ルシフェル
「もう、ヴィニアさんったら。お客様に失礼でしょう?」
そういって猫の女性に注意すると、キャラメル色をした髪の女性はメモ帳とペンを手にもって日向達に近づいてくる。
「申し訳ございません。ヴィニアさんってば、いっつもああなんです。不快になってしまわれたでしょう?」
ウエイターさんは深々と頭を下げる。
「大丈夫ですよ、全然。」
ガブがそういうと、ウエイターさんはつぼみが開いた花のように、顔を輝かせる。
「本当ですか!? あっ、そうだ。ご注文をお聞きしますね。」
「パンとシチューを3つずつで。」
「かしこまりました。少々お待ちください。」
ウエイターさんはまた頭を下げると、厨房のほうに歩いていく。
「で、どういう事なんですの?」
ミーが日向の方をじーっと見つめる。
「あなたは見たところワルキューレのようだけど……。どこの国、大陸にも属していないようだ。しかも、その剣。七色虹彩刀を持っている。」
ガブは真剣な面持ちで日向の持っている剣を見つめる。
「よく分かんないんだけど、この剣ってそんなにレアなもの?」
日向が首をかしげると、ミーはテーブルを思い切りバンッ!っとたたく。
「レアなんてモノではありませんっ! 大天使だったころのルシフェルが、この国の創立者に託したと言われている、伝説の中の伝説の剣です。」
最後の方は、もうあきれられてしまっているのか、ミーは大きくため息をついた。
「あれ? ルシフェルって、大魔王の名前じゃなかった? イレーヌがそんな感じの名前をほざいてたけど。」
そういうと、今度はガブまでもが、ため息をついた。
「本当に何も知らないんだね。そうだよ、天使のルシフェルと魔王のルシフェルは同一人物だよ。天使だったころのあの人はね、とても素晴らしい人だったんだよ。とても。とても、ね……。」
どこか遠くを見るように、ガブはそう言う。
「あの人……というか天使はね、最も神に気にいられて、愛されていた天使だったんだよ。次の神になるのではないか、と噂されているほどにも能力もあった。要は完璧すぎる存在だったんだ。でも、突然何を思ったか、神に逆らい、神を倒し、自分自身が神になろうとした。まったく、呆れてしまうよ。」
ガブは、どこか悲しそうな表情をしていた。
「神も神だよ。全知全能な力を持った神のくせに、全てを悟り、この世の理をも理解する神が。その神が、ルシフェルの反逆に気づかなかったわけではない。しかも、神お墨付きの天使なんだからね。ま、ルシフェルは負けたよ。だって相手は神だもの。全知全能の神だもの。いくら大事にされていたからと言って、勝てるわけがもない。神の怒りをかったルシフェルは即堕天さ。美しい純白の翼は、剥ぎ取られ。地位も、名誉も。すべて、すべてをあの人から奪っていって堕天させられてしまったよ。まったく、神も残酷なことをするものだね。今考えると、神は本当にルシフェルを愛していたのか、疑いたくなってしまうよ。」
そう最後まで言い切ると、ガブはもう一度ため息をついた。
「ふぅーん。」
そんな天使たちの事情には興味がないのか、生返事をしてから、日向は今来たばかりのシチューに、パンをつけて食べ始める。
「あ、おいしい。」
「興味なさそうですね。ここの世界の人間名のならば、だれもが胸を動かされてしまうお話ですのに。」
ミーもそういいながら、パンをシチューにつけて食べる。
「まぁ、あたし個々の世界の人間じゃないもの。」
そんな嫌味も、彼女はその一言で切り捨てる。
「ルシフェルが剣を創立者に授けたのは、その戦いよりも少し前くらいかな。あまり僕はここの歴史を知らないからね。僕はいつも静観していたから。」
ガブは二人の食欲のすごさを見て、優しく微笑んだ。
「僕たちは、話せる事は話したよ。まぁ、秘密にしなければいけないことは話せていないけれどね。だから、君も話せることだけでいいよ。」
「急にそう言われてもな……。」
日向は何を話そうか考える。
「あたしがここの世界のものではないって分かってる?」
声を潜めて聞くと、二人は同時にうなずく。