恋の瞳を持つ姉妹
ちょっとゴタゴタがあって昨日投稿できませんでした
すいませんでした
私や他の木々の緑はいまだ衰えることを知らず、更なる成長を求め大地に根を張り日光をその身に取り込んでいる。夏は終わってもその暑さは引くことを知らず、湿気はだんだんと飛んでいっているもののやはり俗世にとっては過ごしにくい気候が続いている。
まもなく到来する寒波に備えて、今は少しでも養分をその身に取り込まなければならないのであった。
「へぇ、これがあの」
気がつくと、私のすぐ近くに見知らぬ少女が私を見上げていた。気配など察知できなかったし、仲間も少女のことを知らなかった。黒い帽子に低い背に似合う育ちの良さそうな服、そして手足から伸びる管が、彼女の胸の前にある丸い目のようなものに繋がっていた。
私はさっきまで、太陽が遠くにそびえる山のラインに沈んでくのをぼんやりと眺めているはずだった。弱々しい朱色の光が大地を染め、雲や空を独特の色合いに整え、この幻想郷をまさに一枚の絵のように仕上げているのに心を震わせていた。
少女は私を前後左右からなめ回すように見つめてきて、なんだか居心地の悪さも感じられる。
「小傘から聞いてたけどすごいわね……」
少女は私を見ているのかそうでないかわからない、焦点の合っていない目を丸くしながらそう溢した。
「この木、いやこの森は無意識が感じられる。普通だったらあり得ないもの」
彼女は私の幹に手をやりながら不思議そうに首をかしげる。
無意識を感じるとはどういうことなのだろうか。私の意識を感じられるというのは珍しくもない話だが、それとどういった違いがあるのだろうか。
「地霊殿に持ち帰ってみたいけどさすがに無理かなぁ」
さも残念そうに話す少女だが、そんな考えを聞かされる身にとっては御免被りたい話だ。
しかし地霊殿というと、地底に建てられている屋敷という話だった気がする。旧地獄跡に地上にいられなくなった妖怪たちが流れ込み、そこを閻魔から統括を依頼された覚妖怪がまとめあげていて、彼女らの棲家としての場所が地霊殿だと記憶している。
となると、目の前の少女は地底の管理者の血縁関係にあるものか。となると、彼女についている第三の目の説明がつくが、なぜ覚妖怪のアイデンティティーが目を閉ざしているのだろうか。第三の目で相手の心を読むことから忌み嫌われた種族だが、目を閉ざすということは種族の能力を捨てるということ。ひいては種族そのものが変わる、もしくは存在が消滅してしまう危険性があるのだ。
「まあ仕方ないし、ここで堪能して我慢しよっと」
少女は私に向かい合うように身を屈めると、そっと私に頬や胸を預ける形で寄り添ってきた。
夕日が彼女の顔を影で隠し、私の影と少女の影の境界を曖昧にさせている。
「あなたはきっとここの守り神みたいなものだから自我を持ってここにいるのね」
私が目覚めて以来何度目かの台詞だ。しかし、それぞれがまた違った重みや意味合いを持っていて、少女の場合重いというよりも切ない、ずっと心に溜まっている罪の意識を吐き出すようなものだった。
「だから私の、古明地こいしの懺悔を聞いてください。私の言葉をしっかり聞いてくれるだけでもいい、あなたのような存在が欲しかったの」
こいしが額を私の体に寄せてきた。ちょうど膝を折って祈りを捧げる形になり、今この世界には私とこいしの二人だけしかいなくなってしまったという錯覚に陥ってしまう。
私はこいしの胸の痛みを取り除くことができるか心配だったが、とにかくこいしの想いを受け止めて、それからだと自分に言い聞かせた。
「私にはお姉ちゃんがいるの。意地っ張りで、頭が固くて、性格が悪くて、自分の評価なんて気にしないある意味ずぼらなお姉ちゃんで」
自分の姉について語っているのに、こいしの語りは自分のことを告げているようにも聞こえる。
「それでもお姉ちゃんは強かった。弾幕ごっこでもやったら私の方が強いけど、それ以前にお姉ちゃんには敵いっこないって思うんだ。ちゃんと管理人としての責任も果たしててかっこいいと思ってた。
でも私は覚妖怪の能力が嫌で、覚妖怪であることが苦痛だった。だから私は目を閉じたの」
半ば諦めの入った表情で淡々と言葉を並べるこいし。しかし、そこには愛しさだとか、憧れの念も確かに籠っていた。
「でもお姉ちゃんは違った。いくら疎まれようとも、ペットたちと心を通わせられなくなるのが嫌だって、そう言ったの。
私もペットは飼ってる、でもほとんどお姉ちゃんに任せっきりでなにもしてやれてないの。地霊殿に置いてきぼりで、私はこうやって地上をうろうろしているだけ」
自嘲するこいしは慣れたように話しているが、本当はものすごく辛いはずだ。現に、吹っ切りたくても吹っ切れないでいて心を痛めているのだから。
「ペットに神様の力をあげようと神社に行ったり、魔理沙と出会って仲良くなったり、たまに霊夢に退治されたり、お寺の仲間に入れてもらったり、寺子屋に潜入して人間と一緒に授業を受けたりしてなんとか新しい世界を見ようとしてるんだけど、どうしてもお姉ちゃんの顔が頭から離れなくて。あの悲しそうで悔しそうでなんとも言えないあの見ていられない表情が……」
少しだけ、こいしの目に光が灯った気がした。
「たまに帰るとお姉ちゃんが私に声をかけてくれるの。『地上はどうだった? 楽しかった?』って。
馬鹿みたいよね、自分勝手な妹をこんなにも気にかけるなんて、心配するだけ無駄なのに」
「だけど、それを楽しみにしている私がいて、もう訳がわからないの……」
ほんの少し目尻に涙が溜まっている。しかし笑顔を取り繕うとして、なんともちぐはぐになってしまっている。
「いろんな人が私に言うの。『姉と向き合ったらどうだ』『無理しなくてもいいぞ』なんて。……私、どうしたらいいんだろう……」
そういったきり、こいしはなにも言わず眠りについてしまった。夕日がほとんど沈みかけている。どうすることもできない私に、このときは残酷すぎると思った。
しかし、この少女がこんなに頑張っているのに報われないというのはもっと酷な話だ。姉が大好きで、それがうまく表現できなくて、すれ違ったまま長い年月が経ってしまった。姉もこいしのことを愛しているのだろう。こんなにも姉妹愛が強いのに、なぜ運命は彼女たちに見向きもしないのだろう。
やがて完全に日が沈み、辺りは薄暗く変化していった。
こいしは起きる気配がない。私としてもできるだけ彼女のためにエネルギーを分けてあげたかったし、このままでもいいとも思うのだが、姉の話を聞いたせいか、こんなところにいないで早く帰ってあげたらどうかとも考える自分がいて、そんな私が少し嫌になった。
微かながら、妖怪の気を感づくことができた。それほど大きなものでもなく、ゆっくりと、私へと近づいてきている。
半刻ほどした後、まだ太陽の名残が残る薄暗さの中から、こいしの色彩とほぼ正反対の色を持つ少女が姿を表した。
腕に第三の目を抱え、俯きながらゆっくりと歩を進める少女。彼女が、こいしの言っていた姉なのだろう。
その目がこいしの寝姿を捉えた。こいしの寝顔の頬に涙のあとがつたっている。
少しは顔をあげたが、伏せ気味の顔はどんな表情をしているのかわからない。そのまま私に歩み寄ってくる。
そしてこいしのすぐ隣にで立ち止まると、私に深々と頭を下げた。
「私は古明地さとり。どうも妹がお世話になりました。私から礼を言わせてもらいます」
静かな物腰で私に謝辞を述べたさとりは、膝を抱えてこいしの髪を整え始めた。
そうだ、やはり妹想いの姉なのだ。寂しそうな表情のさとりを見て私は思った。
「まるでダメな姉ですけどね」
さとりは私の思ったことを読み取ったかのように私に話しかけてきた。こいしは目を閉じて、さとりは目を閉じていないから当然なのだが、少し驚いてしまった。
「今まであなたの言葉全てを理解できたのは殆どいなかったでしょうから新鮮なはずですがどうでしょう」
目を細めるさとりだが、まさにその通りだ。紫でさえ概念としてしか伝わらなかったから、文章まるごと覚られるというのはなかなか慣れないものだ。
「慣れないですか……、不快に思わないんですか?」
さとりが少し困惑しながら私に聞いてくるが、さとり妖怪と初対面のものは皆そうなのだろう。自分が答えるより先回りして言葉を投げてくるものだから、齟齬も生じるし本質を透かされたようで気に入らないというやつもいるはずだ。
私のように得意なものにとっては些細なことなのだが、と溜め息をつきたくなる。
「こいしがあなたに何を話したのかは聞きません。しかし、それでこいしの気分が少しでも晴れてくれたらそれに越したことはありません」
こいしの柔らかそうな頬をさとりが撫でた。くすぐったそうにこいしが身を捩ったのを見て、さとりは小さな笑みをこぼした。
「こいしの心を私は読むことができません。私も大切な家族を覗き見るなんてことはしたくないのですが、時折何を考えているのか知りたくもなります。
こいしは地上でちゃんとやれているのか、怪我をしてきたりしないのか、私はあなたの姉としていられているのかと」
さとりはこいしを愛しむような目で見つめている。こいしが寝返りをうつと、残念そうに肩を落として根に腰を落ち着ける。
「こいしがお客さんを連れてきたときは嬉しくなります。私は職業柄あまり接待をすることはできませんが、こいしの交遊関係が順調に広がっているのを感じると安心するのですが、その反面少し心細くもあります。
私はもう憧れというか、地上の光に羨望を持つこともないですし、地上に行ってもやはり地下が一番落ち着く場所なんだと自分でも気がついていて、だからこいしにはもっと楽しんでもらいたく思っているんです」
私の分まで、とさとりは付け足した。
こいしがなにかを探すような動作を見せる。手のひらがさとりの太ももに触れると、のそっと動きだし、そのままさとりが膝枕をする体勢にまで持ち込んだ。
まだ静かな寝息をたてているから、無意識の行動だったのかもしれない。
さとりはそんなこいしの甘える仕草に頬を緩ませた。
「ほんとに、私のことなんて気にしなくてもいいのに……」
口から紡ぎ出される妹想いな子守唄。辺りはすっかり暗くなり、大陸で呼ばれるところのマルカブ、シェアト、アルゲニブ、アルフェラッツが織り成す秋の大四辺形が姿を見せ始めていた。
二人の光景は仲の良い姉妹そのもので、すれ違っていてもやはりお互いのことを想っていて、少しきっかけがあれば和解も夢じゃないだろうと思える。
さとりはそれからしばらくこいしの頭を撫で続け、さとりが十分堪能したとゆっくりと立ち上がり、再び私に頭を垂れた。
「こんな素晴らしい時間を過ごさせていただきありがとうございました」
本当に満足したように、しかしどこか空元気にも見える笑顔を見せてさとりは言った。心の底から感謝をしている声色だった。
「こいしが襲われないようによろしくお願いしますね」
と言ったきりさとりは闇夜に身を紛れさせていってしまった。
二人っきりの静寂の夜、肌寒い風が私の体を揺らし、こいしの髪を乱す。
いつまで振りをしているのだろうとこいしを観察していると、一秒を千個に分けたみたく非常に緩慢な動きで状態を起こした。まるで蘇生した死体のように生気がなかった。
「……」
恐ろしいほどの無表情。私が微かな恐怖を覚えるほど、こいしは得体の知れない雰囲気を醸し出していた。
「…お姉ちゃんのバカ」
こいしは膝を抱えて顔を埋め、絞り出したような小さな声を出した。
恐らくさとりが傍に立ったときから起きていたのだろうが、自分の立場が家出少女のようなものである手前、のんびり起きることも叶わなかったのだろう。そしてそのままさとりの真意を盗み聞きする形になってしまった。さとりがこいしの心が見えなくて、こいしが寝ていたかどうかわからなかったのはしょうがないが、こいしにしてみれば堪ったもんじゃなかっただろう。
「バカお姉ちゃん……」
こいしの静かな嗚咽が私の幹に染み込んでくる。
ああ、確かにバカな姉だし、妹も馬鹿者だ。私には救いようもないが、もしかしたらこれが転機となって想いが絡み合う日が来るかもしれない。
「今度会ったら文句いってやる」
仲のよかっただろうかつての日々が再び訪れることを、空一面に飾られた照明に私は祈るばかりだった。
人々はもうそろそろ湿気に殺意を抱き始めるだろう。もうそこまで来ている秋の気配は、勿体ぶるようにじわじわと迫ってきている。私や妖精にはわかるのだが、人里の人間やぶらついている妖怪たちには拷問さながらだ。
古明地姉妹が姿を現した日から太陽が六、七回私の上を跨いでいる。行く末が気になるものの、すぐに事態が進展するはずがないと、自分に言い聞かせる。もしよりが戻ったのなら、私のもとにその顔を見せに来てほしいものだ。
「えへへ、また来ちゃった」
と、こいしの声が私の体の中ほど、太い幹が突き出している基の部分にから聞こえてきた。こいしはそこに股がり、悪戯好きの子供のような笑みを浮かべた。
「この前はありがとう、おかげでお姉ちゃんと久しぶりにお話ができたよ」
やはりというか、早速進捗があったようで、私はこいしの言葉の続きを早く聞きたかった。
「でもね、なんか喧嘩別れみたいなのになっちゃった」
だがしかしそう簡単にはうまくいかないようだ。こいしが苦笑いを浮かべる。
「お姉ちゃんったら第三の目を開いてみたら開きなさい開いてよってその一点張り。そうしたら世界が変わるわ、っていうんだけど、急かしすぎなのよ。お姉ちゃんの気持ちもわかるんだけど、私も私で考えがあるのになー」
頬を膨らますこいしだが、以前よりも表情のバリエーションが増えている。お互いに素直な言葉をぶつけ合ったからなのか、心の枷が外れかかっているようだ。
「……私はね、臆病だったの。覚妖怪としての能力があった頃はとても今みたいにいろんな人と話せるようじゃなかった。だから私は覚を捨てたってのもあるわ。
今目を開いちゃったら元の木阿弥、みんなとまともに会えなくなっちゃうかもしれない。だから、少しずつトレーニングをすることに決めたの」
こいしが足を前後にぶらつかせて、私の背に体重がかけられた。そして私に、青空に宣言するようにはっきりとした決意を言葉にした。
「毎日少しずつ心を開いていって、魔理沙とか聖とかに付き合ってもらって矯正するの。私が覚になっても逃げないでいられるように。それで私が関わったすべての人とちゃんと向き合うことができたら、最後にお姉ちゃんに会ってこういうんだ」
「ごめんなさいって」
私はもうなにも言うまいと、静かにそれを聞いていた。
恐らく途方もない時間がかかるだろう。とんでもない困難が待っているかもしれない。しかし、こいしの自信に溢れたその輝かしい笑みを見ていると、そんなものたいして障害にはならないだろうなと思わざるを得なかったのだった。
こいしはもしかしたらそう遠くない未来に恋の瞳を開けちゃうんじゃないかという期待を込めた話でした。
実は今回の話を思いついて『ただそこにいるだけ』が生まれました。
夕日をバックに、一本の大木とこいしが私の頭に浮かび上がりすぐにストーリーが組み上がっていきました。
しかしどんどん構想しているうちに、木の過ごす一年を書いてみようと思い、それならばこいしは秋ぐらいかなぁなんて思ってたら、いつのまにか
物語の折り返し地点になっていました。
そうです、気がつけばもう折り返し地点なんです。
これからも特に起伏があるわけではないのですが、あと五(+一)話、最後まで楽しんでいただけたらなあと思います。