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阿礼乙女の来訪

思ったよりも時間がかかってしまった……

一般的には夏というくくりでないにしろ、気温はそれなりに高く、春は通りすぎてしまったのだと錯覚してしまうほどだ。また雨の日も多くなってきている。恵みの時季、梅雨が迫ってきているのかと、根はしっかりと張り巡らされているのだが浮き足立ってしまう。

私は生き生きと活動している植物や小さな命の姿に心を暖められつつ、すっきりとしない晴れ模様に励ましのエールを送っていた。


私はこの森とその住人の守護者ではあるが、妖怪による食人活動に関しては口出しをしない。仲間からも聞いているが、それは言わば食物連鎖、いや自然の摂理であり、極めて自然なことだからだ。

それだからか、私の元には普通の人間はたどり着かないしそもそも森に入ろうともしない。たまに迷い込む者もいるが、すぐに食われるか自力で脱出してしまう。自分で決めた取り決め事とはいえ、なんだか心苦しいのは事実だ。

だから今、三つの気配が私に向かってきていて、そのうちの二つが人間のものというのは驚くべきことで、喜びよりもよくわからない不安の方が大きくなってしまう。

ふと、一つの気配が最近馴染み深くなった種族の物であると気づいた。人間も、その気配は私が知るものと少し変わったもののように見受けられる。

私が不審に思っていると、そう離れていないところから数人が言い争っているのが聞こえてきた。恐らくは先程の者たちだ。少々聞きづらいので、現場の周りにいる同胞の助けも借りることにする。


「ほんとにこっちで合ってるんでしょうね」

「今度こそほんとです!」

「さっきみたいに視界の悪いところから急に崖が現れて危うく落ちそうになるなんてことは」

「ないです! だからごめんなさいって謝ってるじゃないですか! というか私は妖精ですから、悪戯するなんて簡単に想像が……」

「うっさい!というか本命の阿求は無事だって意味よさっきのは! 私は落っこっちゃったから! 私が不老不死じゃなかったらどうしてくれるのよ!」

「いや私は元々妹紅さんをはめるつもりで」

「余計質悪いじゃない!」

「私は大丈夫ですから妹紅さん、落ち着いてください……」

「そうです、ほら、もうすぐ着きますよ!」

「ぐぬぬ……」


とても少人数とは思えないほど賑やかだ。これが世に聞く三人寄れば姦しいだろうと推測する。これほど賑やかなのは、チルノやリグルが他の友人を連れてきて以来だろう。あのときはさほど険悪な雰囲気にはなってなかった分、彼女たちのように殺気立っていなかったので私としても非常におおらかな心地になれたが、今回は気を付けねばなるまい。


「こうなるから妖精に頼るなんてしたくなかったのに…」

「まあまあ、こうでもしないと目的地までたどり着けないですししょうがないですって」

「なんだかなぁ」

「これだからミスティアの屋台に売り上げで負けてる焼き鳥屋の店長は……」

「それは関係ないでしょ!」

「まあまあ妹紅さん……、ほら妖精さん、黙って道案内すればご褒美の金平糖増やしてあげますので」

「……」

「現金なやつだな」

「妖精なぞちょろいもんです」

「……はぁ」


会話が終わってすぐ、私のいる広場に一行は姿を見せた。

先頭はもちろん案内役の妖精だった。確かチルノと共によく見かけている個体だ。容姿は雑多な妖精とほとんど変わらないが、その身に宿る力はチルノほどではないとはいえ抜きん出ている。

真ん中でまるで護衛されている少女は、森に入るのにはあまり向かないどちらかというと屋内でしか着ないような着物を着込み、おかっぱ頭にはその可愛らしい容貌と滲み出る儚さを引き立てる綺麗な花の髪飾りが刺されている。

殿を務めていたのは白と赤で構成された少女だ。自然な白さのリボンと色素が抜け落ちたような白さの髪、深紅の瞳が一際目を引く。裾と胴回り以外はかなりゆったりとしているもんぺというものを紐のようなもので肩からかけ、襟や袖口が特徴的な真っ白い衣服を身に付けている。一見服装的には先程の少女と正反対だが、その着こなし方には高貴な風格を感じられる。

いささか私も身構えてしまい、私の並外れた肢体を広げて半ば威嚇をしている状態になってしまった。

私のよく知る妖精、大妖精は私の警戒心に気づき、慌てて根元へと飛びよってきた。

「落ち着いてください、あの人たちは違います」

大妖精にそう宥められてしまったが、私も反射的にとってしまった行動なので、ばつの悪い思いをしながら総体を引っ込めた。

大妖精はひとまず安心といったようだったが、後ろの二人はそうともいっていない様子だ。私の所へ案内をさせていたことから私のことをある程度知っていただろうが、巨大な一本の木がこれほどはっきりと動く様など予想外だったようで、二人とも顎が外れたように口を開け目を丸々と見開いていた。

「これが噂の……」

「慧音から聞いてたけどまさかこれほどとは……」

私も驚かすつもりはなく、かといって隠すつもりもなかったが、少し申し訳ない気持ちになった。そんな私の気分を察してか、大妖精は早速私に本題を切り出してきた。

「この人たちがあなたに聞きたいことがあるようです」

すると、唖然としていた二人も我を取り戻し私に恭しく一礼をすると、数歩足を前に出した。

「稗田阿求といいます。今日は私の書いている幻想郷縁起――幻想郷中の人妖や要所についてを後代に伝えるための書物を編纂するにあたり、あなたのことをまとめる必要があるので参りました」

幻想郷縁起なる文章は初めて聞いたが、私についてを記録に残してなんの得になるのかは不明だが、損もないようだ。ここは一つ余興として暇潰しにはなるだろうと取材を快く受け入れることにした。

大妖精がその旨を阿求に伝えると、彼女はひとまずホッとした表情を浮かべた。しかし、まだ一人素性の明らかではない存在が残っている。私が先程警戒していた一番の原因だ。

大妖精はその少女に自己紹介を促すと、彼女はおずおずと口を開き始めた。

「……普段は迷いの竹林で自警団を営んでいて、今回阿求の護衛を頼まれている藤原妹紅です」

私も阿求女史のようなおとなしめな人間が一人でここまで来るのは無謀だと思うし、護衛を雇うのは正しい判断だと思ったので、私の中から彼女らに対する余計な考えをすべて捨て去ることができた。

しかし迷いの竹林というのは少々聞き覚えがある。確か私の自我が芽生えたてに仲間から聞いた名だったと思うが、いつか彼らと語り合いたいものだ。

「あなたと妖精は多少心を通わせることができるようですが、会話をするまでには至らないと聞いております。なので、私の質問に肯定か否定かで答えていただくことになります」

阿求の説明は簡潔で分かりやすかったから、私もすぐに体勢を取ることができた。

「ではまず最初に、この森は何か特殊な力だとか幻想郷にとてつもない影響を与えたりすることはありますか?」

私の感覚ではそういったものがあるようには感じられないし、私自身変わった能力を持っているわけでもない。よって否だ。

「なるほど、では次に、この森で妖怪が人を襲うことはありましたか?」

何度もあった。何人の死人が土壌に染み渡ったかわからない。

「その妖怪が人里に来ることは?」

それはない。ここに住むものがどこかへ出張したという形跡もないので、あくまでも入ってきた者だけを補食しているようだ。

「あなたたち森に対して敵意のあるものは許容できますか?」

言語道断、断じて許してはおけない。森の総力をあげて排除するつもりだ。

「……あなたは人ではなく森の守護者としてそこにいるわけですね」

そう、私は来るものは人間でも拒まないがかといって擁護をすることもない。

「そうですか……では次に移りますね」

阿求は少し考え込んだ後すぐに切り替えたが、私にはその理由に察しがついた。阿求の質問内容は人間目線、人間にとって益があるかどうかを探るもので、幻想郷縁起も、人間が生き残るための指標という意味合いが強いのだろう。私が人間を必要以上に守らないことを知って、どういった記述をするかを練っていたに違いない。

しかし、その考えを根本から覆す問いを阿求は私に繰り出してきたのだ。


「あなたの幹は妖精たちや弱い妖怪たちに大人気だそうで、これが終わったら私たちも体験していいですか?」


……思考の凍結が一瞬。

なんということだ。異論はないが、その意図がどうしてもわからない。

「そうですか、よかったです」

嬉しそうに微笑む阿求。私が人の味方というわけではないのを知って危惧したのではないのか。

そんな私の様子を見て大妖精がニヤついている。嫌な既視感が私を襲った。

「いろんな妖精や妖怪と過ごすことは楽しいですか?」

楽しくないわけがない。むしろ私は私の元へ寄ってくる彼女らを優しく包み込むことが私の使命だとも思っているのだから。

「……わかりました、ご協力ありがとうございます」

最後の最後で天地がひっくり返るような心地の質問を投げられたが、どうやら無事に終了できたらしい。

「妹紅さん、少し彼の根元で休憩していきませんか?」

「私は別に構わないわ」

「ついに守り神様の初の人間とのふれあいタイムですね」

阿求は私に背を向けるような形で膝を折り、そのまま私に身を預けるような姿勢をとった。妹紅は、地面に収まりきらず張り出している根を枕にして寝転がった。大妖精は手頃な高さの幹にちょこんと座り、肩を私の体に寄せている。

私はまだ混乱していたが、人間であるはずの阿求が私の心情を読み取ったかのように私に語りかけてきた。

「少し前までの縁起は人間が生き残るための指南書として使われてきました。その頃はまだ人と妖怪の関係が捕食か退治か、その二択しかありませんでした。しかし、幻想郷という括りができて、両者の共存が必要不可欠になるにつれてだんだんと必要とされる情報も変化してきました。

最近は人と妖怪が互いに酒を飲み合うなんてこともあるのですから、どう対抗するかよりもどうやって付き合っていくかという方法にも目を向けなければならなくなったのです。

人里にも妖精や無害な妖怪も姿を見せますし、私たち人間にとって本当に危険な存在だけは知る必要がありますが、あなたのように公平に振る舞う存在を敵視する必要はないのです」

驚くほど無防備にくつろぐ二人。それほど私を信頼している証拠なのだろう。ならばその信頼に答える他ないと、私は彼女らが襲撃されることがないように仲間にも声をかけ、ほんの少し木々の配置を工夫した。これで三人はゆっくりと体を休められるだろう。

さらに、阿求らの心に自身のエネルギーを分け与えるように、精一杯幹と枝葉を広場に広げるのだった。


しばらくして三人は帰っていったが、阿求の言葉はしばらく私の中を循環し、私の凝り固まった考えを少しずつほぐしている。

他意無く私に会いに来る人間なら、少しぐらい優遇してやろうかとも思い始めた。

私の仲間の情報が正しくなかったとは言わないが、世界は時に従って変わっていくのだとこの身をもって体感した日だった。







《神秘の森》

・危険度 中

・遭遇する妖怪 妖精、妖獣、幽霊他


人間の里から少し離れたところにある森。竹林や魔法の森と違いそう特徴があるわけではないのだが、所々に妖怪が潜んでいる。しかし、その妖怪も気性の荒いものはあまり存在せず、縄張りに侵入しなければ襲ってくることはあまりない。従って、人里にも降りてこないので無理に退治する必要もない。

注目すべきはその中心付近にある一際目立つ大木で、人里でも見ようと思えば見えるくらいだ。その木はいわば森の守り神の宿り木で、森に危害を加えるものを監視している。

彼の周りはちょっとした広場があり、妖精や人型の弱小妖怪もそこで遊んでいたり、彼自身を寛ぎの道具として扱ったりしている。罰当たりと思う人もいるかもしれないが、彼はむしろそれを望んでおり、変な態度を取らない限り頼めば休憩場所として使わせてくれるようだ。

最近では子供たちが集団で遊びに行って無事に帰ってきたという例が多数報告されているので、一度行ってみてもいいかもしれない。道中で襲われても責任はとれないが。


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