博麗の巫女と氷精たち
遅れてすいませんっ!
私が見渡せるところ一面に白銀の絨毯が敷かれている。森の広場にも、木々の隙間にも、山にも、色を抜いたような純白が幻想郷を覆っていた。
昨夜から今朝にかけて大きな雪の結晶が空から羽根のように舞い降りてくるのを見ていたが、その美しさに見とれていてこんなになるとは思っていなかった。
今私の四肢にも相当の重さがかかっているが、私にとっては気にかける必要のないことだ。これしきで幹が折れることなどありはしない。
私は今日これから繰り広げられる微笑ましい光景を今か今かと待ち望み、心を踊らせるのであった。
はて、なぜ雪というものに心あるものは魅了されるのだろうか。
元々雨とほとんど変わらない成分のはずなのに、正反対の反応を示すというのが不思議でならないときがあった。
私の意識が生まれてそろそろ一年になろうかとしていたが、知識はあっても経験というものが不足していたせいで、知っているはずのものにさえ驚いたり、あるいは恐怖を覚えたりしていたものだ。
雪というものもその一つで、仲間や妖精たち、妖怪らも口々にその美しさを表現しようとしているが、いまいち想像というものができなかった。
しかし今はどうだろう。それは私の心を感動と興奮で支配し、言葉を奪い、森から意識を手放してしまうかというところまで私を追い詰めたのだ。
これほど重い罪はないだろう。あと三日はこの光景を維持しなければ私は怒りに身を任せてしまうだろう。
寒さも感じるは感じる。樹肌を押し潰すような寒気、体の表面の水分を奪っていく乾燥した空気。過ごしにくいといえばそうだが、それ以上にこの時を楽しむことが価値のある気がする。
雪の誘惑の恐ろしさを私は身をもって体験している。雪には魔力が込められていて、私たちを飲み込もうとしているのだ。ならばこそ人々は雪というものに引き込まれていくのだろう。
しかし広場に驚くほど均一に積もっている儚き綿だが、いかんせんこの均衡を崩してしまうのは勿体ない気もする。しかしいずれ乱されてしまうのは自然の摂理。それまでに私は根の先々にまでこの写実的な風景を染み込ませようと努力した。
私がはしゃぎまくっている内に森に来客があった模様で、数人が私のもとへと向かってきていた。さすがに気配には敏感に反応できてホッと安心したが、だがそれらは私のよく知るもので、また私が待ち望んでいたものそのものだった。
雪が踏みしめられて固まっていくような音が奥から聞こえてくる。かなり独特の音だったが、聞いていて気分の乗れる心地よい響きだ。
さらに綺麗な歌声を先頭に、陽気というよりも元気のいいメロディーも流れてくる。まあそうレベルも高くなくあくまでも気分に合わせて口ずさんでいるようなものだし、私としてもこの場面ではそっちの方が馴染むだろうと思った。
ついに来訪者、友人たちが姿を表した。
この季節でも寒そうな色の衣服は欠かせない、水色の氷精チルノ。
「すっげぇ……」
普段からメンバーの中でも人一倍うるさい彼女だが、この銀のプールの前では言葉を失っていた。
「……」
生唾を飲み込み無言で喫驚しているのは黒のマントを羽織っている、二本の触角を生やした虫の妖怪リグル。
「きれい……」
何も飾らない素直な感動を口にしたのは素晴らしき声を持つミスティア。先程の歌でリードしていたのは彼女だろう。
「びっくりなのだー」
赤いリボンをつけ、黒い洋服を着込んだ宵闇の妖怪ルーミア。私は最初数字の十を連想したのだが、彼女曰く『聖者は磔にされました』だそうだ。
「想像以上だね……」
後ろでちょっと身を引きながらも、私を含む広場を目の当たりにして心を打たれているのは大妖精。緑の髪をサイドに上げ、大人しそうな印象を受けるが妖精の性に外れずかなりの悪戯好きだ。
そう、彼女たちこそが私の待ち望んだ団体様。本日のメインゲスト。私はこれから彼女らの安全を気にしつつ、ともに楽しむという約束を果たそうとしているのだ。
「この上を歩くのはもったいないね」
誰かがいうが、あまり反応がない。確かに後込みしているというのもあるかもしれないが、そんなことは気にせずともいいのではないかと私は思った。まあ私も最初はそう思ったのだからしょうがない。少し私もテンションが上がり気味のようだ。
「じゃあ私が一番乗りー!」
と、突然チルノが広場を駆け出した。あまりの出来事にリグルたちも呆然としていたが、チルノが雪のベッドにダイブし、姿を消した途端彼女らも一斉に行動を始めた。
「ズ、ズルイ!わたしも!」
リグルもチルノの真似をして走り出そうとするが、足をとられてうまく走れないらしい。チルノの数歩手前のところでついに脱落し、顔から雪の中へと突っ込んでしまう。
「わぶっ」
「あははは、リグルったらなにしてるのかしら!」
その様子を見てチルノが腹を抱え出す。
「うー、……あはは」
リグルが恥ずかしそうに身を震わせるが、顔をあげるとすぐにその表情は笑顔へと変わった。
「よーし私も!」
今度はミスティアの番だ。彼女はリグルを見て学習したのか、走ることはせずその場で立ち幅跳びをした。両手両足を広げ、まるで受け身をとることなど考えてもいないようだ。
「そのポーズは私の専売特許なのに!」
ルーミアがそのミスティアに飛びかかるように跳躍した。
「ちょっ、まっ!」
ミスティアの制止も間に合わず、そのまま二人は激突、勢いよく白いクッションに落下したのであった。
「危ないじゃない!」
声を荒げるミスティアだが、
「まあ気にしない気にしない」
ルーミアはのんきな口調でそれを流す。
「二人とも大丈夫ですか?」
そんな二人を心配してか、大妖精がゆっくりと四人の後を追ってきた。あくまでも慎重に、慎重にだが、
「隙あり!」
ミスティアが大妖精の足を抱え込み、大妖精はたまらずその身を雪に委ねることになってしまった。
「痛……くわないけどビックリしたよう……」
涙目になっている大妖精。
「……プッ」
しかし、大妖精以外の誰かが堪えきれず吹き出した。
『ハハハハハハハ!』
それを皮切りに五人は一斉に笑いだした。泣きそうになっていた大妖精も一緒だ。
五人はそれぞれ雪に寝そべり息の続く限り笑い続けた。偶然か狙ったかは知らないが、ちょうど五人は円を囲んでいた。私から見るとそれは一つの絵のように見えた。私の目指す理想というか、目標目的、そんなものが凝縮されて目に見える形となって現れたようだ。
「よーし、じゃあなにしよっか」
ミスティアが四人に問いかける。
「かまくら?」
チルノはそう答えた。かまくらもいい。あの中は以外と暖かいらしいし、作ること自体も楽しそうだ。しかしそれでは私が彼女たちを見ることができなくなってしまう。他のものにしてもらいたい。
「石像作り?」
ワクワクした表情でリグルは提案する。それも妙案だ。試行錯誤するときも、完成したときも、それをお互いに見せ合うのも充実したものだし、時間はかかりそうだが案外いいかもしれない。
「雪合戦?」
ルーミアはハッとしたように言った。定番であり、鉄板だ。体を動かし、しかもあまり難しいことを考えずに済ませられるし、彼女らみたいなグループならかなりの盛り上がりを見せるだろう。
「埋める?」
「埋めるって何よ!」
大妖精がこれといってボケた感じもなく奇想天外な答えを示し、ミスティアが突っ込む。しかしなぜ突っ込まれたのか大妖精はわかっていないようで、ただ首をかしげるだけだった。
しかしいったい何を埋めるのだろうか。リグルか、ルーミアか、はたまた私ではなかろうか。そんな不安を感ぜざるを得なかったが、とりあえず雪合戦という線に落ち着いたようだ。
「じゃあまず壁を作ろう」
ということでまずは両陣営に三つずつ、雪の壁を作りフィールドを準備するところから始めた。
特に範囲は決まっていないが、私の位置が投げられた雪玉の直線上になることはほとんどないようだ。私を防御に使われたのではさすがに困る。
「チーム分けをするにしても数が違っちゃうよ、ミスティア」
リグルが困ったようにミスティアに相談した。
確かに五人を二つに分けたなら必ず戦力に差が生まれてしまう。最初からそのようなハンデありは厳しいだろう。
「うーん、私たちの知り合いを誰か連れてこれたら……」
「でも誰にするの」
開始直前になってまさかのトラブル。そのまま始めてしまってもいいとも考えられるが、彼女たちはそれでは不満があるようだし、とりあえずことの次第を見守ることにした。
「あ、霊夢だ!」
しかし思わぬところに天恵があったようだ。チルノが頭上を指差すと、そこには白赤白のめでたい色彩の巫女が通過しようとしていた。彼女に望みを託すことに決めたらしい。チルノとルーミアが飛び立ち説得に向かった。
私は疑問を抱いた。なぜ気配を感じることができなかったのだろうかと。彼女は博麗の巫女で、この幻想郷を覆う結界を維持しているここの重役だそうだが、その能力に関係があるのだろうか。
二人が戻ってきたが、説得には成功したようだ。博麗の巫女、霊夢もゆっくりと五人の中へと降下してきた。
「霊夢が引き受けてくれるなんて意外ね」
リグルが驚きに目をぱちくりさせていて、
「めんどくさいとかいって断りそうなのに」
ミスティアも同じような反応だ。
「いくらもらったんですか?」
大妖精が少し黒い発言をする。
そんな彼女らの発言を受けて霊夢は少し眉を寄せ、
「あんたら私に参加してほしいのかしてほしくないのかどっちなのよ」
と少しドスを効いた声を出す。
「あ、いやそういう意味じゃなくて」
リグルが慌てて撤回し、その様子を見かねてルーミアが霊夢と話したことを説明した。
「霊夢もパトロールという名の暇潰しをしてたみたいで、たまたまここを通りすがって私たちが捕まえたの」
「まあ最初はハァ? って思ったけど、最近魔理沙も早苗も仙人も来ないし紫は冬眠してるわで暇だったからねぇ。ま、少しなら付き合ってあげるわよ」
仕方がないと童の遊びに付き合っている年長者のような表情で霊夢が言うと、リグルら三人はみるみる内に笑みを浮かべ、それを見た霊夢は顔をほんのり染めてそっぽを向いた。
「よし、じゃあじゃんけんの勝ち負けでチームを分けよう」
ということで霊夢が入って六人で雪合戦が行われることになった。
霊夢、チルノ、ルーミアと、リグル、ミスティア、大妖精の三人ずつがきれいに決まった。まあメンバーを見ている限り妥当な組み合わせといったところだ。
それぞれ壁に隠れてスタンバイする。いつ始まってもおかしくない状況だ。
北風が冷気を伴って私の体を揺らした。誰が示し合わせたわけでもなく、それを合図についに戦いが始まった。
「おらぁ!」
「なんとぉ!」
「ほらほら出てきなさい!」
「隠れてるだけじゃ勝負にならないのよ!」
「そーなのかー!」
「フフフ……」
ものすごいスピードで雪の塊が私の前を飛び交う。幸いコントロールはいいから私に被害はない。
「もらったぁ!」
チルノがちょうどよく顔を出した妖精めがけて雪玉を投げつける。
大妖精もそれを予測していたのか、身を守っていた壁から位置を外し、無防備な状態になる。
それによりチルノの雪玉は見当違いの所へ行ったが、その隙を大妖精は逃さない。霊夢やルーミアに一斉に狙われ弾丸を投げつけられる前にチルノに向かって手持ちの玉を横から猛スピードで投げた。
チルノは反応することができず顔面にまともに食らってしまい、そのまま後ろへ倒れ込んでしまった。
大妖精は目にもとまらぬ速さで私の幹の後ろに隠れると、霊夢とルーミアの弾子を私の体でやり過ごす。
とても痛い。冷たさは心地のよいものであっても、妖怪の力で発射されたそれの威力はすさまじいものだ。霊夢も霊夢で本当に人間かと疑いたくなる。
大妖精を攻める霊夢をミスティアが狙うも、霊夢はまるでわかっていたかのようにそれを躱し、壁の角をもぎ取り反撃した。
「ちょ、まじで!」
あり得ないものを見たように驚愕するミスティアは、反射的にしゃがみこんだがそれがまずかった。
霊夢の投げた弾はミスティアの隠れる壁に激突し、壁を粉砕してしまったのだ。
衝撃でミスティアが吹っ飛ばされてしまい、先頭不能になってしまう。
「くっ、やっぱり霊夢は強い!」
リグルもルーミアが攻勢に転じることのできないように雪玉を作った端から投げ続けているものの、それでは抑えとしては不十分なのだろう。ルーミアはリグルの出るタイミングを着実にものにしてきているようで、だんだんと合わせてきている。
大妖精はその華麗な身のこなしで霊夢の玉を避けつつ、霊夢の投げ終わった硬直を狙って玉を放っている。
霊夢も負けていられないようで、今度は硬直の発生しない且つ軌道の変化する弾にチェンジした。
しかし大妖精は頃合いを見計らって私の後ろへと隠れる。
先程のような痛みはないが、それでも衝撃はかなり強い。
「うわぁああああ!」
ついにリグルが観念したのか身を隠すのをやめて相手陣地へと特攻をし始めた。何事かと霊夢も意識をそちらにやるが、それを大妖精は逃さなかった。
殺気すらこもった豪速球を霊夢に刺し、トドメにかかった。
霊夢はそれをも躱したが、ひとつだけ誤算があった。
霊夢はルーミアがリグルを仕留めてくれるだろうと安心しきっていたのだが、なんとルーミアは顔を雪まみれにして倒れていて、戦闘不能になっている。
そう、霊夢が躱した弾は、奥のルーミアを仕留めていたのだ。
リグルが玉を投げるモーションに入る。とっさに迎撃体制に移る霊夢だったが、リグルの狙いはそこではない。
彼女は雪を蹴り上げ、辺りに撒き散らした。もちろんそれは霊夢の視界を覆い、奪った。
そして大妖精の本命が投げられる。彼女自身の態勢すら目茶苦茶になる力一杯の弾丸は、空を切り霊夢に襲いかかった。
「やった!」
リグルは思わずガッツポーズをとった。
確かに彼女が勝ったかのように思われた。しかし、それは驚愕に、恐怖に塗り替えられてしまうことになる。
霊夢はなんと、大きく身を反らし、そのまま倒れこむようにして玉を避けたのだ。
大きく跡を残して仰向けになった霊夢だが、そのまま雪を握って固めると、足を天高く振り上げ、下ろすその反動を利用して立ち上がると、呆然とするリグルの頬に強烈な一撃を、慌てて身を隠そうとする大妖精の脛に命中させ、見事勝利を納めたのだった。
『大人げない!』
五人の不満を一身に浴びる霊夢だが、
「そんなこと気にしていられる場でもなかったでしょうに……」
と辟易していた。まあそれもそうだろう。特に大妖精は驚異だった。まさか可愛らしい見た目の内にあれほどのパワーを持っていようとは予想だにしなかった。
「じゃあ次は雪像でも作りましょ。それなら別に強さとか関係ないでしょ」
それでもチルノたちは本気で怒っていたではないようで、霊夢が雪像作りをしようと提案すると、口々に賛同の意見が上がった。
「よし、絶対霊夢よりすごいの作ってやるからな!」
「私も!」
「覚悟なさい!」
「頑張るぞー!」
「必ず埋めてあげますから」
「おいちょっと待て最後の」
少女たちの楽しそうな叫びはこのあともしばらく続く。
私は参加することができなかったものの、彼女たちからはたくさんのものを分けてもらえた気がするのであった。
そんなこんなであと二話です




