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八雲の雨宿り

家族ってなんなんでしょうか


初夏とは名ばかりの天気が続く梅雨。我々植物にとっては待ちに望んだ天恵なのだが、ほとんどの人妖は雨を嫌って活発に動くことをしない。たまに雨の妖精や天候を利用する妖怪などは辺りを彷徨いたり元気な姿を見せるのだが、大抵そういった者たちはこういった時以外に寄ってくるので今私は寂寥を感じざるを得ない状況なのだ。


天から地上へと染み渡るような穏やかな雨粒が降り注ぎ始めた。つい先程までは薄暗い雲が頭上を覆っていたのだが、ついに彼らが水滴を抑えきれなくなったらしい。

だんだんと雨足は強くなる一方だ。こんな日は静かに体を打たれるのが一番なのだが、幸いにも急ぎ足の気配が私を目標にして迫ってきているのがわかった。

恐らくは雨宿りのために私を頼ろうとしているのだろう。すると、遠くからあまり見かけない服装で背後に大きな物を携えた妖獣らしき来客が私の幹元にたどり着いた。

「しまった、人里の観測機を当てにしたのが間違いだったなぁ……、尻尾の手入れも大変なのに」

その正体は、落ち着いているものの少し苛立った口調の妖弧だった。頭に被せてある耳付きの帽子から流れる金糸と鼻筋の整った面、まさしく輝かしいほどの美貌の持ち主で、幾つもの国を傾けることも容易いであろうことは明白だった。幻想郷の地理的に島国であるこの国のものではなさそうで、たまに耳に入る大陸といったところの出であろうか。手には少し膨らんだ布の袋を持っていて、中から野菜が飛び出しているから買い物からの帰り道だろう。

刮目すべきは尻尾の数だ。妖獣は尻尾の数が増えれば増えるほどその力が大きいことを示しているが、この狐、なんと九本もあるのだ。九尾といえば伝説に謳われるほどの存在で、ここに住んでいるとは聞いていたが、滅多にお目にかかれないだろうと思っていたところだった。その彼女は、今髪も服もその誇らしい尻尾も濡れて、見るものによっては非常に扇情的な光景を生み出していた。

「やはり今日は無理しないでおくべきだったか……、しかし紫様も私の帰りを待っているはず。久しぶりに三人で食卓を囲めるのだから早く戻りたいものだ」

どうやら家族がいるらしい。家族の温もりというのは人間に限らず妖怪のなかでも素晴らしいものだとされている。妖怪はそういった種族は少ないようだが、近しい者との団欒は代えがたいもので、私も仲間や来遊者と触れ合う時間というのは筆舌しがたいものがある。この九尾もそういった時間を思いの外大切にしているのだろう。

「橙も式が外れていないか心配だな……、前に紫様に指摘されたけどまだまだ式の管理も未熟だし……紫様が組んだ私に付いている式のようにしっかりとしたものを組みたいものだが」

そこで私にある違和感が走った。式というのはその名の通り数式だ。数式は知能あるものが世界のあらゆることを証明しようと考案したもので、それを駆使すれば命令通りに行動したり、あるいは自立した道具をも作り出せるらしいのだ。主に強い妖怪がその他の妖怪を使役するときに使用するが、この狐にもそれが付加されているという。

果たして、こんな形で親が娘を道具扱いすることがあるだろうか。九尾もその主人と思しき人物を随分と慕っている様子だ。

「そういえばこの木は橙が言っていた木だな、お世話になったそうだしなにかお礼でもしなければ」

狐は袋から小さな果実を取り出して私の根元に丁寧に置くと、しばらくの間晴れる様子のない空を見てため息をついた。

橙というこれまた式がいるらしいが、式が式を作ることができるというのか。主人の計算能力が式の能力を決定付けていると言っていいが、九尾を従えることのできるその力はいかほどの者なのだろうか。

「しかし紫様が今日は早起きをなさった。喜ばしいことではあるのだが、やはりなにか異変の前触れではないかと思ってしまうな、紫様には失礼だけれども」

私はその紫様とやらの人物像を探るために九尾の話に注意を注ぐ。かなりの力をもっているが、その反面私生活ではだらしないところもあるようだ。

「……、そういえば橙のやつ紫様とぽけもん? といったかどうだったかのゲームをすると言っていたな。あれは室内でやるものだから到着していれば安全か。……いかんせん過保護すぎたか」

彼女がやれやれと首を降った、


瞬間、彼女の隣に空間が抉じ開けられるような不可思議な感覚を察知できた。私はこんな時空がねじ曲がっているという仰天の出来事に思わず四肢を揺り動かしてしまったが、彼女は多少驚いているものの、慣れた素振りでそこから現れた闖入者に一礼をとった。

「迎えに来たわよ、藍」

「ゆ、紫様」

なんと九尾の狐、藍の所有者だった。彼女と同系列の服装、藍とはまた違って妖艶な雰囲気の持ち主で、若々しい見た目と合っていないようにも思えたが、大妖の主人という点では風格は抜群だ。

紫様、と呼ばれた彼女は思った通り狐ではなかった。その奇異な能力からすると、世にも珍しく種族の系統から独立した妖怪であることは想像がついた。

「藍が困ってるようだから思わず迎えに来ちゃった」

「そんな紫様自らが来なくても……」

「あら、私の心配入らなかったかしら。寂しいわぁ」

「……全く紫様は」

どうやらこの二人、かなり仲が良いようだ。私の憂いは無用だったらしい。弧疑心という言葉があるように、狐は本来疑り深い動物だ。しかし、二人はそれを越えて絆と呼ばれる目に見えなくとも強いもので結ばれていることが樹肌でも感じられる。

それはともかく迎えが来てよかったと私は安堵した。この雨はまだしばらく続くようだし、紫の能力なら濡れる心配をしなくとも帰れるようだ。

「あら、貴方様は」

と、紫が繰り出した穴ですぐに帰るのかと思ったが、彼女は私に意識をやると不意に私へと語りかけてきたのだ。

「はじめまして、この幻想郷の創始者にして管理者の八雲紫と申します。今後とも、人類と妖怪の共和繁栄のために協力していただけると助かりますわ」

なんと、と言うべきかやはりと言うべきか、彼女がこの楽園を形作った偉人らしい。そんな彼女が私に礼儀を尽くしたので、私の方もつい畏まってしまい気味に幹を引き締めた。

「そんなに固くならなくとも、私は大自然の守護者である貴方を敬っていますし、貴方はそのままこの地を暖めていただくだけで私たちにとってもありがたいことなのです」

私の変化から私の動揺を悟ったらしい紫は、焦る様子もなくすべて予期していたように私を宥める。

「あと、この子の雨宿り先になっていただき感謝いたします。雨の中を突っ切るようなことになっていたら藍の尻尾も使い物にならなくなってしまいましたし」

自分の懸念していたことを見事的中され視線を下におろす藍。私としては感謝されるようなことではないと思うし、むしろ頼ってもらって私が感謝したい気分だ。

「ふふっ、それはそれは。とても謹み深い御方なのですね」

私もこれには驚いた。私は彼女たちには伝わらないだろうと思っていたのだが、紫はどうも私の思っていることが筒抜けになっているような反応を反してくる。

「今私が能力を使って境界を弄っています。なので今このときだけは貴方の言葉は私と藍に届いていますわ」

紫の能力は恐ろしいほど奥が見えない。ならばこそこの幻想郷を立ち上げられたし、今もこうして成り立っているのだ。

藍も紫の元で精一杯力を尽くしていることだろう。私は八雲の者たちに敬意を払うし、これからも彼女らの使命を応援したいと思っている。

「ありがとうございます、この森の主様。今後もどうかよろしくお願い致します」

「それでは失礼いたします」

そうして藍たちは空中に穿てられた穴に入って行き、その穴が完全に閉じると辺りには再び雨粒の音が響くようになった。まるで先程のことなど夢であったかのようだ。


紫が私の言葉を直に伝わるようにしていたとき、嬉しさもあったが微かに抵抗感を感じていた。それを紫も藍も感じ取っていたに違いない。

やはり私にとっては、言葉はほとんど伝わらずとも心と心が繋がっている、そういった時間の方が性に合っていると思った。

だから、今度は橙とやらと三人で、私の元でくつろいでくれたらなあと願わざるを得なかった。



何処からか紫のクスッという笑い声が聞こえた気がした。



あれから数日後の今日は見事な晴天だった。少々空気が湿っているものの、雲一つ無く見事な晴れ模様は、散歩をしたりするには絶好の機会だ。

私は久しぶりの天候に心躍らせ、誰か来るのはまだかまだかと辛抱し切れなかった。ついに人里の子供たちや悪戯好きの妖精たちも続々と私の元に押し寄せ、一時は数十人の小さき友に囲まれるという、至福の時を過ごすことができた。

昼頃になって、子供たちも腹を満たすために続々と帰路につき始め、太陽が真上に上がる頃には誰もいなくなっていた。

私もその枝葉を休めているとき、遠くから数人の若い女性の歌声が響いてきた。音程というのはあまり関係がない、みんなと気分の高揚を分かち合うときのものだった。

新たなる来客に私の気分も上昇していたが、木のかごと四方形のものを持った彼女らの姿を認めるとそれは最高潮に達した。

そう、幻想郷の守護者、八雲紫とその眷族の藍、もう一人の猫の妖獣は見ない顔だった。少女は一瞬誰かと思ったが、紫と藍に両手を繋がれているのを見れば、あれが噂の橙なのだろうと推測できる。

私の願いが叶って、ついに彼女たちが私の元へと訪れてきたのだ。

真ん中にいる少女がうきうきとした声をあげる。

「こうやって藍さまと紫様と一緒に歩いてピクニックにいくのも久しぶりですね!」

「そうだなぁ、しかも歩いてだと初めてになるんじゃないか?」

「飛んでくるのは簡単だけど、それじゃ風情も楽しみもあったものじゃないしね」

「橙もこうして喜んでくれてるしよかったわねぇ、藍」

「ええ、私もこうして二人と来ることができて幸せですよ」

「あら嬉しいわね」

「紫様もそうでしょう?」

「ふふふっ、まあね」

まるで一つの家族のように笑い合いながら私の根元のところに敷物を敷くと、四方の隅に重りをのせ、かごを囲むようにして三人は腰を下ろした。

かごの蓋が開けられるとその中から小麦から作られているだろうものに野菜や卵を挟んだカラフルな昼食が一杯に詰まっていた。そして藍が袖から筒状の入れ物を取り出す。彼女が上部を回し傾けると中から黄色の液体が流れだしそれを三人分の容れ物が受け入れた。

彼女らはそれを美味しそうに頬を綻ばせながら喉に流しているから、あれはちゃんとした飲み物のようだ。

紫たちはごちそうを頬張ってたまに喉も潤わせながら最近の出来事を報告しあい、時聞いている側もそれが自分のことであるかのように一喜一憂していた。

私も彼女たちと同じように家族になったかのような心地になり、現実と夢の境界をさ迷っている錯覚もしたほどだ。

「貴方のお陰ですわ」

と、紫は聖母のような表情で私に言った。

「こんな時間を与えてくれてありがとうございます」

と、橙は私に弾けるような笑顔を送ってきた。

「私からも礼を言わせてもらいたい、ありがとう」

と、藍は目を閉じて静かに笑った。

「まだ幻想郷は若く未熟です。私たちがあまり手をかけなくても済むようになるまでどれくらいの時間がかかるかわかりませんが、貴方がいればそれほど時間はかかることはないでしょうね」

「私が八雲の姓を貰う頃にはもっといろんな家族ができてたらいいですね!」

「幻想郷を想うものはすべて家族だと思っています。ですから、あなたは家族のような、ではなく正真正銘の家族なのですよ」

私に涙腺があったなら、間違いなく涙を流していたはずだ。仲間たちは存在していたが家族と呼べるものは今の今までいなかったように思う。私の心は感動の嵐で決壊してしまいそうだった。

かごの中身も空になり、いそいそと何かの準備を開始した三人。かごにゴミや筒をしまった後、彼女たちは私に背を預けて夢への旅支度を進め始めた。

藍を中心とし、彼女の自慢であるふさふさの尻尾をクッションのようにして紫と橙がゆったりと藍に体を預けている。

私は三人の未来を祝福するように、静かな曲を私の体を揺すり奏でるのであった。

それは心と心が触れ合い繋がっていれば自然とそういう関係になる、そんな確かなものではないでしょうか


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