5:不可能だから覚悟~勝ち組だし(泣)~
「さてヒカリ様、今後のことについてお覚悟頂きたいのですが……」
ヴェルガートさんが立ち去ると、エイさんによるとても大切なお話合い――ほぼ脅迫がはじまった。
「――つまり、もう帰る手段はないから腹くくって嫁げと。」
「ええ、ご理解頂けましたでしょうか」
「いやまだ承諾してないですけどっ……一応」
いわく、本来なら人間である私が別の世界であるここに来ること自体が不可能だった。しかし、ヴェルガートさんの『目』を持っていることで、元の持ち主に引き寄せられて道ができた……この道は私とヴェルガートさんを繋ぐものであって世界を繋ぐものではない、したがって同じ世界に一緒にいる以上、帰ることは不可能だと……
「それにご結婚はメリットしかございませんよ?ヴェルガート様は愛妻家ですので、それはそれは大切にお守りくださいますし……むしろ結婚しないとなるということは、庇護下におかれないということ……人の身であるヒカリ様がここでお一人で生きていくというのは……」
エイさんは青くなり盛大にガッタガタ震えて「恐ろしい……恐ろしい……」と呟いている……不謹慎ながら、その姿の方が恐ろしいかもしれないとちょっと思った。
それはさておき、私に選ぶ余地はほんの少しもないということがわかってしまった。
『ヴェルガートさんの花嫁になる』これ以外に私に生きる手段はないということ。受け入れれば手厚い保護……どころか多分贅沢できそうな好待遇。逃げ出すとお先真っ暗……というか多分逃がしてもらえず監禁されそうな予感……それは御免被る。
「ちなみにですけど、なんで最初の奥さんここに来れたんです?」
「お帰りになるヒントはございませんよ?」
「うぅ……それはまあ……理解できてきています……悪あがきくらいさせてください」
「まぁ……突然のことですし、急にお心が決まらないのも当然といえば当然でしょうか……お一人目のアデル様ですね……端的に申し上げれば幾重にも偶然が重なった結果のことでございます」
「偶然って?」
「時代、環境、資質、運……でしょうか。様々な条件があの方をもたらしたのです」
エイさんは懇切丁寧に私の質問に答えてくれ……帰還の可能性をひとつひとつ容赦なく潰してくれる……ふふふ、わかっちゃいたけど聞けば聞くほど絶望的だわ。
まず、アデルさんの生きる時代は『神話』の時代であり、世界の性質がこちらの世界と多少似ていたこと、アデルさんは『贄』として神聖な儀式で仮死状態になったこと、アデルさん自身に魔力があったこと、それに加えて運が良かったからだと……なるほど!無理だ!!
「付け加えるなら、これは『あちらの世界からこちらの世界に来れるかもしれない』という方法ですからねぇ。こちらからあちらに行くとなると……」
エイさんは「うーん」と目をつぶって思案しする。
「なんらかの方法であちらの世界を神話の時代に戻し、なんらかの儀式でヒカリ様を贄として廃し、なんらかの方法でヒカリ様に魔力を持って頂いて、運が良ければもしかして……?――ということで、死ぬお覚悟か添い遂げるお覚悟か、でございますね!」
情け容赦ない駄目押しである。
「死ぬ覚悟は到底無理だわ……」
「もちろん死など……絶対に選ばせるつもりはございませんのでご安心ください」
ニコォッと効果音がつきそうないい笑顔な干物である。
「ご理解頂けましたでしょうか?」
何度目かわからない確認の言葉だけど、エイさんははじめて尋ねるように優しい言い方をする。
「……一年の間に覚悟……決めときます」
これ以外の返事はできない……というかさせてもらえないというかしても無駄というか……!
幸いエイさんが婚約期間をもぎとってくれたので、今すぐどうこうなるわけじゃないし。エイさんもヴェルガートさんも顔は怖いけど優しくしてくれている。
……それにもうキスしちゃった間柄だからね!!!あんなイケメンと結婚できるんだからいいじゃないか!見た感じ裕福だし勝ち組なんだよこの縁談は!!!!!
「すばらしい返答です!……おや、泣くほど嬉しいのですね。私もですよ」
じたばたしたってもうしょうがない。結果が決まってるなら、それをより良くする努力をした方が賢いんだから――
「ふふふ、ご理解頂けて良うございました」
「あははははははは……」
「ふふふふふ」
「ははは……」
しばらくの間、私とエイさんの笑いが部屋に響いた。