第八章・第一話 地の底
崩落した大地の下にあったのは、とてつもなく広い空間だった。
地平線の彼方に霞んで見えるほど広大な、外周をぐるりと囲む壁が、遥か先まで続いているのが見える。
上に空はなく、壁と同じ材質と思われる物質が天井を覆っていた。
先ほど破壊され陥没した床。
つまり、この空間の天井の一部が崩落したため、天井部分がいかに分厚く頑丈に作られているかがわかる。
天井を支えるための柱だろうか?
崩落によって出来た穴の真下に、木漏れ火のように見える業火に照らし出された巨大な円柱が、はるか下方へと伸びているのが見えた。
その柱に沿って急降下する影が2つ。
それはカエデとミカヅキだった。
ミカヅキは新型のブリガンダインを装着、カエデはロングコートの背中から生えた翼で飛翔していた。
ミカヅキが装着する ブリガンダイン〔ハルムベルテ〕は全長が18メートルにもおよぶ巨大なパワードスーツで、背部から左右に6枚ずつ伸びる、計12枚の巨大な羽根が特徴の機体だ。
エスペランサの船底に取り付けられていた巨大なコンテナの中には、これが収納されていたのだ。
ハルムベルテの12枚の羽根のうちの3枚が背中から分離して、機体の周りを衛星のように回りながら並行して飛んでいて、カエデも羽根の内側を飛んでいた。
「ここの構造はどうなっている?」
『我々がいるのは直径が数十キロにもおよぶ底辺を持つ巨大な逆円錐形の構造物だ。ここはその底辺部分から中に入ったばかりのところだ。
内部は九つの階層に別れている。
ここは最上階、第一階層だ』
「彼らの目的は?」
『最下層。第九階層に行き、地獄の釜の蓋を開けることだ』
矢継ぎ早に続くミカヅキの質問にディが次々と答えていく。
「釜の蓋?その奥に何がある?」
『ルシファーが封印されている』
「ルシファー?あの堕天使の?」
その、あまりに想像を絶する答えにミカヅキは言葉を失った。
『彼らが再び神に戦いを挑むのなら、全ての悪魔を否応なく平伏させ統率することが出来る絶対的な存在が必要だ。
そんなことが出来るのは彼をさしおいて他にない』
「そのコートをドリルみたいにして、床を全てぶち抜いて一気に最下層まで行けないのか?」
『それは出来ない。正確には出来ないことはないが、ここの大地は全て我々が落ちてきた天井と同じ材質で作られている。残り八層全てを貫くには・・・』
『グングニルの槍。もしくはそれと同等の力を持つものが8つ必要ってことか」
『そうだ。だが、彼らは我々を処分しようとした』
「それってつまり階層内は自由に行き来できるってことだよね」
カエデが2人の会話に割って入った。
『ああ。目の前に建つ柱に螺旋階段が備え付けられているだろう。この柱は円錐を支える背骨だ。先端は最下層まで伸びている』
「あの階段に沿って降りて行けば最下層まで行けるのか?」
“ガチャッ”
その時だった。
一際大きく響いた機械音とともに、全ての螺旋階段が等間隔を保ったまま横に移動した。
「螺旋階段が動いた?」
『違う。柱そのものが時計回りに動いたのだ』
「時計回りに?どれくらい動いた?」
『角度にして30度だ』
「何のために?ディ。この柱の構造を調べてくれ」
『なんということだ』
「どうした?」
『第二階層への通路が既に開いている。時間がない。全速力で降下しろ。詳しいことは降下しながら説明する』
「わかった」
「そう簡単には行かせてくれないみたいだぞ」
ミカヅキの言葉を聞くまでもなく、カエデたちにもそれは見えていた。
眼下に広がる広大な空間が、どこからか湧き出てきた無数の何かに埋め尽くされていく。
そしてそれらが、蠢きながらこちらへと上がって来るのだ。
あるモノは翼を広げて空を舞い、またあるモノは螺旋階段を駆け上がり、さらには四肢を使って柱を登ってくるモノもいた。
それは、伝承の中でドラゴンやガーゴイルやモスマン、獸人、半魚人と伝えられてきた異形の生き物たちだった。
『あいつらは無視しろ。我々が目指すのは階下への通路だ。突入するぞ』
黒いコートが小柄な身体を包み、ドリルへとその姿を変える。
それに追随するかのように加速したハルムベルテは周りを回る羽根から放出されたエネルギー粒子が全身を覆い、自らを巨大な光弾と化していた。
3枚の羽根は攻撃と防御を兼ねる新装備で、ハルムベルテのコンピューター、バルツによって制御されている。
その1番の特徴は、本体のエネルギーを一切消費することなくオーバーブースターを使用できることだ。
だがこれも、ミカヅキという体力、精神力、反射神経、全てにおいて人間を凌駕する力をあわせ持つコアマスター=装着者がいて初めて成立するシステムと言えた。
『何故かは分からないが、この柱は天井を支えず、しかも少しずつ回転しながら地中を目指して進行している。
各階層の大地は進行を阻止するために柱に取り付けられた巨大な歯車だ』
「なんだって?」
『各階層の大地、つまり歯車が接触する部分の壁の内側は歯車と噛み合う形になっていて、壁のその部分が常に反時計回りに回転することで柱の進行を遅らせている。これだけ大きな物を止めるには、結果的には遅らせているだけだが、巨大な歯車が8枚必要だったということだろう』
「あの怪物たちがその仕掛けを作ったのか?」
『ああ。おそらく数十億年とい歳月をかけてな』
「何のためにそんなことをしているんだ?ディ。これは何なんだ?」
「それよりも今は階下へ行くことが先だ。通路の入り口は見つかったのか?」
カエデの問いをミカヅキが遮った。
『ああ。柱に沿って降下して行けば見える。ただ・・・』
「ただ?」
『通路は3重構造になっていて、通路の入り口は階層を遮る壁の上面、つまり大地の上に、出口は壁の下面、つまり階層の天井にあり、通路そのものは、2つの壁に挟まれた歯車に穴を掘り抜いて作られてている』
「つまり・・・」
『入り口と出口と通路が重ならなければ通過することが出来ない』
「そして今、真下の通路が開いているのか?」
『だがこれは偶然ではない』
「ああ。シェオールの連中は最下層に行くためにこのタイミングを狙っていた。
オレたちはまんまとそれに利用された」
『各階層の歯車の回転速度を計算した結果、第二階層の通路が閉じられた直後に、次の第三階層の通路が閉じられ始め、順次6分間隔で閉じられていくことがわかった。
各階層を6分以内に通過しないと、階層もしくは通過内に閉じ込められる。
残された時間を考えたら一ヵ所でもつまずいたら即アウトだ』
そして、超高速で回転するドリルと眩い光りの渦を巻く光弾が下方から迫り来る何億匹もの異形の生物の塊の中に突入した。
ババババババババババババババっ。
「なに?」
それはカエデとミカヅキにとって予想外のことだった。
異形の生き物たちは、存在を無視するかのようにカエデたちを避け、ただひたすら全速力で上に向かって行くのだ。
「まさかコイツら、地上に出るつもりか?」
上昇して行く異形の群れを追いかけるミカヅキの視線がその先に捉えたのは、天井に開いた穴だった。
「くそっ」
光弾と漆黒のドリルが反転急上昇し、一心不乱に登る異形の者たちを次々に粉砕していく。
『2人ともやめろ。これは罠だ』
「それでもダメだ。コイツらが地上に出たら、生き残っている人たちが皆殺しにされる」
『だが、ここでコイツらを迎撃している時間はない』
ドォンドォンドォンドォンドォンドォン。
その時だった。
天井に近い場所で無数の閃光とともに爆発が起こった。
それは上昇を続けて来た異形の怪物たちを呑み込み、ある者たちは爆散し、またある者たちは爆風に飛ばされ、下から上がってくる仲間を巻き込んで落ちて行く。
そして、さらに追い討ちをかけるように爆発の連鎖が辺り一帯を襲い、異形の者たちは逃げ惑う者たちと登って来る者たちがごちゃ混ぜになりパニック状態に陥っていた。
「隊長。ここは私たちに任せて行ってください」
「その声はビルか?皆無事か?」
上を見ると、天井に開いた穴から6機のブリガンダインが一斉射撃しながら降下して来るのが見えた。
「はい。皆無事です。2班に別れて作戦行動中。地上でハンナのマインゴーシュ・トロワがバリアを展開し、辺り一帯を覆っています。
上空の敵がここに侵攻して来ることも出来ません。
この怪物たちも地上に出ることは出来ません。袋のネズミです」
〈つつ゛く〉