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夜祭


 木にもたれかかっていると、思わず寝入ってしまいそうになる。さすがに二徹はカンベンしてもらいたいのに、太陽は無情にも木々の間へ姿を隠そうとしていた。

「待たせたな」

 聞き込みを終えたアークが戻ってきた。行くときは人間の姿に戻っていたのに、今はまたぬいぐるみの姿に戻ってしまっていた。ベルは地面に唾を吐き捨てた。

「どうだったの?」

 あまり興味がなかったが、一応聞いてみる。

「二ヶ月前に目撃した人間がいた」アークは人探しをあきらめたわけではなかった。「魔法少女とともにここへ来て、魔力を集めて行ったらしい。小さい村だから、宿の主人が覚えていたよ」

「へえ。でも、その人が行方不明になったのって、いつなの?」

「――ニヶ月前だ」

 アークは肩を落とした。

 あの麦畑からそう遠くない集落。ベル達は行方不明になったアークの友人、天使メーフィスの足取りを探していた。と言っても、ベルには興味のない話だ。熱心なのはアークだけだった。アークは集落の家々を全て周り、メーフィスの足取りを聞いて回っていた。ベルはというと、その間、徹夜明けの体を木の幹に預けて、眠れもせず、かと言って起きてアークについていく気力も無いという、中途半端な非常に辛い時間を過ごしていた。

「眠り病はここでも流行っているようだな。何が原因なのか……」

「今まさに私が掛かりそうだわ、その病気。……って、ちょっと。あんたもしかして、まだ行く気?」

 ベルは、地図を広げ始めたアークに驚いて言う。

 アークはさも当然と、

「ノルマが終わっていないからな」

「二徹って、あんた。ばかなの? 死ぬの?」

「俺は別に平気だ。天使だからな」

「あんた思いやりとか気遣いとかレディファーストとかって知ってる?」

「当然だろう。お前は権利と義務、自由に責任という言葉を知っているか?」

「当たり前でしょう」

「なら、そういうことだ」

 ベルが思いつく限りの罵詈雑言をアークに浴びせかけていると、松明を持った村人の集団がベル達の元にやってきた。先頭に立つ白髪の老人は、アークに向かって頭を垂れる。

「天使様。先程はご助言、ありがとうございました。」

「ああ、いいんだ、別に」

「天使様のお言葉の通り、篝火を焚き、男衆は寝ずの番を致そうと思います」

「それがいいだろう。魔獣の情報は本部に伝えておいた。明日の朝には討伐隊が派遣されるだろう」

 アークは例の、陽極付近に居た四つん這いの魔獣の情報を伝えたらしい。

 もちろん、か弱い人間が束になったところで、魔獣を撃退できる訳もない。まして、四つん這いの魔獣はかなり大型であった。警戒は迅速な避難を実行する為だろう。天使のいない小さな村では、それくらいしか対策の取りようが無いのだ。

「我々はすぐにでも此処を発たねばならない。すまないが、今日一日、十分に気をつけてくれ」

 アークは淡々と言う。村人達は不安そうな表情をしているが、アークは気に留めた風は無い。

 しかし、あれほど魔獣退治に熱心だったアークである。この状況で村を発つ事に後ろめたさや不安を感じないはずが無い。感情が消えたように淡々と振舞うことで、それを隠しているのだ。天使の動揺は、人間に不安を与えるから。

 だが、果たしてそれほどまでに優先しなければならない事なのだろうか、魔法少女の使命は。使命の優先させることは、極論すれば、村人の命を切り捨てているのと同義なのである。いくら女神ユノの命令とは言え、不可解と言わざるを得ない。

 松明を掲げる村人達を背に、ベル達は夜空に飛び立った。

 日は完全に地平線の向こう側に姿を隠し、夜空には半月が照っている。

「あたしもあの村人たちも、これで寝不足確定だわ。そんなにしてまでやらなきゃなんないことなの? 魔力の回収ってのはさ」

 ベルがぶつぶつ文句を言うと、アークは額に眉した。

「当たり前だろう。もしかして知らないのか? 魔獣の活動力の源が、魔力なんだ」

「え、そうなの?」

「だから魔法少女の使命は最優先事項とされるんだ」

 成る程、とベルは思った。活動力が無くなれば、魔獣の被害も減るのが道理である。そんならなんで戦いの役に立たない人間の女、それも子どもにやらせるんだよ、とも思ったが。

「でも、魔力が活動源って、そりゃあんた達、天使もじゃなかった?」

「そうだ。天使を増やす為にも、魔獣に消費される前に魔力を回収しなければならない。勿論、魔獣の被害を減らすためにもな」

「資源の奪い合いってワケね」

「奴らは悪だ。駆逐する必要がある。放っておけば人間を襲って被害が出るからな」

 そう言いながら、アークは耳の中に手を突っ込んでゴソゴソとやった。取り出したのは、手のひらの上の豆粒大の物体。ちらちらと火花が散ると、それは例の、アンテナの付いた検知器のようなものになった。魔法で小さくしていたのだろう。

 アークは難しい顔をしながら機械を操作すると、首をひねった。

「おかしいな」

「もしかして、壊した?」

「そんなことするかよ。そうじゃなくて、ここら一帯の魔力濃度がやけに高くてな」

「村にも近いって言うのに?」

 村を飛び立ってから、まだほとんども飛んでいないのだが。

「これは危ないな。魔力に魔獣が引き寄せられることも考えられる」

「なら、ここいらでやっておきましょうよ」

 言うが早いか、ベルは眼下の森に急降下した。

「あっ、バカ!」

 アークの慌てた声が上方で聞こえる。無視してベルは地面に足をつけた。ナイス着地、同じ轍は二度と踏まないのが出来る女である。

 辺りを見回す。

 月光は夜を欺くとも言うが、半月では威力半減である。視界は全く効かない。

 首を回して四方を見ても、木々のシルエットの向こうは、漆黒の闇が漂うのみである。

 背筋がぞくりとする。

 少し怖くなって、無鉄砲に地上に降りたことを後悔した。

 闇の向こう側に、あの魔獣――トゥルヌスと呼ばれる化物が、剣を振りかぶっているような気がして。

 あの目、あの息遣い、あの炎。

 これから一生、忘れることはできないだろう。

 そして、あの雷光も。

「アホか! 魔獣がいなくても、危険な野生動物がいたらどうするんだ!」

 アークである。相変わらず不細工な造形である。この顔を見ていると、無性に腹が立ってくる。

「それをなんとかすんのがあんたの仕事でしょうが」

「馬鹿も休み休み言え」

 アークが吐き捨てる。自分でもそう思うベルであった。

 ため息を一つ吐くと、ベルはソージキのスイッチを入れた。ガーガーと喧しい音を立てて、ソージキが駆動しはじめる。

「――割りと地味だな」

「あんたがそれ言う?」

「俺だって、魔法少女のお付なんてしたことは無いんだ」

 ふと、ソージキの吸入口に何かが詰まった。

「あれ?」

「壊してんじゃねーよ」

「うるさいわねえ。しょうがないでしょ、ソージキなんて高級品、使ったことないんだから」

 ベルが屈んで見てみると、吸入口に何かが纏わりついていた。それを手にとって見てみる。

「うわキショ、これ、毛だ」

 長い、茶色い毛が絡みついていたのである。

「毛? なんだってんだ、こんなとこで散髪でもやったってのか」

 アークが軽口を叩いた直後、ベルの立っていた地面が傾いた。慌てて、飛んでいたアークの体を掴む。

「うわわ! じ、地震?」

「違う! これは……」

 ベル達を乗せて、見る見る盛り上がる地面。泥と砂埃が舞い上がり、視界が隠れてしまう。アークにしがみついて居なければ立っていることもままならない。

 すわ、アトランティスでも浮上したのかと考えたが、それにしては周りの木々がざわめいていない。

 やがて、砂埃の影から、二対の赤光が差した。

 魔獣の目である。

「擬態か!」

「ま、マジで?」

 ベル達は、魔獣の背に乗ってしまっていたらしい。

 アークはベルごと素早く雷球に身を包むと、その場から離脱した。ソージキの吸入口に絡まっていた毛は、アークの雷撃によって焼かれ自由になったが、代わりに毛が焼ける嫌なニオイがこびりついてしまった。

 ベルはソージキにしがみつきながら、魔獣のほうを見た。

 姿を表した魔獣は、強靭な四肢を持ち、四つん這いで、上向きの鼻と2対の牙があった。異形の猪である。黒色の長い毛をなびかせているが、ところどころ泥が付き土色に染まっていた。大きさは飼い葉小屋程もある。昼に見た時よりも大きくなっているような気がした。

 猪の魔獣は大きく身震いして付着した泥を飛ばすと、ベル達の方に向き直り、咆哮を上げた。

 あまりの音量に、ベルは耳を塞がずにはいられなかった。

 アークは天空に手をかざすと、それを振り下ろす。

 上空から一条の光の剣が魔獣に突き立った。

 遅れて、衝撃波と轟音が響く。耳を塞いでいてよかったと思うベルであった。

「なんだと……!」

 攻撃をしたアークが戦慄している。

 得意の雷撃を受けても、魔獣は倒れるどころか、怯みもしなかったのである。

「泥が付着してる、あれが電気を逃がしてるんじゃないの?」

 魔獣を指差しながら言う。

 実際、アークの雷撃は魔獣の表面を伝って、周りの雑草を焼いていた。

「クッ……土属性とは相性が悪い」

 ベルは百八十度ターンし、魔獣に背を向けた。

 しかし、アークに腕を掴まれてしまった。

「何処へ行く?」

「逃げるに決まってるでしょ! 敵わないんなら、そうするしかないじゃない!」

「ここで倒さなければ、村にも被害がでるかもしれん!」

「そうかもれないけど……私達には、何も出来ないじゃない! 無理よ!」

「無理でもやらなければならない!」

「付き合ってられないわ!」

 ベルはアークの腕を強引に振りほどくと、ソージキを飛ばした。

「勝手にしろっ!」

 アークの捨て台詞が、夜の森を木霊する。

 振り返って見てみると、アークは魔法を連発しているようで、宙空に青白い筋がいくつも起こり、時折爆発音も聞こえてきた。しかし、効を奏しているようにはとても見えない。常に一撃で決めてきたアークが魔法を連発していることから見ても、明らかである。

 何故、ああもアークは猪突猛進なのであろうか。

 天使としての使命感もあるだろうが、それにしても限度がある。明らかに悪い旗色でも、引くことすら考えないとは、勇気云々以前に知能が疑われるというものだ。根性論だけでなんとかなる相手ではあるまい。

 ベルは夜空を全速力で飛ぶと、出発地点の村を目指した。

 暗い森の中で松明を掲げていただけに、迷うことは無かった。村の入り口には男逹がそれぞれ武器と火を持って待機しているのが見える。ベルはその人々の元へ、一直線に急降下した。

「みんな、急いで避難して! 近くに魔獣が出たわ! 天使が応戦してるけど、旗色が悪いのよ!」

 ベルが告げると、村人達は色めき立った。無理も無いだろう。この村には天使がいないのである。男たちが戦うと言っても、どれだけの被害が出るのか、それ以前に、撃退できるのかどうかすら……。

 大人たちは寝ていた子どもたちを起こし、戦えない者達は村の中央へ。男衆は手に槍を持ち、村の入口を固める。ベルの予想は間違っていた。村人たちは籠城を決め込むつもりらしい。

 馬鹿な、一刻も早く別の場所に避難すべきだ、そう言おうとして、ベルは言葉を失くした。

 一体、何処に行く所が在るのか。

 安全な場所など、ありはしない。

 それに、収穫を手放してしまったのなら、どのみち、この冬に飢え死ぬことになるのだ。此処を守る、それ以外の選択肢など、最初からこの村人達には与えられていない。

 命を繋ぐために、命を懸けて。

 この世界の理は、例え天使といえども覆すことは出来ない。

 しかし、無理だ。ベルはそう判断していた。

 あの魔獣の蹂躙から逃れる術は無い。遠からずやってくるあの魔獣にやられて、村は全滅するだろう。あの天使アークですら、歯が立たないのだから。

 一人、ベルはソージキで逃げる覚悟を決めた。

 ベルにはこの村を守る義理も理由も無いのだから。

 ベルは唇を噛みしめる。

 夜陰、半月があざ笑うかのようにベル達を照らしている。篝火の暖色に揺れる村人達のざわめきは、一見すると祭りのようでもある。いや、祭りに相違ない。これから起こるのは血祭りだ。男も女も子どもも老人も区別無く。混乱と喧騒の中で揺れる黒い影は踊り狂う悪魔達の群れ。天上に光る星々は、大地というステージを見つめる血に飢えた観客か。奴らの嗜虐心を満足させるために、今宵も我らは踊り殺されるというのか。

 慌ただしく動きまわる村人たち達を尻目に、ベルはそっとソージキを発進させようとした。

「ねえちゃん」

 呼び止められて、思わず振り向く。

 篝火の炎に照らされた、見覚えのある歯抜け顔。

 そこには、あの畑で出会った、弟に似た少年が居た。

「君……この村に…‥」

 息が止まる。

「またあったなぁ、ねえちゃん」

 少年は事態が分かっていないのか、ニコニコと元気よく笑っている。

 ベルは動悸が高鳴るのを感じた。

「魔獣だー!」

 村人達の叫び声が響く。

 見上げた夜空には、数十羽はあろうか、鳥型の羽根付き魔獣達が、巨大な鉤爪をギラつかせ、目を血走らせて、飛び交っていた。


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