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第八章・第四話 第四階層




 

 門から突入した2人を待ち受けていたのは、激しい水の流れだった。

 洗濯機の中にでも放り込まれたかのような激流は、上下左右の感覚さえ奪い、今自分が何処に向かっているのかさえ分からなくなる。

「カエデ。大丈夫か?」

「うん。ミカツ゛キは?」

 ハルムベルテのコックピット内では非常事態を知らせる警報が鳴り響いていた。

「フェンリルとの戦闘で羽根を3枚失ったが本体にダメージは認められない。だが、機体の操作も困難な状態だ。ディ。ここはなんだ?」

 『〈ローレライの涙〉だ』

「ローレライ!あの伝説の?」

 『そうだ。ここは地獄に堕ちる者たちが生前の世界から身に着けて持ち込んだ執着のある品物、例えば高価な時計とか宝石とかを剥ぎ取り洗い流す場所だ』

 〔警告。本機は巨大な渦に接近中。このままだと接触は避けられません〕

「なに?」

 ミカツ゛キが映像を切り替え遥か前方を見ると、通路の幅とほぼ同じ大きさの巨大な渦が見えた。

『ミカヅキ。オーバーブースターを使え』

 その会話を遮ったのはディだった。

『前方見える巨大な渦がローレライだ。呑み込まれたらバラバラにされる。抜け出すにはその中心を突っ切るしかない』

「オーバーブースター」

 〔了解。オーバーブースター起動〕

 ハルムベルテの背中に残された9枚の羽根のうち3枚が飛翔し、その機体の周りを衛生のように旋回しながらエネルギーを放出していく。

 それが鋼の巨人を再び巨大な光弾へ変えたのと、前方から迫る通路と同じ大きさの渦に激突したのがほぼ同時だった。

 [ギャギャギャギャギャギャ〜〜〜っ]

 ハルムベルテがその中心へと突っ込むのと同時に、自らの水切り音をも上回る甲高い悲鳴をあげる激流の渦。

 ミカヅキは渦の抵抗をものともせず、その中心を突き抜けていた。

 回転しながら散りじりになっていく渦巻き。

 しかし、鋼の巨人が通り過ぎた直後それは起こった。

 バラバラに飛散したはずの渦が、まるで映像を巻き戻すかのように集結し始めたのだ。

 その刹那。

 ハルムベルテに続いてその中心部に飛び込んだ、超高速で回転する漆黒の螺旋から、無数の針のようなものが全方位目掛けて伸びていた。

 針は集結しようとする渦の元素の1つ1つの核を、1つ残らず一瞬にして正確に突き刺していた。

 そして、途中まで戻りかけていた渦巻きは今度こそバラバラになり散っていった。


                  ◆                      


 ほぼ閉じられつつある出口から何かが飛び出して来た。

 それはハルムベルテだった。

 だが、飛び出して来たのはハルムベルテのみだった。

 もはや大型のバイクでさえ通過が無理なほどまでせばめられた通路。

 あと僅かで閉じられる出口に何かが見えた。

 それは羽根だった。

 3枚の羽根が三角形の筒を形作り、閉じ行く通路に最後の抵抗を試みる。

 が、それも虚しく羽根は一瞬にして押し潰されベキベキと砕け散った。

 羽根を粉砕しながら閉じる通路。

 それが閉じ切るのと、出口から黒い螺旋が飛び出したのがほぼ同時だった。


                    ◆


「!」

 通路から飛び出したミカツ゛キとカエデが目にしたのは、轟音を響かせながら遥か下方から襲い来る巨大な竜巻だった。

 通路から出た直後、2人は、まるで生きているかのようにうねりをあげて襲い来る超巨大竜巻の中心部、言わば台風の目に閉じ込められてしまっていた。

 しかも、その台風の目の空洞が確実にせばまって来るのが分かる。

「これも生物か?」

『いや、これはオリハルコンのエネルギーで作られた、言わばオリハルコンの渦だ。大気中の静電気を取り込みプラズマを作り出している』

「なに?」

『この渦はちょっとした刺激でも我々を飲み込んで大爆発を起こす』

「足止めのつもりか?何か打つ手はないか?」

「バイツ。撒きびし」

 〔了解〕

 バイツがそう答えるが早いか、ハルムベルテの腰背面部から何か小さな物体が大量に放出されていた。

「小型の浮遊機雷だ」

「え?」

 カエデに考える暇さえ与えず、それは、台風に巻き込まれた木の葉のように、渦の流れに乗ってバラバラに散りながら竜巻の中を下方へと進んで行った。

 その瞬間。

 バババババババババババババババババババババババァァァンっ。

 轟音とともに竜巻きが大爆発を起こしていた。

 それは、階層内の全ての物を焼き払うほどの火力と衝撃波だった。

 全てを飲み込み一舜で焼き尽くす灼熱の炎。

 その中から黒い影が飛び出すのが見えた。

 その黒い影は、目にも止まらぬ速さで空中を移動していた。

 黒い影は、全方位から襲い掛かる無数の、紫色に輝く巨大な竜巻の渦から逃げていたのだ。

 まるで生きているかのように鎌首をもたげ迫り来る渦の群れ。

 黒い影は逃げながら弓矢を使って攻撃を試みてはいたが、その全てが超高速の回転に吸い込まれるように吸収されていた。

「こっちの攻撃が全く通じない?ディ。あの渦はなんだ?」

「教えてくれ」

 そう。その巨大な黒い人影は、ディに包み込まれたハルムベルテだった。

 撒きびしが爆発する直前、カエデが反応するより早く、ディがそのコートで鋼の巨人を包み込んでいたのだ。

 それは、オリハルコンの渦が自分たちを攻撃するための足止めだと気付いたミカツ゛キとディの見事なまでの連携プレイだった。

「あれは複数の、12の異なる力を持つオリハルコンのエネルギーを組み合わせて作り出された渦だ。気をつけろ。あの渦は時間も空間も、次元さえも切り裂く』

「あの渦を作り出しているのは何だ?」

「ディ。この階層の情報をくれ」

『ここは第四階層。貪欲地獄だ』

「このままじゃ時間切れになる。この階層を司る者を捜してくれ」

『目の前だ』

「!」

 2人が前を見ると、そこに突然1人の人間が姿を現していた。

 人間。そう言っていいものか?

 肩や肘、膝に宝石が埋め込まれた独創的な甲冑を身にまとったその人物は、ハルムベルテより二回りほども大きな巨人だった。

 そして、その顔に2人は見覚えがあった。

「ゼファーソン?ジェフリー・ゼファーソン准将」

 そう。その顔はレムリアでベリアルに惨殺されたゼファーソンに間違いなかった。

 そして、その顔は怒りに満ちていた。

『違う。今の彼は冥界の王プルートだ』

「プルート。冥王星?」

『そうだ。今の彼はプルート。この貪欲地獄を司る者で、七つの大罪の一つ、嫉妬の罪を背負う者だ。いうまでもなく冥王星と結びついている』

 [全て、全て貴様たちのせいだ]

「え?」

 [貴様がおとなしく神器を渡してさえいれば、私と我が軍隊で奴らを根絶やしにすることができたのだ。

 全ての栄光を、私にこそふさわしい名誉を得る絶好の機会だったのに・・・。

 貴様もリビングストンも評議会の長老どもも、どいつもこいつも、そんなに私が成功するのがねたましいのか?]

 そう叫びながら彼は手を広げた。

 すると、彼の左右6本、計12本の指にはめられた12個の指輪が光り、拳から竜巻きが発生した。

 両手の拳を交差させると竜巻きも交差し、2つの渦が混じり合って、より強大、凶暴な竜巻きとなってカエデに牙を剥いた。

 [それを、神器をよこせ]

 組紐が光り、自らとハルムベルテを覆うコートを更に光球で包むカエデ。

 対して、指揮者がタクトを操るように腕を振るプルート。

 それに合わせて縦横無尽に動く竜巻きの渦は、あっけなくサークル、つまりは光球を突き破り、軽く触れただけのコートをボロボロに切り裂いていく。

『逃げろ。さっきも言ったはずだ。あの渦は時間も空間も次元も切り裂く』

「あれも神器か?」

 ゼファーソン=プルートの指の上で光り輝く指輪を見たカエデが叫んだ。

『いや、あれはオリハルコンの宝石だ。神器ではない』

「神器じゃない?じゃあどうやって竜巻を発生させている?」

『カエデ。宝石の中を見ろ』

「宝石の中?」

 ミカツ゛キに言われるままディの力を借りてカエデは宝石を見た。

「!」

 オリハルコンの宝石も他の宝石同様、その内部は透けて見える。

 そこに見えたのは人影だった。

「人形?人?」

『あれは人だ。もっとも既に死んではいるが、オリハルコンの内部に人が閉じ込められている』

 ディから直接脳に送られて来た映像に映るその人たちの顔にミカツ゛キは見覚えがあった。

「あれは、最高評議会のメンバーたち」

「え?」

 そう。指輪に閉じ込められているのは、レムリアの自爆を決議しスイッチを入れた最高評議会の12人の老人たちだった。

「でも、何のために?」

 [逃がさん]

 プルートがそう叫ぶと、宝石に中に閉じ込められた人々がもがき苦しみ始めた。

 すると、それに呼応するかのように指輪の輝きが増し、そこから発生する竜巻も更に勢いを増してカエデに牙を剥き、襲い掛かって来た。

「あの宝石の動力源は、人間の生命エネルギー?」

『違う。彼らはオリハルコンを起動させるための生体スイッチだ。彼らは一度死んでいる。つまり、あそこに閉じ込められている限り、未来永劫に渡って死ぬことも許されずオリハルコンを起動させるために命を削られ続ける。まさに拷問だ』

「と言うことは、肩や他の場所の宝石にも?」

「確認した。ゼファーソンの部下だった者たちが閉じ込められている」

 カエデの疑問にミカツ゛キが即答した。

「あいつを倒すにはふところに飛び込むしかないか」

『できるか?』

 バリバリバリバリバリバリバリバリっ。

 その時だった。

 全方位から迫る数え切れないほどの輝く渦が、一斉にハルムベルテに襲い掛かった。

 そして、鋼の巨体を包む漆黒のコートが、次元と空間と時間ごと木っ葉微塵に切り刻まれ、跡形もなく消滅していた。

 その瞬間。

 プルートの目の前、文字通り目と鼻が触れ合わんばかりの距離にカエデがいた。

 [!]

 一刻の猶予も与えず組紐を架けた両手を突き出すカエデ。

 次の瞬間。

 ホーク=プルートの顔半分と、そこから下にかけて、甲冑の胸の辺りがが吹き飛んでいた。

「くそ」

 はずした。

  カエデは唇を噛んだ。

 本当は顔を全て消し去るつもりだったが、ホークが直前でかわしたのだ。

 [死ね]

 しかもそれと同時に、蚊でも仕留めるかのように、プルートがカエデを両手で挟み撃ちにしていた。

 いや。

 挟み撃ちにしようとしたその時だった。

 間髪を与えず、その一瞬をついて彼の頭上の、何にもないはずの空間が揺れたかと思うと、そこから突然巨大な影が飛び出した。

 [!]

 それは異様な光景だった。

 突如として、目も前にあった景色が巨大な人型に切り取られるかのように動き出し、半分消し飛んだ頭めがけて長剣を降り下ろしていた。

 音速を超える超高速で降り下ろされる剣先。

 それをプルートは白羽取りで、正確にはてのひらの間に発生させた空気の渦で受け止めていた。

 [貴様、生きていたのか]

 そう。それはハルムベルテだった。

 [では、今私が切り刻んだのは?]

 全方位から襲い来る竜巻に切り刻まれたのは、ハルムベルテの形をコピーしていたディだった。

 浮遊機雷によって渦が大爆発したその瞬間、ハルムベルテはその機体をオーバーブースターで包み、下方に急降下していた。

 コートの中は空だったのだ。

 迫りくる竜巻に対して放った矢も、ミカツ゛キから拝借したものを、ディが触手を使って飛ばしていた。

 [いままで何処に隠れていた?・・・まさか、スクリーンパネルか]

「実験的に装備しました。リビングストン将軍の発案です」

 [リビングストンだと]

 バキバキバキっ。

 掌に押さえられた箇所から剣が砕けていく。

 ハルムベルテが剣を放したその瞬間。

 プルートが新たな渦を作り出そうと両手を前に突きだし、それを阻止しようとしたミカヅキは咄嗟とっさにプルートの掌を掴もうとした。

 結果、両者は互いの掌を重ね合わせ、組み合う格好になっていた。

 プルートの作り出した 竜巻きがハルムベルテの手の甲を突き破るのと、ハルムベルテの指がプルートの掌を握り潰したのがほぼ同時だった。

 [貴様、何を?]

「コンパクトノヴァ」

 〔了解。コンパクトノヴァ起動〕

 プルートの掌を握り潰したまま上腕部の装甲がパージされたのを皮切りに、ドミノ倒しのようにハルムベルテの全身の装甲が剥離され、中から一回り小さい人型が姿を現したかと思うと、パージされた装甲が前方に向かって裏返りながらプルートの身体をすっぽりと覆う球体を形作っていた。

 そして、その球体が爆発的な輝きと高熱を放ち始めた。

「ミカヅキ。あれは?」

「コンパクトノヴァ。その名の通り小型の人工太陽が出現する。早く逃げないと私たちも飲み込まれるぞ」

「ディ」

『分かっている』

 黒の螺旋と化して再び急降下を始めるカエデ。

 一回り小さくなったハルムベルテがオーバーブースターでそれに続く。

「将軍」

 ミカツ゛キは小さな声でそう呟いていた。

 ミカツ゛キは見た。

 それは、ゼファーソンと組み合った時だった。

 甲冑が壊れ、剥き出しになった彼の胸の中心には、巨大なオリハルコンがはめ込まれていた。

 それは、カエデの一撃によって深い傷を負っていた。

 その奥にリビングストン将軍の姿があったのだ。

 彼は全ての元となる巨大なオリハルコンの生体スイッチにされていた。

 だが、リビングストンの目は死んではいなかった。

 恐怖も怯えもなく、ただ真っ直ぐにミカツ゛キを見つめていた。

  "ためらうな。やれ、ミカツ゛キ。"

 彼の目がそう言っていた。

 その揺るぎない眼差しが、ミカツ゛キに迷いも躊躇のなくコンパクトノヴァを使うことを決意させたのだ。

 ハルムベルテのコックピット内警告とは警報が鳴り響いていた。

 後方から天文学的な熱量を持った空気の壁が、降下する2人をはるかに上回る速度で迫って来る。

 ハルムベルテの周りを回る3つを含む全ての羽根が一瞬で溶けて蒸発したのと、2人が通路に突入したのがほぼ同時だった。

 


                          〈つつ゛く〉



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