第五章・第四話 脱出
その時、ミカヅキのインカムに新たな通信が入った。
「隊長。無事ですか?」
「副長か」
それはミカヅキ隊副長。エバンスからだった。
「最後に信号を受信したのが医療室からだったので、ムラマサ弐型を第1種装備で射出しました。無事に届いたようですね」
「ああ、助かった。状況を教えてくれ」
「5分前に医療室で重力爆発の発生を確認。その場所から大量のアラストールが今なお排出され続けています。ドック内はまだアラストールの侵入を許していませんが、このままだと30分たらずでレムリア内全てがアラストールに埋め尽くされます」
「よし。エレベーターシャフトの隔壁を今すぐ閉鎖しろ。ムラマサなら閉じる前にドックまで行ける」
「了解」
「シラヌイの補修作業はどうなっている?」
シラヌイ。
それはミカヅキ隊専用の小型突撃戦艦だ。
前回の作戦中に自力航行が困難になるほどの損傷を受けドックで補修を受けていたため、今回の作戦には参加できなかったのだ。
「補修は完了していますが、補給が現時点で70%しか済んでいません」
「あれの積み込みは?」
「完了しています。ですが整備にもう少し時間を下さい。・・・隊長っ」
「なにか」
「最高評議会が全会一致でレムリアの自爆を決議し、たった今スイッチが入りました」
「なに?」
〔緊急放送、緊急放送。レムリアの自爆が最高評議会で決議されスイッチが入りました。レムリアは6百秒後に爆発します。全員誘導に従って速やかにドックに向かい、脱出船に乗船して下さい。ただいまよりカウントダウンを開始します。
繰り返します、レムリアの自爆が決議されました・・・〕
「副長。補給作業中止。民間人を1人でも多レムリアから脱出させろ。シラヌイにも乗せられるだけ乗せるんだ」
「隊長たちは?」
「そちらのドックに向かう時間がない。こちらのドックで脱出船に乗せてもらう。私達に構わず脱出しろ」
「了解」
「その任務、我々にも手伝わせてほしい。いいかな?」
突如、2人の会話に割り込んできた声の主は、さっきまでミカヅキたちに銃口を向けていたランドの部下ディクシーだった。
「ディクシーすまない」
「ミカヅキ。後でおごらせてくれ」
そう言い残して通信は切れた。
その直後、エレベーターシャフトを急降下し続けていたムラマサは、閉じる寸前の隔壁の間を間一髪ですり抜けドックへと飛び出した。
だが、ムラマサと一緒に数十頭のアラストールが隔壁を抜け脱出船〈エスペランサ〉の上に落ちていた。
ミカヅキのムラマサ弐型とハンナのヌーベル・マインゴーシュ、そしてデビットのサンダーボルト・セカンドがそれらを躊躇することなく抹殺していく。
しかし、それをあざ笑うかのように大小様々な扉の隔壁を破壊し、アラストールが凄まじい勢いでドック内に雪崩れ込んで来た。
(早すぎる)
敵の侵攻速度のあまりの早さにミカヅキは唇を噛んだ。
ミカヅキはこのドック内の全ての艦船が脱出し終わるまでここに踏み留まり、1頭でも多くの敵を殲滅するつもりでいた。
しかし、ドック内全てがアラストールに埋め尽くされてしまったら、その質量に押し潰され、自分が脱出することさえ不可能になってしまう。
〔繰り返します。これは訓練ではありません。自爆まであと5百秒です。レムリア内に残っている人は今すぐドックまで移動して下さい〕
カウントが進む中、ドックを守る守備隊の巨大人型兵器=ブリガンダイン部隊が雪崩の如く押し寄せる捕食者に果敢に応戦する。
だが、高速回転するドリルと化したその身体は特殊鉄鋼弾をも難なくはじき、守りの要の巨人達を次々に串刺しにしていく。
ドゴォオオオオオオオン。
その時だった。
ドックを歪ませるほどの激震と共に、超巨大な物体が分厚い超硬金属製の壁を突き破ってドック内に入って来た。ナイフの先端のように鋭く尖った
巨大な何かが、レムリアの外から突き立てられたのだ。
「!」
それが抜かれると、そこから灼熱のマグマが怒濤の勢いでドックに流れ込み、次の瞬間には全てがマグマの中に没していた。
そして、更に追い討ちをかけるように、灼熱の濁流とともにドック内に無数の何かが流れ込んで来た。
それらは太古の昔に地球を支配していた恐竜をはるかにしのぐ巨体をもつ、まがまがしい姿の生物たちだった。
その生物たちは、全てを溶かす超高温のマグマの中を飛ぶように泳ぎ、ドックの中に取り残された艦船に襲い掛かった。
ある船は噛みつかれたままドックの外に運び出され、そのまま何処かへと消えた。
別の船は前後から2頭の怪獣に噛みつかれ、そのままネジ切られるように引きちぎられ爆散した。
多くの人が船ごと次々に噛み砕かれていく。
そんな中を神技とも言える操船で怪獣たちの攻撃を紙一重でかわし外壁に空いた穴からマントルの海へ脱出した船があった。
押し寄せる怪獣の間をすり抜けながら、眩い光に包まれてマントルの中を進む脱出船。
それはカエデたちが避難したエスペランサだった。
だが、その姿は他の脱出船とは少し違っていた。
船は輝く光に包まれていた。
よく見ると、エスペランサには3機の人型兵器がしがみついていた。
その中の1機、ハンナのヌーベル・マインゴーシュが作り出したバリアが脱出船を覆っていたのだ。
脱出船は単独でマグマの海を航行しなければならないため、WDCと同じアダマンタイトで造られていた。
ミカヅキたちが操縦するブリガンダインもそうなのだが、今の機体には超高温高圧のマグマの中で使用できる武装も、マグマの中を自力で航行する推進機が完装されておらず、3機はエスペランサにしがみついくしかなかったのだ。
〔自爆3百秒前です。繰り返します・・・〕
そのアナウンスに導かれるようにハンナがレムリアを見ると、その周りに大小様々な異形の怪物たちが群がっていた。
そのうちの数十頭の大型怪獣は、頭の巨大な角をレムリアの外壁に突き立てて次々に穴を開けていた。
それとは別の怪獣は、凄まじい速さでマグマの中を泳ぎ回り、レムリアから脱出してくる艦船に次々に襲い掛かっていた。
そのタコのような足を船体に絡ませてたかと思うと、そのまま一気に締め上げて砕き、飲み込むように丸ごと食べていた。
それはまさに、地獄絵図の様相だった。
だが、今の彼らにはどうすることも出来なかった。
脱出船に乗り合わせた民間人の命を守る。
今はそれに全力を尽くすしかない。
「ハンナ。レムリアからの脱出状況が分かるか?通信を傍受してくれ」
「はい。隊長。・・・」
「どうした?」
「隊長。レムリアは脱出船ではなくWDCに避難するよう呼び掛けています」
「なに?」
「無人の脱出船を囮にして敵を引き付け、遠隔操作で自爆させる。その間にWDCを使いレムリア内からのワープによる脱出を行うと、だから脱出船には絶対に乗り込まないようにとアナウンスしています」
「自爆!バカな。誰の命令だ?」
「わかりません。レムリア内の指揮系統もかなり混乱しているみたいで」
“ボウンっ”
その時だった。ミカヅキたちの後方で、全方位から怪獣に襲われていた脱出船が突然爆発し、その衝撃波がマグマの中を波紋のように広がっていくのが見えた。
「皆、何かにつかまれ。衝撃波が来るぞ」
ミカヅキがそう言い終わるや否や、船体がガタガタと激しく揺れ、人々は壁や床に叩き付けられていた。
だが、幸いにもほとんどの人が救命胴衣を装着していたため、衝撃を感知した瞬間に全身に装着された胴衣のエアバックが開き難を逃れていた。
「ハンナ。全ての脱出船をスキャンしてくれ」
「全方位スキャン終了。隊長、全脱出船、生命反応がありません。実際に人が乗船しているのはエスペランサだけです」
そして。ミカツ゛キたちの決死の脱出劇をあざ笑うかのように、マグマの中を逃げ惑う脱出船が次々に自爆し始めた。
レーダーに映る脱出船を示す印が次々に消えていく。
そしてそれは、ついにエスペランサにも襲い掛かった。
「隊長。当船の自爆装置がレムリアからの遠隔操作で作動しました。解除できません」
「誰とでもいいから回線をつなげてくれ。この船が有人であることを伝える」
「やっています。もう少し時間を下さい」
だが、エスペランサの周りは怪獣に埋め尽くされてしまっていた。
「ハンナ。自爆装置の場所は分かるか?」
「ワープエンジンの中に組み込まれています。すぐには取り外せません」
「エスペランサ。座標はどこでもいい、今すぐワープしろ。通常空間に出たらワープエンジンをパージし、救難信号を出して待っていてくれ。必ず助けに行く」
「そんな・・・、隊長たちを見捨てるようなマネは出来ません」
そう。エスペランサは脱出船なので、当然ワープエンジンが搭載されており、この状況から脱出することが可能だった。
だが、ミカツ゛キたちがエスペランサと一緒にがワープするには、その船内に収容されなければならない。
しかし、当然ながら今の船内にそんなスペースなどあるはずもなかった。
もし仮にエスペランサが3機のブリガンダインがしがみついたままの状態でワープしたら、ワープするのはエスペランサのみで、ミカツ゛キたちはマグマの中に取り残されてしまうことになるのだ。
「私たちはハンナのバリアで守られている。それに私たちならこれぐらい切り抜けられる。そうだろ?」
「分かりました。必ず迎えに来てください。死ぬまで宇宙を漂流するなんて御免ですからね」
だが、彼らのそんな抵抗をあざ笑うかのようにそれは起きた。
エスペランサのすぐ横、手を伸ばせば届きそうな距離の空間に突然巨大な穴が開いたのだ。
「!」
そしてそこから、巨大な蛇のような化け物が姿を現した。
「あれは」
そう。それは蛇などではなかった。
それは、キエルの上空で〈神の宝石〉を鷲掴みにして、この世界とは違う何処かへ持ち去った、上腕のような胴体の九つの蛇首を持つ怪獣だった。
ドガガガガガガガっ
しかもそれは、穴から顔を覗かせた瞬間に、エスペランサの船体に牙の先で深い傷を負わせていた。
"ビ~っ、ビ~っ、ビ~っ、ビ~っ"
船内に警報が鳴り響く。
「どこをやられた?」
「隊長。ワープエンジンです」
「なに?」
「損傷はコアリアクターまで到達しています。制御不能。パージします」
ドォオオオオオオオオオオオオオオォンっ。
その直後、切り離されたばかりのワープエンジンが大爆発を起こし、その凄まじいまでの衝撃波が後方からエスペランサに襲い掛かった。
ドガガガガガガガガガガガガっ。
船体が、濁流に呑み込まれた木の葉のように激しく揺れる。
それは、ヌーベル・マインゴーシュのバリアで守られていなければ、間違いなく木っ葉微塵になっていたほどの破壊力だった。
「隊長。後方から怪獣が来ます」
「くそ」
後ろを見ると、視界の全てが迫りくる怪獣の胴体に埋め尽くされていた。
そして、エスペランサの船体を遥か上から、いや、それだけではない。
遠巻くように横からも、遥か下方からも、とてつもなく巨大で長い物体が追い抜いて行く。
それは、9本の巨大な蛇頭だった。
それらが、前方で拳を握るようにゆっくり閉じていくのが見える。
だが、一見ゆっくりそうに見える蛇頭の動きはとてつもなく早く、逃げ惑う無数の怪獣と全速力で航行する脱出船、更にはそれに乗り込んだ人々の希望を打ち砕くかのように、巨大な拳はあっけなく握られ、エスペランサは中に閉じ込められてしまった。
そこに、エスペランサと一緒に閉じ込められた怪獣たちが一斉に襲い掛かった。
その瞬間だった。
突如視界に飛び込んで来た黒い大きな影が、怪獣たちを薙ぎ払うように弾き飛ばしたのだ。
エスペランサの眼前の空間を、無理やり押し広げて飛び出してきた巨大な黒い球体。
それは一隻のWDCだった。
「隊長。早く中へ」
「艦長」
その声の主はガブリエルだった。
ガブリエルは、エスペランサと一緒に干渉さえ出来ない場所に連れ去られ、帰って来れなくなる危険を冒してミカツ゛キたちを救出に来たのだ。
「助かります。よし、早く中へ」
「隊長。私たちもいます」
「エバンス」
そう。WDCの内部にはシラヌイも収容されていた。
「艦長。レムリア自爆まであと10秒です」
〔自爆10秒前、9、8、7、〕
WDCの第1格納庫の扉が開き、そこにエスペランサとそれを追い掛ける怪獣たちが流れ込む。
〔3、2、1、0〕
それとカウントダウンがゼロになったのがほぼ同時だった。
〈第五章終わり。第六章へつつ゛く〉