第六章・第三話 白兵
その頃、破壊された隔壁扉の奥、広大なスペースを誇る爆発物処理室では、逃げ込んだ3人を収容したカプセルがその中心部まで持ち上げられ、壁に開いた無数の穴から衝撃吸収ジェルが間断なく流し込まれていた。
「ありがとう。レイジー」
「もう大丈夫よ。ヘレン。この艦にどれだけのジェルが積まれていると思ってるの。この中と通路を満タンにするぐらい余裕なんだから。
神の使いか何か知らないけど、隔壁をワザと1つ降ろさずに残しておいたことにも気付かないなんて、敵さんも相当あんぽんたんよね」
「ほんとうよね」
ドオォォオオオオオォンっ。
幼なじみとの会話は、突如として轟音にかき消された。
眼前のモニターの映像がロストしたのを見たヘレンは、すぐさま艦内の損傷箇所を腕時計のモニターに表示させた。
「!」
彼女の悪い予感は最悪の形で的中していた。
轟音は、ヘレンが視線を上げたその先、レイジーがいるオペレータールームから発せられたものだった。
オペレータールームの天井は上から押し潰されるように破壊されていた。
だがそれは正確に言えば押し潰されたわけではなかった。
巨大で鋭利な物体が天井を突き破り、その先端が床に突き立てられていた。
これほどの損害を受けながらオペレータールームが押し潰されなかったのは、爆発物処理室に隣接しているため、それ自体がシェルターとして設計されていたからに他ならない。
天井を突き破り床に突き立てられた巨大な鋼の先端が瓦礫をめくりあげながら開いていく。
パンっ。
その瞬間。
崩れ落ちる天井と壁、そして舞い上がる粉塵の中で、突如として乾いた音が響き渡った。
それは、飛び散った瓦礫を浴び傷を負ったレイジーが、咄嗟に身を潜ませたコンソールパネルの影から、その先端に開いた穴に向けて放った拳銃の一撃だった。
「レイジ〜、レイジ〜〜〜っ」
オペレータールームが破砕される様を目の当たりにして、ヘレンはノイズにかき乱されるモニターに向かって叫び続けた。
その時、出し抜けにモニターの機能が回復し、オペレータールームと回線がつながった。
「レイジー?ねぇ、聞こえてるの?返事して」
「キャンキャンわめくな。十分聞こえてるよ」
低い声とともにモニターに映し出されたのは幼なじみの姿ではなかった。
そして、フェイス部分が開いたヘルメットから覗くその顔を見た瞬間、ヘレンたちの背筋は恐怖に凍り付いた。
「・・・ギル」
そう。そこにいたのはカエデが作り出した水球に呑み込まれ、白の艦隊とともに海面に叩き付けられたであろうギルその人だった。
「心配するな。お友達に会わせてやる」
そう言いながら右腕を上げるギル。
その手が、まるで子猫でも持ち上げるかのようにつまみ上げたのは、眉間を撃ち抜かれ、瞳孔が開いたまま動かないレイジーの襟首だった。
「れ?レイジ〜〜〜っ、いやぁ〜〜〜」
「泣かなくてもいい。お友達とはこれからもずっと一緒にいられる。天国でな」
半狂乱になって泣き叫ぶヘレンに向かってそう囁きながらギルは左手を動かした。
ヘレンたちからは見ることは出来ないが、彼の左手は義手に変わっていた。
彼の左手は水球に呑み込まれる瞬間、ミカヅキに斬り落とされといたのだ。
その機械仕掛けの指先が、飛散した瓦礫によって損傷したコンピューターに接続され、そのシステムを乗っ取っていた。
ギルが指先を動かすと、コントロールパネルのレベルゲージがブルーから一気にレッドゾーンに突入し、そのまま振り切れた。
“ビ〜、ビ〜ビ〜、ビ〜。”
非常事態を知らせる赤い点滅と警報がけたたましく鳴り響き、それと同時に全ての注入口が開いて大量のジェルが処理室内へと注入され始めた。
〔警告。爆発物処理室へのジェルの注入量が許容限度量を越えます。このまま注入が続けば艦に重大な損傷を与える危険があります。
ただちに注入を中止し排出を行ってください。
繰り返します・・・〕
だが、ジェルの注入が止まるはずもなく、許容量の限界はあっけなくやってきた。
“ピシッ、ピシッ”。
処理室の内壁、そしてヘレンたちを収容しているカプセルにも、鈍い音とともに無数の亀裂が走り始めた。
「ギルのやつ、オレたちをジェルで溺れ死にさせる気だ」
「それならまだマシだ。このままだとその前にジェルに押し潰されて肉塊になる」
「くそっ」
カプセルの表面が亀裂に埋め尽くされていく。
だがどうすることも出来ず、ただ狼狽するばかりの仲間たちの声はヘレンの耳には届いていなかった。
その瞳はただ真っ直ぐに、亀裂の向こうのコントロールルームにいるギルを睨み付けていた。
「絶対に許さない」
彼女がそう呟いた次の瞬間。
ベリンという音と共にカプセルはあっけなく砕けジェルに呑み込まれていた。
◆
敵兵による虐殺は他のブロックでも行なわれていた。
そのうちの一団が医療ブロックの前にたどり着いていた。
防護隔壁はあっけなく吹き飛ばされ、兵士たちが治療室の前まで迫った。その時。その前に両手を広げて立つ人の姿があった。
数人の敵兵から銃口を向けられ、全身がガクガク震え膝から崩れ落ちそうになる。
だが、その人物は意識が遠のき失神しそうになりながらも、そこから退こうとはしなかった。
歯を食いしばり医療室の前に立ちはだかる初老の女性。
彼女の名はルイス・キンバリー。
レムリアに住む全員から親しみを込めて「お母さん」と呼ばれている女性医師である。
「下がりなさい」
彼女は震える声で絞り出すように叫んだ。
「ここは医療ブロックです。この中には私と患者さんしかいません。私達とあなた方の間には何の協定も結ばれてはいませんが、なんの抵抗も出来ない弱者まで殺す必要はないはずです。お願いです。下がってください」
だが、兵士たちは何の迷いも躊躇も見せず引き金を引いた。
パパパパパパパパァンっ。
乾いた銃声が通路に響き渡った。
◆
バババババババババババババアァァっ。
別の通路でも銃声が響いていた。
通路の入り口に重装歩兵たちが陣取り、通路の突き当たりにある重厚な扉の前に立ちはだかるシラヌイの兵士たちと激しい銃撃戦を繰り広げていた。
だが、重装歩兵たちの猛攻に兵士たちはあっけなく殺され、通路の各所に設置されている対人レーザーも全て破壊されてしまった。
抵抗がなくなったことを確認した敵兵たちは通路内へと進んだ。
その時だった。
兵士たちを閉じ込めるかのように突然通路の隔壁が降りたかと思うと、いきなり無重力になり、全ての物が浮き上がった。
そして、通路をつなぐジョイントがはずれ、重装歩兵たちはバラバラになった通路から、敵味方が入り乱れるWDC内へと放り出されていた。
通路がパージされたのだ。
そして、無重力空間に放り出された彼らを待っていたのは味方であるはずのアラストールだった。
アラストールに喰い付くかれながら彼らは見たもの。
それは、串刺しになったシラヌイの二対のフレームが船体からはずれてつながり、原子核の周りを回る電子のように艦を交差しながらぐるりと囲む二対二重構造のリングを形成する様だった。
その4本のレールの間に、自分たちが制圧するはずだった、通路をパージして飛び出した巨大な球体、シラヌイのブリッジがハマり、パチンコ玉のようにコロコロと回転しながら移動して行くのを視線で追いながら、兵士たちはアラストールに噛み砕かれ飲み込まれていった。
◆
「・・・イ、・・ロイ、ロイ・サンダース。返事をしろっ」
遠くから聞こえる、自分の名前を呼ぶ声にロイ・サンダースはようやく目を覚ました。
「?!!!」
寝ぼけ眼の彼の視界にモニター越しに飛び込んで来たのは、戦場と化したWDCの内部だった。
だがそれは、バーチャルゴーグルを装着してプレイするシューティングゲームを体験しているかのような光景だった。
迫り来るアラストールを紙一重でかわす度に体にかかる凄まじいGは、アトラクションで体験したものを遥かに上回っていたが、それでも彼にとって目に映る映像はどこか現実離れしているような感覚だった。
「・・・イ、ロイ。返事しろ」
その怒鳴り声の主が誰かを思い出して、ロイの頭はようやく現実に戻った。
「お、親方」
「ロイ、このバカヤロウ。生きてるのならさっさと返事しろっ」
ロイはまだ動転していた。
何故、どうして自分がここにいるのかが理解出来ない。
「お前は今ハルバートの腹の中にいる」
彼の動揺を察した親方と呼ばれた人物が諭すように話し始めた。
ロイは最近機関部に配属されたばかりの新米整備士だ。
そして今日も親方ことジョン・ギブスン機関長とともにプラズマエンジンの“おもり”をしていた。
そんな時、突然の轟音とともに天地がひっくり返るほどの激震に機関部がみまわれた。ロイが覚えているのはそこまでだった。
だが、今の彼はその原因を瞬時に理解していた。
その視界に敵突撃艦に串刺しにされたシラヌイの変わり果てた姿が飛び込んで来たのだ。
「親方。シラヌイが」
「そんなことは分かってる。それよりハルバートに感謝しろ。お前の命を2度も助けてくれるんだからな」
ハルバート。
それはヒョウほどもある四足歩行型のサポートロボの名称で名付け親はロイだ。
プラズマエンジンの整備というのは、常に死と隣り合わせの危険な仕事だ。
ゆえに整備士1人に1機ずつサポートロボが与えられていた。
サポートロボはその体内に整備に必要な全ての工具を収納していた。
これにより整備士は膨大かつ、かなりの総重量になる工具を自分で運ぶ手間が省けたうえに、工具を忘れるといったケアレスミスもなくなった。
また、その目はカメラになっていて、各整備士の作業を常に撮影し、その情報を皆で共有することで、作業ミスや事故を防ぐことにもつながっていた。
だが、それでも事故が起きたら。
機関部に重大な事態が発生した場合、船は機関部をパージする。
船に損害がおよばぬよう場合によっては整備士の人たちの避難を待たずに切り離さなければならないこともあるだろう。
では、機関部に取り残された人たちはどうすればいいのか?
それこそがサポートロボが作られた最大の理由だった。
整備士が命の危険にさらされた時、本人がそれに気付くより早く、サポートロボはパワードスーツへとその姿を変え、主をいち早くその体内に収容し脱出する。
今回ロイが気を失ったにもかかわらず機関部から脱出できたのはそのおかげだった。
そして今、ロイとハルバートはWDCの中を、自分を喰おうと襲い掛かるアラストールの猛攻にさらされていた。
「あ〜〜〜っ」
情けない悲鳴をあげるロイの意思とは裏腹に身体が勝手に動き、バックパックや両腕に内蔵された武器が次々に迫り来る捕食者を撃破していく。
ロイは、あまりに目まぐるしく変わる状況について行けず、パニックになりながらハルバートに身を委ねるしかなかった。
だが、あっけなくその時は来た。
ロイはハルバートの力を持ってしてもどうにもならないほどの圧倒的な数のアラストールに包囲されてしまったのだ。
自分を中心とする360度全ての空間をアラストールが埋めつくし、撃っても撃っても次から次へと新たな捕食者が現れる。
“ビ〜、ビ〜、ビ〜、ビ〜、ビ〜っ”
間断なく鳴り響く警報。そして警告。
〔バックパックに内蔵されていた多弾頭弾及びワイヤーネットミサイル、残弾ゼロ。リニアガン、残弾ゼロ。これ以上戦闘を継続することは困難です。ただちにこの空域から離脱してください〕
だがロイにはどうすることも出来なかった。
そして、左右から飛び出して来たアラストールが、ロイの両腕に横から噛みつき上腕に装備されたマシンガンの動きを封じたのをきっかけに、全方位から無数の捕食者たちが、一斉に襲い掛かった。
ズザザザザザザザザ〜〜〜〜〜〜〜っ。
その瞬間だった。
ロイに襲い掛かった捕食者たちが1頭残らず真っ二つにされていた。
「大丈夫か?ロイ」
「そ、その声は、ミカヅキ隊長?」
そう。ロイとハルバートの絶対絶命のピンチに駆け付けたのはミカヅキの愛機ムラマサだった。
「生きてるな?ロイ。これからシラヌイに向かう」
2機はシラヌイ目指して飛び始めた。
「親方を、ジョン・ギブスン機関長を知りませんか?」
「機関長ならまだ機関部の中だ。エンジンブロックのパージを手動でやっている」
「そんな」
そんな会話の間も、ムラマサは圧倒的な戦闘力を盾に敵を次々に撃破し、2人はなんとかシラヌイまでたどり着いていた。
〈つつ゛く〉




