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第一章・第二話 父の戦い





 金色に輝く空を黒く埋め尽くすほどの影。

 それは未知の生物だった。

 5メートルをゆうに越える全身を幾重もの硬い鎧状の外皮で覆い、身体の左右に広がる大きな翼足をヒラヒラさせて文字通り空中を泳ぐ未知の生命体。

 ただ空を飛ぶだけなら何の問題もない。

 だが、それは人間を襲った。

 他の生物には目もくれず人間だけを貪り喰う捕食者。それが今、神の宝石に牙を剥こうとしていた。

 空を埋め尽くす無数の影目掛けて伸びる対空砲火の閃光の帯。

 捕食者達はダンゴムシのように身体を丸め始めた。

 身体を覆う鎧状の外皮は劣化ウラン弾さえはじき、しかもヤツらは身体を丸めたままでも空を飛ぶ事が出来た。

 だが、機関砲から放たれた弾はその外皮を貫き、捕食者達を真っ赤な花がはじけるように次々に破裂させて行く。

 人類はおとなしく皆殺しにされるのを待つほど愚かではない。

 神の宝石も過去に何回か捕食者の襲撃を受けた事があった。

 が、その度に乗り合わせていた科学者、技術者、軍人達が一致団結して協力し、捕食者達の外皮を貫き身体の奥深くで爆発する新型の弾丸や、外から船を見えなくするスクリーンパネル等を開発して危機を乗り越えて来ていた。

 それに、一度の襲撃で船を襲った捕食者の数はせいぜい1頭か2頭。1番多かった時でも3頭が最高だった。

 だから多大な犠牲を払いながらもなんとか撃退することが出来たし、それが戦闘艇の乗員や砲撃手たちの自信にもなっていた。

 だが、今回は数が違い過ぎた。

 捕食者たちは圧倒的な数で対空砲火の雨を飲み込み、船を衛る盾となっていた戦闘艇に襲い掛かっていた。

 ジャンとミリーがなす術なくただ呆然と見つめるモニターの中で、数え切れない程の捕食者に覆い被せられた戦闘艇が、その重みに耐えられず落ちて行くのが見えた。

 ジャンは思わず小さな窓に張り付き、その目で戦闘艇を追った。

 窓の片隅の、光る雪が張り付いていない、ほんの僅かな箇所から必死に除き込む彼の視界に飛び込んで来たのは、落下しながら、そこらじゅうを喰い破られていく戦闘艇の姿だった。

 その穴から捕食者達が次々に侵入して行くのが見える。

 おそらく内部で仲間達が抵抗しているのだろう。

 銃火器が放つ光が窓や大きく開いた穴から溢れ出ている。

 だが、後部で爆発が起き、戦闘艇はあっという間に炎に包まれ、火だるまになりながら落ちて行った。

 グァガガガガガァン。

 突如として響いた、鈍い金属音と激しい振動にジャンはハッとふり返った。

「!」

 ベキベキベキベキベキっ。

 轟音と共に天井が飴細工のようにねじ曲げられ、リベットを弾き飛ばしながら、あっけなく引き剥がされた。

 突然開けた視界を埋め尽くす光り輝く空と、そこから降り注ぐ金色の雪。だが今の彼らの目にはそんなものは映っていなかった。

 あまりの恐怖に動けず、目の前で引き剥がした天井と壁を、半身を振るようにして後方に吐き捨てる捕食者の巨大な影から視線を反らすことも出来なかった。

 捕食者達は圧倒的な数で砲台を次々に鎮圧し、あちこちで外装を喰い破って、雪崩のごとき勢いで船内に侵入して行き、その度に銃声と悲鳴が響き渡る。

 あまりに突然に突き付けられた現実に、ジャンとミリーはそれを見ていることしか出来なかった。

 だが、ジルだけは違っていた。

 そんな絶望的な状況にあっても、子供たちだけでも逃がしたい。

 そう考え機会をうかがっていた。

 彼は躊躇(ちゅうちょ)することなく発煙筒を点火すると、子供達を捕食者の視線から遮るかのように大きく手を振りながら、砲座から飛び出した。

「おい、どこを見ている。こっちだこっち。早く追いかけて来い。俺を喰えるもんなら喰ってみろ」

 捕食者に向けてそう叫びながら屋根の上を走り始めた。

「ギィニイアアァァァ〜〜っ」

 咆哮と共に飛び上がった捕食者に向け振り向きざまに銃を構えるジル。

 が、捕食者はその時すでに彼の眼前にいた。

「2人共逃げろ〜っ」

 そう叫びながらジルは大きく開かれた口に一瞬にして腰の辺りまで飲み込まれ、そのまま持ち上げられていた。

 不気味に蠢く口から飛び出たまま空を蹴る足が食い千切られて落ち、おこぼれにあずかろうと別の捕食者たちがそこに集まり、我先にと争うように足に喰らい付く。

「ギャニィ〜〜〜〜〜っ」

 それに出遅れ、おこぼれにありつけなかった数頭が絶叫した。

 その金切り声を聞いてジャンはやっと我に返った。

 そして、自分が妹を抱き締めていたことに初めて気付いた。

 だが、腕の中の妹は泣いてもいなければ怯えてもいなかった。

 ミリーの頭は力なくうなだれ、その後頭部を支える自分の手に、生暖かいヌルっとした感触を感じてジャンはとっさに手を見た。

 それは血だった。

 ジャンの手を真っ赤に染めた鮮血が、ミリーの髪をベッタリと濡らして首筋を流れ落ちていく。

 実は、捕食者に屋根を壁ごと引き剥がされた時に弾け飛んだリベットがミリーの後頭部を直撃していたのだ。

 今すぐ病院に連れていかないとミリーは死ぬ。だが、それでもジャンは動けなかった。

 歯はガチガチ鳴り、全身がガクガク震える。

 あまりのショックに自分が失禁していることさえ気付かず、ただ妹を抱き締めることしか出来ない。

 仲間の絶叫が引き寄せたのか?いつの間にか2人は、何匹もの捕食者に取り囲まれていた。

 怒りの声を上げながら大きく開いた口から無数の細長い舌が鞭のように伸び、2人の身体に幾重にも巻き付いて、一瞬にして身体の自由を奪った。

 抵抗するジャンの身体は、まるで雑巾を絞るみたいに全身を締め上げられ、毛細血管が破裂して皮下出血し、皮膚がドス黒く染まる。

 自分の頭蓋骨がミシミシ軋む音を聞きながら、肘、膝、アバラ、体中の骨が次々に折られていく。

 ドオオオオオオオオオォンっ。

 その時だった。

 目の前で今まさに自分達を喰おうとしていた捕食者が、轟音と共に押し潰されて船の屋根にめり込んでいた。

 その衝撃は屋根を、捕食者を中心にクレーター状に陥没させるほどのモノだった。

 劣化ウラン弾さえはじく外皮がグニャリと押し潰され、おびただしい量の鮮血を噴水のように飛び散らせながらヒクっヒクっと痙攣する捕食者。

 あたり一面が真っ赤に染まっていく。

 薄れゆく意識の中でジャンは見ていた。

 遥か上空から落ちてきた“何か”が、捕食者のに激突するのを。

 降り注ぐ血の雨の中、捕食者の大きくひしゃげた背中の奥で、その“何か”がゆっくりと動き始めたのを見ながら、・・・彼は意識を失った。



                  〈第一章、終わり。 第二章へつつ゛く〉



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