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鳥類たちの悲哀

たまにはこんな話でも

妖怪の山が色付きはじめて、見事な色彩を描いている。いよいよ私の森も変化を始め、仲間

や私も色とりどりの枝葉を木枯らしに揺らして終焉の前に己が心を満たしていた。

しかし、これから訪れるのは虚しき季節。されば、人妖たちの暖かさに更なる期待を寄せ、

私は紅葉の淡彩のうつろいゆく姿を眺め寂しさの到来を心していた。

つい最近まで日の沈みを人の生活サイクルとしても成り立つほどに明るい時間が続いていた

が、急に日照時間が縮こまった。妖怪たちの活動する時間も長くなり、人があまり来なく

なってきている。

生き残るために必要なこととはいえ、妖怪だけでは不満というわけではないが人間とも関わ

れる時間が少なくなるのは複雑な気持ちだ。

しかし、今日ばかりはそうとも言えないかもしれない。広場の中でも私をちょうどよく見上

げられるところに、木を組み上げてできた一台の屋台が着々と開店の準備をしているので

あった。

提灯に火が灯され、淡い光が私の幹を浮かび上がらせる。枝葉にもその光が辺り、心なしか

暗く塗りつぶされた空に影を映し出しているようにも思えて、これはこれでと私はひとりで

に満足していた。

屋台の店主は暖簾に明かり、椅子を整え、着替えを完了し、料理の下ごしらえを始めた。八

ツ目鰻、というものを大々的に売り出しているようで、特にそれに手間隙をかけているよう

だ。

八ツ目鰻というのは鰻と同一視されがちだが違うものであり、鰻が人と同じ顎口類であるの

に対して円口類と呼ばれ、生物的にも味覚的観点から見ても別物なのだ。見た目は非常にグ

ロテスクで見る人によっては嫌悪感を示すが、鳥目に効くと伝えられていて、古来より夜雀

に鳥目にされた者が食していたとされる。

この辺りに夜雀がいるという話は聞いたことがなかったが、いたとしてそれがどうのこうの

するわけでもない。むしろこういった夜店ができることによって、更なる交友の輪が広がる

ことになるのではないかと、私としても非常に楽しみなものでもある。

「よし、準備できた!」

店主である少女が屋台の影から姿を見せた。しかし彼女を私は見たことがある。よくルーミ

アやリグル、チルノたちと遊びに来ている鳥の妖怪によく似ていた。

「これでいつお客さんが来ても問題なしっと」

よく通る綺麗な声が私の肌に触れ、その感触で私は思い出した。彼女はミスティア・ローレ

ライ、先程話した夜雀だ。

しかし不思議なものだと私は思った。妖怪というのは基本その日暮らし、その日の腹が持て

ばそれ以外にはあまり興味を示さない。ある程度老齢になれば趣味を持つことはあれど商売

をするというのは初めて見た。もしかしたら形式上のものでそんなことはしないのかも知れ

なかったが、わざわざする必要もないのでことさら私は困惑した。

「人間目当てに竹林に行く道でチマチマやっててもいいけど、ここら辺で妖怪からガッポリ

もらうってのもありだよねー。ここは結構上の奴も来るみたいだし」

お金目当てであった。

「さすがに新天地でやるのは勇気がいるけど、この木なら私もよく知ってるし、安心だし。

というわけで使わせてもらいますね!」

儲け話は置いておくとして、ミスティアがこの広場を借用するのは一向に構わない。私は森

に近づくものがいればできるだけここに誘導しようと森に干渉する。

「チンチン♪」

食器の手入れをしているミスティアは、気分も乗ってきたようで歌を歌い始めた。本格的で

はないが、それにしては随分引き込まれる、不思議な音色だ。

それから少しもしないうちに、一陣の風が空を裂いて来るのを気づくことができた。これほ

どの速度が出るのは白黒の二人しかいない。魔法使いか、山の烏天狗かだ。

一瞬のうちに広場にたどり着き、土埃を巻き上げて着地し姿を見せたのは射命丸文という烏

天狗の方だった。しかし、普段見事に身嗜みを整えている白いシャツに黒いスカートという

らしい筒上の衣服、赤い頭巾と高下駄はまるで咄嗟に逃げ出してきたかのように乱れまくっ

ていた。以前私のところに取材をしに来たこともあり面識はあるが、その時は礼儀正しくも

ありながら計算高く、狡猾なイメージを私に抱かせていたが、今の彼女はそれと正反対だっ

た。

頭巾はずれ落ちそうになりボタンは上から数個が外れて肌が露になり、酒瓶を持ったままの

握りこぶしが強く握られ、おまけにうっすらと涙目になっていた。

「い、いらっしゃい射命丸文さん」

常ならざる文のあられもない姿にミスティアも目を疑っているようで、挨拶も詰まりながら

になってしまっている。

ずかずかと足を踏みしめ屋台に近づく文。

怯えているミスティアに構うことなく文はどっかりと椅子に座り、瓶の底を台に打ち付ける

と、きっとミスティアを睨んだ。

「ひぃ!」

たまらずミスティアが悲鳴を上げる。そして文が追い討ちをかけるように大きく口を開け

た。ミスティアはどんな罵詈雑言が来るのだろうか、いったい自分が何をしたのだろうかと

目を瞑り肩を竦め、文の怒声を待った。

「八ツ目鰻三本! 今日は飲みます!」

「ハ、ハイ! ……えっ?」

「私は客ですよ! 早くしてください!」

その口から発せられたのは罵声ではなく単なる注文だった。いささか語気が強すぎるように

私は思ったが、内容自体は普通のものだった。

俯く文を見て慌ててミスティアが八ツ目鰻を焼き始める。美味しそうな音と香りが広場に響

くが、文の隣の席にまたもや体重をかけて座る影が現れる。凄まじき気迫を発する文の姿に

呆然としていたから気づかなかったのだろう。だが、その影も私がよく知るもののであっ

た。鈴仙・優曇華院・イナバ、迷いの竹林内部に建てられた永遠亭に住む月の兎だ。

肩を怒らせ膝に拳骨を作り力一杯押さえつけている彼女もまたミスティアを親の仇のように

睨めあげて、台を思いっきり叩きつけた。食器がガチャリと耳障りな音をたてたが、幸い割

れた物はない。しかしミスティアは完全に参ってしまったようで、頭を手と腕で被い完全に

防御体制を作ってしまった。そんな彼女を気にするまでもなく鈴仙は怒鳴りあげた。

「私にもお願いするわ! あと徳利でお酒ちょうだい!」

「ヒ、ヒィ! ……え、あ、はいぃ……」

鈴仙もミスティアに半ば命令口調で頼むと、ミスティアは手を震わせながらも二人分の注文

を捌き始めた。ミスティアに同情を送らざるを得ないが、私にはどうすることもできないの

でただただ頑張れよとエールを送り続けることにした。

「で、あんたも抜け出してきたのね」

「そういうあなたもですよ」

お互い目付きの悪いまま上半身を向かい合わせて会話をし始めた。

「なんですか鶏肉パラダイスの宴会だなんて。兎鍋ならいざ知らず」

「鶏肉パーティーなら喜んで食べまくるのに兎肉までも巻き込まれるとは腹が立つわ本当

に」

ミスティアによって互いの品が用意されると二人同時に焼きたてで美味しそうな八ツ目鰻に

かじりついた。咀嚼する速度も飲み込むタイミングもほぼ同じだ。しかし会話は激しく対立

しているのだからなんとも噛み合っていない。

「あの腋巫女……博霊の巫女だからって調子乗ってたらただじゃおきませんよ全く」

「あの半人前ぇ……なにが『張り切って作りました!』よ。その笑顔に弾丸ぶちかましたい

わよ」

猪口の中身を一斉に飲み干す二人。テーブルに高い音をたてて置くタイミングリズムまで一

緒だ。いったい何時打ち合わせたのだろう、と私も突っ込みを入れたくなるほど息の合った

二人に、ミスティアも苦笑いを隠せない様子だ。

「ねえ鴉」

「なんですかアホ兎、文さんと呼びなさい」

「呼んで欲しかったら自分の方が気を使いなさいよこのバカ鳥」

飛び交う暴言の応酬に、それをそばで文句も言えずただ耐え続けているミスティアが気の毒

に思えてしょうがない。

「犬だったら大陸の方の人間も食べるみたいだし丸く収まらないかしら」

「なに寝ぼけたことぬかしてんだテメェ犬かわいいだろうが犬。猫にしやがれ」

「はっ倒すぞコンチクショウ猫を粗末にするなんて頭どうにかしてるんじゃない? あ、鳥頭

だからしょうがないか」

普段物腰の優しい文も酒と欲求不満のせいでまるで別人のようになってしまっている。鈴仙

もこの前の乙女のような姿が演技だったと言われた方がしっくりくるようになってしまって

いた。

「追加一本と鰻三尾」

ぶっきらぼうに言う文。

「私も」

「んあ? おいパクんなよ」

同じ注文をすることは特段不思議なことではないはずだが、なぜか突っかかる文。

「いちいち同じ内容繰り返すのも面倒ってわからないのかしらこのマスゴミは」

鈴仙も負けじと張り合うが、どう聞いても下らない。見ると、ミスティアの背中が震え始め

た。そろそろ限界らしい。

文が八ツ目鰻を差していた棒を指で弄って遊んでいると、鈴仙が親指と人差し指を立てて文

の方も見ずに彼女の側頭部につけた。何をするのかと思いきや、文が頭から椅子ごと吹っ飛

んだ。

「キャア!」

店主が悲鳴をあげるが、横倒しになった文は無言で立ち上がると、何事もなかったように椅

子を直し着席した。そして八ツ目鰻が来ていることを確認すると、口に加えそのまま食べ始

めてしまった。

鈴仙が徳利から酒を猪口にこぼれる寸前まで移し、器用にそれを飲み干すと、いきなり彼女

は顎を殴られたように後ろ頭を地面に叩きつけた。注視してみると、文が人差し指をたてて

いるだけで、他になにも変わったことはなかった。しかしながら状況証拠的には文が犯人だ

ろう。

鈴仙もまた気にしていない様子でもとに戻すと、二人は無言になり気まずくひたすらに重い

空気だけがしばらく続いてしまう。

ミスティアは目尻に涙をため、唇を噛み締めそれでもキレまいと努力していた。その姿は

痛々しく、とても見ていられないものだった。

どれくらいたっただろうか、鈴仙が不審な行動を取り始めた。取り皿のような小さく平らな

皿をなめ回すように見つめ始めたのだ。

文もまた湯飲みを手のひらで遊び始め一触即発、いつ戦争が起きてもおかしくない膠着状態

が生み出されている。

「うぅ……」

ミスティアが耐えきれず小さく嗚咽を漏らしたのを私は逃さなかった。

しかしそれを合図にしたように、二人はそれぞれの食器をお互いに投げつけた。

湯飲みと皿が激しくぶつかり両者ともが砕け散る。

破片は辺り一面に散乱するが、一つ大きな破片がミスティアを襲う。

しかしミスティアはまるで事前に知っていたように人差し指と中指に挟み大惨事を免れた。

睨み合いとうとう決闘を始めようとする文と鈴仙。

ついに戦いが始まってしまう――、

「えぇかげんにせんかぁぁぁいいいいいいいぃぃぃぃぃぃ!!」

その場を劈く激しい咆哮。それはミスティアから放たれたものだった。

二人はその勢いに負け数メートルも吹き飛ばされる。

「こんの酔っぱらいぃ! 騒ぐなら他所でやれ他所で! 私の店に迷惑かけんじゃねえよこの

ポンコツがぁ! これ以上うるせえと無縁塚におめえら埋めて墓作んぞ!! ……いいか畜生

共」

ミスティアの豹変に呆気にとられている酔っ払い二人。そんな態度に腹が据えかねたかミス

ティアはまたも声を荒げた。

「いいのかと聞いている!」

『は、はい、すいませんでした!』

先程の脅しは本気だと感づいた二人は背筋を伸ばして綺麗にならび、鬼のようなミスティア

の琴線に触れないよういそいそと散らばった惨状を誰に言われるまでもなく片付け始めた。

文と鈴仙はともかく、ミスティアに対してなんだか申し訳なくなってしまいつつも、実は私

もミスティアに対して恐怖を抱いてしまった。

提灯の赤い光がミスティアの機嫌を表しているようで、冷たい風が私の枝を揺らしドンマ

イ、と慰めてくれているようにも聞こえるのであった。

ちょっといつもと趣向を変えてみましたがどうでしたか?

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