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冬の忘れ物と山の二人

私が目覚めたのも、ちょうどこのくらいの時期だっただろうか。

春の陽気もすぐそこまで来ているというのに、日増しに寒さは強まるばかり。これも暖かさの前座なのかもしれないが、こういった季節の節目というのはなかなか辛い面もある。

私の枝にも白い花がつき始めた。この私もどういった名前なのかは知らない。もしかしたらありふれたものなのかもしれないし、この体にしか咲かないものなのかもしれない。

青々とした葉が生い茂る季節よりも、寂寥感すら感じさせるいわゆる侘びだとか寂だとかそんなものも誕生の祝辞としては上等だと、仲間の木々の可愛らしい点模様に私は心奪われていた。

こんな季節になると、この一年間というものがどれだけ濃いものだったかを思い知ることができる。

私の本質というものは実はわかっていない。よく守り神だとか表現されるが、私に神性など宿っていない。これは八雲紫によってもたらされた報告だ。

妖精らは自然そのものの権化であり、この私もそういったものなのかと思えば、彼女らはそれを否定する。私たちよりももっと高尚なものと主張するのだ。

では私はなんなのか。私は神でもなく妖精でもなく、もちろん人でもない。もちろんふれあったものたちの反応からして私が妖怪ということもあり得ない。

もしかしたら、私は私だけで成り立っているのかもしれない。神力も霊力も妖力も持ち合わせず独自の力を持ち、信仰や恐怖などに存在を脅かされない全く新しい何か。

ならばどうするというのか、どう変わるというのか。なにも変わりはしない。私は今までと同じように私であり続ける。私はここにいて、使命を全うするのみ。

最近そんな些細なことを心に決め、私はこの幻想郷に居続けるだけである。


太陽もこの季節ではもっとも高く上がる時間帯、言わば昼であるが、森の中をさ迷う三つの気配を私は感じ取っていた。

三つとも妖怪なのだが、一つはほとんど動かない。いや、動いてはいるのだが、いささか不自然な動きで普通に歩き回る速度でもなく、私も一体どうしたのだろうかと仲間の助けを借りて様子を探ろうとしたのだが、微かな呻き声しか上がっておらず、死にかけの妖怪か、はたまた新種のそれか。

後者であればその者が何者かを明かさねばならないし、前者であればどうしようもできない。しかしもし息も絶え絶えなのならば、私の森で事切れるのは後味も悪い。誰かが助けに来てくれるのを待つしかできないし、気にしてもしょうがない。そちらの方はとりあえず置いておくことにした。

他の二つはといえば、森の中をあちこちと動き回っていて、尚且つある一定の規則を持って行動しているように思われる。無論私目当てでないことは確かなのだが、森の中を散策しているとも言い切れずにいる。

行ったり来たりとしているわけでもなく、ある程度地理を把握しているようで私以外になにかを探しているような雰囲気だ。そのうち姿を見せるだろう。

私がしばらく瀕死の状態の者を見守っていると、探索している方の者が姿を表した。

緑の帽子と服は光を反射し少しテカっていて、緑の髪は頭の両サイドでまとめられている。体躯は小さめの少女で、その大きさに合わないかなり膨らんだ鞄を背負い込んでいて、さらには様々な種類の物品が詰め込まれた箱を抱えており、いくら妖怪が見た目によらず力持ちとはいえ、心配になってくる有り様だった。

よろよろとふらつきながら私に近づいてくる。そして私の根元にたどり着くと、地面が陥没しそうなほど重い荷物を下ろし彼女はひとつため息をついた。

「結構収穫あったなー、椛の方も期待できそうだな」

と、疲れは見えずむしろ嬉々とした表情の少女だが、彼女の持っていたものを見てみると、幻想郷ではあまり見かけないよくわからないものがたくさん詰め込まれている。

耕作道具だったり武具だったり食料ならまだしも、用途のわからないものばかりでなぜこの少女がそれを集めているのか理解できなかった。

「よいしょっと、これが特に大きいな」

彼女は箱の大部分を占拠している巨大な矩形の箱を取りだし、それをよく観察できるように立たせると、その正面に座り込んだ。

全体的に黒で塗りつぶされていて、辺から数センチのところで微妙に窪み、何やらそこにギミックが隠されているようだが、それがどんなものなのか図ることができない。足があることで辛うじて干渉するための物と推測できるのだが、それ以上はわからない。

「これもテレビの仲間なんだろうけど……ここまで薄いのははじめてだな。ブラウン管の仕組みは簡単だったけど、これは解析に時間がかかりそうだな……」

彼女はそのテレビ、とやらを見つめたり裏返したり中を覗こうとしたり弄ろうとしたりと分析し始めるが、そこまで詳しくはやらないらしく、面白そうだねと言い残しそれを箱に戻した。

「おっとこれは……なんだこれ」

次に彼女が選んだのは両手のひらに収まるほどの小さなものだが、相当の秘密が隠されているのだろうか。

青いボディに銀の点が数えるほどついていて、やはり中央にかなりの面積を持っているのは白い背景を写すガラスだ。

「これは……ゲームかな?」

はて、ゲームとは子供たちが外で遊ぶものではないのかと私は疑問に思った。なぜこんな小さなものでゲームができるというのか。先程のテレビといい、謎が多すぎる。

「お、動いた」

彼女が勘を働かせてボタンを何個か押してみると、変わった音が鳴りガラスに変化が訪れた。するとみるみる内にそれが白く光り、解読のできない文字が浮かび上がる。しかもその後、それは音楽を奏で始めたのだ。この中には小人がいてそれらが演奏しているのか。そんなに小さな妖怪か妖精がいるのだろうか、私は頭を悩ませねばならなくなった。

「ふんふん、前に見たやつと若干デザインも違うし性能もいいみたいだ。……うおっカラーだ!」

ひとりでに盛り上がる彼女だが、私は正反対に混乱する一方だった。彼女はそれを前にも見たことがあるらしい。一体それはなんなのか、是非ご教授を願いたいものだ。

「おーい、にとりー」

と、にとりの背後から声がかけられた。探し回っていたもう一人の方だろう。間違えても死にかけではない。

なんと彼女は天狗だった。天狗といっても文のような烏天狗ではなく白狼天狗だが、むしろその方がよっぽど希少性が高い。白狼天狗は基本山から出ることがないので、この辺りで見かけることはあまりないのだ。

「いっぱい見つけたぞー」

「おー、椛サンキュー!」

やって来た天狗、椛もまた背中に大きな篭を背負っており、それにも数々の正体不明のものが詰め込まれていた。

にとりは彼女に手を降り満面の笑みを浮かべていた。

「わざわざ手伝ってもらってごめんね椛」

「気にするなってにとり。友達のためだし、烏天狗の手伝いをするのとは訳が違うんだから」

申し訳なさそうにするにとりに、椛は苦笑いをしながら水臭いぞとにとりを小突く。

「椛の方も大漁だね」

「おう、やっぱりこの森はアタリだったな」

椛の収穫を見てにとりが呟くが、彼女の成果もにとりのに負けず劣らずだ。

椛はにとりの隣に腰を下ろし、荷物をにとりに見せつけるように置いた。

「ん? これはなに、鍋?」

にとりがその中の一つに目をつけ、椛に訊ねる。にとりが掴んでいるものは一つの陶器、土鍋であった。鍋にしては小さいような気がするものの、まさしく土鍋だった。

「ああ、それか……たぶん鍋だと思う……けど小さすぎるよねそれ」

「確かにこれじゃ大人数でつつけないよねー」

「じゃあ一人用?」

「一人寂しく鍋をするときのお供に使うのか」

「もしかしたら味噌とかうどんとか煮込んだりするのかも」

「何でうどんを味噌で煮込む必要があるのさ」

「この前森で拾った本に載ってた」

「ふーん」

まあどんなものかはわからず終いだが、そもそもの目的から離れたものだったのだろう。その小さな鍋は篭に戻され話題は次のものへと移っていった。

「お、なんだこりゃ」

続いてにとりが興味を示したのはにとりの小さな手で持つには少し大きめの箱だった。表面は擦ったような傷だらけだが、側面に亀裂が走っており、そこを広げてみるとなんと先程白く発光したものが二つ両側に嵌め込まれていて、ボタンの数も倍近くになっていた。

「これ早苗の言ってたでぃーえすってやつじゃないかな」

「でぃーえす?」

椛はその発音が言いづらそうだが、にとりもたいして変わらない。にとりも話くらいは聞いたことがあるようだが、何度も聞いたりしていないし詳しくも知らないようだ。

それにしてもにとりの弄っていたゲームと似ているのだが、なにか関係性を持っているのだろうか。

「一応動くは動くのね」

にとりがそれを起動させると椛は感嘆してそう述べる。

椛も画面を覗き込むが、あまり面白くなかったようですぐににとりの戦利品に意識をやった。

「これって、カメラかな」

椛が興味を持ったのは少々ゴツく黒い筒のようなものだ。持つにしてもバランスが悪そうで肩に担がなければ使えそうにないそれは、椛の判定ではカメラというものらしい。

「烏天狗が持ってるのよりでかいし重いし取り回しが悪いなぁ、使い道あるのかな」

しかしある程度知識は持っているようでそれらしい構えはできている。

文のカメラは片手でも十分使いこなせるものであったが、これはそのカメラと同じ性能というわけではないだろう。世界の一瞬を切り取る機能の他に、もっとすごい秘密が隠されているに違いない。例えば光線が発射されるとか。


にとりたちに気をとられていてしばらく気をそらしていたのだが、例の瀕死の者がついにこの広場にたどり着いた。

若い女性のようで、白いボロボロの衣服を草に擦らせ、いつ落ちてもおかしくない意識の中決死の覚悟で匍匐前進をし、私のそばで談笑している二人を目指しているが、彼女らは全く気がついていないようだ。

このままではいけないと思い私は幹をその人の方向へと音を立て寄せると、にとりたちも私の仕草に体を震わせるもようやく異変に気づいたようで、半死半生の彼女を発見するや否や慌てて駆け寄り肩を貸して私の根元まで運んできた。

「こいつ雪女じゃない?!」

「何でそいつがこんなところで行き倒れてるんだ!」

「大丈夫?!」

にとりが状態をするため声をかけるが、

「うぅ……」

という小さな呻き声をあげるだけだ。

「水を飲ませてやって!」

椛が半死人の背中に手をやり身を起こしてやると、にとりは自分のリュックから水筒を取りだし死相の濃い彼女の半開きの口から喉に水を流し込んだ。

「ぉ、お」

それが効を押したようで、彼女がなんとか声を絞り出そうとする。

「おがなんだって?」

椛がその続きを急かす。瀕死の彼女は椛の肩に手を置くと、こう答えた。

「お腹、すいた……」

その気の抜けた答えににとりと椛は暫し唖然となるが、切羽詰まった状態であることを思い出すと、

「き、キュウリ食うかい?」

「ほ、干し肉いる?」

にとりはリュックから、椛は袖からそれぞれ食料を取り出すと、彼女に差し出した。

「……いただきます」

彼女はようやくそれだけを言うと、無心でそれを貪り始めた。


「いやー助かったわー、どうもありがとうね」

「ど、どうも」

瞬く間に平らげてしまうと、先程まで死にそうだった彼女は顔色もよくなりどうにか動けるまでに回復したようだ。

彼女はレティ・ホワイトロック。チルノからよく名前を聞いていた冬の妖怪だ。

雪を印象づけられる白を貴重とした衣装の中に寒色系である紫も入っている。一般的に雪女と言われる妖怪と聞いた。

冬の間の行動は活発だが、それ以外の季節になると途端に姿を消す、そんな存在だ。チルノはレティが眠っている間は寂しいと言っていたから、どこかで眠っているのだろう。

「いつもの寝床に行こうとしたら食料をどこぞの誰かに食べられててね、急いで集めてたんだけど体もだるいわお腹も空いたわでとうとう倒れちゃって。

結局それから三日もそんな状態でもう消滅するかと思ってたわよ。ほんとに感謝するわ」

「はあ……大変でしたね」

にとりが突然消えてしまい、椛が代わりに応対しているが、非常に面倒くさそうだ。レティもレティで話好きなもので椛の反応を待たずに捲し立てるものだから椛の応答も無理はない。

「そうだ、さっきそこに河童いたでしょ」

思い付いたように話題を変えるレティ。

「え、えーとそれがどうかしたんですか?」

もう訳がわからないといった感じの椛。そんな彼女をよそにポケットから楕円上の物体をレティは取り出した。

「河童ってこういうの好きなんでしょ、そこで拾ったからお礼にあげようって思ったんだけど」

椛がそれを受け取りじろじろと観察し始めるが、

「おおっ!」

とにとりが急に出現し椛の持っているそれを取り上げると、感嘆の声を漏らした。

一体どこに隠れていたのかと疑問に思ったが、コートの端が不自然に明滅していて、恐らくこれだと目星をつけることができた。

「ぴーえすぴーだ、ぴーえすぴーをこの目で見ることになるなんて……!」

えらく感動したようなにとりだが、早苗にでも聞いていたのだろうか。

「あらあらそんなに喜んでもらえると私も嬉しくなっちゃうわね」

レティが小さな子供を見守る暖かい目をし、椛もつい吹き出してしまう。

「あ……」

にとりはそんな二人の視線に気がつきピタリと動きを止めると、顔を真っ赤に染めまたその姿をくらませてしまった。

「にとり……」

やれやれと肩をすくめる椛。レティはニコニコと笑っていた。

私の幹ににとりが張り付いたのを感じた。

私に口があれば口元が緩みまくっているのだろうなと想像するのであった。

ついに次が最終話です。

あと少しだけお付き合いください。

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