第4章 世界は廻る
絶望していた轆轤を救ったのは、魔法使いという存在だった。だから彼は魔法を我が物にするために、物語を、回す。
第4章 世界は廻る
彼は無知な人間であった。
いや、もちろん彼ではない人間から見ればもちろん彼は優秀で、無知というレッテルを貼ることなんてできないはずだ。そして、知らなくても咎めることのできる人間なんていないだろう。もちろんだ。
しかし彼は、知らなかった。
絶対的な何かが存在することを、知らなかった。
もしも、もしも彼がそれを知っていたら、少なくとも結末は変わっていただろう。
力関係が変わったりはしないが。
それでも、彼は自分の考え方を変更して――逃げることができたのに。
これからのこと、すべてを諦めて。
自らでこれからを作っていく。その決断が、できたかもしれないのに。
落ちこぼれは、落ちこぼれとして開き直ることができたかもしれないのに。
それができないのが轆轤であったのだ。どこまでも負けず嫌いで、諦めの悪い人間だったのだ。じぶんのやりたいことをやり遂げられないのが一番嫌な人間だった。
だから一番悪いのは何だったかといえば、彼のその性格だっただろう。
彼を取り巻く環境もそうだが、彼も――いや、彼こそ、すべての元凶だったのだ。
「…………」
立っているのは、弓のほうであった。無傷なのは先ほどと変わらない。
「…………」
床に座り、壁に体重を預けているのは、轆轤だった。
血まみれの傷だらけ。
仙道をもってすればすぐに治療ができる――はずだが、今はそれもできなかった。
「……本当に、何も分かってなかったみたいね」
弓は言う。
「あのときもそうだったね。朝まで夜通しゲームして。どうして負けるのか、それも考えようとしない。だから……今も、こうして負けてるってこと」
考えてない?
それは真逆だ。考えに考えた。修行中、考えていたのはそのことだけだった。どうして負けたのか? 負ける要因はどこにあったのか? 考えに考えて――そして、仙道という戦闘の中で絶対的な力を誇るであろう物を手に入れた。そしてこうして、戦ったのだ。
思考の果ての結論だった。
「そもそも、敵対しない。そうして生存の確率を上げる。勝つ確率がゼロならば、はっきりと割り切って――自分は絶対に勝てないって。そこからだよ。本当に思考するところは。自分は絶対に勝てない姉に対して、どのような行動を取るべきか? ……考えるところが違うんだよね。はっきり言って、あんたの目指した方向は。無謀というか……いや、考え足らずだね。もうちょっと良く考えようよ」
運も。
実力も。
当然も。
何もかもを凌駕し、そして勝利する姉。
その性質。
「…………」
なんだよそれ、と轆轤は思う。死に掛けてはいるが、思考はしっかりしていた。
「あんた、仙道使ったでしょ?」
「…………」
ばれてたか、と思う。
……待て、なぜばれた? 仙道なんてものを弓が知っているはずがないと踏んで、この力を身につけたのに。どうして仙道なんて言葉を口にできる?
「はっ……そういう風に肉体を無理矢理改造するのは仙道くらいだし、あんたの力を踏まえると、まあかなり相性はいいと言えるね。その力を選べたのは幸運だったね」
何だ?
何の話だ?
一体弓は――何を知っている?
「何を知っているかって顔ね……そりゃあ知ってるわよ」
弓はこちらの思考を読んで言う。
「まあほかにも占星術とか神話の力とか、コズミックパワーを使った、オカルトじみた力を使っても変わりはしないけどね……いや変わるか。もっと無残に負けるはずだしね」
占星術? 神話?
まるでそんなものが実在しているような言い草だ。そんなもの存在してたまるか。
魔法なんて、あってたまるか。
「あるよ」
弓は当然のように言った。りんごが木から落ちるかといわれてそれに答えるように。難しいことなど何もないように。
「魔法……まあ、轆轤が身につけるとしたらそれが二番目に厄介かな。でもそれだって関係ない。私が勝つことには何も変わりはない」
魔法。
この時点で轆轤は知らないが、とても恐ろしい力である。
魔界なんてところに人間を送り、殺すことができる。
そうでなくとも物質を操り肉体を壊滅させる。
世界の要素である時間と空間を超越する不気味なほど不可思議で。
世界を変える力が。
魔法である。
「というよりも、何を使ってきても私に敵いはしない。私には分かりきっていること。なにもかもが。あんたはそれでも私に挑む……はっきり言うわ。面白いわよ、それ。退屈させてくれない……ああ、まあ退屈なことに変わりはないんだけどね」
仙道と戦うことが、退屈。
人間の反応速度をいとも簡単に越えて、ありえないほどのエネルギーを身体内で生み出し、決して疲労しない筋肉を身にまとう。人間の思考を読み取り、脳の構造、内部さえ変化させてしまう力。
それが仙道。
なのに、それと戦うのが退屈。
考えられる可能性は――
「私は」
彼女は。
魔法使いでもあり、仙道使いでもある。
「誰かができることなら、何でもできる。この世界に存在する『方法』なら、なんでもできる。私はそれを――生まれたときから理解していた」
――その二つだけではなかった。
すべて。
本当の全ての力。
「これで、なんでも説明つくでしょ。『自分』の全てを支配する――轆轤」
彼女は。
世界の全ての『方法』を知る。
「それが、平等家――あんたはそれに気づけなかった。それが――弱すぎた。だから、頭首になれなかった」
それだけ、と彼女は言った。
平等家は現実影響系の能力を使う家系である。現実世界からの影響を受け、またこちらから現実世界に影響を与えることができる。現実世界で行き散る私たちにとってそれ以上の恐ろしいことはないだろう。
人宮と星宮は、それと相対する家系――といっても、それほど違いがあるわけでもない。現実影響系の能力。それを自らの肉体に宿すか、物に宿すかという違いだ。
元は一緒だ。
平等は生まれた瞬間から何の能力かは決まってしまい、それをどう使うかが摸tめられる。人宮、星宮は今はもう力を失い、というのも仙道を作り上げた時点でその血はかなり薄れてしまったのだ。仙道を使うか――もしくはほかの事をするか。元来的には何も特殊な力を持つことができない。
平等と人宮、星宮の戦いは終わっているというのはそういう意味である。
もう完全に決着がついてしまっている。
さらに言えば、平等家も衰退激しい家系だったのだ。
平等篳篥、平等弓、そして平等轆轤。この3人しか、この時点では生き残ってはいなかったのである。現実世界に、あってないようなものである。
平等篳篥。周囲に転がる『偶然』をつなぎ合わせる能力。
平等弓。この世界にあるすべての『方法』を知る能力。
平等轆轤。『自分』をすべて支配する能力。
有効範囲、そしてそれへの深さ。それぞれが少しずつ違う。
しかしこの中で最強なのは――いや、単純に大小比較をすることなんて出来やしないのだが――弓であることは明白であろう。テストでは確実に満点を取り、自己管理、他己管理がともに可能。それが世界に存在しているのだから、それは可能なのだ。
物理学の最先端を理解し、それから考えることができる。
仙道だって知っている。それをどのくらい操れるのか――は、轆轤にはかなわないかもしれないが。
魔法すら既知のことである。秘密にしようと『A』は『魔法行』というものも作り上げたものの、それで完全に隠せているわけではなかったのだ。
魔法はチート、仙道はチート?
とんでもない。それを上回るチートなんていくらでも存在する。あまりにも強大な超常的なことは、人間の目からはどれも同じように見えてしまう――ということもあるだろうが。
そこには決定的な差があった。
上位の力は下位を圧倒し、下位はどこまでいっても上位にかなうことはできない……の、だろうか。
そうだとしたら――轆轤は、ここで絶を味わい、そして永遠に立ち直れないことを思い知る。
仙道使いに勝つのがどれほど大変か。
それを軽々と成し遂げてしまった弓――もう、彼女には無様にひれ伏すしか、ないのだろうか。
「ようこそ――ゲームオーバーザワールドへ」
ビル街。のように見える。人の気配はまるでせず、自己の気配も感じられない。
つまり夢だ。
「あなたはここから出られない。ずっとそのまま、あなたはずっとここにいる。ずっと、ずっと。既に終わってしまった世界というゲームを、クリアできずに終わってしまった。そんな世界へ、ようこそ」
勝負に勝てず、これからの進展もなくなった私達。送られてくる世界としてはこれ以上ふさわしいものはいない。
あるのはただの、静寂と不気味な天からの声。
「あなたの永遠の場所は、ここ」
場所が変わる。どうやら工場のようだ。工場というにはどうやらビルの結構高い階に存在しているようだった。そこでは機械が動いているようだった。何を作っているのかはわからない。何のために稼動しているのかわからない。誰のために動作しているのか分からない。何の意図があって存在しているのかも分からない。
それを、じっと見つめる。
最終的にどうにもならなかった自分に似ている――と、思いながら。
「永遠に、誰のためにもなれず、自分のためにもならない――その苦しみ。苦しみ、苦しみへ……」
声は最初から低いトーンであり、どこか落ち込んだような感じだった。
……どうすればいいのか? 誰のためにもならないことを繰り返す苦しみに、どうやって耐えなければならないのか?
轆轤は、その短絡的な方法を知っている――夢ならば、それを実行に移せる。
轆轤は窓を見る。高い――この高さならば。
「永遠に……ここに……って、ちょっと!」
聞かない。窓に向かって駆け抜ける。窓ガラスに体当たりをする。予想以上にあっけなく破れて、体が重力に支配される。
飛び降り自殺。
後先を全く考えない、凄惨で、誰の助けも、労力も必要としない自殺方法だ。
仙道により魔法と暴走した負の感情を沈静化――
目が覚めると、そこには青髪の少女がいた。彼女は魔法使いだと語った。
これだ。
このチャンスを逃してはならない。
19歳、平等轆轤は、魔法使い『CPS』に出会った。
「……このように、平等は平等な不平等により、不平等な平等になるのです。ご清聴ありがとうございました」
パチパチパチパチ……。講堂から拍手がもれる。どれほどすばらしい発表だったのだろうか、それは非常に大きかったような感じがする。
演題は、『物理の全理論』。
演者は平等弓。若い物理学者であったが、新しい発想を次々提示して、停滞していた物理学業界を震撼、一気に頂上まで上り詰めた。そして今日、物理学のすべてを――説明し終わった。
研究自体、彼女の趣味だった。
彼女はもちろん物理学の最先端を知っていたし、効率の良い実験方法、思考実験の上手な方法、さらに妄想としてないがしろにされた理論も知っていた。だからこの講演も、言ってみればそれを断片的につなげたものだった。
簡単に言うが、簡単なはずはない。全世界70億人の思考内部に存在する『方法』を集結してやっと、その論文を発表したのだ。
拍手が大きくなるのも無理はない。
それでいて彼女は人格ができており、説明も上手、容姿も良し。非の打ち所のない人物だったため、全世界からの人気者であった。
「……ふぅ」
控え室に戻る途中、弓は少し下世話なことを考えていた。ここでハーレム――逆ハーレムを形成するように全世界に呼びかけたら、かなりの人物が私の方向を向くよなぁ、と。学会の著名人。有名人、また資産家資本家、石油王とかも求婚しに来るかもしれないなぁと。もうやりたいことやったし、肉体の快楽を楽しむのもまた一興かと考えていた。
控え室の扉を開ける。
そこには一人の男性がいた。
「へぇ。来てたんだ」
「よぉ、姉貴、久しぶり」
平等轆轤。だった。
「久しぶり、またやるの? 私的には今からビッチになって世界中の男を魅了しようかと思っているんだけど」
「はっ、なんじゃそりゃ。まあ姉貴にかかれば、そういうことも不可能じゃあないんだろうなぁ」
「ええ、説明したとおりよ。世界には思いもよらないほどのビッチもいるのよね」
「でもまぁ、質問に答えるとしたら、ああ、また来たぜ。さあ、やろうか。もう一度、戦いを」
「へぇ、今度はどんな対策をしてきたのか、気になるね」
「まだ『方法』として確立していないから、わからないだろうけどな」
轆轤はにやけた顔で弓を見る。
弓はそれを聞いて、あからさまに嫌な顔をする。自分の知らない、方法。
「さあ行くぞ」
「来なさい」
「そっちじゃねえよ」
「?」
「さあ、行くぞ――濾過」
「ええ」
そして、控え室から人影が消えた。
その後、平等弓は行方不明となった。
この世界のすべての『方法』を知る。
それが最強のように見えるのは、私たちがこの世界に生きているからだ。もしも、この世界ではない場所ならば――その能力は、まったくと言っていいほど役に立たない。原理が異なる、システムが異なる世界で、そんな能力は意味を成さない。
平等轆轤、平等濾過――あのあと、そのまま魔界に行き――そこから、この講堂にやってきた。
すべてを終わらせるために。
濾過の刹那的な目的を果たし――そして、轆轤の長年の目的も果たすために。
中学生のときに弓と戦い、負ける。
高校生のときに仙道を用い戦い、負ける。
そして今回は――魔法の極限の力を使う。
彼は魔法のことを、ただの道具のようにしか考えていない。しかしその道具を用いて――異世界で、戦うことができる。濾過を神とした新世界で、戦うことができる。どこまでも、轆轤に有利な条件で。
しかし弓に勝率がないとも言い切れない。濾過の思考が、どこまで至るかが鍵となる。濾過の想像力が、どこまでこの世界と違うものになるか、それが鍵となる。この世界と同じ世界になってしまったら、弓の優位は揺るがないからだ。
物理学のすべてを、弓は知っているから。
この戦いは、記述できない。
どこまでもプレーンな世界というのは分からないし、そこからどのように戦闘が起こっているかを記述することなどできない。距離の定義が違うかもしれない。ものの定義が違うかもしれない。言葉なんてないかもしれない。そこからは、想像するしかない。
虚ろな、世界を。その世界の中で彼と彼女は戦い続けるだろう。それは轆轤の何よりの望みであり、唯一の目的であった。どこまでも目的に忠実に生き、そしてそれを自らの手で叶えた。
それが、彼のお話だ。
努力と、未知の――お話だ。
第4章・終
最終話・完
あとがき
よほどの天才で、よほどの能力を持っていない限り、人間はどこかで自分とは上の存在とは折り合いをつけるようになるはずです。それは例えば勉学であったり、金銭的なものであったり、はたまたとても下らないようなものであったりもします。まあそこで上を目指すことを、ある意味で諦めるというわけです。ただそれが悪いことなのかといえばもちろんそんなはずないわけでそんなことをやっていかないとストレスでもれなくうつ病になってしまいます。そんな何でもかんでもパーフェクトな人が、まあいないのではないのかもしれませんが大抵はそんなわけないのです。かくいう自分だって国語はまるでできないし古典は意味不明だしと理系満載で文系はからっきしな感じですもん。そんな中で物を書くというのだから、折り合いをつけれているのかつけれていないのか。まあ、それを曖昧にするという折り合いのつけ方もあるわけですが。
最終話『仙道使いの不平等』、いかがだったでしょうか。……とはいっても第三話で突然主人公だーと言われても「は?」というものが正直だったでしょう。しかし彼については最初から、この仙道使いというポジションを与えていました。その点でいけば、この虚魔法戦線で彼だけが人外だったというわけです。あいや、キメラさんがいましたが。そして一番、利益を得た人でもあります。戦争は、勝ったもん勝ちで、勝った側のストーリーなのです。……そういう意味で、彼が主人公です。
さて、次回こそ原点。メインキャラクターの彼女についての話です。あともう少しだけ、おつきあいくださいませ。