第五章・第一話 レムリア
「3、2、1、0。ワープアウト」
操舵手のカウントダウンと共に、視界を埋め尽くしていた光の帯が消え、宇宙空間が姿を現した。WDCの艦隊がワープアウトしたそこは、小惑星帯=アステロイドベルトのど真ん中だった。
「こんな所に・・・」
ガブリエルもミカヅキも持ち場に戻ったが、カエデ達はまだ爆発物処理室のカプセルの中にいた。
ワープインとワープアウト。
その瞬間を狙われたら、どんな戦艦であろうとひとたまりもない。
ゆえに、その瞬間は第一級警戒・臨戦体勢をとるため、カエデ達の処置は後回しにされていた。
だが、もちろんカエデはディを介して外の様子を見ていた。
黒い球体は、眼前をさ迷う、家ほどもある岩を弾き飛ばしながら、ひときわ大きな小惑星の前にたどり着いた。
小惑星には巨大な穴が開いており、艦隊の到着に合わせて、穴の四方に設置された誘導灯が点灯しながら穴の奥へと伸びて行くのが見える。
その光りに導かれ、艦隊は穴の奥へと進んで行った。
「ここが基地なのか?」
『いや、違う』
「え?」
『この小惑星は巨大なスキャナーだ。艦隊をスキャンし、敵のスパイが忍び込んでいないか、発信器等の追跡装置の類いが取り付けられていないかを調べている。
それにもう1つ別の目的もある』
「?」
『カモフラージュだ。万が一、敵に追跡されていた場合、ここが基地だと思わせる事が出来る。
仮にここが見つかり破壊されても、また別の小惑星にトンネルを掘るだけで済む』
ディの言葉通り、小惑星の内部にはトンネルしかなかった。
「艦長。スキャン終了。全艦異常なし」
「よし。帰還するぞ。全艦ワープ。カウントダウン開始」
「ワープ60秒前、カウントダウンを開始します。」
60秒後、WDCの艦隊は再び青白い光りに飲み込まれるように空間の狭間へと消えて行った。
◆
「ワープアウト」
艦隊が再びワープ空間から飛び出した先に待っていたのは、灼熱の炎の海だった。
「なんだここは?太陽か?」
『違う。ここは地球の内部、マントルとコアの外核との境界辺りだ』
「コア?」
『地球の中心にある核のことだ』
「ここに何があるんだ?」
その時だった。
視界を覆う5千度の激流に突然波しぶきが立ち、灼熱の流れを裂いて外核の中から何かが姿を現した。
「!」
それは山ほどもある、あまりにも巨大な球状の物体だった。
「カエデさん。我々の最後の砦、〈レムリア〉へようこそ」
そして、艦隊はワープの光りに包まれて姿を消し、レムリアと呼ばれた巨大な黒球も再び内核の中へと沈んで行った。
◆
3回目のワープをが終了し、艦隊が出現した先でカエデ達が見たのは,巨大なドックだった。
WDCが次々にハンガーに収容され、後部の格納扉から巨大なアームによって運び出された戦艦が、そのまま整備用のドックに運ばれて行くのが見える。
「ここが、レムリアの中?」
『そうだ』
「なんでわざわざワープして入ったんだ?」
『この球体には出入口がない』
「え?」
『敵の基地を攻める場合、外からの攻撃と、基地内へ侵入し内部から攻撃するという2つの方法がある。
だが、出入口がなけい。それだけで防御する側は俄然有利になる。
しかもこの施設は、数百、数千もの人間が数十年以上の長期に渡る自給自足生活を行えるだけの設備が整えられている。
例えば、球体の外壁全面が熱エネルギーを電気エネルギーに変換するパネルになっていた。無駄がない。
おそらくこの施設は、外宇宙での惑星開発等の拠点や、長距離航路の中継基地として建造されたものだと思う』
ディの説明を聞きながらカエデが見つめる中、戦艦は運ばれながら方々から伸びるアームによって徐々に解体されていき、カエデ達が乗るブロックも専用の整備施設へと運び込まれた。
「係留作業完了。整備員は所定の位置に待機して下さい」
「乗務員は速やかに下船して下さい」
館内に流れるアナウンスを聞きながらカエデ達が待っていると、目の前のモニターに再びレイジーが映し出された。
「カエデさん。お待たせしました。今からジェルを排出します」
「よろしく」
巨大な球状の空間を埋め尽くすジェルが、内壁の至るところに開いた排泄口からみるみる吸い出されて行く。
「あ、あの、・・・カエデさん」
「はい?」
「その、・・・デビットのこと、どう思いますか?」
「は?」
何か重要な話だろうか?と一瞬身構えたカエデの顔が、豆鉄砲をくらった鳩のようになっていた。
「ご、ごめんなさい。いきなりこんな話をして。・・・その、デビットは、荷電粒子砲に変形するブリガンダインのパイロットで、いつも危険な目に会ってて、今日だって隊長が来るのがもう少し遅かったら死んでたかもしれないんです」
「・・・」
「彼、いつもそうなんです。
なのに、全く自覚が無いと言うか・・・」
そう言いながら彼女の指はガンホルダーに触れていた。
「この銃だって今朝の出撃前に彼がくれたんです。
私、少しおっちょこちょいなとこがあって、・・・その、銃をどこかに置き忘れたみたいで、無くしちゃったんです。
それで今朝、偶然廊下ですれ違った時に彼、私のホルダーがカラなのに気付いて、・・・ワケを話したら自分の銃をくれたんです。
私は艦内にいて、彼は最前線で戦うのに・・・。
あなたはどうするのって聞いても「俺は大丈夫だから」って繰り返すばかりで、だから、その・・・もしカエデさんが皆と一緒に戦うのなら、お願いします。彼を助けてあげて下さい」
「オレが、ですか?」
「不躾で非常識なお願いなのは分かっています。
でも、どうかお願いします」
そう言うと、彼女は泣き崩れんばかりに深々と頭を下げた。
当然モニター越しではうつ向くその表情を伺〈うかが〉い知ることは出来ない。
だが、カエデの目にはその全てが映し出されていた。
固く閉じられた瞳から止めどなくこぼれ落ち続ける大粒の涙が、抑えきれずに溢れ出る彼への想いを代弁しているかのようだった。
「好きなんですか?その人のこと」
カエデがそう言うや否や、レイジーはパっと顔を上げた。
「か、からかわないで下さい。
誰があんなおっちょこちょいのこと・・・。
だいたい彼、私より6つも年下だし、そのくせ背は30センチも高いし・・・」
“ビ〜〜〜っ、ビ〜〜〜っ、ビ〜〜〜っ、ビ〜〜〜っ。”
〔ジェルの排出作業が終了しました。
繰り返します。ジェルの排出作業が終了しました。
安全確認の後、カプセルの回収作業に入って下さい〕
「分かってるわよ。もうっ」
音声ガイダンスに逆ギレ気味に返事をしながらコンソールを操作するレイジー。
上下からアームに掴まれ空中に固定されていたカプセルはゆっくりと降下し、下半分が床に潜り込む格好でそっと降ろされた。
上下のアームがそれぞれ逆方向に回転し、カプセルは2つに分割され、外れた上半分がアームに掴まれたまま上昇して天井に収納されると、カエデ達の目の前の隔壁扉がゆっくりと開き始めた。
『大歓迎が待ってるぞ』
「マジで」
扉が完全に開くと、ディの言葉通り、その向こうにガブリエルとミカヅキの姿が見えた。
ただ、そこにいたのは2人だけではなかった。
2人は何十人という完全武装した兵士に囲まれていた。
2人を6人の兵士が囲み、それぞれの後頭部と額と心臓に銃口を突き付けていて、残りの兵士が構える全ての銃口はカエデに向いていた。
『な、大歓迎だろ』
「あとで絶対に泣かせてやる」
『あ、偉い人の登場だ』
突然、銃を構える兵士の隊列が2つに割れ、その間から1人の男が姿を現した。
年は60代半ばぐらいだろうか?
その野獣のような鋭い眼光と、軍服の袖口を捲った腕に残る深い傷痕が、彼が歴戦の勇者であることを物語っていた。
「やめて下さい、リビングストン将軍。彼女は少なくとも敵ではありません」
「それは味方でもない。ということだな、艦長」
将軍と呼ばれた男はカエデの数メートル手前で立ち止まると、異端の訪問者から目をそらすことなくガブリエルを一蹴した。
「しかし、彼女は白の艦隊を・・・」
「まるで我々が窮地に追い込まれるのを待っていたかのように颯爽と現れ、しかも神器の力を使って、か?
あまりにもタイミングが良すぎる。そう思わないか?これは奴らが“ここ”を見つける為に打った大芝居ではないか?となぜ考えない?」
「しかし彼女はあの兄妹を命懸けで・・・」
そう訴える艦長の視線の先では、そのジャンのミリーが自走式の医療カプセルに納められ、今まさに運び出されるところだった。
「それも我々を信頼させる為にやったのかもしれん」
「・・・ダメだこりゃ」
2人の会話に割って入ったのは当のカエデだった。
「ガブリエルさん。話すだけ無駄だよ。
このおじさんの頭の中ではとっくの昔に答えが出てる。
オレたちはシェオールから送り込まれたスパイだってね」
そう言いながら、カエデはごく自然に歩き始めた。
「でも、もしオレたちがスパイだったら、ワープアウトした瞬間に“ここ”を破壊。いや、消滅させてるよ」
そう言い終わった時、カエデは将軍の目の前に立っていた。
見上げるカエデと見下ろすリビングストン。
2人の眼光がぶつかり合い、そして。
「いい目をしているな」
そう言って先に目をそらしたのは将軍の方だった。
「警備兵、連行しろ」
「将軍っ」
「ただし、失礼のないよう。丁重にな」
「あ、ありがとうございます」
「て、結局連行されるんかい?」
将軍に深々と頭を下げるガブリエルを見ながら1人ツッコミを入れたが誰にも相手にされず、4人の兵士に囲まれカエデは連行されて行った。
◆
作戦指令室へと続く通路を歩くリビングストンとガブリエルに小走りで近付く影があった。
「将軍。カエデをどうするつもりなのですか?」
それはミカヅキだった。
「安心しろ。約束は守る」
問い詰めるミカヅキをたしなめるように言葉を続ける。
「だが、全くの部外者にレムリアの中をうろうろされても困る。
だから警備をつけた。それだけだ」
「今どこにいるのですか?」
“ピー、ピー、ピー、ピー、ピー。”
「噂をすれば影だな」
それはリビングストンの耳に装着されたインカムへの着信音だった。彼は耳のインカムに話しかけた。
「私だ。どうした?・・・なに?・・・分かった。許可する」
「誰からですか?」
「お前の愛しの彼女の護衛からだ」
「!」
「自分が助けた2人の子供の容態が気になるから、医療室にお見舞いに行きたいそうだ。
条件付きで許可した。
そういえば、まだ健康診断を受けてなかったな。これから受けに行くか」
「お供します将軍」
〈つつ゛く〉