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第六章・第一話 罠



 

 第六章


  第一話


「・・・っ、ハァ、ハァ、ハァ」

 カエデは走っていた。

 〔・・・非常事態発生。全員ただちに当施設より脱出して下さい。繰り返します。これは訓練ではありません。全員すみやかに・・・〕

 非常警報が鳴り響く通路は電源が落ちているらしく、非常灯によって照らされていた。

 カエデはその中を全力で駆けていた。

 そこは住み慣れた場所だった。

 だが、薄暗い通路と鳴り響く警報がカエデの方向感覚を狂わせ、まるで迷路をさ迷っているかのような錯覚におちいらせる。

 いや、それは錯覚なとではなかった。

 走り慣れているはずの通路はどれだけ走っても行き止まらず、いくらかどを曲がっても脱出用シャトルの発射場にたどり着くことが出来ない。

 駆け抜ける通路の窓からシャトルが次々に飛び立って行くのが見える。

 数を数えていたわけではないから、今までに何機飛び立って行ったかはわからない。

 が、窓から見る限りシャトルが発射される間隔は相当早く、また、天空を覆う暗黒の渦がどんどん大きくなっていくさまを見れば、いつ最終便が飛び立ってもおかしくないことは、カエデにも容易に想像できた。

 〔次が最終便です。繰り返します。次のシャトルが最終便です。まだ施設内に残っている人はすみやかに脱出用シャトルの発射場に集合して下さい。シャトル最終便は60秒後に搭乗を締め切ります〕

「ええぇ?」

 そんな無茶な。そう心の中で叫びながら、カエデは何百回目かの角を曲がった。

「!」

 カエデが驚いたのも無理なかった。

 今まで1度も曲がったことのない場所を曲がったのに、目の前にシャトル発射場の扉があったのだ。

「あれ?発射場ってこんな所にあったっけ?」

 だが、一瞬そう躊躇しただけで、カエデは迷うことなく扉の脇にある液晶パネルのキィを叩いて暗証番号を打ち込み、ボタンを押した。

 すると二重になっている超合金製の分厚い扉がスライドして開いた。

 いや。

 扉はスライドしながら押し潰されるようにひしゃげていた。

 次の瞬間。

 カエデ自身も床に叩き付けられていた。

 その激痛にカエデは思わず声をあげた。

 いや、あげようとしたが声は出なかった。

 正確には声をあげることすら出来なかった。

 その細身の身体は、まるで目に見えない巨大なハンマーか何かに全身を押し潰されているかのように床に這いつくばっていた。

 立ち上がることはおろか、指先一つ動かすことが出来ない。

 ボキっ。バキっ。

 鈍い音を立てて、手が足が、身体中の骨が押し潰される力に負けて折れていく。

「ぐぷっ」

 折れたアバラが肺に刺さり、逆流した血液が鼻と口から溢れ息をふさぐ。

「っぶっ、ぐぇえぇぇっ。げほっげほっ」

 息も出来ないほどの激痛に耐えながらなんとか血を吐き出し呼吸を確保する。

 一体何が起きているのか?

 眼球だけを動かし、かろうじて視界の隅に扉の奥を捉えた。

 その視界に飛び込んで来たのは、発射場そのものが巨大な力に押し潰されるように陥没し、そこから飛び立とうとしていたシャトルが、カタパルトごとその穴に落ちていく様だった。

 そしてカエデは見た。

 機体そのものも押し潰されながら落下していくシャトルの、ひび割れる窓ガラスから悲壮な表情でこちらを見る人々の顔を。

 そしてその中に見知った顔があった。

「ミリー、ジャン。・・・父さん」

 そうそれは、割れた窓ガラス越しで顔はハッキリと見えなかったが、間違いなく父だった。

「っ、うぉおお〜〜〜っ」

 カエデは全身を襲う重力のかせを振り払うかのように立ち上がると、落ちていくシャトルを追い掛けるように駆け出した。

 いや、自分では全速力で駆け出したつもりだったが、身体は鉛のように重く手足を前に出すことさえままならない。

 その時、カエデの頭上の天井が崩落した。

 だが、天井がその身体を押し潰す直前に床も崩壊し、カエデは残骸と化した施設と共に奈落の底へと落ちて行った。

 しかし、カエデは諦めてはいなかった。

 眼前を落ちていくシャトルに向かって手を伸ばす。

 もう少し。

 もう少しで届きそうで手は届かずくうを掴む。

 下を見ると遥か下方に大地が見えた。

 カエデはシャトルと一緒に、いつの間にか地球の空を地上に向けて落ちていた。

(このままだと地上に激突する)

 だが、凄まじいまでの空気抵抗に身体は思うように動かず、ついには雲を突き抜けてしまった。

 地上が物凄い勢いで迫って来る。

 激突する。

 その次の瞬間だった。

 カエデの代わりに巨大な鋼の腕がシャトルを掴んだ。

「!」

 振り返ったカエデの目に映ったもの。

「ムラマサ」

 それは、ミサイルに変形し、レヴィアタンと刺し違え大爆発したはずのムラマサだった。


                     ◆


「ミカヅキっ」

 そう叫びながらカエデは飛び起きた。

 いや、正確には飛び起きようとしたが出来なかった。

 カエデは溶液に満たされたディの繭の中で、黒い布を全身に巻き付けられた状態で横たわっていた。

『意識が回復したようだな』

「・・・ディ。オレは気を失っていたのか?あいつは、べリアルどうなった?あれから何分たった?」

『カエデが意識を失ってから5時間が経過している』

「5時間?」

『頭蓋骨骨折に急性くも膜下血腫。脛椎けいつい損傷を含む全身の骨折に内臓破裂。文字通りの重体、いや危篤状態で治療に時間がかかった。あんな無茶をするからだ』

「すまない。・・・現状はどうなってる?」

『意識を失ってからの記録を見るか?』

『頼む』


                     ◆


 〔自爆まで、5、4、3、2、1、ゼ・・〕

「ワープ」

 WDCはエスペランサを収容し格納扉を閉じながらワープに突入した。

 いや、その直前、握られた蛇頭の中に一緒に閉じ込められた、WDCを丸飲み出来るほど巨大な水棲竜が現れ、閉じようとする扉に喰らいついていた。

 WDCは格納扉を引きちぎられながらワープ空間に飛び込んだ。

「総員、何かにつかまれっ」

 ガブリエルが叫ぶより早く、WDCは激震にみまわれた。

 “ビ〜、ビ〜、ビ〜、ビ〜、ビ〜っ”

 警報が鳴り響く中、WDCは栓が外れた風船のように、格納庫に開いた穴からあらゆる物を吐き出しながらワープ空間をめちゃくちゃに飛び回っていた。

 エスペランサと共に球体内に流れ込んだマグマと怪獣たちが、消火用に注入された衝撃吸収ジェルと共に格納扉の穴から次々に吸い出されていく。

 エスペランサは係留けいりゅう用のアームによってかろうじてそれを免れていた。

 が、3機のブリガンダインは手を使って何かにつかまる以外に助かる選択肢はなく、外に吸い出されまいと推進機を全開にしてもなお、じりじりと後退していた。

「3人とも、これにつかまって」

 その時だった。

 ガブリエルがとっさの機転で貨物搬入用のアームを伸ばし、3機はギリギリのところでそれを掴んでいた。

「ギィニャアアアァァァ〜〜〜〜っ」

 だが、神は3人に安堵する暇さえ与えてはくれなかった。

 吸い出される力に負けて引き剥がされた搬入用エレベーターの扉の下から1頭の怪獣が飛び出してきたのだ。

「!」

 それが吸い出されまいと死力を振り絞ってエスペランサに噛み付いた。

 いや、噛み付こうとした瞬間、怪獣はムラマサによって斬り捨てられていた。

 だが、そのためにアームから両手を離してしまったムラマサは、バランスを崩し、あっという間にワープ空間へと吸い出されてしまった。

「隊長っ」

 ドガガガガガガガっ。

 ハンナの絶叫を掻き消す爆震と轟音。

 その正体は巨大で鋭角な物体だった。

 それが、格納扉を失って出来た穴を更に押し広げる形で、WDCに突き刺さっていたのだ。

 それは怪獣の角などではなかった。

 明らかに金属でできているそれには、巨大な返し針のような物が8つ付いていた。

 それが花びらのように開いて内壁に刺さり、穴を完全に塞ぐ形で固定され、ムラマサもとっさにそれに着地して難を逃れていた。

「これは、まさか?」

 ミカツ゛キの言葉を遮るように、WDCそのもの後ろに引っ張られるような急制動が掛かった。

 それはシートベルト等で身体を固定していなかった人や物を、全て前方に投げ出すほどの勢いだった。

 あまりに突然の出来事にパニックになる艦内。

 だが、その直後にワープ空間内をめちゃくちゃに飛び回っていたWDCの動きが、一気に収まっていった。

 シリウス艦内に響き渡っていた警報も鳴り止み、照明も非常灯から通常のものに切り替わっていた。

「た、助かった。のか?」

 ドッゴオオオォォォォンっ。

 シリウスに避難していた初老の男性の言葉を掻き消す轟音。

 身体がシートに押し潰されるほどのGと激震からやっと解放された人々を待っていたのは安息ではなかった。

「副長。報告」

「隊長。敵のワープ魚雷による攻撃です。挟まれました」

「なに?」

 エバンスの言葉通りWDCはワープ空間内に突如出現した大艦隊に行く手も退路も阻まれ、魚雷による攻撃にさらされていた。

(そんな、バカな)

 頭をよぎる最悪の結末を心の奥で否定しながら、ミカヅキはエバンスに尋ねた。

「敵の規模は?」

「・・・・・・」

「どうした副長。報告しろ」

「隊長。・・・味方です」

「なに?」

「我々は味方の艦隊から攻撃を受けています」

 やはりそうか。

 疑念が確信に変わり、ミカヅキは唇を噛んだ。

 先ほどWDCに撃ち込まれたアンカーはシェオール側のものではなくレムリア側のものだったのだ。

 最初は味方が自分たちを救助するために撃ち込んだのだと思っていた。

 だが、味方からの通信がなく、その直後に攻撃を受けたことで、アンカーを撃ち込んだのは別の目的のためではないかという考えがミカヅキの頭をよぎっていた。

 その目的とは、めちゃくちゃに暴れ回るWDCを静止させること。

 もちろん、照準をつけやすくするために。

「映像を送ります」

 ミカヅキの眼前に映し出されたのは、WDCを攻撃する味方艦隊の姿だった。

「隊長。このままでは撃墜されます」

「副長。艦隊と通信をつなげてくれ。私が直接話す」

「隊長。つながりません。あらゆる回線でコンタクトを試みましたが全て拒絶されました」

「艦隊間の通信を傍受できるか?」

「やってみます。・・・隊長。我々のことを敵のスパイだと言っています」

「なに?」

「レムリアが敵の攻撃を受けたタイミングからも、それは間違いないと。艦隊は我々を殲滅せんめつするつもりです」

「バカな。艦隊の総司令は誰だ」

 ゼファーソン准将です」

「ゼファーソンだと」

「はい。リビングストン将軍が隊長に殺された為、自分が代わりに指揮を取っている。これは将軍を含む全ての同胞の弔い戦だとげきを飛ばしています」

「そんはバカな」

 確かにゼファーソンは死んだ。

 しかも自分の目の前で。

「まさか」

 ミカヅキの脳裏にさっき見た光景が浮かび上がった。

 突然レムリアを襲撃されるというパニック状態の中で、ちりじりに逃げた味方の艦隊を最高評議会のメンバーをも抑えて1つにまとめる。

 そんな事など、例え生きていたとしてもゼファーソンに、いや、ゼファーソン以外の誰にも出来るはずがない。

 それが出来るほどのカリスマ性を持つ者。

 ミカヅキはそれに該当する者を1人さか思い付かなかった。

「ベリアルか」

「え?」

「間違いない。ゼファーソン正体はベリアルだ」

「でも、もしそうなら、何故こんな回りくどい事を?」

 ミカヅキが導き出した、あまりに意外な答えにガブリエルは思わず通信に割り込んでいた。

「・・・しまった」

 ミカヅキがベリアルの陰謀に気付いたその瞬間だった。

 ワープ空間内が連鎖しながら広がる爆発の閃光に埋め尽くされ、傍受していた味方艦隊の通信が怒号と悲鳴に変わった。

 WDCを前後から挟み撃ちにしていた味方艦隊を、さらにその外側から囲むように敵艦隊がワープ空間内に現れ、一斉に攻撃を開始したのだ。

「最初からこれが狙いだったのか」

 そう。レムリアの人々を脱出船ではなくWDCに避難させたのも、ミカツ゛キたちを敵に仕立て上げることで追撃させ、一ヶ所に集まったところを一気に包囲して総攻撃するためだったのだ。

 叫ぶミカヅキをあざ笑うかのように、敵の大艦隊が行く手も退路も阻み、その全てから撃ち出されたワープ魚雷が、味方艦隊目掛けて光りの稜線を描きながら飛んで行く。

 ボボボボボボボボボボボボボボボンっ。

 WDCが、まるで射撃訓練の的のように撃沈されていく。

 カエデが意識を取り戻したのは、まさにその時だった。


                    ◆


「シラヌイの被害は?皆、無事なのか?」

『シラヌイに損害はない。ゼロだ』

「ゼロ?」

『ああ。敵はシラヌイに全く損害を与えぬように軌道を計算して魚雷を撃ち込んでいる』

「てことは、ヤツらの本当の目的は」

『レムリアの残存艦隊の殲滅せんめつなどではない。

 カエデの持つ〈力〉だ』

 ドガガガガガガガガガガガガガガガっ。

 その時だった。

 金属同士が激しくぶつかり合う甲高い金切り音と共に、天地がひっくり返るほどの激しい揺れがシラヌイを襲った。



                          〈つつ゛く〉




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