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旅は道連れ

 ママに会うために~



「あ! いたいた、だいはっけ~ん!」

 黄色い朝陽に照らされる中、空の彼方からホーキに乗ってやってきたのは、いかにも魔女っ子といった風情の女だった。黒いワンピースを身に付け、頭には大きな赤いリボン、さらにホウキの先端には、黒猫がちょこんと座っている。おまけにレースの布で表面を覆った鳥篭までぶら下げている始末である。

「ちょっ、あれ、いいの?」ベルはホーキに乗った女を指差した。「あのデザイン、ヤバくね?」

「ああ? 何が?」

「だって……ねぇ?」

 アークは首を捻った。

 ベルはいらいらして、地面に向かって唾を吐き捨てた。

「なんでそんな不機嫌なんだ、お前」

「別に」

 ずいぶんとこじんまりしてしまったアークを睨みながら、ぶっきらぼうにベルは言った。

 昨夜の魔物を撃退した後、金髪の青年姿だったアークは、不細工なぬいぐるみへとその姿を変貌させた。犬ともトカゲともカエルともつかないその面構え、不自然に大きくてまるで翼のような耳、物もつかめなさそうな丸い手足、短い尻尾に神経を逆撫でするような黄金色をしたふわふわの体毛。そこいら辺の雑貨屋にいくらでも売っていそうなぬいぐるみの姿だ。子犬くらいの大きさのそれが、大きな耳をパタパタと羽ばたかせて飛んでいるのだから、昨夜のこともすべて夢だったのではないかと疑いたくなってしまう。

「あんたさぁ、人間の姿してなさいよ」

「やだね、疲れるから」アークは眉をひそめた。「なんでだよ?」

 立ち寄った街には、首都に近いこともあり、天使たちが常駐をしていた。そのせいもあってか、街はなかなかの活気を誇っている。朝も早いというのに、市へ向かう人々が幹線に列を作っているのが見える。街の中央の丘の上には、横縞模様が特徴的な大きな教会がそびえ立つ。その周りを飛ぶのは、ホーキに乗った魔法少女たちだ。ここは、魔法少女たちが北へ向かうルートの、最初の中継地点なのである。

 広場を見渡す。緩やかな勾配で扇形に広がるレンガ色の石畳が目に楽しい。円弧の中心には小さな泉が湧き、道行く人々が足を止めている。周囲を囲む建物は、天使光臨以前の戦火によって、いまだ荒廃したままであり、さすがに修復されてはいるが十分ではなく、広場の石畳もところどころ破壊された跡が伺える。それでも、いまだ人を惹きつけて止まない美しさがあった。在りし日には、さぞ流麗な光景が広がっていただろうことは想像に難くない。この広場も、旧時代から残る遺跡のひとつだと言われている。

「おい、聞いてんのか?」

「――別に」

 ベルはまた地面に唾を吐いた。

 そうこうしているうちに、件の魔女っ子が近づいてきた。

「魔法少女ベルちゃんですねっ。私、宅配天使のレーンって言います。私がベルちゃんの作業報告と定時連絡を担当するの。よろしくねっ」

「え? ああ、そう」

 さわやかな笑みを浮かべながら、元気よくレーンは言った。ホーキの先に座る黒猫も、軽く会釈する。レーンの短く切った黒髪がさらさらと揺れた。はつらつとした笑顔と歯切れのいい返事、まさに魔法少女の鑑である。……ただ惜しむらくは、いささか歳をとりすぎているということか。少女というには、あちこち育ちすぎている。まったく、妬ましい。

「天使族……よねぇ?」

「そうですよ~っ」

「なんでそんな格好してるの?」

「私、魔法少女にアコガレてるんです~っ! かっこかわいいですよねっ、魔法少女って!」

「ああ、うん、そう……」

 「その格好は魔法少女じゃなくて魔女っ子だよ」という言葉は、太陽のような笑顔によって、生まれる前にかき消されてしまった。なんだか、やりにくさを覚えるベルだった。

「パラスの様子はどうなんだ?」

 アークが聞く。愛想のない顔と声である。

「あー、はいはい、パラスさんですね。じゃあ準備しますねっ」

 レーンはおもむろに黒猫の頭をポンと叩いた。すると、黒猫の目がカッと見開き、強烈な光を発する。

「うわっ、びっくりした!」

 不意を突かれたベルは、思わず後ろにのけぞった。

「いいでしょう、この子。最新型のロボペットなんですよ」

「ロ、ロボットだったの」

「名前はジィジっていうんですよっ」

「――それはあんまり大きい声で言わないほうがいいと思うな」

「えーっと、パラスさんのチャンネルは……」

 レーンはロボ猫の耳をつまんで微調整をかけている。

 数回の揺らめきの後、黒猫の発する光の中、中空に、赤い小鳥の姿が映った。パラスだ。絵などとは違い、空中に厚みを持って半透明のパラスの姿が浮かび上がっている。手を差し伸べれば、触ることさえできそうだ。さすが、天使の技術は人智を超えている。

 パラスはベッドに寝かされていて、白い掛け布団など掛けている。……姿は小鳥なのに、なんだか滑稽である。

「ああ、ベルさん。それにアークか」

 パラスは難儀そうにもがくと、上体を少し起こした。

「面目ないです、こんなことになってしまって……」

 力無く、パラスは言った。

「傷は大丈夫なの?」

「僕らの体は借り物なので、傷は問題ないです。ただ、たいしたことは無いんですが、霊体にダメージを受けてしまって。今はご覧の通り、首都で入院中です。ベルさんのお供はしばらく出来そうにありません、すいません……」

「いやまぁ、それは別にいいんだけど」

「油断したな、パラス」アークが口を挟んだ。「あんな魔獣ごときに遅れをとるなんて、いい恥さらしだな」

 その物言いに、ベルは眉をひそめた。

「いや、まったくだね。偶然、君が来てくれなければ、どうなっていたことか……」

 パラスはうつむきがちだが、アークの棘のある言葉を気にした風はなかった。

「あの人型の魔獣、おそらく新種だと思うけど、あれの件について、ユノさまに報告をしておいたよ」

「ああ、あのオバさんに」

 口を挟むと、パラスは苦笑いした。

「どうやら、少し前から目撃情報があるらしいんだ。詳しい話はユノさまに聞いてほしい」

「わかった、もういい。無理はするな。俺は回復魔法が得意じゃないんだ」アークは夜通しパラスに治癒魔法をかけていたのだ。「あとは十二柱神がなんとかしてくれるだろう。お前は養生していろ」

「すまない。悪いな、アーク。後を頼む。ベルさんも、旅の幸運を陰ながら祈っています」

「うん。じゃあね」

 手を振る。ロボ猫の光が消えると、パラスの姿も掻き消えた。

「お元気そうでよかったですねっ」レーンはニコニコと笑った。「じゃあ次は、ユノさまに定時連絡しましょうっ」

 レーンが再びロボ猫を操作すると、今度はユノの姿が浮かび上がった。

 ユノはネグリジェ姿で枕を抱え、目をこすっていた。寝起きらしいのに化粧は濃い。

「なんなのぉ? こんな朝っぱらからぁ」

 遠くで潮騒の音が聞こえた。海の近くにいるのだろうか。人を働かせておいて遊びに行くとはいい根性をしている。

「ユノさま、魔法少女の定期報告ですよっ」

 レーンがなだめるように言った。

「ちょっと、もうさぁ、あとにしてくれなぁい? 眠いんだけどぉ」

 大きくあくびするユノ。神の威厳はどこへやらである。行動がそこらへんのオバさんと大差ない。

 ベルが聞こえるように舌打ちすると、ユノは表情を変えた。

「あらっ、ベルちゃんじゃない。お元気?」

「おかげさまで一睡もしてないんで、元気溌剌ですよ」

 ベルはまた地面に唾を吐き捨てた。

「あらぁ? ……なんでまたそんなやさぐれちゃってるのぉ?」

「おめぇよぉ、宿を取っておけよ! そのくらいの気も利かないのかよ! おかげでこっちは横にもなれずに、一晩中立ちっ放しだよ!」

 昨夜はパラスが倒れ、アークや他の天使たちはてんやわんやだったようだが、ベルは割りとヒマだった。手伝える作業もなく、かといって休むことも出来ずに、天使たちの作業を、教会の壁にもたれかかってずっと眺めていたのだ。他の天使たちもベルに構う暇はなかったようで、なんの配慮もなかった。

 ユノは眉をひそめた。

「なによぉ、子供じゃないんだから、宿ぐらい自分で取れるでしょ」

「あたし一文無しなんですけど。あんたにいきなり部屋から拉致されたもんだから」

「――お金くらい天使が持ってるでしょう」

「お供の天使は入院しちゃいましたけどね!」

 ユノはおもむろに化粧直しを始めた。手鏡を見ながら、口紅を塗りなおしている。厚化粧がますます厚くなってゆく。

「ユノさま、馬鹿話はそのくらいにして」

 アークが口を開いた。

「馬鹿話って、あんたねぇ……」

「パラスを病院送りにした人型の魔獣の件についてですが」

 べルのぼやきを無視して、アークは続けた。

「あの魔獣、俺も間近で見ましたが、通常の魔獣と明らかに違い、かなりの知性があるように思われます」

「ああ、あの。ベルちゃんとパラスちゃんを襲ったっていう。剣のようなものを振るっていたらしいわね」

 コンパクトを片手に、パフで顔を叩きながらユノは言う。

「1ヶ月くらい前から目撃情報があるのよね。人型の魔獣を見た、っていう。わらわたちはトゥルヌスというコードネームで呼んでるわ。新種の魔獣として、データベースにも登録してあるのよ」

「トゥルヌス……」

「人を見かけると姿を隠すらしいから、討伐の優先順位を下げていたのだけれど。人型だからといって、さして危険だという報告もないわ。おそらく間近で人を見て、興奮して襲ってきたんでしょう。しかし偶然とはいえ、人間に害をなしたとあれば、親衛隊の投入も検討しましょうかしらねぇ」

 ユノは興味なさげに言った。

「偶然? とんでもない!」べルは語気強く言った。「あいつは明らかにわたしを殺そうとして襲ってきたんですよ? こうやって、剣を振るって」

 両手で剣を振り下ろすジェスチャーをするが、ユノの反応は淡白だった。

「剣くらい、振るうだけならサルでもできるわよぅ」

「いや。それは俺も感じていました。パラスに止めを刺すよりも、そこの女を優先していたように見えたし」アークは顎でベルを示した。「奴の行動にはそう……なんらかの『目的』を感じました。それに奴には、明らかに剣術のたしなみがあった」

 それを聞いたユノは、化粧を直す手を止めた。

「剣術の? それは確かなの?」

「実際に剣を交えた俺が言うんです。剣術だけじゃない。パラスの奴は、あれで他の天使に劣るわけではありません。それを一撃で戦闘不能にしたんだ、野に放ったままにするには、強力すぎる敵でしょう。天使はおろか、いつ人間の犠牲者が出てもおかしくはない」

「ふぅん……」

 手にしたコンパクトを閉じた。パカン、と乾いた音が響いた。

「あんた、名前、アークって言ったっけ?」

「はい」

「そう」

 指を鳴らす。次の瞬間、ユノはティアラとドレス姿に戻っていた。

「トゥルヌスの件は分かったわぁ。親衛隊を投入しましょう。ま、もう遭遇することはないとは思うけど、気をつけてね、ベルちゃん」

「はぁ」

 親衛隊といってもこのオバさんの親衛隊じゃなぁ……という言葉は、なんとかあくびでかみ殺した。

「じゃ、ついでに集めた魔力は送ってもらおうかしら。レーンちゃん、お願いね」

「はぁいっ。じゃあベルちゃん、ホーキを出してね」

「まあホーキっつぅか、ソージキなんだけど」

 ベルがソージキを差し出すと、レーンは驚いたように目をしばたかせた。

「えっ、ソージキですか。珍しいですね……。話には聞いていましたけど、ホントに使ってる魔法少女がいるとは。魔法道具の最新型を使えるなんて、すごいですねっ」

 驚きはしたが、レーンはこのソージキの扱い方を知っているようだ。ぎこちない手つきで本体の外装をはずすと、中から白い袋状のものを取り出した。

「じゃあユノさま、どうぞっ」

 映像の中のユノにそれを差し出すと、映像だというのに、ユノは手を伸ばしてそれを取った。ユノはそれを軽く振ると、表情を曇らせた。

「ちょっとぉ。ぜんっぜんスカスカじゃないのよぉ。真面目にやってんのぉ?」

「いやいや、あんなことがあったんですよ?」

「それにしてもさぁ」じと目でベルを見つめるユノ。「あんたもしかして、観光気分で遊んでたんじゃないのぉ?」

「そんなわけないじゃないでスか」図星を突かれて、思わず声が上ずる。「あいつに襲われて、集めたアレを間違ってアレしちゃったんですよぉ」

「ほんとぉ? せっかく最新型をあげてるんだから、ちゃんとやってよぉ? ……ってちょっと、アンタどこ行くの?」

「は?」

 アークはといえば、ちょうど荷物をまとめて飛び立とうとしていたところだった。

 キョトンとして、アークは言った。

「何処って言われましても。俺は俺のやることがありますので」

「話の流れ的に、アンタが代わりに同行することになるんじゃないのぉ、普通」

 どんな流れだよ、とドキドキしながら突っ込むベル。心の中でだが。

「なんで俺が? 普通に無理ですよ。俺、休暇中なんですけど」

「だって」ベルを指差して言う。「こんなか弱い女の子一人、旅に出させるわけにはいかないでしょぉ?」

「この街にだって天使はいるでしょう」

「天使に対する人口比率って知ってる? 慢性的に天使が不足してるって、あんただって分かってるでしょ」

「だったら親衛隊をつければいいじゃないですか」

「だから親衛隊はトゥルヌス討伐に出るんだって」

「じゃあそこの」いきなりアークに指差されて、あわててレーンは手で×印を作った。「宅配天使だっているじゃないですか」

「あんた代わりに配達してくれんの?」

 ぐっ、とアークは詰まった。

「俺は、人探しをしてるんですよ。魔法少女のお供に出た天使メーフィスが行方不明なんです。ギムナジオンに許可をもらって、自分の休暇を使って探してるんです」

 ギムナジオンというのは、いわゆる天使たちの「学校」であるらしい。半人前の天使は、ギムナジオンで修学しながら、天使の業務をこなすのだという。

「天使の行方不明なんて珍しいことじゃないでしょぉ? どっかで人間と結婚でもしてるんじゃないのぉ?」

「奴に限ってそれはありえないんです。メーフィスは天使であることに人一倍誇りを持っていました。そう簡単に投げ出すわけはない。それに、一緒に出た魔法少女も行方不明だと聞きます。もしかしたら、どこかで遭難してるのかもしれない」

「行方不明者の捜索は、上級天使がやってるわよぉ。アンタがわざわざでしゃばる必要なんてないわよ?」

 今度こそ、アークは言葉を失ってしまった。

「それに、パラスはあんたの同期でしょぉ? 失敗の穴埋めをしてやりなさいよぉ」ユノは追い討ちをかける。「まったく、こっちは猫の手だって借りたいくらいなのに。ねぇ、ベルちゃん?」

「猫の手は借りたいかもですけど、カエルの手は別にいらないです」

 アークの方を見ながら、ベルは言った。

「ああ? カエルだぁ? 見て分かんねーのか、竜だよ、竜。目ん玉ついてんのか?」

「あんたこそ、どんなセンスしてんだか」

「おーおー、聞きましたか? 女のほうが同行を拒否してますけど」

 アークは丸い手足を振り回す。

「拒否したって、あんた以外付いていける奴がいないんだからしょうがないでしょぉ? 天使がいないと危ないじゃないの。それともなんなの? あんた、このユノ様の決定に不服があるわけ? 見習い天使のくせに?」

 神とは思えない口上である。チンピラのそれと変わらない。ベルもアークもレーンでさえも、空いた口が塞がらなくなった。

「おおお、そんな台詞を吐きますか。とても十二柱神の台詞とは……」

「――それに」

 不意に、ユノの瞳が怪しく輝いた。

「行方不明になったメーフィスなら、喜んで手を貸してくれたでしょうに」

 金色に輝く瞳は、宇宙だ。その向こうに底知れない何かを秘めているかのよう。あの主神像の前で感じたのと同じ感情、畏怖が、心に湧き上がって抗えない。

 ユノの言葉は、アークの「何か」を十二分に刺激したようだ。

「確かに。奴ならそうするでしょうね」アークは急に凛々しい顔になった。「いいでしょう。その任務、俺が請け負います」

「それでこそ、天使だわ」

 ユノはニヤリと笑った。あの瞳の輝きは、いつの間にか消えうせて、そこらへんのオバさんのそれに戻っていた。

「それじゃあ、わらわは公務に戻るとするわ。またね、ベルちゃん」

 ユノの姿が消えうせると、レーンは鳥篭から紙片を取り出して、ベルに渡した。

「これ、次の行き先の地図ですっ。じゃあ私も、次の宅配にいってきます! また次の街で会いましょっ?」

「え? ああ、うん。じゃあね」

 金色の瞳の輝きが頭から抜け切らないベルは、半ば呆然としながら手を振った。

「あっのっひっとの~」

 魔女っ子のテーマソングを口ずさみながら、レーンは青い空の彼方へ飛び去って行った。



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