第5話 花の意味
時は進み、あの幸せだった日から一週間後。
「お前、最近よく庭に来るようになったな」
「ええ。そうですね」
私はエリックさんがいない寂しさから逃れるために庭へと毎日通うようになりました。
花達が、私の心のあいてしまった穴を埋めてくれると思ったのですが、そうはいきませんでした。
ここには彼との幸せだった日の思い出があるからです。
それは、私をさらに寂しくさせるのでした。
しかし離れることが出来なかったのです。少しでも彼を感じていないと気が狂ってしまいそうでしたから。
今は柴田さんとあのときの花達がいてくれるおかげで、寂しさに負けずにいられます。
「そんな顔をするなよ。エリックの奴はそろそろ帰ってくるはずだから」
「え?」
柴田さんの言っている意味がさっぱり分かりません。
「その泣きそうな顔なんとかしろよ。俺は泣かれるのが苦手なんだ」
私はそんな顔をしていたのでしょうか。自分では全く分かりません。
もしそうならば直さなくてはいけません。身分違いと分かっていながら、いつかは終わる恋だと知っていながら私はこの道を選んだのですから。
そんなことで周りを心配させるようなことは、絶対にしてはいけないことなのです。
柴田さんは困っている顔をしています。
しかし、急に何か思いついた顔になりました。
「そうだ! ちょっと待ってろ」
柴田さんは大声で叫ぶと走ってどこかへ行ってしまいました。
しばらくして帰ってくると、彼は植木鉢を抱えています。
いったい何がしたいのか全く分かりません。
「これ、お前にやるよ」
差し出したのは手に持っている植木鉢です。それは胡蝶蘭でした。
「これを私に?」
驚きすぎて、それ以上の言葉がでてきません。
「そうだ。」
「そんな! うけとれません」
この花は特に愛情を注がれて育ったのだということが、私には分かりました。
そんな大切なものは受け取ることが出来ません。
「いいから受け取れ!」
「その花はあなたの大事な花なのではないのですか!?」
「確かにそうだ。しかし、今お前にはこの花が必要だと思ったんだ」
彼の顔には、この花を私に渡す迷いが見られません。
「胡蝶蘭の花言葉は『幸せが飛んでくる』だ。これを持っておけば、きっとお前に再び幸せが来るだろうから」
それは彼なりの励ましだったのでしょう。少し頬を染めて顔をそらしてしまいます。
嬉しいと思いました。こんな花でしか相手にうまく伝えられない不器用な柴田さんをほほえましく思いました。
「ありがとうございます、柴田さん」
わたしは笑顔で彼から胡蝶蘭をもらいました。
彼は照れているからか、
「……おう」
と短く返事をします。まだ顔をこちらに向けることができません。
しかし、急にこちらをすごい勢いでふりむきました。
「そうだ、胡蝶蘭は絶対に枯らすなよ! 育て方は……」
さっきまでの照れた様子がなくなり、胡蝶蘭の育て方を話し始めました。
それはなかなか止まりません。その勢いに私は目を白黒させてしまいました。
しばらくしてやっと満足したのか、話をやめました。
「まあ、これくらいでいいだろう。お、そろそろじゃないか?」
そのそろそろという言葉が何を指しているのか、私も分かりました。それを考えると心が自然と高まっていきます。
私は早くこの場から立ち去って玄関へ向かいたいと思いました。もう心はすでに玄関の方へと向いています。
心は私を早く、早く、と急かしてきます。体がそれに合わせてそわそわとしだします。
「それでは、私はもう行きたいと思います」
「おう。がんばれよ」
柴田さんの声はもう少ししか聞こえません。私の意識は別の所にはたらいているのですから。
私は胡蝶蘭を抱えたまま玄関へと急ぎました。
胡蝶蘭はまだ明治時代にはなかったのですが、使いたくなって使ってしまいました。
ささやかな気持ちをこめて相手に花を渡すことはいいですね。
次から話を展開させていきたいです。




