開演の狂詩曲-2
司書の先生に軽く挨拶をし図書室へ入っていく。後ろには瀬奈が。
広い図書室だ。入ってすぐの読書スペースには、横に10人分の席を確保した長机が20脚ある。
単純に考えて、10×前後2列×20脚で400人分のスペースがあるということになる。
通路も十分なスペースを確保している。
小説などの一般文学書や参考書、それに新聞などは読書スペースのすぐそばに。専門書などは奥の本棚に所狭しと置かれている。蔵書が何冊に及ぶかなど、考えたくもない。全蔵書読破はどう考えても無理だろう。
そんな大規模な図書室だが、読書目的で集まる生徒は少ない。皆勉強目的で利用するのだ。私の場合はもっぱら読書だが。
私はまず歴史書の棚へ向かう。かなり奥まったところにあるものの、その冊数は優に200を超えるだろう。このうち100冊以上に目を通した。
「ここからここまでは読んだから・・・次はこれか」
「相変わらず凄いペースだよね。前来た時よりも15冊くらい進んでる気がする」
「まさに15冊だな。前回君がここに来たのが1週間前だったな。それから読んだのはここからここまでの15冊だ」
2冊ほど歴史書を手に取り、次の棚へ。心理学の棚だ。
・・・人の感情。それは今私が最も注目している研究テーマだ。
例えば友情がそうだ。正直な話、それの必要性を理解できていないのだ。
確かに友人と呼べる者はいる。一誠や瀬奈がそうだ。彼らといると私も不思議な心地よさを覚える。それはわかる。
ではなぜそう感じるのか? 何故そう感じる必要があるのか?
私が気にしているのはそこだ。
だがそれは私が『心の研究』において最重要視するものではない。
私が一番理解できなかったのは『恋愛』という奴だ。
何なのだこれは。子孫を残すための活動にこんなことが必要なのか。
結局のところ、最終的に行き着くのは生殖行為だというのに、なぜそのような段階を踏まねばならないのか。
生殖行動については理解できる。私が宇宙を創造するように、人間も自身の子を作るのだ。
だがそこに、恋愛が入り込む必要があるのだろうか? 私には分からない。
これを解明するために心理学書を読んでいるといっても過言ではない。
しかし答えは見事に得られていない。
心理学を学び、そう言った感情を抱くようになることは知った。
しかしそれは生殖本能ではないのか?
これだけでは足らない。そう感じた私は恋愛小説というものを読むことにした。
そうして手持ちの本に恋愛小説も加え、いつもの席へ向かう。最奥部の端の方の席だ。
結果的に5冊になった本を机に乗せる。もちろん私は椅子に座る。瀬奈は私の右隣に座る。
彼女は人気があるのか2冊あった、私と同じ恋愛小説を持っている。
「さて、時間は限られているんだ。読もう」
どうせ全ては読み切れない。まずは手軽に読める小説から読むとしよう。
読み切れなかった分は借りればいい。
歴史書なんて特に、この時間だけでは1冊すら読めないだろうし。
私たちはそろって、同じ小説に目を通し始めた。
こんにちは。灰色猫のクリストファーです。
随分とセリフの少ない回です。
主人公が人間になり、何を疑問に思ったか。何に興味を持ったか。そんな感じの回です。
瀬奈のポジションですが・・・気にしないであげてください・・・。
次回、『開演の狂詩曲-3』。もう少し説明の回が続きます。
お付き合いいただけると嬉しいです。




