ep002 異世界(地球)の生活
私達の生活を異世界の人が見たら?
状況は何も変わっていないものの、歳の近い同性に出会えた事で緊張の糸が少し緩んだ。
グーーーー!
(何でこのタイミングで鳴るのよ―!)
まっ先に主張を始めた私のお腹。
全身が熱くなる。真っ赤になっている自分の顔が容易に想像出来た。
『ぷっ!』
彼に笑われ、さらに顔が熱くなる。起き上がろうと努力して下げていた布団を顔の下半分まで引き上げて目だけで見上げている。
『何か持って来るわね』
彼女は何か言って笑顔で出て行ってしまった。
部屋に残る私と彼。
少しして彼女が戻ってくる。手にするお盆にはパンと湯気が立つスープがのっていた。
彼女と入れ替わりに彼が部屋を出ていった。出るときに彼女と何か話していた。
彼女に寄り添われる形で体を起こし、ベッドに起きあがる。少し体が軽くなってきた感じがする。
『食べれるかしら?』
手のひらで食事を指し示される。いい匂いがする。
ひざの上に置かれたお盆にはこんがり焼かれたパンと薄い黄色のスープが乗せられている。
精霊への感謝の祈りをしてスープをーロ飲んでみる。ポタージュかな?味は塩味ベースだけど、味が豊かだ。舌ざわりがよく、手間をかけて作られた料理に思える。こんな屋敷に住んで居るなら、料理人を雇っていて当然だろう。
スープの味の中に異和感をおぼえた。塩や食材では絶対に出せない味。
おそらくは胡椒の味。
胡椒は他国との交易品でごく少量で金貨1枚になることもある超高級品という知識は持っている。招待されたパーティーで何度か胡椒を使った料理に出会っている。
そして金貨一枚というと贅沢をしなければ庶民が一年は暮らす事が出来る金額だ。宮廷や裕福な貴族でも無ければ普段の料理に胡椒を使う事なんてなかった。
ましてやポタージュのような庶民の料理にを胡椒で味付けするなんて信じられない。どんだけ高価なポタージュだ?
※袋を破ってお湯を注ぐだけです(作者)
混乱する思考を棚上げしてパンに手を伸ばす。
パンを口に運んだ私は、パンの食感と中にあった黒いものの甘さに驚いた。。
(なにこれ?)
パンは柔らかくしっとりしている。表面はこんがりしているのに焦げているわけではない。
この1個を食卓に供する為に、この館のパン職人はいったい何個焼いているのだろう?
中に入っている黒い粘土状のものはとても甘いのにしつこくなく、上品ささえ感じられる。
私にとってはさっきから分不相応な品をロにしている感じしかしていない。
※”あんぱん“と日本で呼ばれています(作者)
私は考えることを一時止めることにした。こんな状況いくら考えても答えなんか出るわけがない。
もくもくと食事をする私。
そんな私を見て彼女はずっと笑顔のまま。
「ありがとうございます。落ち着きました。」
通じないとわかっている感謝の言葉を述べ、頭を下げる。
食事が終わり、食器を下げると二人が戻ってきた。
話しかけてきたのは彼。
『ちょっといいか? あー!言葉がわからないってどうすんだよ?』
しばらくの沈黙。
彼は自分の顔を指さす。
『ナオ!』
次に彼女の顔を指さし、さらにゆっくりと
『サチホ!』
同じ動作が繰り返される。二人が意図するのはおそらくそれぞれの名前ではなかろうか?
私はそれぞれ指さしながら、
「ナオ?」「サチホ?」
頷きながら肯定するような動作をする二人。
二人から私が指さされた。
少し考えて私は愛称を答える。
もちろん自分の顔を指し示しながら。
「ティア!」
『ティアちゃんね。よろしく。』
名前のところだけはわかるようになった。言葉が全く通じなかった状況から見れば格段の進展といえる。それだけといえばそれだけなのだが。
それから、手近にあったものを片っ端から指さして名前を覚えた。覚えないと意志疎通が出来ない。
お盆、お皿、椅子、ベッドetc...
どれくらい時間が経っただろう。どう伝えたらいいのかわからない事態が迫ってきた。
私としては絶対に伝えなければならない緊急事態である。
「おトイレに行きたい」
通じるわけがないとわかっていても言葉にしなければいけなかった。
「サチホ・・・」
うつむいてお腹を抑える。冷や汗が出ているのがわかる。
サチホが気付いてくれたようで、手招きをしてくれる。
部屋から廊下に出ると部屋と同じ白く明るい壁になっている。意外だったのは部屋の前に護衛(私の監視)の人がいなかったこと。
不用心だと思いつつトイレの入口らしい場所に案内される。中を見るとお座りするスタイルのようだ。上流階級の屋敷ならこういった物があると聞いている。
目の前にある小部屋は綺麗だ。本当にここってトイレなのだろうか?汚れ一つ無く、臭いもない。むしろ花のにおいがしている。中を覗くと透き通った水が見えた。
私が知っているトイレと同じもののようなので用を済ませる。
汚物を毎回汲み取って綺麗にしているとしたら、私はとんでもない身分の人たちにかかわってるんじゃないかしら?
そんな事を考えながら目の前に備え付けられている真っ白な紙に目を止めた。用途はわかっている。でも白い紙はとても高価なのだ。高価なはずなのだけれど・・・頭上の棚には無造作に白い紙の筒が積まれている。ひと財産築けるほどの紙が目の前にあるのだ。しかもトイレの中に・・・。
外に出るとサチホが待っていてくれた。
私と入れ替わりに中に入り、中から私の名前が呼ばれた。
サチホの隣に並ぶと、サチホは取っ手の様な物を動かすと水が流れてトイレの中はキレイな状態に戻った。そこには澄んだ水が残っている。
え?今なにしたの?
浄化などの術や道具を使ったようには見えなかった。じゃあどうなったの?
無言になりベットのある部屋に戻る。
カーテンの外が暗くなりかけたころ、ナオが壁際に立っていった。燭台でも持ってくるのかと思っていた私の頭上に突然光が出現した。
悲鳴を上げて布団の中に逃げ込む私と、唖然とする二人。
私の知る灯りは蝋燭などの炎の明かりか、術で作られた魔力の明かりしかない。そのどちらも昼の様な明るさには程遠い。
では、今私の頭上を照らしている明かりは何なのだろう?
屋敷(?)の中で惜しげもなく使われる照明。何処も同じ様に明るく照らされ、夜であることを忘れてしまいそうになる。
ナオとサチホという二人は私の常識からかけ離れた生活を過ごしている。
貴族や商人と思っていたが考えを改めた方がよさそうだ。
賢者とかいった凄い人たちで、ここは伝説などに聞く”賢者の塔”なのではないだろうか?であれば一連の事も納得できる。
あるいは神に認められた”神官”で、神の奇跡を惜しげもなく行使しているとか?
頭の中で考えていたことが口に出ていることに気付き、顔が熱くなる。
でも、言葉が通じないんだからいいかと自分で納得してしまう。
そんな私をじっとみていたナオから言葉がかけられる。
『とりあえず、どこの国の言葉か判ればネットで翻訳出来んじゃね?』
『本棚に地図あったと思うけど。』
彼は後ろを向いて何かさがしている。しばらくして何かを私の目の前に持って来た。見た事のない本だった。色鮮やかでしっかりした作りのそれは、富を注ぎ込んで作らせた逸品に違いなかった。
ベットから上半身を起こすと背中にクッションを入れてくれた。慣れているのか何も言って無いのに楽な姿勢にしてくれる。
私は本を手にとる。タイトルは記号の様では読めない。
形をなぞると【世界地図】という記号。青くて丸い絵が画かれている。
本をひらくと色鮮やかな地形図と青い海があらわれた。その形は私が知っている大陸とほぼ同じ形。違うのは右端(東)にある上下に分かれた大陸と下端(南)にある白い大陸。これは何だろう?
本をめくって、私は手をとめ硬直する。
王都の有るべき場所が青く塗られている。そこには【日本海】という記号が見てとれた。