゛キと、ギルの声を遮るかのように弱々しい声を振り絞って叫んだカエデ。
その刹那。
ガガガガガガガガガガガガガっ。
重なり合った2人の声を更に飲み見込むかのように、突然轟音が響き渡った。
真上と真下の木々を木っ端微塵に粉砕しながら突如として姿を現した2つの半円形の物体が、カエデたちを内部に閉じ込める格好で合体していた。
「しまった」
ミカヅキは思わず叫んでいた。
一度ならず二度までもキリーの心理攻撃に動揺し、隙を見せてしまった自分が不甲斐なかった。
カエデたちを閉じ込めたのは楕円形のカプセルだった。
しかも、カプセルの壁は全面スクリーンになっていて外の様子を伺い知ることが出来た。
そこには、誰もが知る空想上の生き物の姿があった。
「ケンタウロス」
神話の姿そのままの、半人半馬の生き物の群れがカプセルを囲んでいた。
「彼らは、この階層の守護者か?」
『そうだ。そしてこのカプセル状の機械を作ったものおそらく彼らだ。だが、本来ケンタウロスは気性が荒く知性の低い生き物だ』
カエデの問いかけにディが答えていく。
『彼らをまとめ、このような機械を、しかもこんな短期間で作らせるとは。ギル。君の仕業だな』
そう。
大きなカプセルの中には、カエデとミカツ゛キだけでなく木と化したあギルとロベルトも閉じ込められていた。
だが、その身体を形成する木は途中から切断させ、その傷口からは鮮血が溢れ出ていた。
それに呼応するかのように2人の身体が見る見るうちに枯れて痩せ細って
いく。
彼らがもうすぐ絶命するであろうことは、誰の目から見ても疑いの余地がなかった。
[だが、こうも上手くいくとはな。・・・ミカツ゛キ。どこまでも恥さらしだな。お前は]
「貴様っ・・・」
その時、ミカツ゛キの怒りの言葉を遮るかのようにそれは始まった。
カプセルの内部には、無数のリングが積み重なって形作られた巨大な三角錐状の物体が天井と床からそれぞれ伸びていて、2つの三角錐の頂点同士がちょうど真ん中辺りで向き合う格好になっていた。
積み重なるリングが最下段から青白い光りを放ちなが回転し始めたかと思うと、そこから上に向けて順番にリングが回転して行き、それが最上段まで達すると、それぞれの頂点から青白い光りが放たれ始めたのだ。
それぞれの光りが2つの頂点の間でぶつかって光球を形作っていく。
光球はさらに巨大化し、光りがカプセル内部を満たすと、その輝きが反時計回りに回転し始めた。
「なんだ、これは?」
[お前の父親が本当に作りたかったものだ]
カエデが口にした疑問に答えたのはキリーだった。
「父さん。これってまさか?」
[そうだ。カプセルの内部に存在する特定の物質を原子レベルで修復する機器、リバースマシンだ]
「これと木星の悪夢とどんな関係がある?」
ミカヅキは、誰もが思う疑問をロベルトにぶつけた。
「不治の病と診断された私を救うため」
それに答えたのはカエデだった。
「え?」
[移植治療も遺伝子治療も見込みがないと言われたんだ。我が子がそんな宣告を受けたら、どんな手を使っても助けたいと思うのが親だ]
「それがどうしてあんなことに?」
[どうすればいいのか?私は考えた。そして気付いた。
治療が出来ないのなら、病気を発症する前まで肉体の時間を戻せばいいと。
だが、それでも病そのものを無かったことにすることは出来ない。
2つの治療は根本的に違う。
だから、肉体の時間を発症する前まで戻した上で抜本的な治療をする。
そのためにまずこの機器を作ろうと考えた。
私は必死だった。妻を亡くしたばかりの私にとって、カエデはたった1人の家族だ。
カエデまで失うわけにはいかない。
そして遂に設計図を書き上げた]
「時間の流れに逆らう方法を見つけたのか?」
[だが、これには根本的な問題があった。
それは動力源をどうするかということだった。
物質を原子レベルで修復する。先程から言っているように、それは生命体に置き換えれば若返えらせるということだ。
それだけのエネルギーを生み出すには、プラズマ核融合炉でも出力が足らないという結論になってしまった。
ワープを可能とするエネルギーでもだ。
全く新しいエネルギーを作るとなると天文学的な資金が必要になる。
私は世界中の大富豪や資産家や投資家、巨大企業、果ては数々の国家にまでその必要性を訴えた。
だが、誰も相手にしてくれなかった。
そう。たった1つの組織を除いて]
「地球政府」
[彼らは資金を提供を申し出てくれた。それだけではない。彼らは既に新しいエネルギーを生み出す物質を持っていたのだ]
「オリハルコンか」
[そして彼らは資金とオリハルコンを提供する条件として、私にあるプロジェクトに参加するよう要請してきた。
それがアース・リバース・プロジェクト]
「アース・リバース・プロジェクト?」
[この技術を地球に応用し、人類が蝕む前の環境、つまり地球本来の姿を取り戻すという計画だ]
「そんな話は聞いたことがない」
声を荒げるミカヅキ。
だが、ロベルトはあくまでも冷静だった。
[人々にいらぬ動揺を与えぬため、宗教や考え方の違いから起こる衝突や暴動を未然に防ぐためにも公式には発表されないが、火星移住も地球再生の間の一時避難として行われると私は聞かされていた。
だが、この計画が外部に洩れれば、地球政府内でクーデターが起きるかもしれない。
だから家族にも他言無用だと。この計画を知るのは地球政府の中でもごく一部の者たちだけだと・・・]
「恐竜人間どもか」
[私の理論でそれが出来る。そのために木星を太陽化する必要がある。そう言われた。
嬉しかった。
カエデを救えるだけじゃない。
私が地球の救世主になれる。
歴史に永遠に名が残る。
そう思うと冷静でいろと言う方が無理だ。
私は有頂天で計画に参加した。
木星を圧縮するための機械も設計した。
だが、全てが偽りだった。
それだけではない。
彼らは私のエネルギー理論を使ってキメリウスや、大気圏内でも航行できる大型の飛行戦艦等を次々に実用化し始めた。私がそれに気付いた時には既に手遅れだった。
私は全てに絶望し自ら命を断った]
「命を断てば責任がとれる?本当にそう思っていたのか?」
『冷静になれ、ミカヅキ。外では時間が容赦なく経過している。タイムリミットまであと僅かだ。
だが、今一番の問題は、君の時間が戻されていることだ。カエデは私がガードしているから問題ない。が、君に限定して言えば、この短時間で肉体年齢が2歳若返っている。
このままだと、あっという間に胎児にされてしまうぞ』
「脱出する手はないのか?」
『このカプセルをこじ開けることは容易い。だが、・・・』
「だが、何だ?」
ミカヅキの問いかけに言葉を濁すディ。
代わりに答えたのはロベルトだった。
[この機械の動力源はオリハルコンだ。2つの三角錐に別種類のオリハルコンの結晶が動力源として使われている。
そこから照射されるオリハルコンと反オリハルコン、2つのエネルギーをぶつけることで対消滅放射させ、そのエネルギーを内壁に反射させて標的に浴びせることで細胞を若返えらせている。
しかも2つのエネルギーは衝突することで互いに相殺しあって暴走を抑えてもいる。
だから稼働させたままカプセルをこじ開けたら、発生したエネルギーはぶつかり合わず、ただ行き場を失ったまま照射され続けることになる。
私の書いた図面と違い、この機器には制御装置も停止装置が組み込まれていない。今は2つのエネルギーがぶつかり合うことで均衡を保っているが、それがなくなったら間違いなくエネルギーは暴走する。
するとどうなるか?
最悪の場合、オリハルコンの動力炉が2つ大爆発、しかも対消滅爆発することになる。
その破壊力は想像もできない。
確実に言えることは、地球もただではすまないということだけだ]
『それを防ぐにはカエデが先程と同じ方法で2つのエネルギーを封じ込めるしかない。だが、今それをやれば、封じ込める前にカエデは確実に死ぬ』
「他に手はないのか?」
[全てを支配できると思うのは人間の傲りだ。機械は必ず暴走する。だから安全装置をつけておいた]
「え?」
[カエデ。ペンダントはまだ持っているか?]
「母さんの形見の?うん」
カエデは髪を掻き分けて首の後ろに手をまわすと、鎖の輪に頭をくぐらせてネックレスを抜いた。
鎖の先に姿を現したのは、何かの結晶を模したと思われる銀細工のペンダントだった。
その中心に何か宝石のようなものが光っているのが見える。
[彼らがこの機器を私の設計図通りに作ったのなら、これで止められるはずだ。カエデ、それを光りを放つ2つの頂点の間に、光りを遮るように差し込むんだ]
『カエデ、通路の入り口が閉じるまであと20秒しかない』
「わかった。ディ、頼む」
カエデを包むコートの肩口から新たに姿を現した2本の触手が小刻みに震える手からペンダントを受け取ると、内部を満たす輝きの中心まであっという間に伸びて行き、上下から放たれている青白い光りを宝石で遮った。
すると、光りが頂上から麓へと逆流し、2つの三角錐を形成するリングから光りが消え、回転を停止した。
その刹那、カプセル内の照明や電源が全て消え、それ自体が浮力を失い落下していた。
ドガガガガガガっ。
次の瞬間。カプセルは木々を粉砕しながら自殺者の森を突き抜け、第八階層へと続く通路の入り口にすっぽりと填まっていた。
[通路を塞げたか?]
『はい』
[これでしばらく時間が稼げるな]
カプセルが入り口を塞いだのはもちろん偶然などではなかった。
落下する途中で、ロベルトが姿勢制御用のバーニアを噴射させて細かく位置を調整し、出口を塞ぐように落とし入れたのだ。
「時間を稼ぐ?」
ロベルトの言葉の意味が分からず、問いかけるように返すカエデ。
だが、目の前にロベルトの姿はなかった。
カエデは黒い繭にくるまれ、ハルムベルテの腕に抱かれて第八階層へと続く通路を、数え切れないほどの異形の者たちからの波状攻撃に晒されながら急降下していた。
[第七階層と第八階層をつなぐこの通路は大断層と呼ばれていて、通路自体がどこまで続くのかもわからないほど長い。タイムリミットまでに抜けるのはほぼ無理だろう。だから私が時間を稼ぐ]
「父さんは大丈夫なの?」
見上げると、通路の入り口に挟まったカプセルに対して容赦のない攻撃が始まっていた。
それは第七階層側も同じで、ケンタウロスやパルピュイアらによる猛攻撃が行われていた。
それだけではない。
断層を区切る歯車と連動している通路の扉が閉じる力は、何物をも圧壊する絶対的な破壊力を持っている。
だが、これだけの攻撃に晒されてもカプセルには傷一つ付いてはいなかった。
カプセルから脱出する際に、ディがロベルトに頼まれ、2つのエネルギーの衝突を遮っていたペンダントを引き抜いていたのだ。
[今は全てのエネルギーをこのカプセルそのものに照射している。
だから、どれだけ損壊しても瞬時に回復する。
入り口と通路、2つの歯車に挟まれているが、理論上切断することはおろか、傷一つことさえ不可能だ。
だがそれも、オリハルコンというエネルギーを得てなお、限界を越える稼働をさせることで得ている力だ。
これをこのまま続ければ、いかにオリハルコンといえどエネルギーは尽きる。
だから、その前に通路を抜けろ。
ミカツ゛キ。ディ。カエデのことを頼む]
〈つつ゛く〉




