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第八章・第六話 第六階層




 

 そこは嗚咽と悲鳴、後悔と懺悔が交錯する世界だった。

 通路の壁のあらゆる場所から泥が噴き出し、盛り上がりこねられ、人の上半身を形作っていた。

 壁を埋め尽くす無数の人影。

 それがまるで生きているかのように泣きながら懺悔の言葉を口にしていた。

 その声が通路内に反響し、絶望の交響曲を奏でていた。

 そして彼ら1人1人の後ろに何かが立っていた。

 それは岩で形作られたミノタウロスだった。

 ミノタウロスが泥でできた人間の髪を掴み、顔を上げさせ、自らが生前に犯した罪を語り聞かせ、復唱させていた。

 そして懺悔を言い終えた泥人間を頭から丸かじりにし、そのまま壁から引き抜いて丸呑みにしていた。

 柔らかいものが噛に潰される音と、絶叫が通路内にこだまする。

 すると、その穴から再び泥が盛り上がり、人の形になって懺悔を始めるのだ。

 それは、永遠に続く地獄だった。

 その地獄の中を降下して行く影が2つ。

 それはカエデとミカヅキだった。

 ハルムベルテが外部装甲をパージし、さらに一回り小さくなっていたことが、ワープミサイル・プラントの爆発がいかに凄まじいものであったかを物語っていた。

 そして、通路に突入したミカヅキたちは、地獄の責めにさらされていた。

「何だ、これは?」

 『〈ミノタウロスの懺悔〉だ』

 あまりに突然の出来事に耳を塞ぐミカヅキ。

 だが、それをあざ笑うかのように“それ”は続いた。

 “それ”は耳に聞こえているのではなかった。

 ミカツ゛キが、あの生き地獄の中で生き残るために犯した罪から、知らなかったとはいえ人間の生肉を食べていたことまで、生まれてから今まで自らが犯してきた全ての罪が直接脳に語られてくるのだ。

「ミカヅキっ」

 ディがハルムベルテの前に出たかと思うと、漆黒の螺旋が後ろから紐解くようにほどけて広がり、鋼の巨人を包み込んでいた。

「ミカヅキしっかりしろ。ディ、ミカヅキは無事か?」

『心配ない。懺悔の声は遮断した。普通の人間なら1分持たずに発狂するほどの拷問だが、ギリギリ間に合った。凄まじい精神力だ。

 通路を抜けるぞ』

 その直後、カエデたちは通路を抜け次の階層に飛び出していた。


                    ◆


 そこは怒りと絶望が支配する世界だった。

 地上からはるか上空まで伸びる、階層内を埋め尽くす木々に縛り付けられた亡者たちが、異形の怪物たちによって火炙ひあぶりにされ、自らが生前に犯した罪を懺悔させられていた。

 そして、カエデたちの前方には、それらをさらに上から見下ろしながら地獄の住人たちを束ねる、この階層のあるじの姿があった。

『彼女の名はメガイラ。

 第六階層、懺悔地獄を司る者で、七つの大罪の一つ、傲慢ごうまんの罪を背負う者だ。占星術では土星と結び付いている』

 そこに浮遊していたのは、巨大すぎる機械だった。

 それは空中に浮かぶ超巨大な歯車の集合体で造られた地球儀みたいな球体で、その周りを3本のリングが交差しながら囲んでいた。

 その中心部にディがメガイラと呼んだ女性=女悪魔がいるのが見える。

 その顔に、ミカヅキだけでなくカエデも見覚えがあった。

「ヘレン?ヘレン・カーチスか」

 [隊長。皆死にましたよ。アンドレ、スカリー、ブルースにテッド。・・・そしてレイジーとデビットも]

 カエデがレムリア内の医療室前ですれ違った時、彼女は機械油まみれのツナギ姿だった。

 三つ編みにしていた髪も今はかれ、眼鏡もかけていないのでかなり印象が変わっていた。

 だが、その顔はヘレンに間違いなかった。

 そして、その顔は怒りに満ちていた。

 [隊長。私は貴方を、貴方たちを絶対に許さない。

  貴方は今まで何をしてきたんですか?死ぬより辛い辱しめを受けてきた?

  なら、なんでギルを殺さないんですか?]

「彼女、ギルが死んだことを知らないのか?」

 [今まで何回出撃しました?その度に多くの仲間を失って・・・。

 確かに貴方は数多くの敵を仕留めてきたかもしれない。

 でもギルは生きてる]

『今の彼女は神にも等しい力を持っている。 知らないはずがない』

「じゃあ、なんで?」

『知らないんじゃない。知ろうとしないんだ。知りたくもないと思っている。

 心を閉ざしてしまっているんだ』

「そんな」

 [これだけ仲間を殺されて・・・。

 貴方、本当は殺せないんじゃないですか?なんだかんだ言っても血を分けた実の、しかも双子の兄だから、情けをかけてたんじゃないんですか?]

「そんなこと、あるわけが・・・」

 [じゃあなんでレイジーは死んだんですか?殺されたんですよ。貴方の兄に]

 彼女が怒りの感情をあらわにした、その瞬間。

 鳥籠とりかごのように彼女を閉じ込める地球儀の歯車がゆっくりと動き始めた。

 [隊長。これが何か分かりますか?]

『自分が何をしているか分かっているのか?これは神に背く行為だぞ』

「説明しろディ。あれは何だ?」

 [これは時空間転換機です。周りにある3つのリング、プラズマ式粒子加速器で水素と反水素、陽子と反陽子、オリハルコンと反オリハルコンの6つの異なる元素を加速させ、その全てを一か所で同時に衝突させます。

 その時発生するエネルギーを使って地球の時間を〈あの日〉の前まで戻します]

「そんなことが出来るのか?」

 驚愕の表情を浮かべるカエデを無視するかのようにメガイラは言葉を続けた。

 [私は〈あの日〉に戻りたい。

 私の望みはそれだけなんです。

 私には好きな人がいました。でも、彼の前に立つと緊張して言葉が出てこなくて・・・。

 だから、これからもずっと片想いだと思ってた、そばにいられるだけでいいと思ってた。

 でもあの日、彼が私に言ったんです。

 ずっと前から好きだった。って。

そして私たちは結ばれました。

 でも、彼は次の日に死にました。

 殺されたんです。アラストールに。私をシェルターに逃がすために盾になって、あっけなく・・・]

「そんなことをしても無駄だ。

 次の日は必ず来る。分かっているはずだ」

 [だから繰り返すんです。〈あの日〉をずっと]

『同じ日を永遠に繰り返す。そんなことをしたら宇宙に時間の歪みが溜まり、いずれ大反動が起こるぞ』

 ミカヅキに確信を突かれたヘレンの口から出たその言葉に、ディは動揺を隠せなかった。

「何が起こる?」

『これは仮説だが、宇宙の時間軸が狂って全てが消滅するかもしれない』

「時空間転換機を破壊するか?」

『そんなことをしたら、これまでの階層の比ではすまされない。

 時空が歪む。いや、下手をしたら時空が消滅するぐらいのことが起こる。・・・そうか、それが目的か』

「なに?」

『カエデ。私を信じて協力して欲しい。今はあれを止めることだけに集中しろ』

 だが、時空間転換機と呼ばれる機械を形作る無数の歯車は目視できないほどの速度で回転し、球体の周りの空間を歪ませ始めていた。

 [手遅れです隊長。時空間転換機は作動しました。私にも止めることはできません]

「止められないのなら」

 カエデは目の前に浮かぶ巨大な球体めがけて両手を突き出した。

 [無駄よ。時間は巻き戻される。もう誰にも止められない]

 突き出した両手に架かる組紐が金色に輝く。

 その先に出現した光球が爆発的な勢いで巨大化し、時空間転換機を丸ごと飲み込んだ。

 その時だった。

 亡者たちを火炙ひあぶりにしていた異形の怪物たちが一斉にカエデめがけて襲い掛かって来たのだ。

「カエデっ」

 咄嗟とっさにカエデの前に立ちはだかるミカヅキ=ハルムベルテ。

 だが、敵の数はあまりに多かった。

「ファイアバースト」

 〔ファイアバースト起動〕

 ハルムベルテの全身の装甲が展開し、全方位に向けて超小型のフォーミングミサイルが発射された。

 ババババババババババババババババっ。

 辺り一面が紅蓮ぐれんの火球と、耳をつんざく爆音に埋め尽くされていく。

「レーザーバースト」

 〔レーザーバースト起動〕

 ミサイルが撃ち出された発射口の穴から豆球のようなものが次々に姿を現した。

「釣りはいらない。遠慮なく受け取ってくれ」

 ミカヅキがそう言うが早いか、ハルムベルテの全身の豆球から、全方位目掛けてレーザーが発射された。

 パパパパパパパパパパパパパパンっ。

 レーザーが全方位から押し寄せる怪物たちを次々に貫いていく。

 そして、レーザーを撃ち尽くすと同時に豆球のレンズが次々に破裂していった。

「カエデ」

 ミカヅキがサブモニター越しに見たのは、カエデが突き出した両手の先で、球儀を包み込んだ光球が金色からオレンジへと変わっていくところだった。

 光球自体も不自然に膨らんでいくのが分かる。

『カエデ、もっと集中しろ』

「話しかけるな、気が散る」

 だが、光球の表面はオレンジから真っ赤に染まり、次の瞬間には激しく火花を散らしながら白銀色の輝きを放っていた。

「ディ、何が起きてる?」

『今サークルの中では時空間転換機が作動し時間と空間を巻き戻している』

 ミカヅキの問いかけにディが答えた。

「なに?」

『我々はそれをサークル内部だけの出来事として処理するために押さえ込んでいる。この輝きは我々がいる通常の時空間と巻き戻される時空間の摩擦で時空間が燃えている光りだ。

 本来なら宇宙が裂けるところだが、カエデがそれを押さえ込んでいる』

 “ブチっ、ブチっ”

 限界を越える輝きを放ちながら、一本、また一本と音を立てて組紐が切れていく。

 その度に大きな火花が飛び散り、組紐が架かる指や頬や腹部や脚がカマイタチのように切り裂かれ、血しぶきが噴き出す。

「カエデっ。ディ、何故カエデを護らない?」

 その時だった。

 〔警告。敵、全方位より再び接近中〕

 それは、バイツからの非情とも思える知らせだった。

「シューティングアロー」

 〔シューティングアロー、起動〕

 ハルムベルテの左腕上腕部装甲が展開して弓に変形すると、ミカヅキは弦を引いて構えた。

 弦を引く右手上腕部がシリンダーのように回転し、掌側に開いた穴から射出された弓を装填し、全方位から迫る敵影目掛けて次々に放っていく。

 矢は、敵陣最前列の異形の生き物たちを容赦なく貫いた。

「チェック」

 〔メイト〕

 その瞬間。

 矢が爆発し、先端部と矢尻に内蔵されていた数万発もの特殊鉄鋼弾のつぶてが全方位に向けて撃ち出された。

 ボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボォンっ。

 突然の大爆発と、それに続く予期せぬ方向からの波状攻撃。

 だが、怪物たちは止まらなかった。

 何の躊躇もなくハルムベルテとカエデに迫って来るのだ。

「ギニャアァァァ〜〜〜〜〜〜〜〜っ」

 いや、その進撃は血に塗られた阿鼻叫喚あびきょうかんうたげに変わっていた。

 大爆発で飛散した鉄鋼弾には、特殊合金製のワイヤーがつながっていたのだ。

 天空に蜘蛛の巣のように張り巡らされたワイヤーに、異形の生き物たちが次々に突っ込み、細切れにされていく。

 よく見ると、蜘蛛の巣のように編み込まれたワイヤーが、カエデたちを閉じ込める籠のように球状に展開していた。

「ディ」

『そうだ。そのままゆっくりだ」

 爆発するのではないかというぐらいのまばゆさを放っていた光球の輝きが徐々に弱まり、少しずつしぼんでいく。

 組紐が放っていた狂気的な輝きも失われ、光球はカエデの掌に納まるぐらいまで収縮し、蛍の明かりのように優しく消えていった。

 そして、そのあとには何も残っていなかった。

 時空間転換機も、メガイラ=ヘレンも、跡形あとかたなく消滅していた。

 ・・・だが、カエデは。

 眩いばかりに輝いていた金色の髪は白髪に変わり、その顔からは生気が失せていた。

 そしてカエデは意識を失った。

『カエデっ』

 崩れ落ちるように落下して行くカエデを受け止めるかのようにコートが広がり、衰弱しきった身体を包み込む。

 さらに落ち続ける漆黒の繭を、鳥籠の中に飛び込んだハルムベルテが受け止めていた。

「ディ。カエデは無事か?」

『すまないミカヅキ。まんまと彼らの策にまってしまった。

 カエデはかろうじて生きている状態だ。今はカエデの生命を維持し、回復させることに全ての力を使わなければならない。

 だから今の私は動くことさえ出来ない。

 我々をここに残して先に進んでほしい』

「それは出来ない相談だ。バイツ、ヴァリアブルワイヤー、モードD」

 〔了解。モードD、起動〕

 すると、2人を覆うワイヤーの集合体が生きているかのように動き始めた。

 ワイヤーの編み目から侵入しようとする異形の生き物たちを巻き込みながら茶巾絞りのようにクルクルと縛られていき、ハルムベルテと、その腕に抱きかかえられる繭を包み込んむ鋼の掘削刀と化していた。

『これは』

「君をヒントに急遽きゅうきょ作ってもらった試作品だ。うまくいくことを祈っていてくれ。

 バイツ。ワイヤー高速回転。このまま突っ切るぞ」

 〔了解〕

 鋼の掘削刀は、超高速で回転しながら凄まじい速さで降下を始めた。

 それは、行く手を阻む全ての怪物を粉砕しながら急降下し、閉じ行く通路の入口に減速することなく突入して行った。

 


                           〈つつ゛く〉



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