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1:衝動と衝撃~名前も知らない~

色々ちょこまか編集するかもです。

初めてなので、優しくしてください。

 海が、怖かった。


 潮の匂いも、行ったり来たりする波も、全てを飲み込んでしまいそうな青も。


 『ヒカリ、怖くないから来てごらん』

 三つか四つの頃、両親に優しく促された海デビューは、私の号泣に始まり――大号泣にあっけなく終わった。

 行く機会はその後何度かあったものの、テレビや写真で見る海にすら動揺してしまう私によって全て潰されている。


 なのに、今――


 夕暮れ時。海に日が近づいて、ゆらゆらと青に赤がとけこんでゆくなかで――私は海に入っていた。

 足をつけているだけとはいえ、今までからは考えられない。


 「やっぱり、浮かれてるみたい」


 スカートの裾を濡らさないように少し持ち上げる――もう着ることのない制服。

 高校の卒業式が終わった途端、逃げるようにここへ来た。しばらく海を眺め、それに飽きた今はこうして波で遊んでいる。


 学校というのは、どうにも息のつまる場所だった。そこから解放されたことによる高揚感が、海ギライを克服させたのだろうか。


 そんなことをぼんやりと考えているうちに、いつの間にかあたりはすっかり暗くなっている。さすがにそろそろ帰らなきゃ――


 「遅い」


 不機嫌そうな男の声が響く。なに、と思う間もなく視界がぐらりと揺れた。波が大きく覆い被さり――そのまま海の中へ、さらに奥深くへと、強い力に引っ張りこまれた。


 なになになになに……っていうか酸素――!!!

 早く海面に出なければともがくが、体が上手く動かせない。ごぼっと空気が漏れ、脳内に死の恐怖が浮かんだ――いやだ、誰か助けて――


 ……こぽん

 水音が響いたかと思うと、先程までの苦しさが急に消え失せ、体の奥がじりじりと熱くなる。


 あ、私死んだ?思ったより苦しみが短くて良かった――いやよくない、死にたくない……いやでも苦しいのやだし……あれ、また息ができな――


 再び息苦しさが襲い、必死に空気を求めると、鼻から酸素が入ってきた。


 はじめに感じたのは、安心。

 あっなんだ、息できるじゃないか。それに多分死んでない。生きてる。さっきから腕がぎゅっとされて痛いもんな――


 そんなことを考えていたのはほんの一瞬だけ。次の瞬間には、何者かに抱き締められながらキスされているという状況だと気づいた。


 「んーむーーっ!?」


 反射的に叫んだ言葉は、文字通り口封じにあう。


 身動ぎできないほどがっつりと抱かれているにもかかわらず、それは片腕だけの力らしい。もう片方は私の頭に添えられ、せめて顔だけでも動かそうとする私を容赦なく押さえ込んでいる。


 なんなんだこの状況、っていうか誰?痴漢?貞操の危機?今日のパンツどんなだっけ?そもそもこれファーストキス……

 頭の中が目まぐるしく回転し、怒濤のように疑問やどうでもいいことが浮かぶ――いやファーストキスやらなんやらはどうでもいいことじゃないんだけど……


 もしかして人工呼吸で助けてもらっているのだろうか――


 これは真面目な人命救助なのかもしれない……一旦落ち着こうと少し体を緩め、息を吸う……これは人工呼吸、人工こきゅ――思い付いた可能性を嘲笑うかのように、口内に否定が割り込んできた――


 「ーーーー!!!」


 抗議しようとも声は出ず、体の抵抗も出来ず、ただただされるがままになるしかない現実。


 ……せめて気持ち悪いオジサンとかじゃありませんように……できればイケメンがいいです神様……


 一応抵抗の力は緩めないけれど、思考が早々に諦めモードに入ってくるほどには、相手の力強さと初めて味わう大人の激しさは強烈だった。


 自分の知らない世界に支配され、意識を奪われそうなくらいくらくらする感覚――その一方で、この状況について考え、相手を探ろうとする妙に冷えた思考。


 ようやく嵐のようなキスが終わったかと思うと、まだ顔も知らない相手は「来ないかと思った……」とごくごく微かに呟いた。そして私の反応を待たずに再び口づけようとする――ので渾身の力で顔を右に向けて避けた。


 「わぁぁぁぁぁぁぁぁストップーー!ちょっと待って!」


 またあの何度も繰り返されるキスの流れはとめたい。


 「ちょっと!状況が全くわからないですし!あなたはどなたですか!?っていうか今ほんと何がどうなってるのか混乱してまして!まずは状況の確認をお願いしたくてですね……!」


 先手必勝よろしく、相手が動く前に必死に捲し立てる。


 「それでですね、恐縮なんですけど、そろそろ離してもらえたら……嬉しいん……です……けど……あの、まずはお話し合いを……したいなぁ……なんて……」


 『話し合いなんて無駄だァ!』とばかりに本格的に襲われたらどうしよう……そんなビビリ具合が語尾の弱さに出る。


 「あの……別に逃げたりしませんし……」


 一向に緩める気配のなさに、おずおずと申し出てみる。というか、多分運動音痴の私は逃げられないと思う。逃げれそうなら逃げるけど。


 長めの溜息が聞こえると、するすると腕がほどかれていった。相手次第では束の間であるものの、ようやく体の自由がきき、少し安心感が戻ってくる。


 顔を真っ直ぐに向けると、目線の先にちょうど相手の胸のあたりがぶつかった。けっこう身長が高い私との差を考えるに、この人は相当高いみたいだ。そういや力もかなりあるみたいだし……外人さん……とか……?

 ゆっくりと顔をあげると浅黒い肌が見える。そして――


 瞬きで人を射殺せそうなほど鋭い黄金の目。その目が真っ直ぐに私を、私の右目を捕らえていて、思わず息をのむ。


 目の前の相手は、およそ人間離れしていた。

 耳のあたりからこめかみの上まではいくつか角のようなものが生えており、恐ろしく整った顔にかかる濃紺の髪の隙間からはちらちらと鱗が見える。さらには爬虫類と思われるしっぽまである。

 明らかに異質な姿なのに、そんなものは些細なことだと思ってしまった。


 「思い出したか」


 すっと頬を撫でられた。視線は私の、金の右目から離れない。


 虹彩異色症(オッドアイ)――私は生まれつき左目は真っ黒なのに、右目だけは目の前の瞳と同じ、爛々と輝く金の色だった。


 おなじ金の目を持つ人……人?人じゃないみたいだけど……とにかくこの人は大丈夫だと思えた。私に害を為すことはないと、すとんと腑に落ちた。張りつめた気持ちと警戒心がふっと抜け、「あの……」と声をかける――瞬間にまた口を塞がれた。


 先程よりも優しく、また、きつく抱き締められもしなかったので、私はすぐに距離をとった。


 「……久方ぶりの逢瀬だというのに何だ」


 眉間に軽く皺がより、腰をぐいっと引き寄せられる。


 「ちょっ!――話!話があるんです!!」

 「後にしろ」

 「なんでっ!?」

 「こっちの方が重要だからだ」


 近づけてくる顔を必死に左右に避けるが、避けたら避けたで、別の所に唇を落とされる。


 「なんで!なんでそんなスイッチ入っちゃったんですか!?」

 「お前が、笑ったからだな」


 ふっと目を細めて笑う顔には、なんとなく少年っぽさが垣間見える。……正直ものすごくかっこよくて困る。


 ファーストキスの相手がこの顔で、神様ほんとありがとうございますとは思った。しかしながら、それは変な人じゃなかった安堵というか、本心はできれば好きな人としたかったわけで……でもイケメンの破壊力にすごく絆されそうでもあって――ええい、しっかりしろ私!


 「ほんと待って……あのっ――」

 「待つ必要性がない」

 「必要性ある!ありますから!」


 これは、やばい。先程から徐々に体勢が後ろに反っていっていて、倒れてしまいそうだ……キ、キス以上は絶対に阻止だ。

 恐ろしい可能性に喉がくっ、と鳴る。さすがに名前も知らない相手にそこまでのことは――


 「名前っ――!」


 思った以上に大きな声を出してしまったが、相手は驚いたのか動きをとめてくれた。


 「名前知らないですし!まずはその辺りも含めてお話しないと!」

 「そうか」


 そう短く言うと、私の上体を起こしてから、さっとその場に座らせてくれた――そういやここどこだと今更ながらにさっと辺りを見回すと、真っ暗な海の中だった――が、まるでシャボン玉の中にいるみたいに、大きな水のバリアがはられている、なんともファンタジーな様子だった――いや目の前の存在の方がファンタジーだけども。


 「……名は?」

 「あっ、ヒカリです」

 「アッヒカリ?」

 「いやそんなベタな間違いを……ヒカリです、森江ヒカリ」

 「ヒカリ……モリエ・ヒカリ……ヒカリ……」


 ふむ……と言いながら私の名前を何度か復唱しているのが、変にむず痒い。


 「えっと……この目が……」


 私は前髪を少し寄せて右目を出す。


 「この目が、ですね……すごくきらきら光っていてお守りみたいだねってことでつけてもらったんです」


 黒い目は生きていく力、金の目は導く光になるように――そんな風に優しく言う母さん――の後ろで、『小判みたいな目だからご利益あるぞー金運招来ー小遣いあげてー』とふざける父さんまで思い出してしまい、連鎖で脳内の変な親父メモリーズが浮かんでくる……違う、こんな場合じゃない。


 「ヒカリ」


 名前を呼ばれて、『はい』と返事をしようと思ったのに――またもやキスを受ける――何度目のパターンだこれ。

 キスの度に「ヒカリ」「ヒカリ」と何度も囁かれる。


 ちょっと待って、そんな愛しそうに呼ばないで……私まだあなたの名前知らないんだから――!

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