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最終話『仙道使いの不平等』  作者: 由条仁史
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第2章 嗤い飛ばされる平和

仙道という純粋すぎる科学の力。彼は人間をやめていく。ただ、1つの目的のためだけに。

 第2章 嗤い飛ばされる平和



 仙道。

 人間の力を最大限に発揮し、物理を駆使し、普段では考えられないほど膨大な力を使う方法。例えば筋肉を数十倍にしたり、はたまた自らをとてつもなく小さくしたり。物理的に不可能だと言われるような事をする。

 しかしそれは、物理的に可能なことしかしていない。

 不随意の部分を無理矢理随意にして、体を変形させ、そして超人的な技を使う。そこには魔法は介在しない。

 不可能なことはしていない。

 常識というルールに縛られなければ……あとは物理というルールしかない。


 この物語とは関係ないが、さらに魔法という枠組みがあれば……




「…………」

 轆轤は喋らない。

 いや、喋れないのかもしれない。傍目にはそう見える。喋ることなんかできないだろう。普通の人間では不可能だ。口をあけるだけで恐ろしいことだ。目は開いている。ただ一点を見つめている。

 彼は呼吸をしていない。

 いや、できはしないだろう。その空間内で呼吸をできるような人間などいるはずもない。ただの人間ならば。

 彼は水中にいた。

 森の中の、滝壺の中。

 どどどどと上方から音がうるさいが、轆轤はそんな音にはもう慣れている。冷たい水の中。もちろんその温度にも轆轤は慣れている。

 かれこれ一週間もいるんだ。

 そりゃあ慣れるだろう。

「…………」

 誰か来た、と轆轤は感じる。

 水中の対流を感じ取る。一週間そこにいた経験から、その対流に違和感を抱いた。そこから物理的に導き出されるのは、誰かが近づいてきたということ。

 約、2キロ先だ。

 ……そう、感じ取れるということは、轆轤は生きているということだ。水中で一週間も過ごしているにもかかわらず、すなわち肺呼吸なんてできないはずなのに、生存している。

 彼はもう既に、あの本を熟読している。

 仙道の、使い方。どのようにすれば仙道が使えるのか、それを全て頭の中に入れている。

 だから、呼吸をせずに生存する方法も理解している。

 エラ呼吸なんてものではない。体内から光合成の要領で酸素を生み出す。光はどこからあるのか? それも体内だ。体内での核融合……筋肉を利用した圧縮。体内に人口太陽……恐ろしいことだ。そんな中で生きていられる人間なんて……いいや、もう散々言ってきたことだ。もう驚くまい。

 彼が人間離れした超人であることは、もう驚くに値しない。

 轆轤は滝壺から出る。座ったまま、飛び出すように滝を登る。

 体を疎水状態にして、その水気を飛ばす。服もひと払いで水気が飛ぶ。

 そして空中に浮く。

 周囲に民家や集落はないので、目立つことはない。

「……あれか」

 近づいてきた、当の人物を見る。

 黒い髪。肩よりも少し下まで伸びているが、どうやら男性のようだ。着物を着ている。紺色を基調としたもの。着慣れているという感じで、それに似合うほどの年齢もあった。大人で、老けている感じはないものの年季が入った感じはする。

「体重53キロ、身長172センチ……」

 轆轤にはそのくらいの情報もわかる。先ほどの感覚と合わせても、彼が近づいてきた人物であることは分かる。

 彼はどうやら、祠に向かっているようだ。

「へぇ……」

 どうやら、一応管理する人がいるにはいるらしい。その足取りに迷いがないことから分かる。あのぼろぼろな祠、それと反比例して綺麗な中の本。あれを知っている人も、いるにはいるというわけか。

 地面に降りる。祠の――真後ろに。

「よう」

 と、轆轤はその男に声をかけた。腕を祠にかける。

「すげえよなぁ、これ、本当によぉ」

 挨拶もなしに、轆轤は中身の話をする。

 男はそれを受けて、苦々しく笑いながら口を開く。

「……はは、まさか誰かに見つかってたとはね」

 やっぱり埋めておくべきだったか、と男は言う。空から人が降ってきたのにあまり驚いた様子はない。そんなことは想定内だと言う様に。それともこの一瞬で思考し終わったのだろうか?

 そして、男は言う。

「突然だが」

 そう言った瞬間、男の腕が伸びていた。ただ真っすぐにしただけというのではなく、そのままの意味で、腕が一メートル以上伸びていて、そしてそれは轆轤の胸を貫いていた。

「殺させてもらう」




 ……もちろん、轆轤がこの程度で死ぬはずはない。

 だから胸を刺されたところでその冷静さを欠くはずはないし、そして相手の首根っこを掴む事だって簡単だった。祠は轆轤の血で汚れてしまった。

「おいおい、名前も聞かないでいきなり殺しにかかるとか、失礼この上ねぇんじゃねえのかぁ?」

 肺は貫かれているはずだが、轆轤が言葉を発するのに何の障害にもなりはしない。

「……よくも、うちの祠を汚してくれましたね」

「かははっ、てめえが言えることかよ」

 血にまみれた二人。軽口を叩きながら戦っていた。

「俺の名前は……ああいい、お前から名乗れ。いきなり攻撃してきたお前が悪いんだ」

「ああ、そうだな……俺は人宮(じゅん)だ。この祠を守る……仙道使いだ」

「守る? はっ、あけすけだったぜ? どうぞ自由にお取りくださいって感じだぜ。ひとの目に付くようなところにこんな物騒なもん置いておくなよ」

 そう言って、轆轤は思考する。

 人宮……そうだ。確か平等家と戦ったところだったはずだ。どうしてこんなところに昔の宿敵が? いや、そう考えるのは早計だ。戦っていたのは昔の話、今は何も関係ない。

 いいや違う。関係ないはずがない。この仙道というものを操っているこいつが、ただの無関係なわけがない。

 この祠と、本のことを知っていた。となると、人宮家は代々仙道使いの家系で、それとうちは戦ってきたってことか。そういうことだ。

 ……となると、これを見つけた俺が、平等家の人間だったって事が唯一の偶然か。

「俺の名前は、」

「平等轆轤……ははは、平等家ってわけか……」

 名乗る前に名前を知られた。少し動揺する。ああ、なるほど脳内を読んだのか。それなら納得できる。

「平等家……うちを壊滅に追い込んだだけでなく、仙道までも奪いにくるか……はは。ここまで侵食してきたか……浸食、ああそうだな。いいだろう。それが自然の摂理ならな……」

「……?」

 わけの分からないことを言い出した。

「だが、お前は殺さなくてはならない……死ねィ!」

「は?」




 殺しにかかってきたので、殺した。

 それだけだ……。この人宮淳とやらに、特に思い入れはないし、それに宿敵というなら殺しておいて悪いことはあるまい。

「脳内、ねぇ……」

 一人で仙道の修行をしていたので、他人の脳を覗くなんて事はしたことがなかった。だからあそこで少し動揺したのだ。

 殺人に対する動揺は、ない。

 いつかやると想定していたからだ。

 それはともかく。

「興味はあるからな……」

 死んだ淳とやらの額に触れる。初めてだから成功するかは分からないが……試してみよう。集中力を高めるために目を瞑る。

 手のひらから微弱な電流を流す。手のひらから微弱な電流を感知する。

「家族構成……娘、めぐみ、友達……星宮かなえか……へぇ、星宮がこんなところにも……」

 人宮と星宮。どうやら交流があったらしい。

 いったい、どういった宿縁なのだろうか? 一体何が、どういった敵対関係なのか?

 詳しいことを調べてみよう。死体に聞けるってのは、すごく便利な技能だ――仙道は。

「……はぁん?」

 しかし、轆轤は違和感に気づいた。他人の脳を覗くのは初めてだが、だからこそ気づけた違和感だ。

 平等家との戦いについて、また仙道についての情報が、ない。淳とやらの脳内には、その記憶がない。ぽっかりと、穴が開いている。その部分だけ。

 人宮めぐみ、星宮かなえ。この二人についても、姿以外の記憶が存在しない。所属する小学校――そのくらい幼く見える――の情報も無し。

「……記憶、消去か」

 なるほど、仙道使いか。他人の情報を見れるんだったら、そのくらいできないわけないか。そして、その情報を消したということは、どうしても消したかったということ。あの一瞬で死期を察し、その大事な情報を隠したのだ。

 ……おそらく、仙道についてのことだろう。その二人にも、仙道を教えている、ということか……?

「……はは」

 どうだっていいか。

 だってねぇ?

 こいつの仙道。

 こいつのポテンシャル。

 数秒しか使えないんだぜ?

 たった数秒間しか、超人でいられない。

 その程度の仙道なら、俺のほうが強い。

 きっとまじめにやってなかったんだろう。この現代社会で、必要のない能力だからって。

「ははははははは……!!」

 人を殺した高揚感なんてものはない。

 だけれど、笑わずにはいられなかった。

 この仙道というものを知った瞬間からそう思っていた。



 この力なら、姉を倒せる。

 この力なら、弓を殺せる。



                   第2章・終

                   第3章へ続く

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