奇跡の客星と客星な魔法使い
早苗さん登場回です。サナマリです。ものすごい筆が進みました。
暦の上ではすでに残暑と呼ばれていても、夏が終わるとは到底思えない。むしろ体全体にまとわり付くような熱を帯びた湿気が私の肌も、そして幻想郷全ての者が感じていることだろう。
日が照りつける日は太陽の畑にいる向日葵たちの頑張りが私や竹林の根に響いてきて、台風により木々が悲鳴をあげる日は私も折れないようしっかりと気を張らなければならなかった。
日照りの時間が他の季節より長くとも、太陽は必ずその仕事を終え夜がやって来る。夜はヒンヤリとした空気が土より舞い上がり、真昼の熱せられた空気との死闘を繰り広げている。
空を見上げれば星々が敷き詰められていてまるで砂のようだ。星の明かりが地上を朧気に照らすも、しっかりと歩けるまでには足元を浮かび上がらせていた。
この時期になるとペルセウス座流星群が一筋の光の軌道を描くと仲間から聞いていたので、私も一度目撃してみたいと夜空から崩れ落ちる塵たちを毎日のように観察していた。
今日は珍しく妖怪の気配が近づいてこない。夜になると人間の代わりに妖怪たちが活発に活動するようになる。だから夜になると風情を楽しむことができるような妖怪、リグルや宵闇の妖怪なんかが寄り付いてくることが多々ある。特にこのような月の綺麗な夜はなおさらだ。
まあこんな日もあるだろうとペルセウスの落とし子を待っていると、猛スピードで空を飛び私に突撃してくる気配が二つ、森を通して私に伝わってきた。
一つはそれほど大きくない力だが魔力と呼べるものを少し宿し、もう一つは洗練された神力のようなものが備わっている。しかし神々ではないのだろう、少し混じりっ気があり、それが人の気であることに気がつくのはそれから少し経ってからの事だった。
しばらく気配は一緒にこの森の上空をぐるぐる回ると、今度はまっすぐ私に向かってきていた。なにかこの森の全景を眺めていたのか、狂暴な妖怪を警戒していたのかは知らないが、どちらにせよこんな時間に人が来ることは異常と言えるもので、疑問に思うことも束の間ついに来客が姿を表した。
私の体すれすれを旋回しながら下降してきて、滑るような着地を見せる来訪者たち。一人はこの暗闇では目視することが難しいもの黒の衣装をまとい、これまた黒い三角の帽子を風で飛ばないように押さえていた。彼女は先端に袋をぶら下げた箒に跨がっていて、その後ろに乗せてもらう形でもう一人がいた。彼女は白く腋の開いた巫女姿で青のラインが所々入っている。緑の髪が闇の中で淡く存在感を放っていた。
二人は地面に足をつけると、私の木の葉で空が邪魔にならない程度の位置で腰を下ろすとお互いの体を向き合い顎を上げ仰ぎ見る形で空を眺め始めた。
「ほんとに今日なんですよね」
「ああ、私の星占いだと今日この場所がが一番綺麗に見られるはずだ」
「さてその精度は如何程のものなのでしょうか」
「女の勘と同じくらいだぜ」
「ならほぼ確実ですね」
二人も流星群を見に来たらしい。魔女のような格好の方が占いをしたというから彼女は魔法使いなのだろう。占いでは今日見られるらしい。
「まあ外れてもこんな素敵な場所で魔理沙とお酒を飲めるならいいんですけどね」
「それは同感だがやっぱり肴は欲しいな」
「その時は私たちの後ろにいる彼がいますので大丈夫でしょう」
「噂の神様だな……、そいつも私たちと同じで流れ星でも見たいと思っているんだろうか」
「さあ、どうでしょうね」
魔女の方は魔理沙というらしい。袋の中から酒瓶と杯を取りだし、もう一人にも差し出す。
巫女は私に向かって意味深な笑みを浮かべていた。恐らく、そういうことなのだろう。
「早苗は外でも見たことはあるのか?」
魔理沙が巫女、早苗に問いかけた。
「ええ、何度かはありますけど、幻想郷みたいに空気も澄んでませんしなにより何時何処でも明かりがありましたから、微かに程度ですが」
早苗は自分と魔理沙の杯に酒を注ぐと、困ったような笑みを浮かべた。
「へぇ、やっぱり紫の言う通りだな」
「紫さんは外の事に結構詳しい、というか行ったり来たりできるらしいですから経験したこともあるのでしょう」
魔理沙が唇をつけて少しずつ杯に注がれた美禄を喉に通す。
その様子を見て、早苗が意外そうに思ったことを魔理沙にこぼした。
「魔理沙さんいつもと違いますね」
「ん? なにが」
「何時もその量なら一気に流し込んで次々にお酒を浪費しているじゃないですか」
「あのなぁ、いくら私でも宴会の席と交遊の席での違いは弁えてるつもりなんだが」
「どう違うんですか」
小首をかしげる早苗。そんな様子の彼女に魔理沙は今まで告げたことはなかったか、というように頭をかき彼女の持論を打ち明けた。
「宴会ってのはとにかく楽しまなきゃいけないんだ。盛り上がって舞い上がってとにかく騒いでもいいから気分を高揚させる。その景気づけといった意味で宴会だと一気飲みしたりなんかするんだが、こういった二人きりの時は違うだろ?」
早苗がなるほどと納得したように頷く。
「ああ、確かにそうですね。こういう時だとどちらかといえば風情だったり趣を感じたりしながら話すことも多いですし、思い出話なんかもしますしね」
「特に今日はこんな麗らかな星空を眺めるのにドンチャン騒ぎなんて必要ないからな」
「でも飲み合う人によって結構変わったりしますよね」
「鬼とか天狗とかな、あれは別問題だ。あいつらは風情なんかより酒を優先だから」
早苗と魔理沙はクスリと笑いあった。姉妹か友人かあるいは恋人か、そんな親密な関係にある二人を見ることができて、私も運がいいものだと少し嬉しかった。
しかし酒を飲むのにそんな気遣いをする必要があるのだろうか。火酒というのは自分の心をほぐしまた解き放ってくれるもので、そんなことを気にしていたらキリがないのではないだろうか。無論この場で天体観測を疎かにすることはいけないと私もわかってはいるのだが。
「あ、おいしい」
早苗も一口熱燗を口に含むと、驚いたように目を見開き感嘆の声を上げた。
「地底の奴等に作り方を教わってちょっと作ってみたんだ」
「魔理沙の自作なんですか!」
「おう、自分でもなかなかの出来だと思ってな、早苗にも飲んでみてほしかったんだ」
魔理沙が誇らしげに語る。まあ酒を自作するというのは相当の苦労が必要だし、こだわりも必要だ。それで人に旨いと言わせるものを作った彼女は胆力がすごいのだろう。
「へぇ、さすがですね」
「だろうだろう、もっと誉めてくれ」
「でも私の神社の神酒には敵いませんけどね」
「なんだよそれ、せっかく私が丹精込めて作ったのに」
早苗の自慢に不服そうな魔理沙だが、早苗は態度を変えないまま魔理沙に答える。
「なにせ妖怪の山でたくさんの人材を使ってますから」
「ふん、それはよかったな」
魔理沙がへそを曲げてしまった。しかし早苗は慌てる様子もなく、魔理沙に面と向かってこう言った。
「でも、魔理沙の方が心に染み込んでいきます。日々努力して、満足いくまでやり直して、だからこそ作り手の心というのが伝わってくるんですよ」
「……」
「ですから、私は魔理沙の美酒の方が好きですよ」
早苗が魔理沙に心からの感想を語りかけるように伝えると、
「……誉めたってなにもでないぞ」
魔理沙が恥ずかしそうに早苗から顔を背けた。その仕草を見て早苗は口の端をつり上げその顔をさらに魔理沙に近づけた。
「見返りなんて求めてるわけないじゃないですかー、私は率直な気持ちを伝えたわけですし、それに魔理沙がもっと誉めろって言ったんじゃないですか」
急に詰め寄られた魔理沙は慌てて身をのけ反らせた。
「そうは言ったけどさ、その、何て言うか、そんなに真っ直ぐ言われるとは思ってなかったんだ……」
身を縮ませて早苗の目線から隠れるようにうつむく魔理沙だったが、それがいけなかった。
「ああもう可愛いよ魔理沙ぁ!」
早苗は魔理沙を抱き締め人が変わったようにはしゃぎ始めてしまい、髪を撫でられ体を揉まれて散々な目に遭っている魔理沙はなんとか振りほどこうとするも、ガッチリと抱え込まれていてなかなか抜け出せない。
「もういいから離せって!」
「……仕方ないですね」
魔理沙がもう堪えきれないと大声を出すとようやく早苗が解放した。早苗も名残惜しそうだったが、離れた後は潔いのよいもので、何事もなかったように魔理沙手製の酒で喉を潤わせている。
魔理沙もそんな早苗を恨めしそうに睨むも、その視線を感じた早苗が微笑みかけてきたことによりハッと息をのみそのまま俯いてしまった。
そのまましばらく二人は無言で杯を口へと運んでいたが、早苗が杯に映る月を見つめながら口を開いた。
「外にいたとき、友達と星を見に行ったときがあったんです」
それは自分の罪を告白する罪人のように沈んでいて、恵みを乞う貧民のようでもあった。
「その時もこんな夜でした。比較的山の多い地方に生まれた私は、よく神奈子様や諏訪子様と星を見ていましたが、端から見れば私一人でした。
そんなとき、仲の良かったある子が私をとある場所に連れていってくれたんです。自分が発見したとっておきの場所だって」
夏にしては肌寒い風が私の体を撫でた。
「あれは確か天の川でした。私も何度も見ていたのですが、そのとてつもないスケールのショーは今までに見たものよりも持って輝いて見えて、ああ、こんなにも綺麗なんだって」
「……」
紳士に早苗の話を受け止めている魔理沙。彼女はいったい何を思っているのだろうか。
「その子はその後すぐに転校してしまって、私も幻想郷にいく準備をしなければならなかったので結局それがあの子に会った最後でした」
泣き笑いのように顔を歪める早苗。声も少し震え気味だ。
「おかしいですよね、神奈子様諏訪子様のために家族も、友人も、外の何もかも捨ててきたはずなのに、とっくに覚悟はできてたはずなのに、今も不意に後悔が私の心を締め上げてきて……」
早苗もついに俯いてしまい肩を振るわせ始めてしまった。
そんな早苗の肩に魔理沙は寄りかかり、静かに身の上を語り始めた。
「前も話したっけな、私の実家のこと」
「……はい」
「私は根っからの浪漫好きでな、昔から星を眺めては想いを馳せてたんだ。むしろ恋心すら抱いてたかもしれない。
それでな、親父と喧嘩別れした後もよく霖之助から親父について聞いてたんだ」
遠い昔のことを思い出すような目だ。年端もいかない小娘がこんな目をするとは、いったいどんな人生を送ってきたんだろうか。
「家出したての頃は霖之助に流れ星を見るのに付き合ってもらってたんだが、早苗が言ってたのと同じで一人で見るのと大分違うのな。
でも、やっぱり敵わないんだ。ほんとに幼かったときに親父に肩車してもらって一緒に見たあの夜空には、あの流星群には」
早苗の顔がわずかに魔理沙の方に動く。魔理沙は気にせずに話を続けた。
「どうしてだろうな、あんなに憎かった人との思い出なのにそれが一番だなんて……って最近まで思ってた。でもな、ようやくわかったんだ」
早苗が涙を頬に伝わっている顔を完全に上げた。そしてゆっくりと魔理沙の方に向ける。
「霊夢やお前、文とか妖夢とか咲夜とかと一緒に過ごした時間があったからこそなんだって」
魔理沙もまた早苗に向き合い、二人は涙のたまった目を隠そうとすることなく互いに見つめ合う。
「楽しかったことってのはあとからどんどん積み重なってくるからこそ思い出になるんだ。思い出ってのは後悔とは違う、自分を作り上げてきた大切な一部だ。その友達と過ごした時が恋しいのは今精一杯早苗が楽しんでいて、だからそうやって振り返れるんだ。それでも」
魔理沙が語気を強めた。
「それでも後悔しちゃうんだったらそれでもいい。その分私たちがお前のそれを押し退けてやる、外のことなんてどうでもいいなんて言わせるぐらいに。霊夢もいるしあの二柱だっているし、いろんな人間や妖怪がいるんだ。だから心配するな、早苗」
「……」
呆気にとられた表情をとる早苗。しばらくそのままの時間が過ぎる。魔理沙もずっと見つめたままが居心地悪くなってきたらしく、口をモゴモゴとしている。
早苗がようやく動き出したのは、魔理沙が目を宙に泳がし始めたときだった。
「……なんですかその慰め方、よくわからなかったんですけど」
「……いや、私も途中でなに言ってるかわからなくなってた」
二人とも恥ずかしそうだが、どこか吹っ切れたような感じだ。
「もし」
早苗が唐突に喋り始めた。
「もし魔理沙が寂しくて堪えきれなくなったら、私が慰めてあげますね」
「……さっきまで私に慰められてたやつの台詞かよ」
「大丈夫です、魔理沙のお陰でなんとかなりそうです。というか魔理沙を慰めたくてしょうがないんですよね」
「おいやめろよな」
「ふふ、この早苗さんにドーンと任せちゃいなさい!」
早苗がさっきとはうって変わって自信満々になり、魔理沙はそれを鬱陶しそうにあしらいつつもどこか嬉しそうな面持ちだった。
「全く、早苗のそれには敵わないな」
「え、どこがですか?」
「いやなんでもない!」
魔理沙の真意を早苗はわからなかったが、それで良かったのかもしれない。
早苗は自分のすべてを捨てて恐らく仕えていた神に付き従い幻想郷に来たのだろう。外の世界は果てしなく便利であると聞く。しかし、彼女はそんなものを切り捨ててまで、他人のために生きる選択をしたのだ。
「私は自分のためにしか生きられないからな、早苗みたいなやつはすごいと思うよ」
魔理沙が早苗に聞こえない程度に呟いた。私には聞こえてしまったが、彼女は別に気にしていないだろう。
「あ、見えましたよ、魔理沙!」
早苗が歓声を上げた。魔理沙と私がつられて空を見上げると、星屑の輝く天蓋から幾筋もの光が落ちてきているのが発見できた。
「おお、当たったな」
「すごいですね……」
それはまさしく広大な物語だった。宇宙という大きさを改めて知らしめられ、その神秘性に心奪われていく。
途切れることなく流れ落ちる流星に、私たちはなにもいうことができず、ただその光景を二人は脳裏に、私は心の奥に刻むことしかできなかった。
先程の魔理沙の言葉は私にも大きな衝撃を与えた。この森は確かに昔から存在するのだろう。しかし私の自我というのはつい最近できたばかりなのだ。だから思い出とはなにかも知らなかったし、もし私が普段ふれあっている人妖たちと別れを告げることになったらどうしようかと恐怖すら感じていた。
魔理沙の言葉はそんな私の不安を打ち砕いた。
早苗の強さ、優しさを私は持ちたいと思った。私の役割を考えると、暖かみやエネルギーを与えるだけでは足りないのだ。彼女のような心を持ち、不安や悩みを持つ人妖たちを癒してやりたいと思った。
早苗の心は私の存在意義に強く訴えかけてきた。
そして私が彼らの思い出となり、これから先もずっと生き続けるのだという決意が、私の中でどんどん膨らんでいった。
早苗と魔理沙は酒瓶が空になるまで観賞を続けた。
時折吹く風に木々が揺られ葉の擦る音が響くだけの夜は、永遠に続くようにも思われるほどだった。
さて、早苗さんと魔理沙両方の魅力は描ききれていたでしょうか。
早苗さんのその芯の通った優しさは魔理沙の憧れで、道を突き進む力を持つ魔理沙は早苗さ
んの憧れで。
そんな関係をかけてたらいいなと思います。