二人の子ども
「わわわわわっ!! にーさま、にーさまっ!! 目の前に人がいます!! このまま行くとぶつかっちゃう、ぶつかっちゃいます!!」
「ほんとだ!! どうしよう、ミー。ぶつかっちゃうよ!このままじゃ追手から逃れられないよ!」
日向は二人の子どもがこっちに向かって走ってくるのに気がつくと、サッと横に避けた。
しかし、ぶつからない様に横に避けたのに、二人は恨めしそうな目で日向を睨み付けてくる。
しかも、ミーと呼ばれた少女は泣きそうな表情をしていた。
「どうして、どうしてですかっ!!」
ミーは特徴のあるしゃべり方で叫ぶ。
「何でですか!? 何で避けちゃったんですか!? そーいうのはワザとぶつかるものですよ!!」
ミーに着いている、小柄でひょろっとした少年も、顔を真っ赤にして叫ぶ。
「そういうのはですね、ワザとぶつかって、『君たち大丈夫? 誰かに追われているのね? 大丈夫、安心して? 正義のワルキューレであるおねーさんが助けてあげるから!』みたいな感じで、助けてあげるってものが、筋なんじゃないんですか?」
少年はファンタジー小説でありそうな、ベタなセリフを思いっきり棒読みで言った。
「なんで? なんでぶつからないように避けてあげたのに、キレられなきゃならないの!? 何でそんなよくある在り来たりのファンタジー小説のような事あたしがしなきゃならないの?」
「私たちは、こういう事、こういう事をっ! たっくさん、たっくさーんっ、して欲しい年頃なんです!」
顔を真っ赤にして、ミーまでもが叫ぶ。
「知らないし、そんなこと!」
そこで、日向はある事を思い出す。
「あんた達、誰かに追われてるんでしょう?」
そうきくと、二人は頭を縦に振る。
「だったら、こんな言い合いする前に、逃げたらどうなの? 追いつかれちゃうんじゃないの?」
当たり前の事を日向がさらりと言うと、二人の表情が凍りつく。
「そ、そそそそそ、その手があり、ありましたねっ!」
顔を引きつらせたまま、ミーはこの状況でも独特の喋り方をする。
「と、とにかく、逃げよう、ミー!」
「そうはいかなくってよ、おちびちゃん達?」
その場に、つとてつもなく冷たい声が響く。
声がした方を三人が向くと、そこにはサラサラの金髪で、真黒いドレスをまとった女性がたっていた。
そして、日向と同じように、彼女も腰に長い剣を帯刀している。
声こそは冷たかったものの、美しいライトグリーンの瞳は、野心でギラギラと輝いている。
ミーたちが恐れ慄いた表情を見せると、彼女は残酷な笑みを浮かべた。
「一般人は今すぐ此処から立ち去った方がよくってよ?……と思ったけど、どうやらあなた、ワルキューレのようね。」
また『ワルキューレ』という言葉を聞いて、日向はため息をついた。
「どうやら、本当にワルキューレになったみたいだ。あんたは?」
一瞬日向の言ったことが分からないようだったが、すぐに表情を戻す。
「私は、イレーヌ。偉大なる魔王、ルシフェル様の忠実なるシモベよ。貴方は?」
「あたしは、ニートの日向。パートナーみたいな存在の、ミィ。」
それを聞くと、つまらなさそうにイレーヌは鼻を鳴らす。
「ふぅん、ニート・ヒナタにパートナーのミィねぇ……。ワルキューレのパートナーにしては、ずいぶん弱そうねぇ。」
バカにされている事が分かったのか、ミィはフシャァ!と唸り声を上げる。
「吠えてらっしゃい」
「名前、間違えてるよ……?」
日向は突っ込むが、イレーヌの視線は、二人の子供たちに向いていた。
「やっと見つけた、おちびちゃん達。セフィラ……イェソドとティファレトの居場所を教えてくれないかしら?」
優しく微笑んで、イレーヌは問いかけるが、二人は彼女を睨みつけたまま、微動だにしない。
「それを教えてくれるだけで、あなた達と、その仲間の安全は確保するわ。絶対に。」
「絶対に、絶対にっ! あの子たちを渡したりしないし、居場所を教えたりしないもんっ!」
「そうだよ! 君たちのやろうとしている事は、神の教えに反することなんだ!」
「神の教えに反する? あははっ、私たちは大魔王を慕い、着き従う者たち。ようするに、悪魔なのよ。悪魔が神の教えに反する事の、何がおかしいのかしら。」
ミーたちは叫ぶが、イレーヌは忌々しそうに吐き捨てる。
「そう、言っても分かってくれないのね。なら、いいわ。」
そう言って、腰にある剣の鞘を抜く。
「いいわ、とってもいいじゃない!貴方達二人の魂を抜き出せばいいんだもの。しかも、おまけにワルキューレまでついて……。ルシフェル様もきっとお喜びに為られる事でしょうねぇ。」
イレーヌの出した剣は、日向のとは違い、全てが真っ黒に染まった暗黒の剣だった。
「この黒闇剣のチカラ、たっぷりと見せてあげる! その体でとことん味わうといいわ!」
狂ったような笑みを浮かべて、イレーヌは叫ぶ。
イレーヌと言う悪魔から逃れるためなのか、さっきまでの騒がしかった町には、もう誰もいなかった。