3:エイさんの視点~33番目の奥方様~
私はヴェルガート様にお仕えしております、
ジューム・コーリレ・カイザー・スイ・ギョーマウン・ラ・マ・クーネル・ストコロ・ヤブジラージ・イパイパ・シューガン・グリーン・ポンポコピー・コナー・チョチョーケでございます。
少しばかり長い名前でございますので、ヴェルガート様は『オイ』『ソコノ』『シロイノ』などご気分によって色々な名前でお呼びになります。
そして今までの奥方様は、はじめの名前をとって『ジューム』とお呼びでしたね。
気付けば奥方様も三十名を超えておりました。いやはや時がたつのは早いものでございます。
お一人目の奥方様は……確か二千五百年ほど前に、こちらに迷いこまれていらっしゃいました。
暖かみのあるブラウンのお髪にヘーゼルの瞳が輝くたいそうお美しい……アデル様という方でございます。
黄みがかったピンクがよくお似合いになる方で、ヴェルガート様はよく珊瑚をお贈りしておりましたね。
大変仲睦まじいお二人ではございましたが――竜と人の身では生の歩みが違うもの……五十年ほどでアデル様はあっけなく身罷られてしまいました。
しかしその折、アデル様は『必ずヴェルガート様の元へ戻る』とお約束をなさいました。
そしてお二人は、歩む早さは違えども、永遠に共に生きることをお誓いになり――ヴェルガート様はご自身の右目を、戻る為の道標としてアデル様にお与えになりました。
幾歳月が流れると――遠くの地でアデル様の気配がお生まれになったのです。
その後十六年――アデル様がヴェルガート様にお嫁ぎになられた年、アデル様は『マデレイネ様』として、再びヴェルガート様と再会なされたのでございます。
マデレイネ様は稲穂のようなゴールドのお髪、そして瞳は澄んだ海のようなブルーの左目と、お髪と同じ……いえ、ヴェルガート様と同じゴールドの右目をお持ちの、目の覚めるようなお美しい方でした。
ご自身がアデル様だったことも覚えておられ、ヴェルガート様に『只今戻りました』と涙ながらにお告げになられたお姿は今でも鮮やかに思い起こされます。
そしてお二人は再び――短い間ではありましたが、寄り添い合いながらお過ごしになり……最期は、束の間のお別れの挨拶と再会のお約束をしてマデレイネ様は旅立ってゆかれました。
再びかの地で奥方様の気配が生まれ――やはり十六の年、奥方様はヴェルガート様の右目と、奥方様達の記憶を持つ『セベクネフェル様』として戻ってまいりました。
セベクネフェル様は儚げなお美しさの為か、他の奥方様よりも短い間しかご一緒出来ず……あの頃のヴェルガート様の荒れ様は凄まじいものがありましたね……
その後お会いした『リオノーラ様』は、とても健康美溢れる方でしたのでホッといたしました。
『シャリミナ様』は一番ご長命で、最期まで花のようにお美しい笑顔をお見せくださいました……
――こうしてヴェルガート様と奥方様は幾度となくお約束とお別れを繰り返してこられたのでございます。
どちらの奥方様もたいそうお美しく……そして日の光を集めたような右目と、『奥方様』の記憶をお持ちでいらっしゃいました。
しかし今回の奥方様は――
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「何故だ……」
奥方様がお生まれになってから十六年……と一日。
ヴェルガート様は天青石の塔で佇んでおられました。
この塔は婚姻を結ぶ際などの儀式用の建物ですが、ヴェルガート様にとっては、何よりも大切な意味を持つ場所でございます。
遥か遠い地にお生まれになる、ヴェルガート様の魂の番である『奥方様』をお迎えにあがる為のものなのです。
奥方様は十六の歳をお迎えになると、必ず『海』へと足をお運びになります。
そして御身が『海』に触れると道筋ができ、ヴェルガート様はそこを伝って奥方様をお迎えになるのです。
大抵の奥方様は、こちらにお渡りになってすぐは少々混乱されているようですが、ヴェルガート様のお顔を見ると道理がわかるようでございます。
奥方様は身罷られて後、数年~数十年のうちにお生まれになるようで、ヴェルガート様はその兆しを感じますと、こちらの塔にお迎えの日まで毎日昇り、健やかにお育ちになるよう祈りを捧げていらっしゃいます。
この一連が当たり前のものだと、ヴェルガート様も私も何の疑いもなく過ごしておりました――
約束の日――普段はポーカーフェイスなヴェルガート様ですが、この日ばかりは顔を綻ばせ、日が昇らぬうちから塔に昇ってゆかれました。
ヴェルガート様をお見送り、私は奥方様をお迎えするのに不備がないか、ひとつひとつ丁寧に確認をいたします。
お食事の準備、お部屋にお召し物……
今までの記憶をお持ちになってらっしゃる為か、どちらの奥方様も際立った変化はございませんでしたが、細かなお好みなどは十人十色。
さらに見た目は全く違いますので、どのようなものがお似合いになるのか……どんなご要望にもお答えできるよう、様々なものをご用意しなければなりません。
今度の奥方様は一体どのような方でしょうか……心が浮き立つのを押さえつつ、万事滞りなくゆくよう心を砕きます。
――ふと顔をあげると、外は薄暗く、邸に明かりが灯りはじめています。
ざわり――と嫌な空気が肌にまとわりつきます。
確か昼過ぎにはいらっしゃるはずだと伺っていたのですが……
今までも、多少遅くなることは多々ございました。
しかしそれはそこ、男女の逢瀬はそういうこともございましょう。
しかしこれほどの時間がかかるというのは――まさかあのような場所であんなことやこんなことが……というのは下世話に考えすぎでしょうが……
いえ、今はむしろそうであって欲しいかもしれません。何故なら今度の奥方様は、三百年もの間お生まれにならなかったのですから――
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「俺は……嫌われたのだろうか」
約束の日からちょうど二年が過ぎようとしていますが、奥方様は未だいらっしゃいません。
「なにを仰います。なかなかお生まれにならなかった奥方様です、お戻りになれば故郷ともお別れ……今は少しばかりあちらを楽しんでいらっしゃるのですよ」
「そうだな……戻ったら向こうに行くのはまた来世だ……」
「左様でございます。ヴェルガート様は夫としてどんと構えていればよろしいのですよ」
この日、ヴェルガート様のお声を久し振りに聞くことができました――が、それは聞きたくないお言葉でもありました。
あの日から……ヴェルガート様はずっと塔でお過ごしになっていらっしゃいます。
室内ではありませんので、きちんとお身体を休めることは難しいのですが、こちらから出てこられることは一度もありませんでした。
日に日に憔悴していくヴェルガート様……
しかしこの方の胸の内を思うと、とてもお戻り頂くことはできません。
少しでも安らかに過ごせるようにと思いますが……私にできるのは食事や着替えなどの日々のこと、執務が滞りなく行えるよう補佐すること……ほんの小さなことばかりでございます。
「狭量な夫だと思われないよう、心を広くお持ちください」
そう、ヴェルガート様は夫で、お二人が永遠の契りを誓い合ったご夫婦なのは確かなのです。
私は努めて明るく言うと、一礼してその場を後にしました。
そして本日も、大遅刻の奥方様を迎える為、せっせと準備を調えます。奥方様はきっと、必ずお戻りになるのだから――
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その六日後――ヴェルガート様が邸にお戻りになられました。
腕に奥方様……ヒカリ様をしっかりと抱いて。