第六章・第二話 攻防
「どうした?」
『特攻だ』
「特攻?」
『敵の突撃艦が1隻、今シラヌイがいるこの座標にワープインして来た』
「!」
シラヌイを収容するWDCを味方の艦隊に包囲させ、それをさらに外側から大艦隊をもって包囲する。
そして圧倒的な戦力を持ってWDC艦隊を壊滅させる。
だが、それさえもシラヌイを戦闘宙域の中心に足止めさせるための囮に過ぎなかった。
シラヌイは滞宙していた空間を無理矢理こじ開けて現れた突撃艦に船体を貫かれ、それを収容するWDC自体にも大きな穴が 開いていた。
この攻撃でシラヌイが撃沈されなかったのは、その特殊なフレーム構造のおかげだった。
が、今回ばかりはそれが仇になっていた。
敵はこちらの船体の構造をより研究し、主要機関を紙一重で避けて特攻するという戦法を考え実行したのだ。
そして、文字どおり串刺しにされてしまったシラヌイはまさに袋のネズミだった。
戦闘形態に変形することもかなわず、損害が致命的であることに変わりはない。
しかも、特に損壊がひどかったのが機関部だった。
機関部のブロックは自らのフレームと敵艦の先端部との間に挟まれ、大きく歪んでしまっていた。
なにかに誘爆したのか、あちこちで小さな爆発が起こっており、いつ大爆発してもおかしくない状況にあることは誰の目にも明らかだった。
それはミカヅキも視認していた。
だが、その時ミカヅキたちが操縦する3機の人型兵器は、敵突撃艦の出現時に空間が押し広げられて発生した大爆発と衝撃波に吹き飛ばされWDCの内壁に叩き付けられていた。
それでも3機が無事だったのは、ミカヅキがアンカーを蹴って素早く仲間の元に戻り、それを待っていたハンナが3機を包み込むバリアを展開させていてくれたおかげだった。
「隊長。アンカーを見てください」
ハンナに言われるままにミカヅキがWDCに突き刺さる鋼鐵の楔を見ると、開いたその先端部から、アラストールが次々に飛び出して来るところだった。
「ワープ空間を泳ぐアラストールか。デビットっ」
ミカヅキが叫ぶが早いか、サンダーボルト・セカンドは巨大なレールキャノン砲へと姿を変え、ムラマサがそれを肩に担いでいた。
ミカヅキはアンカーの中心に開いた発着口へ砲口を向け、引き金を引いた。
ドォオオオオオオオオオオオオンっ。
敵はそれを察知し、アンカーの口を閉じたが、眩い光りの塊はそれをあっけなく貫いていた。
ドガガガガガガガガガガガガガっ。
アンカーは蒸散しながらワープ空間の歪みに消えて行った。
その瞬間。
WDCは再び激震に呑み込まれていた。
ワープ空間という激流の中を、アンカーに繋がれることによって安定して漂っていたWDCは、皮肉にも自由を手にする代わりに、また激流の中に投げ出される結果となっていた。
「ハンナ。バリアだ」
「了解」
ハンナはヌーベル・マインゴーシュをアンカーが破壊されたことで更に大きくなった穴のほぼ中心へと前進させた。
「バリア、展開」
ヌーベル・マインゴーシュの全身に内蔵されたバリア発生装置が作動し、機体から発せられた光りが大穴を、さらにはWDC全体を包んでいく。
これによってヌーベル・マインゴーシュ自身もバリアの粒子に包まれ、攻撃を仕掛けるアラストールも近づいただけで一瞬にして焼かれ蒸散していった。
だが、それでも捕食者たちはヌーベル・マインゴーシュへの特攻とも呼べる体当たり攻撃の手を緩めなかった。
光り輝くバリアに吸い寄せられるように、その中心目掛けてアラストールが次々に押し寄せ、弾ける度に粒子の火花が散る。
「ハンナっ」
「大丈夫です。バリアの出力は安定しています。これぐらいなら突破されません」
「すまない。もう少しだけ持ちこたえてくれ」
ミカヅキもデビットも今すぐにでもハンナを助けに行きたかった。
しかし、WDC内に流れ込んだアラストールの数があまりにも多く、しかもWDC内のため、サンダーボルトキャノンを使うことも出来ず、2機の巨人は長刀やワイヤーネット弾など火力の少ない武器だけで全方位からの波状攻撃を迎え撃たなければならなかった。
「シラヌイ聞こえるか。こちらミカヅキ。機関部の損傷甚大。今すぐクルーを避難させ機関部を切り離してください」
「こちらシラヌイ。現在プラズマエンジンは制御不能状態で出力上昇中。ですがジョイントの損傷が激しくパージが出来ません。機関長が手動操作によるパージを試みているとのことです」
「機関長。聞こえますか?こちらミカヅキ」
「聞こえてるよ。こっちは大丈夫だ。それより若いのを先に逃がす。回収してやってくれ」
ギュイイィィィィィィィィィイィンっ。
その時だった。
甲高い絶望の音色がWDC内に響き渡った。
次の瞬間。ヌーベル・マインゴーシュが展開するバリアの表面で爆発的な光りが放たれた。
その衝撃の強さにハンナは何が起きたのかをすぐさま察知していた。
「何事だ?」
「隊長。敵のドリルミサイルです。ドリルミサイルが全方位からバリアに、WDCに穴を開けようとしています」
「なに!」
そう。無数のドリルミサイルがバリアに特攻を仕掛けていた。
高速回転する巨大なドリルの先端と、バリアを形成するエネルギーフィールドとの衝突によって起こるエネルギーの放出。
その眩い閃光が衝突の凄まじさを物語っていた。
「ハンナっ」
「大丈夫です。でも、バリアがいつまで持つか」
「ハンナ。一瞬でいい。バリアの比較的安全な箇所に通路を開けてくれ」
「え?隊長、なにを?」
「私がバリアの外に出てドリルミサイルを破壊する」
「そんなことをしていたら、その間にシラヌイが敵に占拠されてしまいます」
「隊長。ここは私達に任せてシラヌイに向かってください」
「しかし、2人だけでは・・・」
「これは計算された奇襲です。このままだとシラヌイに残された人たちは皆殺しにされます。そしてヤツらの目的はカエデさんの持つ〈力〉です。それが奴らの手に渡ったら本当に勝ち目が無くなります」
「あの〈力〉は我々の最後の希望ですよね?隊長。お願いします。あの〈力〉を、カエデさんを、そして皆を護ってあげてください」
「わかった。必ず戻って来る。2人とも死ぬなよ」
「了解」
ムラマサはきびすを返すと、背後から迫るアラストールに向けてワイヤーネット弾を撃ち込み、前方から襲い来る敵を鬼神のごとき勢いで斬り倒しながらシラヌイへと突き進んで行く。
だが、ムラマサの強大な戦力を持ってしてもシラヌイにたどり着くのは容易なことではなかった。
シラヌイは、アリが群がる砂糖のようにアラストールに覆い尽くされていた。
近づくと、数百、数千、いや、数万という数の捕食者たちが一斉に襲い掛かって来た。
その数はあまりに圧倒的だった。
「ちいっ」
◆
シラヌイが串刺しにされた直後のことだった。
艦内にそれまでとは明らかに違う衝撃音が響き渡った。
間髪を空けず、虫歯を削るような甲高い金属音が艦内を支配していた。
それは、敵の突撃艦から撃ち出され、シラヌイの各ブロックに突き刺さったアンカーの先端が高速で回転し、装甲に穴を開けていく音だった。
そしてそれが艦内まで到達すると、その先端が開き、中から武装した敵兵がなだれ込むように突入して来た。
シラヌイの中にはもちろん兵士もいたが、その大半がレムリアから避難した民間人だった。
そんな逃げ惑う人々を、敵兵は躊躇も容赦もなく射殺しながら制圧していく。
シラヌイを含むレムリアの全ての艦船は、敵との白兵戦になることを想定し、各々のブロック自体が脱出船になるよう設計されていて、もちろんブロックそのものにも脱出カプセルが装備されている。
だが、各ブロックに外部から直接侵入するという敵の攻撃に、人々はただ逃げ惑うことしかできないでいた。
更に言えば、WDC内もワープ空間内も敵味方入り乱れての戦場と化しており、仮にWDCから脱出できたとしても、敵だけでなくべリアルの策に嵌まった味方によって救助されることなく撃墜される恐れもあり、人々は籠城せざるをえなくなっていたのだ。
◆
背後から飛んでくる銃弾の雨の中、狭い通路を逃げ惑う一団がいた。
全員がツナギを着ているところを見ると整備員だろうか?
通路には無数の隔壁扉があり、彼らが通過するタイミングに合わせてそれが次々に閉じて行く。
だが、敵の猛攻の前に隔壁は次々に破壊され、最後のそれが閉じた時、整備員の数はわずか3名になっていた。
トゴォオオオオンっ。
最後の隔壁もあっけなく破壊され、兵士たちが突入したそこは、ホールのような場所だった。
そして、突入した兵士たちが見たのは、自分たちの正面で、巨大な隔壁扉が轟音を響かせて今まさに閉じたところだった。
兵士たちは銃弾を放つが、弾は隔壁に軽々とはじかれ、これまで無数の隔壁を吹き飛ばしてきた爆薬も、その表面にこの隔壁には傷一つ付けることができなかった。
だがそこに、3人の重装歩兵が到着したことで状況は一変した。
重装歩兵。
それは、シェオールの中でも厳しい選抜試験をパスした兵士だけが任につくことができる特殊部隊の俗称だ。
だが、その実体はほとんど知られていなかった。
重装歩兵部隊と対峙した者は、老若男女を問わず誰1人として例外なく皆殺しにされていたからだ。
バシュ、バシュ、バシュ、バシュ、バシュ、バシュ、バシュバシュ、バシュっ。
3体の重装歩兵のバックパックに内蔵されたミサイルポッドが姿を現し、目の前の隔壁扉目掛けて一斉に火を吹いた。
だが、発射された小型ミサイルは扉に命中しても爆発しなかった。
ミサイルの先端はドリルになっていて、扉に突き刺さるとドリルが回転し、ミサイル本体を次々に扉の奥深くへと食い込ませていった。
ドォゴゴゴオオオオオンっ。
鈍い爆発音の連鎖に続いて。
ピシッ、ピシッ。
金属が断裂するかん高い音とともに無数の亀裂が扉の表面に走っていくのが見えた。
その瞬間。
巨大な扉が砕け、瓦礫と化した金属の塊が、その内側にあった何かに押し出されて吹き出してきた。
それは水のような液体だった。
とてつもない水圧で吹き出した液体は、重装歩兵たちをあっけなく呑み込み押し流していた。
しかも、流された通路の先には新たな隔壁が降りて、袋小路になっており、兵士たちは押し寄せる液体に身動きが取れず通路に閉じ込められる格好になっていた。
「水責めだと?子供だましの時間かせぎを」
液体はあっという間に天井に達したが、パワードスーツに護られた兵士たちは余裕だった。
「水中活動仕様にモード変更」
“ビーッ、ビーッ、ビーッ、ビーッ。”
だがモード変更を命じたコンピューターから返ってきたのは非常警報だった。
「た、隊長。関節が動きません」
「なに?」
「隊長。私の右腕がちょうど隔壁に正対しています。バンドミサイルで隔壁に穴を開けます」
「よせ、ギムレット」
だが、その命令が彼に届くことはなかった。
その直前に右腕から発射された超小型ミサイルは、発射された瞬間に爆発し、若き装着者の命を奪っていた。
そして、その爆発の衝撃が、いや衝撃だけでなく音さえも届かなかったことで、隊長は液体の正体に気づいた。
「衝撃吸収ジェルか」
「隊長。もしジェルなら・・・ワープミサイルの爆発をも吸収する代物です。脱出は不可能です」
「くそっ、逆賊どもが」
〈つつ゛く〉