ただそこにいるだけ
私の体は純白の晴れ着に飾られ、まるで雲のようになっていた。雲はそこにあるにも関わらず掴むことのできない実体のないもの、幻想的な存在で、幻想郷のこの森に在り続けるだろう私のことを上手く言い表しているようにも思える。
心地よい日差しだ。柔らかく包み込むような風も私の幹を、枝葉を優しく揺らす。こんな日は、必ずいいことが起きると相場は決まっている。
かなりの人数が私の森に入ってきた。これほど多くは経験したことがなかったし、しかもそれに悪意がひとつも感じられない、純粋な心持ちで押し寄せてきているのはいささか不気味なものだ。
そのうち、三人が私の前に姿を表した。
「おお、なかなか見ごたえがあるな」
黒と白、正反対の色合いの魔女風の服を着、職業魔法使いである霧雨魔理沙が人懐っこい笑みを浮かべている。
「ちょうどよかったわね」
腋が開いているが、赤と白の目出度い服装の巫女、博麗霊夢は少し安心したように息を吐いた。
「ほほう、見事だね」
少し捻れた二本の角が生えているから恐らくは鬼だろう。小さくもその肉体から溢れる力の強さは計り知れない。
「桜とかも散るのが早いからねぇ、どうやら間に合ったみたいだ」
鬼は酔っ払っているらしく顔を赤らめながら私の私の幹をさすった。
「文が確認したのはつい一昨日なんだから心配する必要もなかっただろうに」
そんな鬼に呆れた様子の魔理沙。
「萃香だけじゃなくて私も心配してたんだからあんたが呑気すぎるのよ」
霊夢はそんな魔理沙に肩を竦めつつ、手に持っていた酒瓶や敷物、他にも様々のものを広げ始めた。魔理沙ははいはい、と聞き流すと霊夢に倣って同様に何かの準備を始める。
「すごいぞー!」
萃香と呼ばれた鬼はいつのまにか私の別れた幹に腰掛け口を大きく開けて笑っている。
「あんたも手伝いなさい!」
「えー」
霊夢は萃香に怒鳴り付けるが、彼女の耳には届いていない。萃香は依然として私のつけている花に夢中だ。
「おお、早いじゃないか二人とも」
次のお客が来た。
「レミリアお嬢様、それ以上は日傘からはみ出てしまいます」
「おっと危ない危ない」
ヒラヒラした飾りの多い服を着ている従者、十六夜咲夜がこれまた背は低いが膨大な妖力を放っている存在に日光から庇うように日傘を差していた。
レミリアと咲夜が呼んでいた少女はふんわりとした印象が強い。以前深夜にとある妖精が意識を失いながらさ迷っていたときに似ている衣装がそれを抱かせている。後で話を聞いたがパジャマといって床につく際に着用するものらしい。しかしその背からは漆黒の翼が飛び出し禍々しく光っていた。
「レ、レミィ、もう疲れた……」
その後ろからよろめいた体を木の棒で支えている紫色の少女が現れた。髪色は深い紫で、寝間着のような服はラベンダーのような色合いだ。
「パチェ、やっぱりもう少し体を動かすことを意識したらどうだ?」
「あちらで少しお休みになられたらどうでしょうかパチュリー様」
「ありがとう咲夜、少し横になるわ」
いじらしい笑みを見せるレミリアをパチュリーはスルーし、咲夜の気遣いを汲みいつの間にか敷いてあったマットにその体を横たえた。
「お嬢様ー!咲夜さーん!」
「キャハハッ!行け行けー!」
若い女性の悲鳴と、楽しそうにはしゃぐ幼子の声が同時に森から上がる。
レミリアと咲夜がそちらの方を向くと、背の高い女の妖怪に、レミリアとよく似た感覚を持つ女児が肩車をされているのが目に入った。少女の方は肩車されているのにも関わらず両手を傘で塞いでおり、見ていて危なっかしい。
娘の方は大きくスリットの入った服を着こなしていて太股が見え隠れしている。また頭には星を飾っている帽子を被っていて、龍という文字が刻まれている。動きやすさを重視しているようだが、その分露出する機会が多い気がする。
女児はレミリアとよく似ているから姉妹なのだろうか。しかしレミリアと違いこちらは外向きの衣服のようだ。赤を上下ともに揃え、陽気なお嬢様といった雰囲気だが背中に生えている翼からは七色の宝石がぶら下がっている。
「やっと着いたー、何で歩かなきゃいけないのさ」
不満そうに愚痴る少女。
「レミリアお嬢様の言いつけですからなんとも……イタタ」
「あいつの言うことなんて守れるかー!」
落ち着かせようと土台となっている麗人だが、逆効果だったようだ。少女が暴れだしてしまった。
「聞こえてるわよフラン!」
自分の悪口を目の前で言われつい口を滑らせたレミリア。
「聞かせてるのよバカー!」
舌を出してレミリアを挑発するフラン。
「くぬぬ……美鈴!」
拳を握り力を込めるレミリアだったが、助けを求めれらた女性、美鈴は、
「あはは……」
と笑うだけだった。走行している内にフランの興味は別のものに移ってしまった。
「あ、魔理沙だ!」
フランは私の根元で思案していた魔理沙に駆け寄ると、その勢いを殺さずダイブ。魔理沙はたまらずしりを打ち付けてしまった。
「イテテ……おうフラン、痛いぞ」
「ごめんねー魔理沙ー」
しかし魔理沙も大して痛がっていないし、フランもそう悪びていなかった。
「わぁ、きれいだぁ」
フランが私を見上げ見とれている。
「だろう? 来れてよかったな」
「うん!」
そのまま二人きりで話始め、置いてかれたレミリアと美鈴はその姿を尻目に溜め息を吐いた。
「お嬢様……」
「うっさいわね」
しかし美鈴も拗ねてしまったレミリアに突き放されてしまい、ガクッと肩を落とした。
「さ、そんなところで突っ立ってないでさっさと手伝いなさい」
落ち込んでいるところを咲夜の冷酷な言葉が襲い、美鈴はとぼとぼと咲夜の後をついていくのだった。
「あら、意外と早く着いたわね」
「はい、純粋な気持ちであの木に行くときは迷うことはないそうです」
「じゃあ私たちはピュアってわけね」
「いや、そういうことでは……」
「じゃあ汚れちゃってるのか」
「違います!」
「汚れるってどういう意味ですか藍様」
「橙にはまだ早い」
「まあ知ってますけど」
「えっ」
聞き覚えのある声が聞こえてきた。ひとつははじめて聞くが、四つは耳に覚えがある。ひとつは最近、二つは去年の頃だっただろうか。
出てきたのは半透明な球体を引き連れる緑の装束を着た白髪の少女、魂魄妖夢と似た意匠を凝らした導師服を着た金髪の美女二人、八雲紫と藍。導師服様を身に付けた藍の式である橙。
もう一人は生を感じられない、恐らくは幽霊の類いだろう。覗き色の着物に所々フリルがつけられており、帽子も非常に高貴な出で立ちを思わせる。扇子を口元にあて、落ち着いた雰囲気を醸し出していた。
「どうかしら幽々子、取って置きの場所は」
「心に響いてくるわね、綺麗だわ」
八雲紫と妖夢の君、幽々子や藍の三人が大人びているため、妖夢や橙が浮いて見えるが、橙はほどよく溶け込んでいるため妖夢のその苦労人の性はここから来ているのかと納得できた。
「藍、早く霊夢たちを手伝ってやんなさい」
「はい」
藍は紫の命令を事前に察知していたかのように応じると、頭を下げながら一歩下がり、すぐさま作業に入っていった。
締まりのある見事な主従関係だ。しかし妖夢と幽々子はというと、
「妖夢ー、ちょっとつまみたいんだけど」
「あと少しで始まるんですから我慢してくださいよ」
「ケチー」
「幽々子様の辛抱が足らないんです!」
ほのぼのとした空間が出来上がっていた。幽々子も楽しそうに笑っているところから妖夢の反応を楽しんでいるのだろう。これ以上からかわれないよう妖夢はその場を走り去ると、従者仲間である咲夜の応援をしに行った。
それを見ていた橙がそわそわと体を揺すり始めた。
紫がそれに気づき橙に声をかける。
「どうしたの橙」
「橙もなにかやることありますか?」
橙がそのつぶらな瞳で紫に聞くと、
「そうね、じゃあ藍のお手伝いでもお願いしようかしら」
紫が橙の頭を撫でながら頼むと、みるみるうちに橙の顔が喜びに染まった。
「はい!」
トテトテと走り去る橙。
「それじゃあ私たちは邪魔にならないように座って待ってましょうか」
「そうね」
その後ろ姿を微笑ましく見守った紫と幽々子は、藍の用意した場所に腰を下ろすと談笑をし始めた。
「すごいっ、すごい!」
そんな声が聞こえたかと思うと、フランと同じくらいの大きさの少女が私を見上げていた。
身に纏っている衣服は赤黒く色彩が少々グロテスクだが、腰から大きく膨らむスカートと、頭に飾られているリボンは可愛らしさを引き出している。
「メディ、落ち着きなさい」
落ち着いた声がメディの高揚した気分を沈静化しようとしている。
その声の主は風見幽香だった。赤いチェックの上着、同じ柄のスカート、柔らかいピンクの日傘、どれも鼻筋の整った彼女によく似合っているのだが、隙を感じさせない佇まいは長らく生きている大妖怪のそれだ。
「まあいいんじゃないかしら、あの子もこういうのあまり経験ないみたいだし」
幽香に続いてきたのは西洋人形のような美貌を持つ女性だった。カチューシャやその羽織っているマントだろうか、白い布の至るところにヒラヒラがついているものの育ちのよさを感じさせる何かがあった。
「でも放っておくと毒を撒き散らしそうだし、事が起きる前にね」
「まあそうだけれども」
「そうだそうだこのボッチアリスー!」
「なんですって……」
メディが悪乗りをし、幽香の隣の少女に挑発的な発言をした。
それを受けた彼女は額に青筋を立てるも、なんとか怒りを押さえつけることができたらしい。アリスは呼吸を整えると、澄まし顔でメディをスルーした。
「この変人趣味ー!」
「なんですってー!」
しかしそれも徒労に終わってしまった。
「上海!」
「シャンハーイ」
「キャーニゲロー」
メディとアリスの鬼ごっこが始まってしまい残された幽香は手持ち無沙汰になると、嘆息し二人のんびりと過ごしている紫たちのところへと向かっていった。
しかし今日はよく来る。しかもこの幻想郷で重要な役割をしているものばかりだ。人数で言えばいつも子供たちが大勢来たりするのでそれには劣るが、密度で言えばここ一年分ぐらいの高さだ。
そしてまた来訪者だ。
「映姫様、私にさんざん職務をサボるなっていっといてこんなところに来ていいんですか?」
胸部の大きい赤髪の娘が言う。大きなくねった鎌を携えており、彼女は死神で、現世に干渉しているということは三途の川の船頭だろうか。
「大丈夫です。暇をしていた平等王に変わってもらいましたし、あなたの抜けた穴も有志が埋めています。しかも指定の時間になったらちゃんと帰ります。どこぞの死神と違って休むこともきちっと自分を律しますので心配は要りません。ねえ小町」
「うぐぅ……」
もしかしたら死神、小町の頭四つ分も小さいかもしれない少女は出来の悪い部下に説教するかのような口ぶりで話す。
きちっと整えられた身嗜み、まっすぐな線を彷彿とさせる服装はどこかの正装、制服のように見受けられる。
会話の内容からするに、やはり上司と部下の関係なのだろう。死神の上といえば閻魔がそれにあたる。ということは四季様と呼ばれたこんなに小さな彼女が閻魔ということになる。
「せっかく二人でゆっくりできる時間がとれたのです。準備の邪魔にならないところでこの木でも眺めていましょう」
「へーい」
「返事はハイです」
「ハイハイ」
「ハイは一回」
「四季様こんなときぐらい多目に見てもらっても」
「駄目です」
「ぎゃふん」
まあこの幻想郷に見た目や年齢など無縁のことだと思い直すまで少し時間がかかったが、この件については考えるのをやめるのが得策だと思った。
しかし閻魔まで来てしまうとは驚きだ。この分では神まで来てしまうのではないかと考えたが、それは考えすぎだろう。
「これは立派な木だねぇ」
「まるでご神木だ」
「神力はないそうですけどその表現がしっくり来ますね」
「ちょっと文、何で私が来なきゃ行けないのよ」
「同感だ、私は白狼天狗だ。守矢の三柱の護衛になぜ私風情が選ばれたのだ」
噂をすれば影と言うやつだろうか、いや影どころではない。ご本人登場である。
背中に大きな注連縄をつけ、胸には鏡を、威圧感を放ち畏怖を感じさせる神。二つの目玉をつけた奇妙な帽子を被っている少女。こちらは先述の神とはまた違ったベクトルの存在感を放っている。祟りや怨念といったものだ。
そして緑の髪に蒼のラインの入った腋の開いている巫女姿の彼女は東風谷早苗、山の神社の風祝をしているそうだ。ということは前の二柱はそこに祀られている神だろう。
「私とはたては記録役、椛はここに来たことがあるということで案内兼護衛をお願いしたんじゃないですか」
「椛はともかく私は要らないでしょ、文がいるし」
「案内なら文だけでも十分だろうに!」
「あやや、そんな風に言われるとは心外です」
装束は文とほとんど同じだが細部のカラーリングの違うはたてと、つい先日会ったときよりも少し格好は豪勢になっているが、文に対し抜刀をしようと刀の柄に手をかける椛。
たかが数人来ただけでかなり騒がしくなってきた。
「あ、にとり!」
文と睨み合っている椛が、その背後に現れた人影に声をかけた。
「おいーっす!」
「こんにちわ」
やはり大がかりなリュックを背負っているにとりと、その隣にはメディを彷彿とさせる洋服を着た少女がいた。しかしそのデザインは大きく変わっており、頭に結われた大きなリボンにもフリルをふんだんに使っていて、少々大人びている彼女にも似合うよう使われていた。
「ほんとに私が来てよかったの?」
少女が不安げに辺りを見回しながらにとりに相談する。
「大丈夫だって雛、ほら」
そんな彼女、雛を安心させるようににとりがあるところを指差した。
「お、厄神様じゃん」
「ほんとだ」
「めずらしーね」
「厄神様って話しかけると大変なんじゃなかった?」
「私には関係ないし、最強だし」
「別にどーってことないよ」
「まあそうだね」
いつの間にかそこにはチルノやリグル、ミスティア、ルーミア、大妖精と、私のところへよく遊びに来る面子が集まっていた。
「ほらね?」
とにとりが雛に笑いかけた。
雛は自分たちに集まってくる彼女たちの姿を見、そしてにとりの笑顔を信じられないといった表情で見つめる。
そしてその後ようやく彼女はクスリと小さく笑った。
私の周りを三人の妖精たちが回り始めている。一人一人の力は微々たるものだが、時々姿を消したり音を無くしたりとビックリするようなことを引き起こしている。やはり妖精はいたずら好きなのだ。私からすると微笑ましいものだが、人間にとっては驚異になりうるものなのだろう。からかわれた霊夢にお札を投げつけられ次々と撃墜されていく。
また眠たそうに目を擦っているリリーや、同じくまだ寝ぼけているのか頭が揺れているレティまでもがこの場にいる。彼女たちを引っ張ってきたのは帽子に実りの象徴である葡萄と、終焉の象徴である紅葉した紅葉をつけた姉妹であろう二人だ。
私の推測だが、彼女らは秋の神ではないだろうか。ほとんど妖怪化しているものの、私は彼女らから神力を微かながら感じているし、その力は過ぎ去った季節のものに酷似しているのだ。
リリーやレティは自分に合った季節以外はあまり活動しないが彼女らは違うらしい。レティやリリーを多分叩き起こしてきているから、私はそう推察した。
「おう、ずいぶん賑やかだなおい」
「離してください勇儀さんもう自分で歩けますから!」
「イヤだ、離したらお前走って逃げてくだろ?」
「そうだよお姉ちゃん、ここは勇儀の大船に乗ったつもりでさ」
「もう離して……」
「お前もだパルスィ」
なんというか少し古風な格好で、額から一本立派な角を生やした鬼が、両脇に人を抱えて広場に参上した。
一人は古明地さとり。地霊殿の主の覚妖怪で、その象徴である第三の目は強張っている。
もう一人は見ない顔だ。焦点の合わない目で勇儀に懇願するパルスィと呼ばれた彼女の耳は尖っていて、服装も美鈴や紫、メディのようなものともまた違う独特のものだ。
勇儀の横でさとりに笑いかけているのは彼女の妹こいしだ。相変わらず恋の瞳は閉じたままだが、その進展はたまに聞いていて、その限りでは順調のようだ。
「ねえねえこの木結構な燃料にならない?」
「燃やしちゃダメでしょ」
「うにゅ……」
彼女らの後ろで猫耳を生やした黒ずくめの少女と、烏の濡れ羽色の髪を持ち、漆黒の翼、胸の辺りに赤い目玉を抱えた少女が物騒な話題を繰り広げていた。悪意がない辺り天然なのか何も考えていないのかわからないが、隣の少女がなんとか押さえてくれるだろう。
「魔理沙ー!」
こいしがフランとじゃれている魔理沙のもとに駆けていくのを眺めた後、私は更なる来客を目にすることになる。
「……予想外だなこれは」
「いやこれくらいは想定できた範囲です」
「輝夜はまだ来てないみたいだな」
頭に建物のような帽子をつけた蒼銀の髪の娘が、またもや森を抜けるのに相応しくない着物を羽織った少女、阿求と白髪でもんぺが特徴の妹紅と共にやって来た。
「まあ慧音は初めてだからしょうがないといえばそうかもしれないけど」
「なにせ格の高い人妖に愛されてますから当然でしょう」
「……いやしかしこれほどのものとは思わなんだ」
慧音は冷や汗を流しながら阿求と妹紅に答える。慧音といえば子供たちがよく話題にする人里の教師だったと思う。ならば大人数を目にするのは初めてではないはずだが、如何せんここにいるものたちが特殊すぎる。無理もない話だ。
「ばぁっ!」
そんな彼女たちの前に一つの桶が飛びかかってきた。桶の中には幼女と表現していいほどの子供が入っていて、器用に桶を跳ねさせここまで移動してきたらしい。
「ボーッとしてるとお前たちの首をぉぅふ」
その子が阿求たちに物騒な脅迫をするが、阿求は無表情でその桶を叩き落とし、さあ行きましょうと二人を促しその場を去ってしまった。
「あ、ああわかった」
「怖……」
あまりの出来事に二人も引き気味だった。
「キスメー!」
桶の少女がのびているところに、腹の部分が大きく膨らんだ洋服を着、金髪を後頭部で纏めあげた少女が慌てて駆けつけてきた。
「ヤ、ヤマメ……ごめん」
「キスメ……なんて惨い……あの文学少女気取りめぇ、許さん」
芝居がかかった調子のキスメだが、ヤマメはそれに気がつかず黒いオーラを発し始めた。それに気づいた周りのものは身を強ばらせ警戒するが、 どこからか飛んできた針に背中を刺され、ドサリと倒れ込んだ。
「え、ちょヤマメ!」
さすがに計算違いだったようで、本気で心配してヤマメの肩を揺する。
「こんなとこで病気ばらまくな!」
かなり離れたところから霊夢の怒声が飛んできた。先ほどの針は彼女が放ったものだ。
「お、お前は」
妹紅の方から震えた声が聞こえてきた。何事かと思うと、妹紅が更なる来賓の姿を見て、敵対心を剥き出しにしているのが見えた。
「ごきげんよう妹紅、まだくたばってなかったのね」
阿求の着物よりも重厚でそもそも動きにくいだろう式服を引きずりかなり長くも丁寧に手入れされた髪を流しており、小馬鹿にしたような視線で妹紅を見下ろすその少女は蓬莱山輝夜だ。
久々に竹林から話があった。輝夜たちの出立を彼女から聞いていた私は、輝夜の後ろに続くものたちも知っている。
「姫様、こんなところで暴れ始めたら承知しませんよ」
赤と青を左右で塗り分けた衣服で、長い銀髪を三つ編みにして大人びているのは八意永琳。後ろで疲れた表情を浮かべている月の兎、鈴仙・優曇華院・イナバの師範である。
もう一人地球純正の兎がいるはずなのだが、今この場にはいないようだ。
「……この場所じゃなかったら殺してやれたのに」
「無理ね、だって死なないんだもの。だからあなたは私には勝てない」
「お前もな」
一体どれだけのことをしたらこれほど険悪になれるのだろうか。妹紅も普段の雰囲気を捨て沸き上がる怒りを必死に押さえていて、輝夜も冷静に振る舞ってはいるが青筋が目立っている。
お互い打ち合わせたように顔を背け正反対に歩いていく。
その様子を見て永琳は輝夜にバレないよう静かに笑い、慧音は腰に手をあて世話のかかる子供を見守る母親の如く眉を下げた。
ふと柔らかいものがあたった感触があり、そちらに気を向けると私の幹に背中を預けなかなか決まったポーズをとっている兎がいた。
「ウササ、こんなときこそ私の本領が発揮できるというもの」
不適に笑うその兎は因幡てゐ。かなり長い年月を生きていると聞いたことがある。なにやら謀をしているらしい。
私の前でそんなことをするとは勇気のあるやつだ。少し懲らしめねばならぬと思い、少し細工をしてやる。
「ん?何か落ちてきたような……」
てゐは首筋に違和感を覚え、その正体を指でつまみ顔の前に持ってくる。
それは身をよじらせ拘束に抵抗している。その丸々太った体を目一杯使って。
「……」
てゐが時間を止められたように静止する。
「い、いぎゃぁぁああああ!!」
一瞬遅れててゐはそれを放り投げ鈴仙の懐に飛び込んだ。どうしたのよ、とその尋常ではないてゐの取り乱しように彼女はあたふたするが、てゐは依然として震えたままだ。
「えぇ……」
処理に窮した鈴仙は、しかしどうすることもできずただ棒立ちになる一方だった。
さて、一段落ついたかと私も心を休めようとしたが、そうはいかなかった。
「見てよあれすごいわ!」
「総領事娘様、そんなはしたない行為はお止めください」
「紫もそう思うでしょ!」
「え、ええそうですわね……桃臭っ」
帽子に桃がついていて、女性にしては体型が優れていない少女が従者とおぼしき女の忠告を無視し紫に絡みまくっていたのだ。紫も若干うざったそうにあしらうが、青髪の少女はそれに気がついていない。
紫もいい加減我慢できなくなったのか、空間に穴を開けそこにその少女を落とした。落ちたと思えばそれは紫のすぐ目の前に尻餅をつき、不満げな顔で紫を睨んでいた。
「なによツれないわね」
「いい加減学習したらどうなのかしら天子さん」
「私がバカだというの?!」
「飛躍しすぎだけど……あながち間違ってないわね」
「ムキー!」
仲はそれほど悪くはなさそうだ。しかし天子の後ろで控えている彼女は手を頬にあて困った表情をするだけでなにもしていない。滑らかな羽衣をつけていて、以前それが舞っているの見たことがあるが、確か竜宮の使いが身に付けるものだ。ということは二人とも天界の者なのだろうか。従者の方はともかく天子の方はそうは見えないが。
「おどろけー!」
「はいはいビックリビックリ」
「全然驚いてないー!おーどーろーけー!」
「……うるさいですね」
「ひゃあ! 暴力反対さでずむ反対!」
またまた騒がしい区画を発見した。
特徴的な紅紫色の傘を振り回している小傘が、早苗の風祝棒にビンタをされているところをちょうど目撃することができた。
小傘のドッキリに早苗が痺れを切らし、とうとう行動に移してしまったようだ。涙目で早苗に抗議する小傘だが、早苗は完全に聴覚をシャットアウトしてしまい、彼女の声は届いていない。
しかし小傘の驚かし方では誰も驚かないと思う。むしろ逆にやられてしまうというビジョンが明確に浮かんでくる。というか間違いなくそうだ。
「全く小傘はダメだなぁ」
それを遠目に眺めていた奇妙な格好の少女が呟いた。背中から六本の奇怪な羽が飛び出していて、鎌のようにも、蛇のようにも見える。
「いやいや、ぬえも人のことを言えた身分なのじゃろうか」
「う、うるさいな」
その隣に座る大きな尻尾を持った妖怪狸に突っ込まれるが、ぬえは目を泳がせ誤魔化そうとした。
「そうだそうだー」
近くにいた魔理沙もぬえを弄りにかかるが、
「お、お、お前はここで終われ!」
顔を真っ赤にしたぬえに飛びかかられてそのままもみくちゃになってしまった。
「ほほほ、ぬえもわしもまだまだよのう」
まだ若い女性の見かけによらず年寄りの言葉遣いの彼女はそれを暖かい目で見るとともに、目を細め在りし日のことを思い出しているようだった。
「あれ、ぬえこんなところにいたんだ」
着衣の乱れたぬえに声がかかった。
声の主は柄杓を持ち閻魔とも違った趣の制服を来ていた。
「む、村紗……」
驚きに目を見張るぬえ。
「あら、先に来ていたんですか」
落ち着いた物腰の女性も後に続いていた。髪のグラデーションが際立っていて、見に纏う法力と合わさり異様な空気を醸し出していた。
「聖……!」
「私もいるのよ」
「……」
「一輪、雲山!」
さらに二人。雲が顔を持っているからあれは入道なのだろうか、それを伴う頭巾のようなものを被った妖怪だ。
「寺にいないと思ったら小傘と一緒に来てたのね」
「別に気後れしなくたって一緒に来ればよかったのに」
「あ、まあ、そのごめん」
特段ぬえは責められているというわけではなさそうだが、だんだん声量が小さくなっていく。
「ほら、シャキッとしなって」
村紗に肩をつかまれ背筋を固まらせるぬえ。
そんな彼女を見て自然と笑いが広がり、またもぬえが赤面し顔を赤らめていく。
そんな中聖がある集団を見つけたようだ。
「あら、珍しい」
「いやいや、いずれ人間の統治者となる身ですから妖怪たちの顔を覚えておくのもありかと思いまして」
耳のように髪を逆立て、本物の耳には耳当てをしている。身なりはそれなりに豪華で、幻想郷でも身分の高い方の部類なのだろうと推測する。
「物の怪がいっぱいじゃ……大変じゃ……」
「そろそろ慣れていかないと身が持たないよ?」
頭に細長いものをのせた二人組が彼女の後ろで会話している。一人は身を振るわせ辺りを忙しなく見渡しずいぶんと警戒している。もう一人の方の足は白くだんだんと薄れていっていて、ふよふよと相方の傍を漂っていた。
このグループのいくつかに別れて行動し始めたため、意識をせずともすむようになったが、また一騒動起こしている組を見つけてしまった。
「ナズ、宝塔がどっかにいってしまいました!」
「こんなときにもかご主人!」
かなり目立つ虎柄の少女が、ネズミのような丸い耳を持つ少女に泣きつき、ナズと呼ばれた妖怪が呆れながらも声を荒げている。
「いいから探してきたらどうだご主人」
「うぅ……」
そんな彼女らに近づく影が二つ。
「落とし物はこれかしら?」
「うあー」
ふわりと薄い印象を抱かせる服に袖を通している妖艶な娘と額にお札を張られていて跳び跳ねながら移動をしている、……死体だろうか。生気を感じることもできず、かといって幽霊のわけでもない、よくわからない存在だ。
「そ、それです、ありがとうございます!」
「まったく、すまないね」
二人に礼を述べるナズともう一人だが、しかし述べられた側は不適に微笑んだ。
「命蓮寺のナズーリンさんと寅丸星さんでしたよね」
「は、はいそうですが」
「ご存じかとは思いますが、私は霍青娥と申します。気軽に青娥娘々とでもお呼びくださいで、少しお願いがあるのですが」
「お願い……なんだねそれは」
怪訝そうに聞き返すナズーリン。
「それはまだ言えません。貴女が首を縦に振るまではね」
「っ、じゃあその話は無しだ。さあ、早く返してくれ」
「……いいんですか、本当に」
「は、早くしてくれ」
なぜかどもるナズーリンにズイズイと畳み掛ける青娥。
「私が拾ったんです。今は私の所有物です」
「な、なにを!」
「いいから頷きなさい、ナズーリン」
「あ、あ、う、うぅ、わ、わかった」
「ふふっ、私、聞き分けのいい子は好きですわ」
そのまま二人は人気のない森に入っていってしまった。ナズーリンが心配だが、青娥からはそんな悪意を感じることはなかった。ならばそう騒ぐことではないのだろう。私に危害が及ぶのでないならば。
「では、そろそろ始めたいと思います!」
『イエーイ!』
「盛り上がっていきましょう!」
「おぉー!」
「それでは僭越ながら私たちプリズムリバー三姉妹がオープニングを飾らせていただきます!」
『いいぞいいぞ!』
「帰れ!」
「誰だ帰れっていったやつはぁ!」
「こんなときこそ私たち鳥獣伎楽の出番だぁ!」
「いったろうぜミスティアー!」
「後でお仕置きですねー」
「あ、やっちまったー!」
「まさかのピンチ!」
「解散なんてしないでくださいー!」
「なんで鈴仙が叫んでるのさ」
地底も地上も天界も死後の世界もそれぞれの住人が入り乱れての宴会、花見が幕を開けた。今日の彼女らはそのために私のところへ集ってきたのだ。
酒も料理も場を盛り上げるために必死で働いている。あちこちで歓声が上がり、どっと笑い声が広がり、怒鳴り声が響き、弾幕が飛び交う。それはもうハチャメチャだった。
しかし私は今までで最高の至福を噛み締めていた。彼女らの行動一つ一つが私の体を揺さぶる。根元から枝先にまで隅々に染み渡るこの心地よさは、なによりも代えがたいものだ。
しかしこの時間は永遠には続かないだろうし、この幻想郷の歴史ではほんの一コマにすぎないだろう。
しかし、その一コマの価値を私は思い知った。
またこんな日が来るように、まだ長く続く幻想の中でこれからも彼女たちとふれあうために、
ただここにいるだけだ。
これは一本の木と幻想の少女たちがふれあうだけの、たったそれだけのお話。
番外編が一応あるにはあるのですが、なろうでは掲載しないでおこうと思います
いろいろ思うところがあるので……
それでは皆さん、本当にありがとうございました




