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第五章・第三話 炎の王





『残念だが、その推論は間違っている』

 その時だった。

 有頂天になっていたゼファーソンの頭に冷や水でもかけるかのように、その場に居合わせた全員の脳にその声は届いた。

「な、なんだこの声は?直接脳に言葉が伝わってくる。誰がしゃべっている?」

 戸惑うゼファーソンに更にダメ出しをするように声が続く。

『火星と同じ塔は、太陽系の地球を除く6つの惑星にも建造されている。

 その事実からも塔建築の目的は鐘突堂などではないことは明らかだ』

 その言葉を裏付けるかのように、全員の脳に各惑星に設置された巨大な塔の映像が次々に写し出されていく。

「なんだこれは?これも神器の成せる技か?」

 あまりに突然の出来事にゼファーソンは目を閉じ両手で耳を押さえたが、それでも止まらない情報の流入に動揺を押さえられない。

 だが、それでも彼は他の意見を認めようとはしなかった。

「他のはカモフラージュで火星こそが本物だ。敵の艦隊の規模を考えてみろ。あれだけの数の艦船や艦載機の整備、補給が出来る基地施設が作れ、なおかつ地球へもっとも攻めやすい。そんな場所が他にあるか?

 穴まるけにされている月は論外。濃硫酸の雨が降り、気圧は地球の90倍。地表の温度が5百度にもなる金星も無理だ。となれば火星以外考えられないではないか」

「よ、よせ。やめろ~~~~っ」

 バババババババババンっ。

「っぁあああ〜っ」

 その時だった。

 カエデたちを取り囲んでいた兵士達の中から突然乾いた銃声と絶叫が響き渡った。

 銃声が発せられた方を見ると、1人の兵士が仲間に向けて対アラストール用の銃を発砲し、複数の兵士がバタバタと倒れていた。

 そして意外なことに、「やめろ」と声を発したのは、発砲した当事者の兵士だった。

「貴様、なにを?」

 だが、そんなゼファーソンの困惑の声もその兵士の耳には届いていなかった。

 彼は、銃を持つ自らの右手を左手で必死に抑え込んでいた。

「やめろっ、やめてくれ~~っ。じゅ、准将。助けて、助けてくださいっ」

 "ボキリっ"

 突然聞こえた鈍い音と共に兵士の左腕が折れ、重しを失った右手が壊れたバネ仕掛けのように跳ね上がり、自身のこめかみに銃口を押し付けた。

「いやだ~~~っ」

 パンっ。

 絶叫とともに乾いた銃声が響き渡り、兵士は糸が切れた操り人形のようにその場に崩れ落ちた。

 だが、本当の恐怖はこれからだった。

 たった今自ら命を絶った兵士の身体が、いや、それだけではない。

 撃たれて転倒し、悶え苦しむ他の士達の身体も突然風船のように膨らみ始めたのだ。

 身体が、装着していたパワードスーツをジョイントから弾き飛ばしすほどの勢いで膨らみ続けていく。

「・・た、たすけ・・て・」

 兵士達は十数秒かからずに限界まで膨らみ、文字通り風船のように破裂していった。

「!」

 そして、その場に居合わせた全員がそれを見た。

 飛び散った血や内臓、砕け散った骨が、まるで魔法にでも操られているかのように空中で渦を描きながら、何かに吸い寄せられるように一ヵ所に集まり、何かを形作るかのように融合し始めたのだ。

「皆殺しにされる段階になってもなお、疑心と慢心にかられ腹を探り合うのですか?

 人間とはどこまでも愚かで本当に救いようのない生き物ですね」

 それらが1つになって姿を現したのは人間だった。

 しかもそれは、まさに美しいと言う言葉以外の表現方法が見つからないほどの美少年だった。

 だが、その眼光は氷よりも冷たく、見る者全てに絶対的な死というものを瞬時に理解させるオーラが全身から溢れ出ていた。

「これは失礼。自己紹介がまだでしたね」

 優雅に話す美少年。

 だが、そんなものは必要なかった。

 その場にいた誰もが本能で理解していた。

 彼が、〈地獄の炎の王・べリアル〉だと。

「う、うわぁあああ〜〜〜〜っ」

 我に返った兵士達が、恐怖に耐え切れず引きがねを引いた。

 バババババババババババババババンっ。

 冷静さを失ってもなお、彼らの射撃は正確で、撃ち出された全ての弾丸はベリアルだけを蜂の巣にしていた。

 ・・・はずだった。

 弾丸がベリアルを撃ち抜いた瞬間、カエデ達をぐるりと囲む兵士達がバタバタと倒れた。

「!」

 何が起きたのか?

 倒れた兵士達のスーツの背中には高熱で熔けたような穴が無数に開いていた。

 空気がしんと凍り付くなか、それを理解したのはカエデだった。

「空間をつなげたのか?」

 その言葉を聞いて、皆がカエデの方を見た時、ベリアルはすでにカエデの目の前に立っていた。

「よく理解出来ましたね」

「き、貴様っ、やはりスパイだったのか・・・」

 そう叫びながらカエデに銃口を向けようとしたゼファーソンの言葉が途切れた。

 見ると、彼は何か見えない力にでも抵抗するかのように必死の形相で小刻みに震えていた。

「誰が話していいと言った?」

 ベリアルがそう言うのと、ゼファーソンの身体が雑巾ぞうきんのように絞り上げられたのがほぼ同時だった。

 ベキベキベキベキベキベキっ。

 ゼファーソンはスーツの各所から鮮血を吹き出し、したたらせながら、螺旋状にねじ曲げられた金属のオブジェのようになって床一面に広がる血の海にドチャっと倒れた。

 そして、そのすぐ隣でカエデとベリアルがにらみ合っていた。

 いや、正確にはベリアルの氷のような視線に、カエデは目を逸らすことが出来ずにいた。

「あなたですね?白の艦隊を壊滅させたのは」

「だったら?」

「私と一緒に行きませんか?」

「!」

「ここにあなたの居場所はありません」

「なに?」

「来ないのなら殺します。今すぐ返事をして下さい」

 次の瞬間。

 カエデのコートが裾が無数に枝分かれしながらムチのようにしなり、あらゆる方向から一斉にベリアル目掛けて襲い掛かっていた。

 そして、ベリアルはそれを全て防いでいた。

 彼の肩や脇から計4本の腕が生えており、6本に増えたその全てが人間の限界をはるかに凌駕するスピードで動き、手にしたアーミーナイフでムチを全てはじいていた。

「それが答えですか?」

「まあね」

 そう答えたカエデの両手には組紐が架かっていた。

 それに直感的に危険を感じたベリアルはカエデを攻撃した。いや、しようとした。

 そしてこの時になって初めて気付いた。

 6本の腕が全てボキボキに折れていたのだ。

「ち、これだから人間の身体は・・・」

 組紐が金色に光る。

 その刹那。ベリアルの顔が粘土細工のように形を変え、次の瞬間には顔が別人のそれに変わっていた。

「カエデ」

 それを見た瞬間、ほんの一瞬だがカエデの動きが止まった。

「・・・父さん」

『カエデっ』

 ディがそう叫んだのと、ベリアルの身体が大爆発したのがほぼ同時だった。

「!」

 それは、大爆発であったにもかかわらず全く爆発音がしなかった。

 その代わりに、ベリアルがいた場所、つまり空間の平面に大きな穴が開き、そこから数え切れないほどの何かが噴き出して、あっという間に医療室を埋め尽くして行く。

 穴から出て来たのは、おびただしい数のドリルのような形をした物体だった。

 かん高い風切り音をあげるドリルの螺旋が次々に止まり、先端から花びらがのように開いていく。

 その奥から姿を現したのは、赤く光る目と、鋭い牙が幾重にも並ぶ大きな口だった。

 その化け物達は口を大きく開くと、鎌首を持ち上げて雄叫びをあげた。

「ギニャァァァ〜〜〜〜〜っ」

 それは地中を進むアラストールだった。

 “ビー、ビー、ビー、ビーッ”

 非常警報が鳴り響き廊下の隔壁が降り始める。

「カエデっ」

 ミカヅキは床に倒れるカエデのもとに駆けつけた。

 医療室も診察室と治療カプセルのあるフロアの間に隔壁が降り始めていた。

 このままだとカエデがアラストールが湧き出し続ける診察室側に取り残されてしまう。

 カエデを抱き起こすと、後頭部を支える手のひらに生暖かいぬるっとした感触が伝わってきた。

 それは血だった。

 鮮血が金色の髪をべったりと濡らし、首筋を流れ落ちて行く。

「カエデっ」

 カエデは力無くミカヅキの胸に埋もれピクリとも動かない。

 ミカヅキはカエデを抱き抱え医療室の奥、治療カプセルのあるフロアへと駆け出した。

 それは一瞬の出来事だったがミカヅキは見ていた。

 カエデの動きが一瞬止まり、ベリアルが爆発する直前、カエデのコートが伸びながら広がり、ベリアルを全方位から包み込もうとした。

 しかし、コートが閉じきるより一瞬早くベリアルの身体が爆発しカエデは吹き飛ばされた。

 が、吹き飛ばされながらコートが広がり、ベリアルとミカヅキや医療カプセルとの間に壁をって、皆を爆発の直撃から守ったのだ。

 だが、そのためにカエデは無防備のまま壁に叩き付けられ、そのまま床に落ちたのだった。

 土砂崩れのように押し寄せるアラストールに抵抗も虚しく兵士達が殺されていく。

 カエデを抱きしめながら、ミカヅキも銃で応戦し、それをカエデのコート=ディが幾つもに枝分かれさせた触手をムチのように操り攻守一体のフォローをする。

 だが、それでも数が多すぎた。

 そして更に追い討ちをかけるようにミカヅキたちの眼前で隔壁が閉じ、カエデたちは分厚い壁の前に追い詰められる形になってしまっていた。

 〔隔壁が降ろされました。これより治療ブロックはリニアエレベーターをドックまで降下し、脱出船に収容されます〕

「くそ、ここまで来ながら」

『なるほど。この壁に穴を開ければ脱出可能か』

「え?」

 チュキィィイン。

 ミカヅキが聞き返すより早く、甲高い金属音と共に隔壁が、ムチのようにしなる触手に変形したコートの先に丸く切り取られていた。

 触手はそのまま切り取った隔壁の一部に巻き付いて持ち上げ、それを振り回してアラストールたちを殴り飛ばしていく。

『この穴に飛び込め』

「すまない。よし行け」

 ミカヅキの命令一過、生き残った兵士の1人に抱きしめられ穴の中へ飛び込もうとしたルイスの全身に捕食者の舌がムチのように絡み付いた。

 いや、絡み付いてはいなかった。

 アラストールの舌は彼女をかばったリビングストンの全身に巻き付き、その身体を一気に引き寄せた。

「将軍」

 ミカヅキが放った銃弾がアラストールの口を蜂の巣にし、舌も全て千切れ将軍は床に落ちた。

 そこに全方位からアラストールが襲い掛かった。

「ギィニィャァア〜〜〜っ」

「将軍っ」

 ドォオオオオオオオオォォン。

 次の瞬間。

 将軍をむさぼり喰うアラストールたちの真ん中で大爆発が起こり、その場に居合わせた捕食者たちは頭を吹き飛され、自らが流した血の海に崩れ落ちていた。

 それはリビングストンの覚悟の行動だった。

 彼は皆を助けるため、持っていた手榴弾を自らの手で爆発させたのだ。

 それを悟ったミカヅキはその一瞬をついて皆を次々に穴の中へ逃がしていた。そしてついに全員を逃がし、残るはカエデとミカヅキだけになっていた。

 だが。

『すまないミカヅキ。これ以上はカエデがもたない』

 コートから伸びる触手が攻撃を止め、カエデを包み込んでいく。

 それを見たミカヅキはカエデに自身の銃を握らせた。

 そして漆黒の繭に包まれたカエデを抱えて穴に飛び込んだ。

 だが、隔壁にディが開けた穴をドリルに変形したアラストールが押し広げながらあっけなく突き破っていた。

「ギィニィャアァアァァ〜〜っ」

「!」

 エレベーターシャフト内に絶望を知らせる声が反響する。

 見上げると、捕食者たちが円筒内を埋め尽くしながら落ちて来るところだった。

 それだけではない。

 彼らは壁にもびっしりと張り付いていて、自由落下を上回る速度でミカヅキたちを追い越し下へと這い進んで行く。

「くそ」

 四方を囲むアラストールが全方位から一斉にミカヅキとカエデに襲い掛かった。

 ヂュキィィィ−−−−ン。

 その時だった。

 エレベーターシャフトの横にある点検整備用の通路、と言っても、エレベーターの事故に対応する緊急車両が通れるぐらい巨大なトンネルなのだが、そこから飛び出して来た巨大な影が、その場に居合わせたアラストールを瞬時に斬り裂いていた。

 それは、両手に刀をもつ巨大な剣士だった。

「ムラマサ」

 ムラマサがミカヅキの真下に移動し胸部装甲を展開、さらにその内側で開いたパワードスーツの中にミカズキは滑り込んだ。

 ムラマサの手でカエデの繭を掴み、上から落ちて来るアラストールを避けるため、急降下しながらパワードスーツ、次いでムラマサの胸部装甲を閉じた。

「シュバルツ。状況は?」

 〔後方よりアラストールの大群が接近中。数、推定1億〕

「隊長。援護します。避けて下さい」

 その瞬間。

 ドオオオオオオオオオンっ。

 円筒内が閃光に満たされ、その中を埋め尽くしていたアラストールが次々にはじけ、爆散し蒸発していった。

 それは、エレベーターシャフトのはるか下方から伸びてきた光だった。

「隊長。大丈夫ですか?」

「助かったよ。デビット」

「隊長。私もいますよ」

 ミカヅキが最大望遠ではるか下方のドックを見ると、脱出船エスペランサの上でサンダーボルトがその姿を変えた長身の大砲を構えるマインゴーシュが写し出されていた。

「ハンナ、ありがとう。私たちより先に降下した人達は全員無事か?」

「はい。Drルイス以下、治療カプセルの中にいた人達も全てエスペランサに収容しました」



                           〈つつ゛く〉





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