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第四章・第三話 ガブリエル・ハーディ





 ワープアウト直前に至近距離まで迫った敵にミサイルを撃ち込み、その爆発と共にワープアウトして攻撃を仕掛ける。

 それはフィルゴにとっても賭けだった。

 宇宙空間にわずかに波紋が広がり、その中心から彗星の尾のように噴き出す青白い炎と共にシャムエルが姿を現した。

「撃て」

 船体各所に備え付けられた砲門とミサイルが一斉に火を吹いた。

 これは明らかな無差別攻撃で味方に当たるかもしれない。

 だが、この状況では仕方ない。

 それが彼女の判断だった。

 その間にも艦後方の射出口から、人型の赤い艦載機が次々に出撃して行く。その先陣を切るのは、艦長であるデリンジャーの愛機、ナベリウスだった。

 レールキャノンやミサイルがあちこちで爆発を起こし、それが閃光の連鎖となって漆黒の闇を光で埋め尽くして行く。そこに黄の艦隊がワープアウトしてきた。だが、それらの艦船が砲撃に加わることはなかった。

 ナベリウスから戦闘停止を伝える信号弾が発射されていた。

「副長。落ち着いて状況を確認しろ」

「艦長」

 フィルゴはブリッジ前面まで歩み出て宇宙を見渡した。

 だが、そこには敵はいなかった。

 唯一見えたのは同士討ちになって破損した赤の艦隊の艦船と、激しく損傷し、くの字に曲がりながら地球目掛けて落下して行くレヴィアタンの姿だった。

「・・・そんな」

「どうやら奴等の目的はレヴィアタンだったらしいな」

 そのデリンジャーの言葉にフィルゴは少なからず動揺した。

「まさか。彼等は我々の真の目的を知りません」

「だが、これを偶然で済ませる事は出来ない。幸いにして時は満ちた。彼等には退場してもらうとしよう。副長。今の総司令官は君だ。命令を」

 フィルゴは唇を噛み締めると、くるりときびすを返しブリッジのクルー達に命令した。

「敵艦隊の撤退を確認後、本艦隊は黄と協力し、生存者の救助およびレヴィアタンのサルベージを行う」


                    ◆


「こんな逃げ方されて怒ってるだろうなぁ、あいつら」

 ガブリエルは棒付きキャンディーを舐めながらキャプテンシートに座っていた。

「艦長。爆発物処理室が準備出来ました」

「よし。じゃあ後は任せた。ちょっと行ってくるわ」

 そう言い残すと、彼女は椅子から勢いよく立ち上がり、出口へと駆け出した。

「艦長。ブリッジ内は走らないで下さい」

「わりぃ」

 振り返ることなく手だけ振りながら、ガブリエルは自動ドアの向こうに消えて行った。

 そして彼女は幾つもの隔壁を潜り抜けて小さな扉の前に立った。

 その時だった。

「艦長」

 ガブリエルを呼び止めたのはミカヅキだった。

 背中にバックパックのついた、パワードスーツのインナーを兼ねたボディスーツ姿のままなのが、大急ぎで駆けつけたことを物語っていた。

「ミカヅキ隊長。さっきの話だけど、ジョンに話したら面白いアイデアたがら早速試作してみるって」

「ありがとうございます」

「で、何の用?そんな事を確認する為にわざわざ私を追い掛けて来たなんて言わないわよね」

「艦長。私も同席させて下さい。

 あの人物を擁護する者が1人もいないのは納得出来ません」

「そうだな。詳しい報告も聞きたいし。今回だけ特別に許可する。同席してよし」

「ありがとうございます」

 ミカヅキは深々と頭を下げると、ガブリエルに続いて扉をくぐった。

 そこは小さな部屋だった。

 正面に窓があり、その手前に研究員らしき風貌の女性がパソコンを操作しているのが見える。

 その女性の背中越しに見える窓の向こうは広大な空間だった。

 そこは、巨大な球型の構造物で、ガブリエルはその内部を見渡せる唯一の窓から球の中心部を見ていた。

 球の内部はジェル状の液体で満たされていて、その中心部に小さな球形のカプセルがあるのが見える。

 その中にカエデ達を包み込んだ円形の物体が置かれていた。

「レイジー。どうだ?」

 カプセルを見つめたまま、ガブリエルはパソコンに向かう女性の肩にポンと手を置きながらたずねた。

「だめです艦長。

 あの黒い繭はあらゆるスキャンを受け付けません。

 あの中を透視することは、我々の今の科学技術では不可能です。

 彼女、外見から彼女と呼称しますが、本当に女性なのが?それ以前に人間なのかさえもわかりません」

 レイジーと呼ばれた女性は肩をすくめ、お手上げのポーズをして見せた。

「さすがにガードが固いね。

 ミサヅキ。報告」

「はい。まだ想像の段階ですが、あれは未知の形状記憶合金か金属繊維に属するものだと思われます。おそらくは」

「神器」

「はい。そしてカエデが持つ組紐。これが光を放つ度に超常現象と言っていい事象が発生しています。これも間違いなく神器でしょう。これをディと呼ぶ超小型のスパコン。もしくはそれに類する何かで制御していると思われます。もしかしたら神器そのものが何らかの意志を持ち協力しているとも考えられますが・・・」

「あくまでも推測の域を出ないが、もしそうなら、・・・2つの神器に選ばれし者か・・・レイジー」

「はい」

「爆発物処理室を本艦からいつでも切り離せるよう準備しろ」

「すでにWDCの射出口も準備済みです。爆発物処理室はいつでもワープ空間に射出できます」

「よし」

 そう言い終えると、モニターに写し出された繭の映像を見ながらガブリエルはインカム越しに語りかけた。

「初めてまして。私は本艦の艦長、ガブリエル・バーディです。

 このような非礼をお許し下さい。

 私にはこの艦の安全を第一に考える義務があります。

 あなたが何者で、どのような力を持っているかも計りかねる以上、こうする以外の選択肢がありませんでした」

 それに対し、

「・・・いえ」

 と、カエデは凄まじくバツが悪そうに応じた。

「その・・オレの方こそ、そちらの大事な作戦を勝手に掻き回してしまって・・・すみませんでした」


                    ◆


 塔の裂け目から宇宙に放り出されたカエデ達が見たもの。

 それはくの字に折れ曲がりながらゆっくりと倒壊していく塔と、それを取り囲むように次々にワープアウトしてくる黒い球体だった。

「なんだ!あれは?」

『スキャン終了。どうやらあれ自体が巨大な空間転移装置らしい』

「なにそれ?」

『ワープする超巨大輸送機』

「つまり?」

『つまりあれは内部に何でも収納し、そのままワープすることが出来る輸送機だ。

 あれがあれば戦艦や空母にワープエンジンを搭載する必要がなくなる。

 と言うか、戦闘機だけを運ぶことも可能だから空母そのものがいらなくなるし、被弾し自力航行が出来なくなった艦を安全圏へ避難させることも出来る。まさに発想の転換』

 そのディの言葉通り、目の前を埋め尽くす黒い球体の後部が次々に開き、中から複雑に折り畳まれた金属の塊が姿を現すと、戦艦へとその姿を変えていった。

 そして塔への総攻撃が始まった。

「すげぇ」

 カエデはただ呆然とそれを見ていた。

『接近する物体あり。お迎えだぞ、カエデ』

 接近して来たのはミカヅキ率いるパワードスーツの編隊だった。

「おそい」

「すまない」短い挨拶あいさつの後、黒い繭はミカヅキ達に曳航えいこうされ艦隊旗艦に運び込まれたのだった。

 カエデが負傷し自力で動けない以上、それは人道的に見ても当然の行いだ。

 だが・・・。

「すまないがこのまま爆発物処理室へ運ばせてもらう」

「まぁ身元不詳でワケの分からないスゲ〜力持ってる奴が突然目の前に現れたら、そうなるよね」

「すまない」

 もちろんその間もカエデはディを通して外で行われている戦闘の一部始終を見ていた。

 塔を攻撃する艦隊を包み込むように発生した重力震から飛び出した数百機のドリルミサイル。

 そして、それを追ってワープアウトした艦隊。

 その両方を待っていたのは、それを上回る数のWDCだった。

 WDCが搭載された人工知能によって自ら重力震を探知し、その発生場所に瞬時に短距離ワープし、格納庫の扉を開いて待ち構えていたのだ。

 しかもその内部はワープミサイルの爆発の衝撃さえも吸収する特殊なジェルで満たされており、ワープアウトした敵艦隊はおろかド、リルミサイルさえも、その中に突っ込んだが最後、動きを封じられてしまっていた。

 WDCは格納扉を閉じると瞬時に加速し、新たに発生した重力震目掛けて次々にワープ速度で突入して行った。

 ワープ空間内で赤の艦隊に対して特攻を仕掛けたWDCがこれであることは言うまでもない。

 だが、それで終わりではなかった。残された戦艦がWDC内に入りながら次々に変形し、1機のWDCの内部に6機の戦艦が収まると、先程のWDCを追い掛けるようにワープして行った。

 そう。赤の艦隊がワープ空間内で攻撃したWDCの中には味方の艦船が、そして、直撃コースでなかったため撃ち逃したWDCには敵の艦船。

 つまり、ガブリエル達の戦艦が収容されていたのだ。もちろんその間も崩れゆく塔への攻撃は続いていた。

 赤の艦隊に対しドリルミサイルと敵艦を収容したWDCによる体当たり攻撃を行いながら、その間隙を縫って堂々と逃げる。

 その戦いを目の当たりにしてカエデはただ感心するしかなかった。

「すげぇ」

『ああ。見事としか言いようがない』

 そしてカエデ達とそれを包むディは、ミカヅキ達によって、ひたすらだだっ広い爆発物処理室に運び込まれ、その中心に置かれた透明のカプセルの中に入れられた。

 上下に分割されていたカプセルは黒い繭が納められるのを待って閉じられ、分厚い隔壁がゆっくりと閉じ始めた。

 パワードスーツの一群がその扉の向こうに消えて行く。

 だが、ミカヅキは出て行かなかった。

「行かないのか?」

「大丈夫か?1人で」

 カプセル内の繭に話掛けるミカヅキ。

 隊長の行動に気付いた副長が、閉じ行く隔壁越しに叫んだ。

「隊長。出て下さい。まだ作戦中です」

 ミカヅキは視線を繭に向けたまま手を上げてそれに応えると、

「すぐに戻る。待っていてくれ」

 繭の中のカエデにそう言い残し、ミカヅキは閉じる寸前の隔壁の間をすり抜けて出て行った。

 そして隔壁が完全に閉じられると床が盛り上がり、カプセルは球状の空間の中心でまで押し上げられ、静止して固定された後、処理室内は四方八方の射出口から吹き出したジェルによってあっという間に満たされていた。

 ガブリエル達が処理室のモニタールームに到着したのはその直後だった。


                   ◆


「・・・すみませんでした」

「・・・」

 てっきり拘束したことを抗議されると思っていたガブリエルは、スピーカーから聞こえて来たカエデのあまりに意外すぎる反応に一瞬返答に躊躇ちゅうちょした。

「た、たしかに、あなたの出現は全く予想外の出来事でした。

 でも、あなたが白の艦隊を壊滅させてくれたおかげで作戦の成功率がぐんと上がったことは間違いありません」

「そう言ってもらえると助かります」

「事実、助けられたのはこちらだ」

 と、ミカヅキが2人の会話に割って入った。

「白焔という男は常に沈着冷静で隙がない。

 もしかしたら今回の作戦も途中で見破られていたかもしれない」

「そうゆう意味ではあなた方に感謝しています」

 ガブリエルが言葉を続けた。

「でも、それとあなた方が何者なのか?は全くの別問題です。

 申し訳ありませんがこちらの質問に答えていただきます。

 まず、あなた何者?あの力はどうやって手にいれたの?」

「艦長。質問が直球過ぎですよ。

 すまない。彼女は回りくどい事が嫌いなタイプで・・・」

 ミカヅキがそこまで話した時だった。

 カプセルの中に横たわっていた繭が突然 紐解くように螺旋がほどけ始めた。

「!」

 それは、息を呑みながら見つめる3人の目の前で解けながら形を変え、中から姿を現した若者を包み込むロングコートになっていた。

 その小柄な身体に刻まれたはずの致命傷を含む全ての傷は跡形も無く消え、切られた服までもが元通りになっていた。そして、まだ意識が戻らない兄妹を両手で抱き抱えるようにしゃがむその瞳は、揺らぐことなく真っ直ぐにガブリエルを見つめていた。

 カプセルの、カエデの眼前の部分がモニターになり、ガブリエルが写し出された。

「すぐに医者にみせます。救護班をここえ」

「ありがとうございます」

 カエデは深々と頭を下げた。



                           〈つつ゛く〉





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