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恋する月兎と恥ずかしがり屋な花乙女

恋は人を変えます。

太陽が地面を焦がす勢いで照りつけていて、周りの仲間たちから悲鳴のような金切り声が鳴り響いている。しかし仲間が実際に叫び声をあげているわけではない。私の幹には寄り付いてこないのだが、それは地中で幾年もすごし地上でわずか一週間しかその生を謳歌できない蝉たちの大合唱だ。

ここ最近小さな少年の姿をよく見かける。麦を編んで作った帽子に動きやすさを優先した薄い下着を身に付け、こういった場所にはあまり向かない膝を丸出しにしたズボンは大分前に幻想郷に伝わってきたというものだ。露出した肌は真っ黒に焼け、額を滝のような汗が光っている。

彼らは日々棒の先に網をつけた道具を駆使して、様々な昆虫を採集しようと駆け回っている。私によじ登り、体から垂れている樹液を舐めているカブトの虫を捕まえては白い歯を見せて友とその大きさを競いあっている。

妖精は自然の権化とはいえこの暑さにはだれるようでその姿をあまり見せない。そんな光景も、季節ごとの顔として私は楽しんでいた。


夏本番というこの時期、迷いの竹林と呼ばれるものたちと意識を通わせることができるようになった。距離はそこそこあるものの私たちの源である土は同じであるから、多少なりともコンタクトをとれば後は容易いものだった。

彼女らは私のような盟主を持たず、概念的な存在を保っているがあちらの住人に対しても思うところはあるらしい。幻想郷の結界が張られるよりかなり前に月からの亡命者が彼女らの中に館を建てて、挙げ句の果てには協力者によって何らかの術式を土地に仕組んだらしい。元々普通の竹林であった彼女らは、それによって性質をねじ曲げられてしまったらしい。

それ以降も月から兎が飛来したり異変解決のために巫女や魔法使いらが竹林に突撃するようになったりと、波瀾万丈な林生を送っているそうだ。

口を開けば愚痴ばっかりだが、私も話し相手ができて嬉しいのも事実で度々彼女に私の体験談を聞かせてあげたりしている。

今日もじめじめとした暑さが私の葉を熱しているが、私も自我がある以前に立派な植物でこれしきの気候は許容範囲内だった。

遊びに来る人間も体を気にしてか気温の異常なときや嵐の予兆が訪れたときは外出を控えるらしく、今日はまだ誰も訪れていない。それだから竹林と雑談でもして気を紛らわそうと思っていたのだが、二つ、妖獣と妖怪の気配が私の感覚を刺激し、とりあえず様子を見ることにした。

妖獣の方は明確な目的地を決めていない様子で、どちらかといえば森を探索しているという風に見受けられた。妖怪の方はというと、私が目標であることは道筋を見ればわかるのだが、時々立ち止まったりあらぬ方向にいったりと非常に呑気な進路をとっていた。

しばらくすると、妖獣の方が先に広場に抜け出て、私の前にその姿を晒した。

髪の長いうら若き少女で、幻想郷の居住者の着ているものよりも、たまに見る外来人が着ているような襟と袖口の特徴的な衣服を纏い、、これまた襞のような折り目のついた筒状のものを腰に巻いていた。これだけではあまり騒ぐこともない外の人間と変わりのないものだったが、特筆すべきはその頭に付いているそれだった。白く細長い少し作り物めいた耳が外来人と決定的な差を生んでいた。

彼女はその背に大きな篭を背負っていて、きれいな髪も汗で頬に張り付き整った目鼻は疲労困憊でだらしなく垂れている。

篭の中身は茸や薬草、漢方薬の材料といった医者の欲しがりそうなもので、彼女は医療に携わるものかそれに準ずるものなのだろう。兎は木陰のある私の根元にやっとの思いで辿り着くと、篭を下ろしへなへなと私に寄りかかり大きなため息をついた。

「ふぅ、ようやくキリがついたぁー」

その時竹林が私に語りかけてきた。その内容というのは、目の前にいる彼女の素性であり、少し驚かざるを得ないことだったのだ。

彼女の名は鈴仙・優曇華院・イナバ。件の月の都から来た月兎だというのだ。

見た目だけならば地上の妖怪兎と何ら変わり無く、以前橙と一緒に見かけた因幡てゐという神力の欠片さえ感じられた兎とほぼ同一だ。しかし耳の付け根をよく見ると、ボタンのような丸いものが付いているのがわかる。生えているのではなく付いているといった方が正しいのではないか。

「お師匠様も人使いが荒すぎだわ……帽子も妖精にとられて遊ばれちゃうし……はぁ、こんな天気の日に素材集めよろしくなんてってほんとに何を考えてるのかしら」

相当難儀しているらしい鈴仙は、鬼の居ぬ間に洗濯するように師匠に対しての不満を一人愚痴る。

「まあ確かに私ぐらいしか真面目に働くやつはいないわけだし、姫様は論外というか働く身分じゃないしてゐは話にならないし……、地上の兎たちも遊ぶことしか考えられないしそれしか考えられないし。それでも実際こういうときにこそっと息を抜いておけるからまだいいんだけどね」

と、鈴仙は自分だけの秘密をこっそりと堪能するために篭の底から袋に包まれた矩形の物体を取り出した。

袋から中身を慎重に取り出すと、彼女はクフフと圧し殺した笑い声をあげた。それの表紙は非常に簡素なもので、人と思しき影の形が描かれていて大きく黒文字で『未知なる星を求めて』と刷られているのが唯一の特徴だった。

一般的に本と呼ばれる情報記録媒体だ。私の場合経験したことは大地にしっかりと刻まれていっているが、人の記憶というのは非常に曖昧なものだ。目に見える形でないとほとんど忘れていってしまう。私は歴史を知っておくべき事と思うが、年頃の女性が楽しみに読むものではないはずだ。彼女がその道の専門家でない限りは。

「さて、ハーバードとナイアの告白シーンでも……」

告白というのは自分の愛を相手に伝えることだが、人間の愛とは人間以外からはとても奇異なものに映る。たとえば、植物は気持ちを伝えることよりも種を残すことを何よりも優先してきた種族だ。より効率的に子孫を繋いでいくために器官を発達させ、一生を交尾のために費やす。

動物は求愛行動をとるのがほとんどだ。自分なりに魅力を伝えて子供を作り果てていく。失敗して群れを追放される種もあればそのまま孤独に息耐える種もある。これらは人間もほとんど同じなのだが、人はあることが違う。

人間はその感情や体験を創作の中に見いだし自分に投影する。そして共感し涙も見せるし怒ることも多々見られる。

鈴仙の持つのはただ記憶するためではなく、自分の中の情景をもって他人の心を動かそうとする文章、いわゆる恋愛小説と呼ばれるジャンルらしい。

「この前はついに告白かってときに邪魔されたから今度こそは」

長方形の紙が挟んである箇所を開き、私の根元で木陰の恩恵を預かり自分だけの世界に没頭していく鈴仙。

彼女の表情豊かであるところを見ると観察するだけである程度退屈は凌げるか、と鈴仙が心地よく読書を続けられるよう影の位置を調整する。彼女は少し私に違和感を持ったようで顔を少し上げたが何事もなかったようにまた視線を落とした。

もし私が恋をするのであれば何にするのだろうか。仲間であろうか、それとも人間か妖怪か、迷いの竹林だろうか。

私の元で告白をする男女も増えてきている。彼らの一喜一憂するその表情は、どんな結果であれとても輝いて見える。そんな人間たちが羨ましい。これぞ人妖の特権であり、賛美すべきものだ。

彼女の背も疲れを全く感じないしむしろ意気揚々とした気分が私の肌にも伝わってきたいる。

「ぅ……」

どれ程たっただろうか、背中越しに垣間見える鈴仙の感情の起伏を眺め続けているうち、呻き声のような小さな音が鈴仙の口から漏れた。体調が悪いのかとも心配したが、私に流れ込んできている気にはなにも異常は見当たらない。むしろさっきよりも肥大化しているような気もする。

「……『ナイア、君は逃げてもいいんだ』」

今度ははっきりと聞こえた。鈴仙の妙に演技のかかった台詞だった。

「『逃げてもいい、だけどそのままではいけないんだ。この長いようで一瞬の人生の中にはそんな選択をしたいときやしなければならないときだってある。でも大切なのは逃げること自体じゃない。その問題にきちんと折り合いをつけなければならないことなんだ』」

だんだんと声の音量が大きめになってくる。それにつれて鈴仙も身振り手振りをつけるようになってきた。

「『逃げることは要するにそれに対する準備をするということ。君が今僕の言葉から逃げたとしても僕は構わない。でも僕は君を忘れない。絶対に手に入れて見せる。それだけは伝えておきたかったんだ』」

そこまで読んでまた頁を戻す鈴仙。またもや同じ台詞を繰り返し始めた。今度は先程よりも演技力を高めて、周りの事など意識から飛んでしまっていると私は確信した。

「かっこいいかっこいいかっこいいかっこいいかっこいいハーバードかっこいいわ!」

次に鈴仙は本を空に掲げると登場人物であるハーバードを絶賛する叫びをあげた。まるで羞恥心など存在していないようだ。

「私もこんな恋がしてみたいなぁ……、カッコイイ人と出会ってこんなプロポーズを受けてみたいわぁ……」

果たして恋というのがそんなに大事なのだろうか。恋というのは愛へのプロセスの一つに過ぎないのではないだろうかと私は理解がしがたい気持ちだった。

「もう一回読もう」

鼻息荒く本を開く鈴仙。そして彼女が胸一杯に息を吸い喉を震わし、


「『ナイア、君は逃げてもいいんだ』」

「へっ?」

素っ頓狂な声が開きかけていた口から漏れ出た。

鈴仙が壊れたからくりのように首を背後に回すと、日傘を指した長身の女性が彼女の目に写った。

見た目も触り心地両方とも柔らかそうな緑の髪、赤いチェックの上着とスカート、にこやかな笑みはなぜか寒気を誘っている。

「あらら、続けてもいいのよ?」

彼女は鈴仙に続投を促すも、鈴仙は石になってしまったように動かない。悪事を発見された子供のように顔は青ざめ今にも倒れてしまいそうだ。

「はじめまして、私は風見幽香。太陽の畑で花たちを育てております」

フリーズしたままの鈴仙を尻目に幽香が私に頭を下げた。太陽の畑とは噂に聞く向日葵の庭の事だろうか。向日葵だけでなく様々な四季折々の花々を見ることができるという、素晴らしき楽園と聞いている。その畑を管理しているという彼女は、後ろ手に持っていた綺麗に飾った花咲いたリョウブの枝を私の足元においた。

「私の能力は花を操ることができるから貴方の心もほんの少しならわかるわよ」

鈴仙はまだ固まったままで、幽香は私に語りかける。

「貴方には前から会ってみたかったの。とても素晴らしい守り神とリグルから聞いたから」

なんとリグルの知り合いだそうだ。しかし私と心通うものが意外に多いものだと感心する。幽香もわざわざ贈り物までくれるとは胸が熱くなってきた。

と、幽香は鈴仙に向き直り笑みを崩さないまま非情な事実を告げる。

「名演技全部見させてもらったわ。たいした演技力だねぇ、役者さん」

「……」

「あ、あとこの木も普通の木じゃなくてちゃんと意思があるから、でしょう?」

幽香が微笑みを投げ掛けてくるが、どうも生きた心地がしない。鈴仙もガチガチになった体を私の方に向け懇願するような目を向けてきた。言葉にするならば、嘘といってくれ、だろう。

私は我慢できずとりあえず伸びている幹を少しばかりのけぞらせて、自我があることをアピールする。

鈴仙の顔は青を通り越し土気色になった。そしていやぁぁ!、と喉を張り上げ空にその悲痛な叫びをこだまさせた。荷物を一瞬でまとめ強靭な脚力を使い森を駆け抜けどこかへと立ち去っていった。

「うふふ、やっぱり弄りがいがあるわねあの子」

鈴仙を追い詰めた犯人である幽香はさも面白かったと腹を抱えて笑っていた。私も少し幽香の笑いには引き気味だったが、彼女の反応は見ていて面白いものだったのは事実だ。機会があればもっといろんな顔が見てみたいとも思う。

「さて、私も目的も果たしたし帰るとしましょうか」

くるりと踵を返して広場を立ち去ろうとする幽香。もう少しゆっくりしていけばいいものを、と思ったが幽香は、

「残念なのはわかるけどそのままじゃ寝れないの。また準備をしたら来てあげるわね」

と振り返ることもせず森の中へと入っていった。少し不自然な態度だったが、リョウブを見てはっと気づく。

その言葉に嘘偽りはないと感じたが、それは当分先になりそうだと思った。



彼女の態度の正体はリョウブに隠されている。

令法(リョウブ)、別名ハタツモリ。この季節に花を咲かせる落葉の高木で、花言葉は“溢れる想い”。まさしく告白そのものだ。


恋の形は人それぞれ。対象が人であれ物であれ夢であれ経験することは決して無駄ではない

事だと思いませんか?

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