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第七章・第一話 怒りの矛先





 それは突然の出来事だった。

 あまりに突然すぎて誰1人として自分が今置かれている状況を理解出来ないでいた。

 無理もなかった。

 皆、うつぶせにされ、腕を後ろ手に拘束されて銃口を突き付けられていた。

 ・・・はずだった。

 それが気が付いた時には、艦内各所でバラバラに捕らえられていたはずの人達が拘束を解かれ同じ場所にいたのだ。

 しかも、自分たちに銃口を向けていた敵兵の姿も見えない。

「ここはどこだ?一体何が起きた?」

「なんで俺はここにいるんだ?」

 それほど広くない、しかも窓1つ無い、無機質な金属の壁に囲まれた、コンテナの中のような場所にすし詰め状態にされていることもあり、人々に動揺が広がり始めようとしていた。

「みんな安心して。ここはエスペランサのカーゴルームのコンテナの中よ」

 人々が騒然となるのを制するように叫んだのはガブリエルだった。

 コンテナの中には、シラヌイ艦内に居なかったはずのガブリエル以下ブリッジクルー達やミカヅキ、それにハンナまでもがいた。

「ここは安全よ。だから皆落ち着いて。1度全員で深呼吸を・・・」

「艦長。私達は確かにシラヌイの中で人質にされていた。それが何故ここにいるのですか?」

「・・・それは」

「オレが答えます」

 カエデのその一言でコンテナの内は一瞬にして静まり返った。

「オレ達は、ワープ空間内でWDCのワープエンジンを使いさらにワープしました」

「は?」

「でもそれは見せかけです。実際にワープしたのはWDCとシラヌイ。そして侵入していた敵兵とアラストールのみ。オレ達はWDCがワープする瞬間にこのエスペランサでワープアウトして地球に帰還しました。ここは地球です」

「あなたね。私達を助けてくれたのは?」

 カエデの眼前にいた女性が突然歓喜の声をあげた。

「え?」

「神器でミカヅキ隊長たちを助けたみたいに私達を助けてくれたんでしょう?ねぇ、レオナはどこ?」

 その一言が引き金となり、その場に居合わせたほぼ全員がカエデを取り囲むように押し寄せた。

「エドモンドの姿が見えないがヤツはどこにいるんだ?」

「ジョウは?私の婚約者のジョウはどこ?」

「マリア。娘のマリアがどこにいるか知らないか?」

「・・・ごめんなさい」

 カエデが深々と頭を下げながら呟いたその一言で、コンテナの中は、それまでの騒乱が嘘のように静まり返った。

「・・・ごめんなさいって、どういうこと?」

「ここに居る人たち以外は助けられませんでした。本当にごめんなさい。

 でも聞いてください。今はそれどころじゃ・・・」

「なんだって?今なんて言った?」

「私を助けられたのに、なんで?どうしてジョウを助けてくれなかったの?」

「何を言ってる。あの状況で助け出してもらえただけでも・・・」

 実はここにいる以外の人間は、カエデが助け出すより前に、すでに射殺されていたのだ。

 だが、ミカヅキのそんな言葉も今の彼らには火に油をそそぐだけだった。

「でも艦長や隊長たちは助けてるじゃないか」

「おエライさんは助けても俺たちは助けないんだ?俺たち下っ端には用は無いってか?」

「おエライさんに取り入ってどうするんだ?俺たちの命を踏み台にして何が欲しいんだ?何がしたいんだ?言ってみろ」

「いい加減にしなさいっ」

 騒然となる人々を一喝したのはガブリエルだった。

「カエデも命を狙われてるのよ。しかも白焔やベリアルに。

 例え神器を持っていたとしても、いえ、持っているからこそ、安息の時なんて永遠にこないでしょうね。

 そんな状況の中でこれだけ多くの、しかも見ず知らずの他人を、自らの命を危険にさらしてまで助けるなんてあなた達に出来るの?

 答えなさい」

「艦長。ここはまずい」

 そう言ってガブリエルの言葉を遮ったのは他ならぬカエデだった。そしてカエデはカーゴルームの天井を見上げていた。

「どうしたの?」

「ディ。全員の脳に直接映像を送れ。その方が早い。くそ、間に合わない。防御しろ」

 その瞬間。その場に居合わせた全員の脳に、見えないはずの外の景色が映し出された。

 ・・・そして彼らは見た。

 はるか上空、成層圏をも越えた宇宙の一点が突如として輝き始めた。

 それが、何かがワープアウトしてくるために空間をこじ開けているのだと気付いた時には、そこから飛び出して来た超巨大な物体はすでに雲を突き抜け、海面目掛けて落ちて来るところだった。

 超高速で回転しながら落ちて来るそれは、アリを踏み潰すゾウの足のようにエスペランサを直撃した。

 ザバババババババババババババババババババっ。

 想像を絶する巨大な波しぶきを上げながら、巨大過ぎる何かが、その先端でエスペランサを押し潰しながら海中へと突き進んで行く。

 それは、先端が海底に到達してもなお、最後尾がまだ輝きの中からその姿を現さないほど長い物体だった。

 海底に突き刺さり、なおも地底深く突き進んで行くほるか後ろで最後尾が姿を見せると、星のような輝きは一瞬にして失せ、地球に突き刺さる巨大な槍だけが残されていた。

 宇宙から見る槍は、まるで以前からそこにあったかのように、何事もなかったかのようにそそり立っていた。

 しかし、大気圏下では天高く巻き上げられた海水がどしゃ降りの雨を降らせ、海は地球の創成期を思わせるほど荒れ狂っていた。

 そんな激しく揺れる海面に浮かび上がる1つの影があった。

 それは黒い球形の物体だった。

 まるで洗濯機の中にほうり込まれたピンポン球のように凄まじい力でもみくちゃにされる黒球。

 だが、その中に浮かぶ脱出船は微動だにせず、乗り合わせた人たちも全く揺れを感じていなかった。

 エスペランサとそれを護るディも無事だったのだ。

「ディ。これって、もしかして?」

『ああ、間違いない』

 カエデだけでなく、そこに居る全員が、船の外で起きている出来事の一部始終が見えていた。

 荒れ狂う波の先、目の前に、行く手を阻むかのように巨大な壁がちはだかっていた。

 それが先程の槍だということは誰でも理解できたが、全ての視界を埋め尽くすほどその幅は広く、高さに至っては天空の遥か先まで伸びており、その全体像をうかがい知れないほど大きいとしか分からない。

 だが、その螺旋状に伸びる円筒形の物体を誰もが知っていた。

「・・・これは、バベルの塔?」

「そう。バベルの塔。今、計測させたけど火星のものと全く同じ大きさだよ」

 ガブリエルの疑問に答えるかのようにカエデが言葉を続ける。

「それと塔の頂上には直径が13kmにもなる巨大な宝石がはめ込まれています」

「宝石?鐘じゃなくて?」

「はい。超巨大なオリハルコンの宝石です」

「この塔は鐘突堂なんかじゃない。おそらく巨大なレーザー照射機だと思う」

 カーゴルームにひしめく人達の中の、技術者らしき1人が、ガブリエルの疑問に答えるかのように口を開いた。

「レーザー照射機?そりゃ撃つことが出来たら小惑星を破壊するぐらいの威力があるだろうが、エネルギーはどうするんだ?そんな天文学的な、膨大なエネルギーをどこからどうやって調達する?」

「コア」

 食って掛かる科学者らしき男をねじ伏せたのはカエデの一言だった。

「コア?地球の?」

「コアの外核の温度は5千度もの超高温で、火星ぐらいの大きさがある内核をすっぽりと包むほど巨大だ。その無尽蔵ともいえる熱エネルギーを電気エネルギーに変えることが出来れば・・・」

「あの塔は地球の中心まで伸びてるっていうのか?仮に百歩譲ってそうだとして、どうやって熱エネルギーを電気エネルギーに変換するんだ?ヤツらがそんな超巨大で超高出力の変換器を外核内で作っていたら気付かないワケがないだろう。俺達はそのコアの中にずっといたんだぞ」

「1つだけあるよ」

 そうつぶやいたのはカエデだった。

「なに?」

「レムリア」

「れ、レムリア?」

「レムリアの外壁は超高温の熱に耐えるだけでなく、それ自体が熱エネルギーを電気エネルギーに変換するためのパネルになっていたんだよね?」

「あの塔の先がレムリアの中心にある動力炉に接続されていたとしたら、それもあながち有り得ない話じゃないが・・・」

「そう。レムリアは自爆したんだ。自爆装置が作動して、・・・カウントダウンは皆も聞いたろ?」

「でも・・・ガブリエルさん」

「なに?」

「自爆装置ってどうやって起動させて止めるのか知ってる?」

「自爆装置は最高評議会のメンバーが囲む円卓のそれぞれの席に、各々の角膜と指紋を認証して起動するスイッチがある。それにメンバー全員が同時に鍵を差し込み、それを同時に回すことで起動する。止めるにはやはり全員で角膜と指紋を認証させ、全員で同時に鍵を逆に回し抜かなくてはならない。タイミングの難しい作業よ」

「最高評議会のメンバーって何人?」

「12人よ。それがどうかした?」

 カエデの脳裏には1つの光景が浮かび上がっていた。

 それは、仲間に銃で撃たれた兵士たちの身体が風船のように膨らんで弾け、1つに集まり人間の形になっていく様子だった。

 もしべリアルが自爆装置を起動させた最高評議会のメンバーを殺し、その身体を集めて自らの肉体を作っていたとしたら?

 そして、1つの身体に12の頭と24の腕を生やし、それを伸ばして、各々の席で角膜と指紋認証を同時に行い、自爆装置の鍵を同時に回して抜いていたとしたら?

「べリアルなら、」

「ベリアル・・・」

「ヤツならそれが出来る」

 ベリアル。その名前を聞いただけで、カーゴルームの空気が凍り付くように重くなっていく。

「で、でも、いくら強力な武器でも大地に固定されてたんじゃ一点しか狙えないぜ。そんな物が何の役に立つ?タダののでくの坊だろ」

 そんな重苦しい空気を打ち破ろうと思ったのだろうか?誰かが言ったその一言でカエデはハッとなった。

「ディ。火星の塔の正確な位置は分かるか?」

『ああ、それが何か・・・まさか?』

「地球と火星の自転、公転周期を計算し、2つの塔が同時に同じ物を捕捉することがないか調べてくれ」

『あったぞ。2つの塔は約75分後、6月6日6時6分6秒に太陽を捉えるぞ』

「なんだって?」

「何のために?」

 人々が次々に疑問を口にする中、カエデはあることを思い出した。

「そうか。ここと火星だけじゃない。太陽系の他の惑星にも同じ物が建てられていたよね?」

「そうか、思い出した」

 カエデの言葉を聞いて、そう叫んだのはガブリエルだった。

「何を思い出したんですか?艦長」

「今日はグランドクロスの日なの」

「グランドクロス?」

 太陽系の惑星が太陽を中心にして十字の形に並ぶ、何千年に1度有るか無いかの日。そしてその時間がちょうど6時6分。

 6月6日の6時6分にそんなことが起こるなんて世界が滅ぶんじゃないかって、前に、もう随分前だから覚えていないかもしれないけど、凄い話題になったでしょ?それを思い出したの」

「ヤツらは塔を使って何をするつもりなんですか?」

「太陽をブラックホールにするつもりだと思う」

「え?」

 カエデのその一言に、カーゴルームは空気が凍り付いたかのようにシンと静まり返った。

「でも、今のままじゃブラックホール化することは出来ない。太陽がブラックホールになるには今の8倍の質量がいるんだ」

「だから、それを補うための8基の超巨大レーザーというわけか」

「何故だ?何のためにそんなことを?」

「おそらく道を作るため」

「なんだそれ?木星で失敗したから次は太陽?ふざけるなっ」

 人々の、やり場のない怒りが渦巻くように膨れ上がっていく。



                           〈つつ゛く〉





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