ep003 言葉通じぬ迷子
途中稿
突然現れた”でっかいわんこ”に唖然としていると、彼女の視線を感じた。好意というよりは残念なものを見るような視線が俺に遠慮なく刺さっている。
なんだこの痛い展開は?
そんなことを考えていると彼女の視線がわんこへと移っていた。俺を見るときとは違って真剣な視線だった。一瞬俺の方を見てから悲壮感漂う視線に変わっていった。
武術なんてのには体育の授業でしかやっていない俺でもわかるような場違いな雰囲気が漂っている。でもなんで俺を見て悲壮感漂わせるんですか?
冷静になって見てみるとゲームとかで魔術師が杖をモンスターに向けて魔法を打ち込んでいるようなシーンに見えてくる。
まあ、魔法なんてあるわけないんだけど。
彼女は下唇を噛みしめながら顔色は蒼白になっていく。それとは逆にわんこの鼻先には白く波打つ霧のようなものが現れている。
徐々に霧の白さが増していくと、わんこの足下にあった光の輪に亀裂が入り始める。
霧が大きく波打ったかと思うとガラスが割れるような音と激しい光が周囲を包んだ。
その場には倒れ込んだ少女だけが残っていた。
うーん 状況は全く理解していないんだけど、このまま放っておく訳にもいかないよな。
ひとまず一番近い俺んちへ運ぶか。何てったって門の前だし。
「ただいまー」
恐る恐るドアを開ける。
洗濯物をもったお袋と鉢合わせする。
「あれ? ナオ、忘れ物?・・・!」
「いや、忘れ物というか拾いものというか・・・」
お袋がおもちゃを見つけた子供のような笑みを顔に貼り付けていく。
「へー『そういう趣味』なんだ。母さん何もいわないけど、程々にしなさいね。彼女が居るならちゃんと紹介してくれればいいのに。」
「いや、彼女じゃないし。」
「てれなくてもいいのにー。で?名前なんての? どこまで進んでるの?
いやーん この歳で『おばあちゃん』なんてどうしよう。etc...」
エンドレスな妄想世界へ旅立ちそうなお袋をなんとか引っ張り戻して、亡き親父が使っていた部屋へ彼女を運んだ。
コスプレ衣装にしてはしっかり作り込まれている鎧を外していく。装飾品ってよりは実用品だよなー。鎧の下は何故か麻の服だったし。
彼女をベッドに寝かせてお袋と居間に移動する。
「で?あのお嬢さんは誰なの?」
「うーん 誰なんだろ?俺が聞きたい。」
「知り合いじゃないの?」
「さっきアスファルトから生えてきた。」
「え?」
お袋の視線がかわいそうな我が子を見る視線に変わってきた。・・・額に手を当てて熱を測られても、熱にうなされてる訳じゃないから。
「言っても信じないと思うけど、今朝からニュースでやっているような光の輪から出てきたんだって。」
光の輪から何か出てきたなんてことはニュースでは言ってなかったはず。まして人が出てきたなんて言ったら、マスコミが放っておくわけがない。
ネットで色々な情報を検索してみるけど、そういった書き込みはない。
「ちょっと様子見てくる。」
部屋の前でノックをすると声が聞こえてきた。
『どうぞ。』
改めて聞いた声は鈴の音のような澄んだ声だ。
ゆっくりとドアを開けて中を確認する。ベッドに横たわったままだけど、こちらを見ている。
「お? おきてるな。」
「おふくろー 目が覚めたみたいだぞ!」
「同じ家にいるのに叫ばないの!」
言った直後に後頭部を小突かれた。
お袋が室内に入ると唐突にお腹の虫が鳴る音が聞こえた。
顔を真っ赤にしている女性と目が合う。
「ぷっ」
思わず吹き出してしまった。苦笑いを浮かべるお袋。
音源となった女性は布団の中に潜り込み、批難の籠もった視線をこちらに向けている。
悪気はないんだけどなー。
「何か持って来るわね。」
お袋は台所へと出て行ってしまう。
謝ろうにもフォローをしようにも言葉は通じないようで、気まずい時間が過ぎていく。
少しするとお盆にインスタントのコーンポタージュとアンパンをのせたお袋が戻ってきた。
部屋に入る時に洗濯物干しを頼まれた。
女性同士の方が何かと気を遣わなくていいだろうし、了承して部屋を出た。