第二章・第一話 金碧と漆黒と
「いってぇ〜」
そう言いながら、屋根にめり込む捕食者の背中からむくりと起き上がったのは、まぎれもなく人間だった。
腰まであろうかといプラチナブロンドの髪に碧色の大きな瞳。
黒のロングコートに身を包んだ、可愛いという表現がぴったりの少女。
そう。その外見からは少女にしか見えない若者が捕食者の背中にめり込んでいた。
『嘘はよくないな。衝撃は全て私が吸収している。まるで、ゆりかごの中にいるかのように快適だっはずだ』
「バカ野郎。すこしは加減しろよ」
誰かと話をしているようだが、その若者以外に人影は見えない。
『意味がない』
「あんなめちゃくちゃなスピードで激突したら、いくら衝撃が無くても条件反射で痛いぐらい言う・・・」
『すまない。どうやら吞気に話をしている場合ではないようだ』
「えっ?」
その言葉を口にするより早く、若者はあたり一面を囲む捕食者に一斉に襲い掛かられていた。
仲間の敵討ちのつもりなのだろうか?
後から後から捕食者達が止めどなく襲い掛かり続けて重なりあい、若者が居た場所には、あっという間に蠢く捕食者の山が出来上がっていた。
あの少女は喰われた。
他の砲台や、戦闘艇からそれを目撃した誰もがそう思った。
その時だった。
ドウンっ。
突然地の底から響いた鈍い音と共に、山のように折り重なる捕食者の麓から山頂へ衝撃波が走った。
衝撃波の到達と同時に頂きが爆ぜ、積み重なる捕食者を吹き飛ばして、頂上から何かが飛び出した。
高速回転しながら上昇し空中で静止したそれは、両端を鋭く尖らせた巨大なラグビーボールに黒い布を巻き付けた、そんな表現がぴったりの物体だった。
黒い布が下から紐解くようにくるくるとほどけていく。
それはほどけながら形を変え、その中から姿を現した人間のロングコートへと姿を変えていった。
その姿はまぎれもなく、たった今捕食者の群れに飲み込まれたはずの若者だった。
若者には先程とは異なる点が2つあった。
背中に何か大きなものを背負い、胸から腹にかけても、やはり大きなものを抱いていた。
よく見ると、それはジャンとミリーだった。
コートから幾本もの紐が伸び、ジャンをおんぶする格好で、ミリーは抱っこする格好でそれぞれ固定されていた。
若者は2人を抱き背負ったまま数十メートルの高さから落下した。
2人の体重を合わせると、少なく見積っても60キロはあるはずだ。
だが、若者は膝を着くこともなく着地すると、そのまま信じられないスピードで駆け出していた。
雪崩れのように襲い掛かる捕食者達の間をすり抜け、攻撃をかわし、その背中や瓦礫の上を軽々と駆け抜けて行く。
「2人の容体は?」
『よくないな。女の子は頭蓋骨陥没に頭蓋内損傷。男の子の方は全身の複雑骨折に筋断裂。折れた肋骨の一部が肺に刺さっている。
今は止めているから大丈夫だが、しかるべき処置が必要だ』
「ここはどこだ?空中を移動してるのか?てか、その前にここ地球だよな?あ?もしかして異世界?」
『残念だが君のよ~く知っている地球だ。そして飛行客船の上だ。キエル市の上空を南南西に向けて航行中』
「あのバケモノは何だ?いや、その前に近くの病院に連絡しないと。」
『残念だが、この光る雪がほぼ全ての電波を遮断している。携帯端末は使えないぞ』
「マジで?」
『マジでだ』
「この雪は何だ?」
『成分解析・・・これは』
「ギニャアァァァァ〜〜〜〜っ」
「!」
突然若者の眼前で地面を、つまりは船の屋根を突き破って捕食者が飛び出した。
だが、若者はそのまま襲い掛かる敵に向かって瓦礫を蹴ってジャンプし、捕食者の身体を駆け上がるように宙返りしていた。
そして、二人を抱き背負ったまま離れワザを決めて着地した瞬間、目の前の捕食者は真っ二つに裂けていた。
「ギィィィ〜〜〜」
その断末魔の叫びを聞いて、屋根の上にいた全ての捕食者が一斉に若者の方を見た。
そして、屋根を埋め尽くす数万という数のそれが一斉に飛び上がり、若者目掛けて全方位から襲い掛かった。
“バシュッ”
その時だった。
突然風切り音と共に閃光が走り、若者の鼻先まで迫っていた数十匹もの捕食者が地しぶきを撒き散らしながら四散していた。
そしてそれらは、全て一直線上に斬られていた。
若者は見上げていた。
景色の中から湧き出るように突然姿を現した、目の前に立つ巨大な影を。
「ギィニャアァァァァァァァァァ〜〜」
それを見た捕食者達が、空に広がる花火のように散開して行く。
それは鋼の巨人だった。
その手に持つ真っ赤に染まる刃が、この巨人が自分達を助けてくれたのだということを若者に伝えていた。
すると突然、巨人は剣を狙撃でもするかのように空に向けて構えた。
すると刀身に組み込まれた砲口から青白い光が打ち出され、はるか彼方まで逃げていた捕食者に命中した。
この武器は剣と銃の機能を兼ね備えていたのだ。
巨人はそれを目にも止まらぬ速さで連射し始めた。
光は次々に命中し、捕食者たちを射抜いていく。
そして、それに合わせるかのように、小さな群れを作りながら四散する捕食者の先頭付近でも爆発が起きていた。
見ると、逃げ惑う捕食者たちを待ち構えていたかのように複数の影が姿を現し、攻撃しているのが確認出来た。
それは、自分の目の前にいるのと同じ6体の鋼の巨人だった。
目の前のも入れると7体。
というか7機の巨人がそれぞれの武器を駆使し捕食者たちを駆除していく。
だが、その間にも敵の数はどんどん増え続け、いつの間にか捕食者を囲むように攻撃していた巨人たちが、更にその外側から二重三重に包囲されるという事態に陥っていた。
必然的に外側の敵に押されつつ内側を敵を撃滅する格好になった巨人たちは、結果として一ヶ所に追い込まれていた。
全方位から迫る敵を撃破すべく、背中合せになり円陣を描く6つの影。
それを数万頭もの捕食者がグルリと球状に取り囲んでいた。
もはや若者からは空に浮かぶ巨大過ぎる黒い塊にしか見えない。
捕食者たちが中心部の獲物に一斉に襲い掛かり塊がギュっと収縮した。
ドゴォオオオオオオオンっ。
次の瞬間。
青白い光がその塊を直撃していた。
そして、その光を撃ち放ったのは若者の目の前に立つ巨人だった。
巨人は身の丈ほどもある巨大な大砲を担ぎ、捕食者たちを味方ごと狙い撃ったのだ。
大砲から放たれる眩い光と衝撃波が襲い掛かった時、若者はすでに兄妹を抱き寄せ、光に背を向けるようにしゃがみ、その身体をコートが包み込んでいた。更にその後ろで、大砲を構えた巨人がしゃがみ盾になる。
そして空一面が眩い光に飲み込まれた。
轟音と共に光が消滅すると、酸素が燃え尽きて真空になったそこに周りから一気に空気が流れ込み、光りの直撃を免れた捕食者たちが、全てを吸い込む大気の渦に切り裂かれて行くのが見えた。
それが収まると、辺りは静寂に包まれた。
巨人がゆっくりと上体を起こすと、関節などに詰まっていた細かい瓦礫片がパラパラと落ちて、黒い繭に降りかかった。
そして、それを振り払うかのように繭が紐ほどけ、中から3人が姿を現した。
若者が空を見上げると、あれだけ空を埋め尽くしていた捕食者の姿はなくなっていた。
そして6機の巨人も無事だった。
一ヶ所に集まり円陣を組んだ巨人たちは、その周りを光に包まれてさっきと同じ場所に滞空していた。
「バリアか」
上空の巨人たちが船を囲むように広がり、周りを警戒しながは降下してくるのが見える。
それを待っていたかのように目の前の巨人が担ぐ大砲が肩から離れ変形し、別の巨人へとその姿を変え、警戒中の仲間に加わるべく飛んで行った。その直後だった。
バウン
突如として金属音が響き、巨人の胸の装甲が展開し始めた。
二重三重に重なりあう装甲が全て開き、その奥から姿を現した黒い影が3人の前に降り立った。
それは、フルフェイスのへルメットと呼ぶにはあまりにアニメ的なデザインのそれをかぶり、各所にアーマーが縫い込まれたボディスーツを着た長身の人間だった。
ヘルメットのフェイスガードが開く。
「!」
その顔は、この状況にあって若者が思わず見とれてしまう程の美青年、いや女性かもしれない。その人物は性別を超越するほど美しい顔の持ち主だった。
『敵だ。9時の方向』
「ギニアァァァァァ〜〜〜〜〜〜っ」
若者が突然の警告に振り向くより早く、一頭の捕食者が瓦礫を突き破って3人に襲い掛かっていた。
そして捕食者は、一刀両断されていた。
「!」
正面に視線を戻すと、フルフェイスの人物が刀を振って刀身に付いた血を払っていた。
(いつ抜いたんだ?全く見えなかった)
血を払った刀身がスライドしながら縮み、手に持つ柄に収納されていく。
「キィキィ」
真っ二つにされた捕食者の断末魔の声に反応したかのように、無数の捕食者が屋根を突き破って飛び出して来た。
その腹は飛来した時とは大きく変わりパンパンに膨らんでいた。
それは、何十人という人間を捕食した証だった。
「貴様ら〜」
逃げるつもりなのだろう。もたもたと飛び立とうとする捕食者たちに巨人たちが銃弾の雨を浴びせる。
身重で上手く飛べない捕食者たちは次々に撃ち落とされていった。
最後の一頭が射殺されたのを確認し終えて、若者の前に立つその人物は口を開いた。
「私の名はミカヅキ。君は?」
「俺はカエデ。いや、俺のことはどうでもいい。この2人を早く病院へ運んで欲しい」
「残念だがそれは出来ない」
「え?」
「我々は極秘任務で作戦行動中だった。だが、どうしても君達を見殺しに出来ず助けた。これで我々の存在が敵に知られてしまった。おそらく敵の機動部隊がこちらに向かっているはずだ」
「敵?」
「気休めかもしれないが、奴らの目的は我々だ。だから我々の方から討って出る。その間に救助してもらえるよう救護部隊にも知らせておいた。だからすぐ助けが来る。この2人も必ず助かる。待っていてくれ」
ミカヅキと名乗った人物がそう言い終えた時だった。
『カエデ、直上っ』
ドッゴォォオオンっ 。
その瞬間、2人(?)の言葉は爆発に飲み込まれ掻き消されていた。
カエデたちの足元、今は残骸と化した砲台の火薬庫に、直上から光の塊が直撃したのだ。
船内まで貫通するほどの威力とそれに伴う爆発は一瞬にして弾薬の誘爆を招き、辺り一面を巻き込む大爆発を起こしていた。
屋根が広範囲に渡って吹き飛び、ミカヅキの巨人が胸部装甲を開けたまま墜落していった。
そしてその大爆発と共に吹き上がった炎と黒煙が合図の狼煙であったかのようにそれは始まった。
〈つづく〉