プロローグ~第一章・第一話 小さな願い
皆様、初めまして。木天蓼 亘介と申します。
この度、初めて長編小説に挑戦させていただきます。
なにぶん素人ですので読みにくい文章や分かりずらい表現などもあるかと思いますが、最後までお付き合いしていただけたら幸いです。
それではよろしくお願いいたします。
プロローグ
その日、世界はお祭りムードに酔いしれていた。
かつて人類がお祭りムードに包まれた事は幾度となくあった。
クリスマスやお正月などとは違う、心の底から生きている喜びや幸せを噛み締めことが出来る喜び。
例を挙げるなら紛争の終結等がそれだ。
だがそれは、常に勝者の影に敗者を産み落とし、世代を越えてもなお消える事のない恩讐や禍根を残して来た。
しかし今回は違った。
今回は紛争が終結したワケでも人類の存亡に関わるような疫病が根絶されたワケでもなかった。
遺恨や禍根が全く生まれなかったかと言えばそうでもなく、少しは対立もあって、当然ながら全ての人が幸せになるワケでもない。
だが、それでも今回の出来事は、あまりに辛い現実から目を逸らし続けてきた人類にとって、まさに唯一にして最大の希望と救いになることは間違いなかった。
人々は目を逸らし続けた現実から更に逃避するかのように、一丸となってお祭りムード一色に染まろとしているかのように見えた。
それが、辛い現実をただ先送りしているだけになるかもしれないのに・・・・
そして、その日はやって来た。
第一章・ 第一話 小さな願い
かつてそこには小さな町があった。
その町の名はキエル。
海に囲まれた小さな島の、小高い丘の上に建つ巨大な城塞と、それを取り囲むように造られた町並みは、いつからか世界屈指の保養地になっていた。
そしてここは、星空の美しさでも有名だった。
特に今日のような満月の夜は、満天の星空を楽しむ為に多くの観光客が城壁や海岸を訪れ、それぞれの時間を楽しんでいた。
「お父さんもね、前にお母さんとここに来たことがあるんだよ」
今や廃墟と成り果て、埋もれてしまった町並みをモニター越しに見下ろしながら、父親は今は亡き妻との思い出を子供たちに聞かせていた。
「ふぅん」
父親に背を向けたまま、そう生返事を返したのは小学校高学年ぐらいの息子の方だった。
彼は、そんな話には興味がないといった素振りで、大きなリベットが並ぶ壁にある小さな窓から外を見ていた。
だがそれは、本当は母親の話を聞きたいのだけれど、妹の手前、大人びた態度をとっているのだという事を父親は知っていた。
それに対して、まだ幼稚園ぐらいの年齢の妹の方は興味津々だった。
「ねぇ、なんで来たの?でぇと?それとも しんこんりょこう?」
「新婚???ミリーは難しい言葉知ってるなぁ」
「えへへ。ルナちゃんに教えてもらったの」
「そうかそうか」
娘を頭を撫でながら優しく笑う父。
それにつられてミリーも笑っていた。
「2人共、今、哨戒任務中だよ」
あまりのこえの大きさにミリーの兄ジャンが怒る。が、これもいつもの風景だった。
こんな事を言うと不謹慎だが、3人とも哨戒任務でここに居る時間が大好きだった。
そこは鋼鉄の壁に囲まれた場所だった。
外の景色は壁の各所に設けられた小さな窓を覗き込むか、モニター越しに見るしか方法はない。
大人3人が居るのがやっとという狭い空間内は、何かの操縦席のようになっていて、父親はその椅子に座り、椅子の後ろの僅かな空間に居る2人の子供と話をする時も、常に右手は操縦幹らしきものを握っていた。
「お父さん、いつになったら下に降りれるの?」
ミリーがさりげなく口にした言葉に室内の空気が一変した。
「下に降りたらリリナちゃんやユウミちゃんとお花畑で遊ぶの。お花をいっぱい摘んで、首飾りや指輪を作って遊ぶの。もう約束したんだ」
ミリーに限らず、ここで暮らす子供達のほとんどがお花畑というものを絵本や映画の中でしか見たことがない。
好奇心旺盛な子供が見たことがないものに憧れや興味を持つのは当然のことだ。
だが、
「う、うん。それは楽しみだね。でも、まだ難しいみたいなんだ」
「お船、まだ直らないの?」
「そ、そうなんだ。エンジンが止まらなくなったままなんだ。エンジンが止まらないとお船が止まらない。お船が止まらないと地上に降りないだろ。神の宝石は飛行船なんだから」
「・・・うん」
ミリーは半ば自分に言い聞かせるようにしぶしぶ返事を返した。
そう、今彼らが居るのはかつて空の貴婦人と呼ばれた超巨大飛行船の中だった。
その船の名は神の宝石。
と言っても、ヘリウムガスで浮かぶ昔の飛行船とは違い、最新の技術を結集して建造されたそれは、空飛ぶテーマパークリゾートであり、世界を周遊する豪華客船でもあり、世界中の人々がいつかあれに乗って旅行したいと思う憧れの的だった。
だが、憧れだった船は今や武装を施れ難民船へとその姿を変えていた。
ドーム型に補強された屋根や側面、更には船底部分にも無数の砲台が設置され、砲座には交代制で常に砲撃手が座り、24時間体制で全方位に監視の目を光らせている。
ジャンの父親も砲撃手としてこの任務に就いていた。
「この時間がもっと続けばいいのに」
時計を見ながらミリーがつぶやく。
ここは3人にとって唯一自由になれる空間だった。かつては船内にあった全ての娯楽施設が居住施設に建て替えられ、定員3千人の船内に2万人近い数の人間が収容され避難生活を余儀なくされていた。
その為、食料事情も衛生状態もお世辞にも良いとは言えず、何よりプライバシーがほとんど無い状態を誰もが長期間強いられていた。
だから、親子3人だけになれる砲座での哨戒任務は、例えそれが夜通しの任務でも、彼らにとっては唯一憩いの時間となっていたのだ。
「ねぇ、お父さん。次のお仕事の時、ここでリリナちゃんとお泊まり会してもいい?」
「そ、それは難しいんじゃないかな?お仕事だし」
「え〜っ。いいでしょ?ミリー、一生のお願い」
(ダメに決まってんじゃん)
2人の会話を背中で聞いていたジャンは前を見据えたまま心の中そう呟いた。
ジャンが視線を動かさないのは、彼にとって父の任務に付き合う意味合いが妹とは少し違っていたからだ。
彼は護衛のため常に神の宝石の周りを随行している十数機の戦闘艇を見のが好きだった。
と言っても、神の宝石も戦闘艇も、普段は装甲表面を覆うスクリーンパネルに外の景色を光学処理して映し出すことで風景と同化しているので、その姿を見る事は出来ない。
ただ、太陽が地平線から顔を覗かせる時、その膨大な光のシャワーを浴びる一瞬だけ、かろうじて船体の存在を視認出来る事をジャンは知っていた。
いつか自分もあれに乗って、いつか必ず母の敵を討つ。
父の任務に付き合うのも、来るべき日に備えて機銃の操作を学ぶ為だった。
だが、当然ながら父親が機銃に触らせてくれるはずもなく、仕方なく彼は本物の操作盤とトリガーを見ながら、丸暗記した取説を頭の中で復唱しシュミレーションを繰り返す日々が続いていた。
「ど〜してもお泊まり会がしたいの」
そんなジャンの思いを他所に母親譲りの強引さで父に迫るミリー。
困り果てた父は
「もうそろそろ定時連絡の時間かな?」
とか言いながら通信機のスイッチをオンにした
「!」
ミリーが大慌てで口を両手で覆った。
通信の時は会話の邪魔にならないよう、何があっても口を閉じる。
それが2人が砲座で父親と同じ時間を過ごす為に与えられたルールだった。
これを破るともう二度と砲座に入れてもらえなくなってしまう。
実際2人の友達のなかにも、ルールを破って砲座に入れてもらえなくなった者が何人もいた。
(お父さん、ずるい)
まるで焼きたてのお餅みたいにミリーが頬をぷくっと膨らませた。
その時だった。
「!」
ジャンの視線の向こうで空が見る見る明るくなっていく。
「あれ?もう夜明け?」
ミリーがそう言うのも無理なかった。
夜明けまでにはまだ早すぎる。
事実、時計の針はまだ夜中の3時を少し過ぎた所を指していた。
そう。それは、夜が明けるからではなかった。
水平線からではなく上空から眩い光が雲海を刺し貫きながら広がって来るのが見える。
さっきまで闇に包まれていた空は、あっという間に眩い光に侵食されていった。
まるで空一面全てが太陽になってしまったかのように輝き、全てが光に飲み込まれた視界の中、天から何かキラキラ光るモノが舞い降りて来るのが見えた。
そしてそれは、雪のように激しく降り始めた。
「そ、そんな・・・」
ジャン言葉を失った。
彼の視線が捉えたのは、神の宝石や戦闘艇の見えないはずの装甲に、空から降る光る雪か゛積もってゆく様だった。
今まで見たくても見えなかった船体が金色に染まりながら徐々に露になって行く。
「ジャン、ミリーを連れて下に行きなさい」
その父親の声に、2人は背筋に冷たい何かが走るのを感じた。
普段温厚な父が以前にも今と同じ声を発した事があった。
それは、母さんが死んだ時。
2人に背を向けたまま、父親はトリガーの安全装置を解除した。
「お父さ・・・」
「来るぞ〜っ」
不安に押し潰されそうになりながら絞りだした娘の声を遮ったのは、インカムから聞こえた見張り台に立つ男の叫び声だった。
爆発的に光輝く雲の中から何かが降りて来る。
(1、2、3・・・)
見張り台に立つ男は遮光レンズの付いた双眼鏡を除き込み、 輝く雲海から何かが現れる度に数を数え始めた。
が、すぐにそれが無意味なことだと思い知らされた。
それは、空全体を飲み込む光の中から次々に姿を現し、瞬きする間も与えない程の勢いで天を埋め尽くしていく。
「みんな頑張ろう。俺達の船を守るんだ」
自分自身に言い聞かせるかのように見張り台の男が叫ぶ。
それが始まりの合図であるかのように、船のそこら中に設置された機関砲が一斉に火を吹いた。
ジャンとミリーの父も一心不乱にトリガーを引いた。
狙いを定める必要などない。
目をつぶっていても当たるぐらい敵は空を埋め尽くしているのだから。
〈つづく〉