第19章:青いリボン
先生への誕生日プレゼントに選んだ銀色のオイルライター。青いリボンに包まれていく特別な品を手にし、募る想いを胸に明日への約束を取り付ける少女の甘い焦燥感を描く物語。
これをあの人のポケットに滑り込ませたときの顔を想像して、私の胸の奥で、小さく火花が散った。
「……あ、すみません、これ下さい。」
「えーっと、」
「あ、えっと、これです。」
「こちらで」
「あ、いや、その右の」
「あ、こちらですね!」
「あ、はい。」
迷うという贅沢なプロセスを完全にスキップして、私はその冷たい銀色の塊を指差した。
ロックミュージシャンみたいな無造作な長髪パーマの店員さんは、にやりと気さくな笑みを浮かべてガラスのショーケースの鍵をガチャリと開け、宝箱の蓋をそっと持ち上げるようにしてそのライターを台の上に安置した。
「プレゼント用ですか?」
「あ、はい」
「じゃあ、綺麗にラッピングしますね」
「……あ、はい」
「リボンのお色、どうなさいますか?」
リボン、お色、どうなさいますか。不意に投げかけられたその単語の響きに、私の脳裏で一瞬、冷たいエラー音が鳴り響く。せんせは何色が好きなんだろう。そういえば、こないだカーキ色のジャケット着てたっけ。緑? それとも、あの人の吹くサックスの夜の音色みたいな、すこしスモーキーな青? いや待って、青は私のいちばん好きな色だし、ピンクなんて選んだら自分軸が歪んでるみたいで絶対イヤだし、ていうか私、この人のパーソナルカラーなんて何も知らないんだ。
思考がぐるぐると迷走した末、脳が面倒くさくなって弾き出した答えは、やっぱりちっとも客観的じゃなかった。
「……青、で」
「かしこまりました。お包みできたらお呼びしますね」
カウンターの端へ消えていく背中を見送りながら、私は小さく息を吐いた。結局、私は私の好きな色で、あの人に背負わせる布の色を決めてしまった。独りよがりな、十代の最後のワガママみたいな鮮やかな青が、小さないわゆる「プレゼント」の形に変わっていくのを見つめながら、私は自分の掌がうっすらと熱いのに気づいて、またこっそりと歯を食いしばった。
帰宅すると、私はいつもの台所に並ぶカウンターチェアにどっかりと腰をかけた。
ポケットから取り出した緑色のタバコのボックスから一本だけ細いそれを引き抜き、ライターで火をつける。肺の奥までゆっくりと三回ほど煙を吸い込み、吐き出す。その白く濁った煙が薄暗い部屋のなかに溶けていくのを見送りながら、私は背面のポケットに隠し持っていたスマホを掴み出し、あの人のアイコンを容赦なくタップした。様子を伺うための、薄っぺらい一言をそこに打ち込む。
『せんせ?』
スマホの画面が青白く光ったまま、ものの数秒もしないうちに、まるで私の指先を待ち構えていたかのように返信が跳ね返ってきた。
『どした?』
『せんせ、明日、学校終わってから会える時間とかある?』
『あぁ、全然大丈夫だよ。仕事終わってからになるけど、それでもいいか?』
『うん、全然大丈夫』
『わかった。じゃあ、学校の近くの料亭の駐車場あたり……俺から連絡したら来れるか?』
『わかった!』
メッセージのやり取りの端々からこぼれるその温度に、私の頭の中では、青いリボンをきゅっと結んだあの銀色のライターを差し出した瞬間の、先生の驚きと照れが混ざった顔が鮮明に浮かび上がっていた。どんなに頭を横に振ってその幻影を追い払おうとしても、一度火のついた妄想は決して消えることを知らない。
明日の夜。 『……はやく、明日にならないかな』
私は飲みかけの冷めた空気を吸い込みながら、ただその一色に染まっていく頭を抱え、静まり返った部屋のなかで一人、小さく息を潜めた。




