Epilogue
新生活を始めて一ヶ月。
遅い梅雨明け後、初の晴れた暑い日曜日。ゆずなは、久しぶりに訪れた母親の墓石前で、じっとしばらくの間、両手を合わせ続けた。
一月ほど、謎の人の追跡は休止していたのだが、また再開をしようか。ゆずなは苦笑した。どうやら、真斗でないことはあの日、本人から確認ができたため、分からぬままである。
以来、連絡さえもしてはいないのだけれど。
あれほど、毎日一緒にいたはずなのに、不思議に無責任に薄れ行く、日常生活。
「……お母さんのバカ」
愚痴を溢したくなって、腕を組む。
「お前、死人にバカとか言うなよ」
ものすごい勢いで、振り返った。
「羽部……何で?」
羽部にも、会ってはいない。
一度、報告も兼ねて架けた番号は不使用のアナウンス。
「今日、仙台行くから。最後に挨拶でもと」
「私はされてない」
「しねえよ」
「どうして?」
「襲っちゃうから」
「……は」
「冗談」
羽部は手ぶらで墓石の前に立つと、手を合わせて静かに追悼をした。どこかすっきりとした面差しの羽部を観察し、ゆずなは電話で話そうとした内容を伝えようと、口を開く。
「羽部」
「いい、真斗から聞いてる。一人暮らし。頑張れよ」
遮られた言葉。でも、伝わっていた。
「羽部もね」
ゆずなは、立ち去ろうとする羽部を名残惜しんで、思いきって声をかけた。
「……ねえ、連絡先」
「真斗に聞け」
「え?」
羽部は空を見上げて、少し大きすぎる声で言った。
「……真斗と二人で遊びに来いよ。三人で遊ぼうぜ!ああ、そうなると美佳も来んのか」
だから、早く友情を育めと羽部は笑う。
「待っててくれるの?」
「当然。友人ですから?」
ゆずなはふわりと微笑んだ。
羽部に抱かれて、起きた朝。妙にすっきりとした頭で考えた。
真斗と母親と羽部のこと。
無理やり落ち着かせて、畔道を一人で散歩してから帰ったあの日。
やっぱり、上手く接することが出来るだろうかと玄関前で躊躇して。長いこと扉の前で突っ立っていたのだが。
とりあえず、開けた扉の先にいた羽部の顔を見て、驚いて、安堵した。
「……ありがとう」
「おう。んじゃあ、行くわ。……元気で」
至極簡潔に、手を上げて行ってしまう。
ゆずなは遠ざかる後ろ姿を見送り、視界の端に入れ違いにやって来たいつかの老婆を見つける。
「……うわ」
(ヤダ、嬉しいっ)
すれ違い様にあの二人が、会釈をしただけ。
それでも、分かってしまった。
涙で視界が霞む。
飲み込むように空を見上げれば、真っ白な細い雲が、長く、飛んでいる。
「あら、お嬢さん。こんにちは」
「こんにちは……あのっ!」
ゆずなは抱き締めた花束を、めい一杯に頬に押し当てた。
「お会いできたのね」
「はい。やっと……!!」
仰いだ空には、雲が飛ぶ。空模様に合わせて、彼らは漂う。
行き先は未知な道。
風まかせ。
手を伸ばす。
その先には、愛しい思い出。
雲が飛ぶ。




