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スパイシーな女神

 なんとか来年までには終わらせたい……。


「――昔々。遠い記憶の彼方の彼方。伝説に語り継がれる神話の時代……」

 眼前に悠然とそびえ立つのは、頭上にオリーブの円環を乗せ、神々しい光を放つ巨大な主神の座像だ。筋骨隆々、右手には翼のある女神の彫像を持ち、左手には錫杖を構える。たくさんの小鳥がその太くたくましい腕に止まり、静かな調べを奏でていた。周囲には揺らめくオリーブ油の池が湛えられ、天窓から差し込む朝日が乱反射し、黄金色の光の海でおぼれそうになる。広大な空間の中心にそびえるその坐像を囲むようにして、天にも届きそうな高さの大理石の円柱が佇立する。四方から伸びる赤い絨毯が、一直線にその玉座へ向かって伸びている。我先に神の威光を授かろうと急くかの如く。

「はるか虚空から異形の怪物たちが降り立ち、緑萌える青き星は紅蓮の炎につつまれた。人々と神々は力をあわせてこれを退け、青き星に平和をもたらした。熾烈を極めたその戦いの後、この世界の中心に、一本の大きな大きな樹が生まれた。湧水がごとく魔力を生み出すその樹は世界樹と讃えられ、神々と人々との繁栄の象徴となった。やがて、何もかもが擦り切れるほどの時が経ち、恒久の平和の中で、いつしか信仰を失った人々は、傲慢から世界樹を焼き払ってしまった。力を失った神々は地上から姿を消し、代わりに、地上には魔物があふれた……」

 その中心、金色に輝く玉座の前で、女が一人、踊っている。

 何かの儀式でも行うかのように、一言一言、言葉を発する度に、上へ、あるいは下へ、四肢を動かし、あるときは跳躍し、回転する。黄金色の輝きを後光に背負いて舞うその姿は、見る者すべてを魅了しようかという美しさである。

「しかし……ああっ、なんてスペクタクル! 壮大な歴史ロマン! 幾星霜を経て、今再び神々は、人々の前に降り立ったッ! もう一度人々に信仰の光を取り戻すため、そして悪魔の跳梁に悩み苦しむ人々に、神の救いを与えるためにッ……!」

「――あのぉ」

「それこそまさしく神の愛! 天の恵み、救いの主、愛に満ち溢れたわらわ! ビューティフォーナウ!」

「ナウ?」

「今まさに世界はラブアンドピース。世界に満ちあふれる愛の力、おもにわらわの愛の力で、世界は平和で豊かでスパイシーになったわけよ、そこはかとなく。分かる? 分かるぅ?」

「それはいいんですけど、その……これ、ほどいてくれません?」

「あらあらまあまあ、いったい何を言い出すのかしら、この子はっ! い~い? ベルちゃん。そんな事じゃ立派な魔法少女になれませんよ?」

 目の前の女は手を開き足を上げ、鳥のような大仰なポーズで言った。

 純白のドレスを身にまとい、頭上には燦然と輝く黄金のティアラ。煌くガラスの靴を履きこなし、語る声音は小夜鳴のように美しい。人間離れしたその美貌は、まさに伝説が語る神々の一人として称えられるにふさわしい。……しかし、化粧はちょっと濃い。おまけに頭のネジが二、三本抜けているようだ。

 荘厳な玉座、美貌の女神の前にいるのはしかし、縄で縛られて床に転がされている、ぼろみたいな服を着た女である。あまりのギャップにいっそ滑稽ですらある。ベルはなんだか可笑しくなったが、次に腹が立ち、そして次第に考えるのが面倒になった。冷たい床に頬を押し付けながら、ベルは小さくため息をついた。

「ところで、その。あんた一体どちら様ですか?」

「よくぞ聞いてくれました! よろしい、教えてあげましょう。わらわの~、わらわのぉ~名前は~……」

 女神はバレエよろしくぐるぐると回り始め、二、三度小粋なステップを踏むと、これ以上ないくらいのドヤ顔で言った。

「女神ユノよ☆ 気軽に、きれいなおねぇさん、って読んでくれてもいいわよぅ?」

 ベルはそっぽを向いて憤慨の意を示した。ユノは気にした様子もなく、マイペースに進める。

「よいですか? ベルちゃん。魔法少女というのは、人々の幸せのために奉仕をする存在なのですよ? 自分を抑えて、人々のために精進を重ねなければなりません。もう一種の道ね、ドウ。魔法少女ドウ」

「その成れの果てがこうだって言うんだったら、早いとこジョブチェンジしたいんですけど」

 麻縄でつま先までぐるぐる巻きにされ、蓑虫状態で大理石の冷たい床に転がされるのが魔法少女の本懐らしい。おまけに、ご丁寧にもぴかぴか光る大理石の硬い床に転がされているのである。すぐそこにふかふかしていそうな赤い絨毯が敷いてあるのに。

 なんだかまた腹が立ってきたベルは、早口で言ってやった。

「人の寝てるトコ叩き起こしていきなり縛り上げて勝手にこんなトコ連れて来て演説ぶって、これはですね、ひとえに拉致といっても過言ではないですよ!」

「まぁ! 心外な、拉致だなんて! せめて神隠しって言いなさいよ!」

「変わんねぇよ」

「また。ベルちゃん。いけませんよ? 魔法少女がそんなやさぐれた言葉を使っては。魔法少女というのはですね――」

「大体、女の子をこんながらんどうの冷たい床の上にずっと放って置くとは何事ですか! その上縄なんかで縛って、何のプレイだっての。さっきからこの麻縄がわたしの柔肌にぎりぎりギリギリ食い込んでですね、わたしはもうストレスの塊ですよ! おまけに床めっちゃ冷たいし。あんたやったことありますか? もう十一月にもなろうってのに、大理石で出来た氷みたいな床にほっぺたをぺったりくっつけるなんて。そりゃ冷えますよ、脳が。震えますよ、体が。ひどい頭痛ですよ。そりゃそうだよ、だって冷えてんだもん、脳が、直にさぁ!」

「――あれぇ? おかしいなぁ、こんなやさぐれた娘じゃないはずなんだけど……」ユノはなにやら懐から紙片を取り出し、まじまじと眺めながら首をかしげている。「連れて来る子、間違えたのかしら」

「そりゃ誰だってやさぐれるわ!」

 ベルがにらむと、ユノはわざとらしくポン、と手を打つ。

「ごめんごめん、忘れてたわぁ。いやわりとマジで」

 ユノが指を鳴らすと、ベルを縛っていた縄は、跡形もなく消えうせた。

 ベルは無言で立ち上がり、ゆっくりと体を伸ばした。長いこと縛られていたので、体の節々がひどく痛む。

 しばらくぶりの自由を楽しんでいると、ユノはどこからとも無く怪しげな掃除機を取り出し、ベルに押し付けた。

「はい! これ……」

 車輪のついたまるい本体に、蛇腹式のホース。藍色のボディがきらりと光る。

「なんですかコレ」

「魔法少女って言ったら、やっぱりコレ♪ よね」

「……だから、なんですかコレ」

「何って、魔法のソージキよ、ソージキ。コレで散らばった魔力を集めるの。パワフルな吸引力は魔力のかけらも逃さない、しかも魔力駆動式だからコードレスで自給自足のバッテリーいらず! 新開発のサイクロンジェット方式で、あらゆるゴミを吸い込みまくる! 吸引力の変わらない、天界でただひとつのソージキよ☆ さらに今ならキャンペーン期間中につき、空まで飛んじゃう!」

「ひとっっつも分からん」

「つまりね、貴女にはぁ、魔法の力を回収する役目を持ったボランティアのガールスカウト風少女、になって欲しいのよぅ。魔法の力を回収する役目を持ったボランティアのガールスカウト風少女……略して、魔法少女にッ!」

 鳥のように両手を広げたポーズで、これ以上ないくらい楽しそうにユノは言う。太陽のようにまぶしい笑顔、少し、いやかなり鬱陶しい。

「――魔法少女ぉ? ボランティアぁ?」

 ベルが疑問の声を上げると、すかさずユノは怪しくもみ手しながら言う。

「ぜ~んぜん簡単なお仕事よ。経験不要、初心者大歓迎、楽しいスタッフに囲まれた、明るい雰囲気の職場よ♪ 貴女も知っての通り、わらわのような神や天使たちが地上に顕現するためには、魔力ってヤツが必要なんだけれど」

「はぁ」

「その魔力がね~、ちょっといろんな所に散らばりすぎちゃってぇ」

「へぇ」

「もったいないから、一ヶ所に集めちゃおう、ってお仕事なのよ~」

「ふーん」

「いわゆるお掃除? みたいな?」

「それで掃除機ですか。へぇ~え、よかったじゃないですか」

 高い高い天井を見上げる。青い空がぼんやりと透けて見えるその先に、鈍く輝く太陽。流れ行く群雲。今日もいい天気である。洗濯物がたんまりたまっていたなぁと、ベルは思い出す。そういえば、牛達の乳を搾っておかなければならないのだった。冬に備えて保存用のチーズをそろそろ作らなければ。やることは山積みだなぁ――。

「……ちょっとあんた。ちゃんと聞いてるのぉ?」

 眉とくねらせるユノに、ベルはしれっと聞いた。

「いくらですか」

「へ? 何よぅ、藪から棒に」

「いくらくれますか」

 ユノは驚いて目をぱちくりさせた。

「――金銭を要求なさると?」

「私の一番キライな言葉はただ働き、二番目はボランティアなんです」

 ユノは強張った顔でえへんと咳払いした。

「よいですか? ベルちゃん。魔法少女というのは、人々の幸せのために奉仕をする存在なのですよ? 人々の笑顔のために戦う、愛と正義の使者! それがあんた、金よこせってこたぁないでしょうよ。愛と勇気だけが友達なのよ? ラブアンドピースでしょでしょ?」

「ラブアンドピースより」指でマルを作る。「ギブアンドテイクでじゃないッスか?」

 しれっとベルは言った。

 眉毛をピクピク引きつらせなるユノ。

「……お仕事を終えた魔法少女にはね、特別にひとつだけお願いを叶えちゃうっていう特典つきなのよ? いいでしょう?」

「え! ほ、ホントですか? ホントになんでも?」

 ベルは身を乗り出して聞いた。

「な、なによ」ベルのくいつきに、ユノは大きく引いた。「いきりなり目を輝かせちゃって」

「紙幣とか金貨とか宝石とか! なんでもいいんですよねッ!」

 目の前に山と積まれた金銀財宝を妄想して、ベルの鼻息は荒くなった。

「金塊一年分とかでもいいんだ! さっすが神さま、気前がいいわぁ!」ベルは元気よく手を上げた。「やりまぁす! わたし、魔法少女やりまぁすッ!」

「え、あー、うん、そ、そうね~?」

 ユノの視線は不自然に宙を舞ったが。

「……ま! そういうことで!」

 いつの間にかユノはチアガール姿になって、ボンボンを振り回しながら踊っている。

「GOGO! 魔法少女ベルちゃん! 地球~防衛~少女~ベルちゃ~ん!」

「あ、でも、もちろん日給は別手当てですよねッ?」

 ベルは指折りで計算した。

「首都の平均時給が、え~っと……」

「まぁ、そこらへんはお付の天使にでも……」

「あ! あと、道中の移動費とかっ、保険代とかはもちろんそっち持ちですよねっ?」

「……」

「あとはさっきの縄で内出血した分の治療費を――」

「もうっ、早く行きなさいっての!」

 ベルはソージキとともに、神殿の外へと放り出された。

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