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第八章・第三話 第三階層





 ギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャっ。

 漆黒の螺旋と鋼の巨人は、リリンたちを粉砕しながら通路内へ飛び込んだ。

 その瞬間。

 通路内の壁のいたるところから何か鋭利えいりで巨大なものが凄まじい勢いで飛び出して来た。

 それは、戦車をも一噛みで砕くほど大きな鋼鉄の牙だった。

 水族館に行くと、鋭くとがった歯がぎっしり並んだサメの上顎うわあご下顎したあごが展示してあるが、まさにそういう感じの代物が次々に壁から飛び出して襲い掛かって来る。

 通路自体の狭さもあり、2人はそれを紙一重のところでかわして行く。

 そしてカエデとミカヅキは、閉じ行く出口の隙間から、ハルムベルテの羽根を壁面にこすりながら、間一髪のところで出口から飛び出していた。


                  ◆



 2人が、生身の人間では絶対に耐えられないほどの急制動をかけて左右に逃げるのと、逃げる直前まで2人がいた空間を巨大な牙が噛んだのがほぼ同時だった。

『ミカヅキ。耳をふさげ。ヤツの声を聞くと鼓膜が破れるぞ』

 次の瞬間。

 [ギャアァァアアアア〜〜〜〜〜っ]

 そのまま急降下を開始した2人の上空で、この世のものとは思えない、おぞましい絶叫が響き渡った。

 巨大な翼を羽ばたかせて後ろに迫るそれは、3つの頭と2本の長い尻尾を持つ巨大な生物だった。

「ディ。あれは?」

『第三階層の門番ケルベロスだ』

「ケルベロス?あれが?」

『確かに、あれはもはやケルベロスとは言えない。あれは合成獣キメラだ。ケルベロスとベヘモスとニーズヘッグの』

「キメラ?」

 だからか。とカエデは思った。

 ケルベロスといえば狼のような頭を3つ持っているというのが通説だ。

 だが、今背後に迫っているそれは、3つある頭の形がそれぞれ違っていて、真ん中が竜、向かって右が亀で一番左が狼をさらに凶悪にしたかのような風貌ふうぼうをしているのだ。

『信じられん。一体誰がこのようなことを』

「あれが、この階層をつかさどる者か?」

『そうだ。今の彼はこの階層の門番であると同時に七つの大罪の一つ、大食の罪を負う者だ。

 占星術では水星と結び付いている』

 だが敵はケルベロスだけではなかった。

 彼らは、アラストールや空飛ぶ異形の者たちの群れに囲まれようとしていた。

 それは、天を覆い尽くすほどの圧倒的な数の力でカエデたちを飲み込もうと押し寄せて来た。

「サンバースト」

 〔了解〕

 バシュバシュバシュバシュ。

 ハルムベルテのバックパックから小型のミサイルが放射線上に発射された。

 それは、敵陣深く入り込んだところで次々に爆発し、特殊鉄鋼弾の飛礫つぶてを全方位にばらまいた。

 [ガギャ~~~~~~~~~~~~っ]

 空のあちらこちらでおぞましい絶叫が響き渡る。

 だが、それで終わりではなかった。

 鉄鋼弾の飛礫とともにまき散らされた、くさびにつながれた特殊鉄鋼製のワイヤーネットを大空に拡散させていたのだ。

「ミカツ゛キ。アラストールを頼む」

「1人で大丈夫か?時間がないぞ」

『私が付いている。任せてくれ』

「分かった。任せる」

「やるぞディ」

 ハルムベルテが弓矢を構える姿を尻目に、カエデを包んでいた螺旋らせんが開き、翼へとその姿を変えた。

 直上より迫るキメラの竜、亀、狼、それぞれの口から、赤、橙、紫色の光球がカエデ目掛けて続けざまに撃ち出される。

 間断なく襲い掛かるそれをかわしながらカエデはくるりと向きを変え、キメラと対峙すると、両腕を前に突き出した。お椀の形を作るように広げられたその指には組紐が架かっていた。組紐は金色の輝きを放っていた。

 そしてその輝きは、両手の間に収束して光球となり、カエデはキメラが放った光球目掛けてそれを連射で撃ち放った。

 次々に飛来する3色の光球と金色の光球が空中で激突した。

 いや、キメラの光球はカエデのそれに近付いた瞬間に萎むように消滅し、それとは対照的に、カエデの光球は相手を消滅させる度に輝きと速度を増しながらキメラに命中した。

「ギニャアァ〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ」

 金属同士が擦れ合うような、黒板にチョークを突き立てて走らせたた時のような、全身に悪寒が走る、そんな絶叫が響き渡った。

 カエデの光球が命中した部分の肉体が、光りに吸い込まれるように消滅していく。

 光球が通過した後に残ったのは、キメラの無惨な姿だった。

 身体の大部分は失われ、竜の頭も狼の頭も半身ごと消滅し、かろうじて残った亀の頭も右半分が失われ、剥き出しの内臓からは、おびただしい量の血が滝のように流れ落ちている。

 それは、この時点で拡散したワイヤーネットが鳥籠を完成させた。それほど一瞬の出来事だった。

「よし、仕留めるぞ」

 その時だった。

 キメラが、唯一残された、半分失われたままの亀の首をもたげ、口を大きく開いた。

 そして、小さく息を吐いたかと思うと、凄まじい勢いで息を吸い始めた。

 辺りの空気が、渦を巻きながら吸い込まれていく。

 だがそれは、闇雲やみくもに吸っているわけではなかった。

 カエデは見ていた。

 キメラが小さく息を吐いた瞬間、周りにいた異形の生物たちが怯え、クモの子を散らすように逃げ出したのを。

 そう。キメラは周りに集まっていた無数のアラストールや異形の者たちを吸いい込んでいたのだ。

 首を縦横無尽に動かし、逃げ惑う怪物たちを容赦なく吸い込んでいくキメラ。

 すると、信じられないことが起こった。

 失われた身体が、あっという間に再生され元の姿に戻り始めたのだ。

『他の生物の生命エネルギーを使って身体を再生できるのか』

 身体に続き、首の付け根から盛り上がっていく3つの頭。あろうことか、それが再生の途中で人間の顔になり、そこからさらに形を変えて、亀、竜、狼の顔になったのだ。

「なんだ?今一瞬、人間の顔になったよな?」

「シド3兄弟!」

 ミカツ゛キが叫んだ。

『そうか3つ子か。ならば融合も可能か』

「なに?なにが?」

『彼らはケルベロス、ベヘモス、ニーズヘッグを実体化させるために自らの身も心も捧げた。言わば生け贄になったのだ。フィルゴのように』

「後でちゃんと説明しろよ。完全に再生する前にトドメを刺す」

 大きく広げた両手の間で、サッカーボールぐらいにまで大きくなった光球を渾身の力を込めて撃ち出すカエデ。

 それと、完全再生したキメラの口から3色の光球が撃ち出されたのがほぼ同時だった。

 それは、再生したばかりの3つの頭が、口から裂けるほど巨大な光球だった。再び空中で激突する光球。

 だが、先程とは何かが違っていた。

 光球同士が相まみえる寸前、キメラが放った3つの光球が1つに融合し、黒色の球と化したのだ。

 黒球は、今度は逆に光球を吸収し、逃げる間さえも与えないほどの超高速でカエデを直撃した。

 ・・・だがカエデは無事だった。指に絡ませた組紐が眩い輝きを放ち、カエデを包む光球となって黒球から護っていた。

 ・・・しかし。

 光球は、饅頭の中のあんのように、すっぽりと黒球に包み込まれていた。

 しかも、黒球がどんどん大きくなっていく。

『こいつ、我々のエネルギーを吸い取っているのか』

「ディ。押し返せ」

『この黒球は一種のブラックホールだ。我々のエネルギーを別の次元に移している。どれだけ力を使っても全て持っていかれる。

 このままでは永遠にここから出られないぞ。最後のガードを切るしか・・・』

 そこまで話した時、カエデの視界が突然塞ふさがれた。

 それはキメラだった。キメラの3つの首が再生しながら粘土細工のように形を変え1つに融合し、巨大なオオカミのような頭になってカエデを閉じ込める黒球をくわえたのだ。

『この姿、フェンリルか』

「フェンリル?何をする気だ?」

『フェンリルはラグナロクの時、この方法でオーディンを倒した。我々を食べるつもりだ』

「え?」

 カエデたちは、自らを封じ込める黒球ごと“ごくん”とあっけなく飲み込まれた。

 “ギュルルルルルっ。”

 その時だった。

 つんざく轟音とともにフェンリルの胸元から巨大な物体が突き出ていた。

 それはランスだった。

 いつの間にかワイヤーネットがパージされ、そこに突入して来たハルムベルテが巨大なランスを、フェンリルの背中、首の付け根から胸にかけて突き立てていたのだ。

 だがそれは、まさに紙一重だった。

  キメラのすぐ近くの空間から、溶け出すように黒い巨大な影、双頭の魔獣がハルムベルテ目掛け飛び出して来たのだ。

「!」

 それはオルトロスだった。

 ミカツ゛キの反射神経を持ってしてもかわしきれないほどの距離から、牙を剥き襲い掛かる双頭の魔獣。

 だが、まさにその瞬間、突然オルトロスがもがき苦しむように空中をのたうち回りはじめたのだ。

「無事か?カエデ」

 ミカツ゛キが突き立てたランスは、突き刺さったまま分解するように3枚の羽根へとその姿を変えていた。

 そして羽根は、自らがキメラを貫いて出来た穴を押し広げるかのように超高速で回転し始めた。

「オエッ」

 キメラはたまらず光球、つまりはカエデを吐き出した。

 黒球が消滅し、大空へと放り出されるカエデ。

 だが、ハルムベルテが救助に近付くより早く、小柄な身体を包むコートが再びドリルへと姿を変えていた。

「すまない」

「謝らなくていい」

「一体何が起きて・・・」

 見ると、オルトロスの2つの首に紐のようなものが巻き付いて締め上げていた。

 だがそれは、紐というよりトカゲや蛇の尻尾と言った方が分かりやすい形状をしていた。

 2人の視線が、その紐の先に捉えたのは、美しい女性だった。

「!」

 2人が驚くのも無理なかった。

 その女性は、腰から下、つまり下半身が蛇のようになっていて、その蛇のような下半身を使ってオルトロスの首を締め上げていたのだ。

 『エキドナか。だが何故彼女が我々を助ける?』

「エキドナ?」

 口から泡を吹き、白目を剥くオルトロス。

 グシャっ。

 だが、その刹那、エキドナの身体は胴体から真っ二つにされていた。

 オルトロスの尻尾の先は蛇の頭になっていた。

 それが彼女に噛み付いて、喰い千切っていたのだ。 

 有り得ないほどの大量の血をまき散らしながら落ちていくエキドナ。

 それを、空中でやさしく受け止めたのはハルムベルテだった。

『急げミカツ゛キ。通路が閉じるぞ』

「フェンリルは?」

「奴はもうそれどころじゃない」

 後方、つまり上空を振り返ろうとしたカエデを制したのはミカヅキだった。

「え?」

 カエデの脳に直接投影されたディからの映像。

 そこに映し出されていたのは、断末魔の抵抗を試みるフェンリルの姿だった。

 逃げ惑う異形の者たちを大きく開けた口で吸い込み、己の血肉に変えて傷口を強引に閉じようとする。

 だが、楔と化した高速回転する3枚の羽根がそれを許さず、傷口を広げていく。

「このまま回転が臨界に達すると奴の身体は木っ端微塵に引き裂かれる。

 それを避けるには傷口を塞いで羽根を締め付け、回転力を落とすしかない。

 だがそれも、この階層内にいる全ての同胞の命を奪い去るまでの悪あがきだ」

 カエデが急降下を始めると、ハルムベルテがその後ろにつき、更に加速して急降下して行く。

 それはオルトロスの追撃を警戒しての行動だった。

 が、その頃双頭の魔獣は、他の者たち同様フェンリルに吸い込まれていた。

 そんなハルムベルテの姿を、エキドナは、遠くなる意識の中、愛おしそうに見つめていた。

 [・・・ミカツ゛キ。それがあなたの名前。・・愛しい子]

 その途切れそうな言葉をディを介して聞いたミカツ゛キは、ハルムベルテの胸部にある緊急用のハッチを開け、彼女を、エキドナの顔を見た。

「・・・お母さん?」

「え?」

 だが、そんなカエデの声もミカツ゛キの耳に届いていなかった。

 [ええ。そうよ]

「・・・お母さんは、私を、人の姿をした私を産んで、産んだから、すぐに殺されたと・・・」

 [それは違うわ]

 ただ優しく、諭すように呟くエキドナ。

 だが、それが逆に、ミカツ゛キの言葉が真を突いていることを物語っていた。

 [私が殺されたのは、エキドナとして転生し、ケルベロスやオルトロス、ラドン、キマイラ、スフィンクスを未来永劫に渡って産み続けるため]

 「でも、例えそうだとしても、私のせいでお母さんを2回もこんな目に合わせて・・・」

 [何を言ってるの。知らなかった?親はね、子供の為なら何でもできるのよ。ありがとうミカツ゛キ。生きていてくれて。私はあなたが生きていてくれただけで満足よ。本当にありがとう。・・・それと]

「なに?」

 [あなた、いい人見つけたわね。早くモノにしちゃいなさい]

「ええっ!」

 くすっ。

 それが、彼女の最後の言葉だった。

 からかった我が子の反応を楽しむかのように、優しく微笑みながらエキドナは息を引き取っていた。

 「・・・お母さん」

  そして彼女の身体は石のようになっていた。

 それが砕けながら砂のようになって風に流され、第三階層の空に舞っていった。

  カエデとミカツ゛キは更に加速し、閉じ行く通路へと突入した。



                         〈つつ゛く〉




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